日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)例会「動作解析で検証するプロ野球」
2025年10月28日、JASTJ例会「動作解析で検証するプロ野球」がハイブリッド開催され、プレスセンター(霞が関)から配信されました。講師は筑波大学体育系教授 川村卓さんでした。川村さんは筑波大学野球部監督であり、主にバイオメカニクスの技法による動作解析の研究を行っており、そうした動作解析でよいフォーム、悪いフォームを把握し、ジュニア世代の指導に活かそうと目指してきました。卒業生はプロ野球や社会人野球のアナリスト(統計もバイオメカニクスも)としても活躍しているそうです。現在は、川村教授のもとにプロの選手、コーチらもシーズンオフに相談に来ています。
1.スポーツバイオメカニクス
高速カメラで選手の動きを撮影したり、関節にマークをつけて赤外線カメラ撮影したりして、PC上に選手の動きを再現する。そこから、ボールの速度、身体のどこにどの位の力がかかっているか、関節の負担はどうかなどが調べられる。解剖学、生理学、力学を応用して、身体の動きの巧みさをみることになる。
例えば160キロの球速を出すには、肘のじん帯が切れるくらいの負担がかかっている。だから剛速球を投げる人は肘を痛める。実際に球速が上がり、選手の手術の件数が増えている。これが若年層に広がっている。大谷は手術後、側屈の動きを入れることで肘の負担を減らし、速度も増した。
肘が下がらないように投げられるとよいわけだが、これには肩甲骨がうまく動かないといけない。肩甲骨が動かないと腕をサポートする筋肉が衰え、肩こりにもなる。
2.投球
肩の内旋動作が投球速度に貢献する。これはバレーボールやバトミントンにも共通する。さらに外旋(腕のしなり)が大きいと球が速くなる。多くしなるとリリースポイントまでの時間が長くなり、外旋の反動で早く投げられる。
運動連鎖が重要である。投球では、踏み込む足を1歩踏み出し(開脚)、腰を安定させ、肩、腕、手頸と回転速度がつながる。軸足(後ろの足)の膝が入るのもよくない。こうした一連の動作、がフォームを詳細に撮影することでフォームの良しあしが見えてきて、効果のある練習ができる。上げた足をついたときに肩が回らず、腰だけがひねれているかもポイント。
指の力をどうボールに伝えるか。高速投手がボールをリリースするとき、ボールを離す人差し指、中指は下向きになっている。低速の投手は指が前を向いたまま、指の力が伝えられていない。手先の詳細な映像から、球速と指の関節の動きがわかった。
ボールの回転軸、回転数(回転速度)、球速は測定できる。変化球はこの組み合わせ。変化球をホップ成分、スライド成分、シュート成分、ドロップ成分の座標の上に置いてみて、球種によって、それぞれの成分が明らかに分かれていないと打たれる。
3.良い打撃とは
ボールのリリースポイントの映像から、良いボールは、どんなに速くても、角度が4−7度落ちることが分かっている。そこで、打球速度大きくするにはバットのエネルギーをボールに無駄なく伝えることはもちろんだが、ボールとバットが正面衝突(直衝突)しなければならない。投球は4~7度落ちるので、バットの進入角度が4~7度だと直衝突になる。
ホームランを打ちたいとき、4~7度だと打球は速いがホームランにはならない。2015年頃、大リーグで、ホームランは飛び出し角度が25~35度で打球速度158キロ以上だということがわかり、打者がこれに倣ってホームランが増えた(フライボール革命)。このような数値から、下から19度をほど振り上げて、下からボールの中心より6㎜下を打てといった物理学者もいる。ちなみに大谷の入射角度は15度。ライナーは約14度、長打は約25度。
今は、角度を計測しながら練習する。例えば、ヒットを多く打ちたい選手は打球速度を抑えて、15度以上の打球を打たないよう指導する。
インサイドアウトも大事。インサイトアウトとは、バットが体から離れず、ヘッド(バットの先は)動かず残ったまま、グリップから出てきて、体に巻き付くような振り方。踏み込んだ足に体重を乗せてから振る。こうしたインサイドアウトで、大谷のバッティングは横振り(力は一様)から縦振りにして2箇所で力が入って加速するようになった。
4.野球の指導
プロの場合、これまでは引退した野球選手がコーチになることが多かった。MLBでは心理学者、物理学者がベンチに入っている。若い選手も理論を知りたいと思うようになった。
コーチ、アナリスト、トレーナーがトライアングルで取り組むのがいい。コーチの経験値、トレーナーの解剖学的な解説、アナリストのデータ収集・分析の間で、互いに勉強しあう風土ができつつある。
全権を持つ監督より、球団(オーナー)がどういう野球をしたいかを考え、その考えを支えるチームが構成される。すると勉強したコーチやトレーナーを雇いたいということになる。
野球人口は減っている。最近は子どもが野球をしない。野球を子どもから選ばれるスポーツにしたい。例えば、昔はみんなが知っていたルールも知らない大学生がいる。
「36の基礎運動」(小俣よしのぶ)というのがある。いろいろな姿勢、重心、四肢の使い方を幼いころに知っていると、新しい運動を覚えるときに、経験した運動に近くてやりやすくなる。小さい頃の運動経験が運動学習の引き出しになっていく。山梨大の中村和彦教授は、小さいときの遊びが大事と言っている。遊びの中で、36の動作(跳ぶ、投げる、転がるなど)ができるようになるという。
生物学的年齢には個人差がある。その子どもの生物学的年齢にあった指導が必要。例えば、ドイツサッカー連盟の育成指針では生物学的年齢に触れている。暦年齢(実際の年齢)と生物学的な年齢(成長の度合いによる年齢)は2~3歳の差がある。
将来、どのくらい成長するのか、大きくなるのかをみる方法として、骨端線がある。骨の成長点のことで、骨端線が見えているときは、そこから骨が伸びる。180~190㎝の選手は骨端線が閉じるのが遅い。骨端線が閉じていないときにストレスがかかると怪我のリスクが高まる。骨端線が閉じる前に速い球を投げさせてはだめ。中学で閉じている人もいれば、大学生でも成長が止まっていない人もいる。見分け方は、掌のレントゲンで骨の間が空いているか、硬いひげが生えたか。
このように子供の成長に合わせて、運動の強度を決めるような指導が大事になってくる。
