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サイエンスカフェ「メッセンジャーRNAって何だろう?byモデルナ」

2023年7月22日は港区立みなと科学館、8月4日には三鷹ネットワーク大学の主催でサイエンスカフェ「メッセンジャーRNAって何だろう?byモデルナ」が開かれました(22日は対面、4日はオンラインで開催)。

スピーカーは、モデルナ・ジャパン(株)メディカルアフェアーズ本部本部長 向井陽美さんです。向井さんは長年、血液専門医として勤務した経験をお持ちです。現在は、その高い専門性を活かし、医療現場や社会のニーズに応える活動をされています。

冒頭、同社社長 鈴木蘭美さんから、参加者の皆さんと一緒にmRNAワクチンリテラシーについて学べるこのサイエンスカフェを楽しみにしていると、初めのことばがありました。

鈴木蘭美さん

鈴木蘭美さん

向井陽美さんとファシリテーター 堀川晃菜さん

向井陽美さんとファシリテーター 堀川晃菜さん

サイエンスカフェでは、参加者からもたくさんの質問が寄せられ、向井先生の丁寧な回答に「理解が深まった」といった感想が届きました。各回の質疑応答については、個別のレポートにまとめていますので、こちらもご参照ください。

主なお話の内容

はじめに

略歴:筑波大学医学専門学群を卒業後18年間、血液専門医として勤務。血液内科では、主に、再生不良性貧血といった重度の貧血や、白血病をはじめとした血液のがんを専門としていた。2008年から製薬会社に転向し、ニッチな領域の医薬品開発に携わる。現在のモデルナ・ジャパンは3社目。

モデルナは、メッセンジャーRNAにもとづく医薬品開発に特化した会社。今日は、新型コロナウイルス感染症でよく耳にするようになった「RNA」や「PCR検査」、そしてワクチン、特に「メッセンジャーRNAワクチン」とは、どういったものか紹介したい。

私たちの体をつくるDNA、RNA、タンパク質

私たちの体は約37兆個の細胞で構成されている。一つ一つの細胞の中には「核」がある。核の中には染色体が入っている。ヒトの細胞の核には23対(46本)の染色体がある。染色体はDNAという物質が折りたたまれたもの。DNAの全ての遺伝情報を「ゲノム」という。そしてDNAの中で、特定の部分を「遺伝子」と呼ぶ。遺伝子は、体を構成するタンパク質の設計図にあたる部分。

遺伝情報からタンパク質をつくる過程は「セントラルドグマ」と呼ばれる。DNAは大事な設計図なので、核という“金庫”にしまってあり、使用する際には「転写」して使う。このコピーしたものが、メッセンジャーRNA(mRNA)である。DNAの2本鎖がほどけると、コピーしたい遺伝子の部分をRNAポリメラーゼという酵素で写し取ることで、1本鎖のmRNAを得る。そしてmRNAを鋳型にタンパク質をつくる過程を「翻訳」という。

DNAはデオキシリボ核酸、RNAはリボ核酸の略称。デオキシは「酸素がない」という意味で、両者の分子構造は、酸素原子1つの違いのみで、あとは同じ。それぞれの分子構造には、塩基が含まれる。DNAの塩基はA(アデニン)・T(チミン)・G(グアニン)・C(シトシン)の4パターンあり、RNAではTがウラシル(U)になる点だけ異なる。

また、DNAは核の中に存在する安定な物質であるのに対し、核の外に運ばれるmRNAは非常に不安定な物質。必要な分だけタンパク質を合成したら、mRNAもその役目を終えるためだ。だが、mRNAをワクチンなどの医薬品に応用する上では、この“壊れやすさ”をどう克服するかが、1つのポイントとなってきた。

さて、mRNAからタンパク質を合成する「翻訳」の過程では、新たに2つのRNAが登場する。一つはトンランスファーRNA(tRNA)で、mRNAの塩基のコードを読み取り、順次、対応したアミノ酸を運んでくる。続いて、リボソームRNA(rRNA)が次から次へと運ばれてきたアミノ酸をつないでいく。こうしてアミノ酸が連なったチェーンが立体的な構造をとると、タンパク質として機能するようになる。つまりRNAには、主にこれら3つのRNA(mRNA, tRNA, rRNA)があり、連携プレーではたらいている。

「PCR」って何?

新型コロナの感染拡大で、広く知られるようになったPCR。ウイルスの検査法としては、他にも「抗体検査」と「抗原検査」がある。抗体検査は、過去のウイルス感染やワクチン接種で、抗体ができているかを調べるもの。現時点でウイルスに感染しているかどうかを調べるのはPCRと抗原検査。抗原検査はウイルス由来のタンパク質(抗原)を検出する方法。

PCRは「ポリメラーゼチェーン連鎖反応」の略称。検体から採取された極微量のウイルスの遺伝子を、試薬と温度変化により増やすことで、検出可能にしている。DNAの場合は熱によって2本鎖をほどき、増やしたい部分(調べたい対象に特有の遺伝子配列)に、プライマーという試薬(人工合成DNA)をくっつけて、塩基をつなげていく。このサイクルを繰り返すことで、特定の遺伝子配列を倍々に増やしていく。

