食のリスクコミュニケーション・フォーラム2025「腸内細菌による健康リスク低減」
2025年10月19日、食のリスクコミュニケーション・フォーラム2025第4回「腸内細菌による健康リスク低減」が開かれました(主催 食の安全と安心を科学する会)。
質疑応答・意見交換会
1.『腸内細菌叢と健康のかかわり』
平山 和宏さん(東京大学大学院農学生命科学研究科附属 食の安全研究センター長・教授)
はじめに
我々の体重の1~2kgは細菌だと言われ、その数は約100兆個。皮膚、鼻、口、腸など体の表面に、場所に応じた菌種が存在し、その9割は腸管にいる。1gのヒトの糞便には10の11~12乗個の細菌がいて、その種類は500~1000種。
生物の分類は、大きい分け方から言うと界、門、網、目、科、属となる。例えば、イヌは動物界、脊索動物門、ほ乳類(網)、ネコ目、イヌ科、イヌ属オオカミの亜種となる。
細菌の門は36個あるが、ヒトの腸内に住むのはそのうちの11門で、そのうち4つのグループが主流。ごく一部の細菌しか腸内にはいない。人によって腸内細菌叢のバランスに個人差があり、個人の固有の腸内細菌を持っていると言われている。しかし、菌は異なっても、菌が果たしている役割でみると個人差は少ない。人と腸内細菌は長く住む間に互いが都合をいいところに住み、住まわせ、共生の歴史を歩んできた。
菌の種類
性質で分けると、偏性嫌気性、通性嫌気性菌(酸素があってもなくても生きられる)、偏性好気性菌、微好気性菌(病原菌が多い)がある。酸素がなくなるようにした培地の上部に好気性が、下部に嫌気性が生える。酸素がない地球の歴史は長く、嫌気性菌の方がオリジナルで、酸素はもともと毒だった。
腸内細菌には好気性菌はほとんどおらず、嫌気性菌が断然多い。通性嫌気性菌の大腸菌は実は少ない。腸に多くいるビフィズス菌は嫌気性だからビフィズス菌をヨーグルトに入れるのはとても難しい。
腸内細菌叢の構成をみるとバクテロイデス、ユーバクテリウム、ペプトコッカス、ビフィズス菌などが多く、大腸菌は通常全体の1万分の1以下。
消化管各部位の腸内細菌をみると、唾液には1mlに10の7乗くらいの菌がいるが、胃酸でがくっと減る。十二指腸の胆汁も殺菌作用が強く10の3乗くらいになる。小腸上部もどんどん通過していく(空腸)ので少なく、大腸で10の10乗くらいに増え、腸内細菌叢と言うと、大腸の菌叢を指すことが多い。
腸内細菌叢の重要性
腸内細菌1gに10の11~12乗個の細菌がいて、500~1000種が活発な代謝活動をしている。腸内細菌の遺伝子は数百万個あり、我々にできない機能を果たしている菌が多くいる。寿命、健康に影響しているはず。腸内細菌叢は病原菌にも病原菌のバリアにもなりえる。発がん性物質を活性化も分解・不活化もする。腐敗産物を生成したりするが、ビタミンなどを作ることもある。
腸内細菌叢と細菌感染
抗生物質を投与するときに整腸剤を処方するのは、病原菌と一緒に腸内細菌も殺して腸内細菌叢のバリア機能が失われることがあるため。バリア機能も効かなくなる可能性がある。日和見感染は、いつもいる緑膿菌・ブドウ球菌などが、常在細菌叢のバリアが壊れたときに暴れて起こる。
抗生物質を投与したマウスとしないマウスにサルモネラ菌を飲ませると、投与されたマウスでサルモネラが増えやすい。大腸菌O157を、感染が起きやすい無菌マウスに飲ませると1週間で死ぬが、ビフィズス菌を一緒に与えると、死なないマウスがでてきた。抗生物質を飲ませたマウスは、腸内細菌がいないので免疫機能が落ち、インフルエンザにも感染しやすくなった。
腸内細菌叢の影響
細菌叢は宿主の免疫機能の調節、肥満などのメタボリックシンドローム、脳の機能にも影響しているかもしれない。
例えば、遺伝で太りやすいマウスと普通のマウスの腸内細菌叢には違いがある。ダイエットした肥満傾向の人の細菌叢が普通の人の菌叢に近づいた。無菌マウスは多く食べても体脂肪がつきにくいが、普通のマウスの菌叢を移植したら、無菌マウスも太った。
ブタの肥育においても、同じ母ブタから生まれても成長のいい豚と悪い豚がおり、成長のよい豚にはよい細菌叢がありそう。
パプアニューギニア高地の人はサツマイモしか食べないが、筋肉質。腸内細菌叢が「低タンパク食適応」の役割を果たしているらしい。日本人の菌叢、パプラニューギニアの人の菌叢をマウスに移植すると、低タンパク餌でもパプアの人の菌叢マウスの体重は減少が緩やかだった。その菌をプロバイオティクスにして食事が摂れない人を助けられないか。
無菌マウスでは脳神経細胞の新生が進まないという研究がある。腸内細菌叢は重要で、認知症にも有効かもしれない。菌叢は変動するのでいい状態に保ちたい。食事内容、ストレスのない規則正しい生活で安定させられる。有用な菌種をプロバイオティクスで与えたり、プレバイオティクスを摂っていい菌を増やすのも有効。
食品の機能と機能性食品
食品には、1次機能(栄養)、2次機能(嗜好・食感)、3次機能(健康・生体調節)がある。健康増進法(平成15年)で保健機能食品制度が定められた。「特定保健用食品(トクホ)」は医薬品ではないが、医学的、栄養学的な根拠がある。これに対して、機能性表示食品は企業の責任において届け出られており、機能性が表示できるが消費者庁長官が個別の許可を与えたものではない。「保健機能食品」は罹患する前か境界線上の人を対象にし、食生活改善、健康の維持・増進に寄与する食品で、過剰摂取では健康被害が生じる恐れがある。
2.『食由来腸内細菌代謝物と肥満・免疫制御』
宮本 潤基さん(東京農工大学大学院農学研究院食品機能学研究室・准教授)
ヒトの体には10~100兆の菌がいて、腸内細菌に我々が共生しているとさえ言える。
腸内細菌の構成を変えるためのファクターはいくつかある。個人の腸内細菌叢は安定しているが、海外旅行、抗生物質投与などで変化するが、元々の生活リズムに戻ると腸内細菌の構成も元に戻る。人の腸内細菌は分娩の仕方で決まる。母親の口、膣、皮膚の菌が影響する。帝王切開だと母の皮膚、自然分娩だと膣の菌叢が定着する。これらが自閉症、アレルギーに影響しているのではないかという考え方もある。腸内細菌は加齢で変化し、寿命にも影響する。
腸内細菌のコントロールが重要だが、食事の影響もある。例えば、アメリカ、中国、デンマークは高タンパク質、高脂肪、低炭水化物の食事。中南米は高炭水化物、低タンパク質の食事。日本人はスウェーデン人の菌叢と似ていて、中間型の食事といえる。
5種類の遺伝子系が異なるマウスに高脂肪・高糖分の食餌を与えると菌叢が似てきた。これから食事の影響が大きいことがわかる。腸内細菌が薬の効果の現れ方にも影響する。
オオムギのセカンドミール効果(オオムギを先に食べた方が血糖値が上がらない)という現象がある。食べる順番で太りにくくなる。一方、最初に食べても効果がないケースがあり、この違いは菌叢の影響だった。
腸内細菌と疾患
腸内細菌は様々な疾患と関係している。脳に影響するという研究もあり、この成果はパーキンソン病治療にも活かせるかもしれない。
肥満の人の腸内細菌を移植したマウスが太り、やせた人の腸内細菌を移植したマウスは太らなかったという報告があり、これは20年前から注目されている。肥満になるとAkkermansia
muchiniphilaという腸内細菌が減少することが分かった。欧州では、この腸内細菌を利用した肥満抑制作用の新規プロバイオティクスが売られている。
順天堂大学では糞便移植の臨床応用の研究が行っている。特定の病気の人に糞便移植をしたら、病気は治ったが、太り気味のドナーのように患者も太り気味になったという事例がある。腸内細菌の臨床応用では、イヌのアトピー性皮膚炎が改善された例もある。
糞便移植以外で腸内細菌をコントロールできないか。腸内細菌の構成を変化させる食材を作る。プロバイオティクス食材(よい腸内細菌を届ける)、プレバイオティクス食材(腸内細菌の餌)、シンバイオティクス(両者の混合)、ポストバイオティクス(腸内細菌代謝物で微生物の分泌物、細胞構成成分)など。
短鎖脂肪酸(炭素数が6以下の脂肪酸。例えば酢酸、プロピオン酸、酪酸)が食物繊維を摂ると腸内細菌によって作られ、体中で働く。
DOHaD(Developmental Origins of Health and
Disease)仮説とは、胎児期や出産直後の健康・栄養状態が成人になってからの健康に影響するという学説。母マウスが無菌だと子マウスは肥満し、繊維を多く摂った母マウスから生まれた子は肥満しにくい。母マウスのお腹の中で作られた短鎖脂肪酸が胎児に影響するようだ。
食物繊維の代謝物が、食欲抑制ホルモンなどを介してエネルギー代謝を抑制する。腸内での働き方が解明されていて、治療につながる可能性が生まれてきている。
3.『腸内細菌叢研究から考える健康で幸せな生活への貢献』
小田巻 俊孝さん(森永乳業株式会社研究本部基礎研究所バイオティクス研究室 所長)