ただし、新型コロナウイルスのように遺伝子がDNAでなくRNAの場合は、逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を利用する。最初のステップで、RNAを鋳型に、いったん相補的なDNA(cDNA)をつくる。それをもとにPCRを行う(以降は同じ)。つまり、セントラルドグマではDNA→RNAの「転写」に対し、その逆なので「逆転写」という。

人類と感染症、そしてワクチン

人類の歴史は、感染症の歴史と言っても過言ではない。古くは紀元前にアテナイ(アテネ)の疫病の記録もある。ペスト、コレラ、スペイン風邪などは多くの人命を奪ってきた。日本でも1950年代以前は、肺炎、胃腸炎、結核など感染症が死因の上位を占めていた。

こうした感染症との戦いの中で、ワクチンが発明された。18世紀ヨーロッパで6千万人の命を奪ったと記録される天然痘。致死率は30%。だが、一度感染した人はかからないことも分かっていた。そこで当初は、天然痘の水疱液を手傷にすりこむことが試された。だが致死率10%と非常にハイリスク。一方、牛が感染する牛痘は人に感染するも数週間で治り、その後、天然痘にもかからなかった。そこで牛痘の病巣から得た液を接種した。これが世界で初めて確立したワクチンとなった。

ワクチン(種痘)により根絶された天然痘をはじめとして、ポリオやジフテリアなどもワクチンの普及により日本でも長年発生のない感性症がある。ワクチンで防げる病気を「VPD(Vaccine Preventable Diseases)」といい、日本でも生後2カ月から予防接種が始まるが、乳幼児だけでなく、思春期や高齢者がかかりやすいVPDもある。それぞれの年代に合わせて情報提供されているので参照してほしい。

(参照先)

mRNAワクチンとは?

まず、ワクチンの仕組みについて。ウイルスなどの病原体に感染すると、体内では免疫細胞が「抗体」という武器をつくる(抗体は病原体などの異物を体外に排出するようにはたらく)。抗体が体内に残っていれば、同じ病原体に再び感染しても軽症で済むか、発症せずに済む。この仕組みを応用したものがワクチンであり、実際に病原体に感染することなく、抗体をつくっておくことで、重症化や発症を防ぐことができる。

ワクチンにも、さまざまな種類があり、大きく3つに分けられる。①病原体すべてを用いる生ワクチンなどの「全病原体ワクチン」、②組み換えタンパクワクチンなどの病原体の一部を用いる「成分ワクチン」、③病原体の遺伝情報(設計図)を用いる「核酸ワクチン」や「ベクターワクチン」などだ。

新型コロナウイルスについても、複数のタイプのワクチンが開発された。例えば、武田社の「ノババックス」は、②の成分ワクチンに該当する、組換えタンパクワクチンの一種。ウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の遺伝子をもとに作られた組換えタンパク質を有効成分とするもので、接種後、ヒトの体内でスパイクタンパク質に対する免疫が誘導される。

このスパイクタンパク質は、ウイルスが細胞に取り付く際に大事な役割を果たしているため、ワクチンを設計する上で重要なターゲット(標的)となる。モデルナ社の「スパイクバックス」やファイザー社の「コミナティ」などmRNAワクチンにおいても同様。

先ほどのタンパクワクチンは、タンパク質を投与するのに対し、mRNAワクチンは、タンパク質の設計図となるmRNAを投与して、体内でタンパク質が合成されるように誘導する。上記の分類では、③の核酸ワクチンに該当する。

新型コロナmRNAワクチンでは、まず、スパイクタンパク質を合成するmRNAを投与するが、前述のようにRNAは非常に壊れやすい物質であるため、脂質ナノ粒(LNP)という膜の中に包まれた状態で投与される。また、炎症反応を軽減するためにmRNAも化学修飾により分子構造をアレンジしたものが使用されている。

投与後、体内でLNPからmRNAが放出され、細胞内に到達するとタンパク質を合成する「翻訳」が行われる。すると、そのタンパク質を察知した免役細胞は「異物(ウイルス)が入ってきた!」と認識して抗体をつくりだす、という仕組みだ。

新型コロナmRNAワクチン

このようにmRNA医薬品は、細胞核の中に入らず(重要なDNAには触れることなく)作用できる点が特徴だ。また、スピーディに開発できる点もmRNAワクチンならではと言える。従来のワクチン開発が5~10年を要するのに対し、mRNAワクチンは半年~1年というタイムスパンで開発することできる。

今般の新型コロナのパンデミックでは、2019年末に感染の拡大が認知され、年明け2020年1月11日に中国が新型コロナウイルスの遺伝子配列を公表。その2日後にはモデルナがワクチンの基本配列を発表(AIで計算)。3月には被験者への治験を開始し、いくつかの段階を経て、同年12月には各国からワクチンの使用許可を得て、2021年から早速使用された。

mRNAワクチンは、ワクチンの中では比較的、新しい部類に入るが、mRNA医薬品の研究は1980年代から始まっている。感染症に限らず、さまざまな疾患に応用することが期待されている。例えば、がん免疫療法で抗がん免疫を活性化させる、あるいは、生まれつき特定のタンパク質がうまく合成できない先天性の遺伝性疾患などに応用するといったことが考えられている。今後もmRNA医薬品にぜひ注目してほしい。

2023年7月22日みなと科学館にて。中央が講師の向井陽美さん

2023年7月22日みなと科学館にて。中央が講師の向井陽美さん