はじめに
弊社がビフィズス菌を研究するのは、赤ちゃんの腸内に多く存在するから。離乳期以降、腸内のビフィズス菌は減り、60代で更に減る。赤ちゃん用粉ミルクの開発を通じて、赤ちゃんの腸にいるビフィズス菌の重要性に気が付き研究が始まった。宿主と素材の両面から基礎研究を行うことで、怪しい機能性素材ではなく、本当に価値ある素材を皆様にお届けしたい。
ビフィズス菌とは
ビフィズス菌と乳酸菌は全く異なる。ヨーグルトの国際食品規格(CODEX)では、ブルガリア菌とサーモフィラス菌という2種類の乳酸菌で作ったものと定義されている。
ビフィズス菌と乳酸菌は分類学で言うと門レベルで分類される。門とは脊椎を持つ動物とくらげのような生き物が分類されるレベルなので、大きな違いがあると考えられる。
乳酸菌との違いとして、ビフィズス菌は酸素で死んでしまうが、酢酸をつくる特徴がある。酢酸はムチン分泌を促す、殺菌作用がある、腸の働きを活発化する、免疫を正常化する、酪酸菌のえさになる、代謝バランスを整えるなど、様々な役割を担っている。
腸内細菌は本当にいろいろな疾患に関わっているが、ビフィズス菌は腸内細菌の主要細菌のひとつであり酢酸を産生するため、腸内環境を整える力が高いと考えられている。ビフィズス菌入りヨーグルトを摂取すると腸内の酪酸菌が増加する研究報告もある。
ビフィズス菌は腸内細菌なのでヨーグルトに入れると通常死んでしますが、当社はビフィズス菌の中で酸や酸素に強い菌(BB53)を選んでいる、酸素を通さないバリアカップを使っている、酸味の少ない風味にしている、ビフィズス菌を守る乳酸球菌を加えるなど、様々な工夫を凝らして生きたビフィズス菌をみなさんにお届けしている。
ビフィズス菌の共進化
ビフィズス菌はそれぞれの生物の腸内環境に適応し進化したらしい。ゴリラ、ボノボとチンパンジー、ヒトの腸内細菌を調べたら、ビフィズス菌はヒトとともに進化してきたことが判明し、1500万年以上一緒に共進化を遂げてきたと考えられている。
110種類以上のビフィズス菌のうち、ヒト常在性ビフィズス菌(HRB)はおよそ10種類程度、乳幼児期と成人で共通するロンガム種もあれば、年齢で異なる菌種もある。
母乳に含まれるオリゴ糖の利用能力や、抗菌物質の体制はビフィズス菌のなかでもHRBだけが持っている特徴で、最近の研究から産生されるアミノ酸関連物質やビタミンもヒトに棲んでいない菌と異なることが明らかになっている。
受胎してからの1000日間は、その後の健康を維持するうえでも非常に重要な時期。この間は腸内のビフィズス菌を多い状態に保つことが大事だと考えられていることから、育児用ミルクにビフィズス菌を配合できるよう海外のルールに従う形で研究開発を進めてきた。
低出生体重児などの健康を守るため、全国150か所ほどの新生児集中治療室にビフィズス菌M-16Vを無償提供している。
ヒトに棲むビフィズス菌(HRB)はトリプトファンからインドール化合物(ILA)を作る。ILAには腸管バリア強化、免疫調節、抗腫瘍作用、大腸炎抑制など、この数年で次々と効果が報告されているが、トリプトファンの代謝物には良くない物質も存在する。インドールはその一例。大腸菌等の腸内細菌が産生するが、これをHRBは減らせることが京都大学との研究で明らかになった。
「プレゼンティーズム」とは、WHOが提唱した、心身の不調による労働生産性の低下を示す状態である。プレゼンティーズムの改善対策の一つとしてHRBとラクチュロースを配合したヨーグルトを4週間摂取した試験では、この改善作用が認められた。
ビフィズス菌の新たな機能性―認知機能低下予防
MCC1274というビフィズス菌は、認知症の前段階(MCI)での認知機能低下を予防することが明になっている。
ビフィズス菌は生きている方が効果が高いと考えられるため、摂取時刻も重要。空腹時は胃酸でやられてしまうので避けたい。安定している腸内菌叢を維持することが大事。
最後に、3人の講師から結びのことばがありました。
- 平山さん「健康食品はすぐ効く“くすり”とは異なる。日々の食生活のバランスと継続が大事。週間・月単位で考える」
- 宮本さん「腸内細菌は生まれた時から死ぬまでつきあうもの、腸内細菌のために食事を選んでください」
- 小田巻さん「ビフィズス菌ですべてが解決するわけではない。運動、食生活のバランスの中でビフィズス菌を加えることで役に立つといいと思っている」
