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食のリスコミフォーラム「ウイルス性食中毒のリスク低減策」

2025年8月30日、食の安全と安心を科学する会(SFSS)主催「ウイルス性食中毒のリスク低減策」が開かれ、3名からの情報提供が行われました。最後にはオンライン参加者と会場参加者によって、話し合いました(東京大学農学部フードサイエンス棟中島董一郎記念ホールより配信)。

質疑応答風景

質疑応答風景

「食品衛生におけるノロウィルス対策の急所」 
秋田県健康環境センター保健衛生部 シニアエキスパート 斎藤 博之さん

最近のウイルス性食中毒の発生状況

令和6年に発生した食中毒の内ノロウイルスが原因のものは、事例数としては27%で第2位、患者数としては61%で第1位となっており突出して多い。新型コロナウイルス感染症の5類移行の前後でみると、ウイルス性食中毒は事例数、患者数ともに急激な増加が見られる。細菌による食中毒は夏に多く、ウイルスが原因のものは冬に多くなるという季節性があるが、最近では夏でもウイルスによる食中毒が発生している。ウイルスによる健康被害が拡大している一方で、ウイルス性食中毒を専門とする研究者が減っているのも気になる。
ヒトから排せつされたウイルスは、下水処理では完全に除去できないため、そのまま環境中に放出されており、二枚貝等の汚染につながっている。さらに、調理する人からの食品汚染や、ウイルス保有者の手や排せつ物からの感染拡大など感染経路は多様である。

食中毒原因物質 導入の歴史

1948年に食品衛生法が施行、食中毒統計が始まり、その後の調査研究の進展とともに原因物質は追加されていった。
1997年、5年間の調査結果を基にウイルスが原因と疑われる食品由来の健康被害について行政上の対応がなされた。3月の食品衛生調査会の答申を受けて5月30日付けで食中毒原因物質として小型球形ウイルスが追加され、全国で説明会も行われた。
2004年にそれまで小型球形ウイルスと呼ばれていたウイルスのゲノムが解読され、「ノロウイルス」と名称変更された。
2005年には福山市の老人施設での集団感染で死者がでたことが唐突に報じられ、一般社会においてノロウイルスが広く認知されるきっかけとなった。初めて目にする“新型ウイルス”に対する反響は大きく、「お腹を壊したら出社するな!」、「病院に行って陰性証明書をもらってこい!」などの混乱が相次いだ。一方、こうした事態を受けて予算が計上されノロウイルスの対策研究が本格的に始まった。

問題点が浮上

ノロウイルスが社会で認知されて21年が経過したが、いまだに細菌の一種だと思われている。食中毒予防三原則(つけない、ふやさない、やっつける)は細菌が対象であり、ウイルスの特性を考慮した対策が必要である。細菌は栄養があれば増えるが、ウイルスは生きた細胞でしか生きられないので「ふやさない」は意味がない。ウイルスはつけてしまったら冷蔵庫に入れてもだめ。加熱するとウイルスは死ぬが、その段階で安心してよいというものではない。
「キザミのり」によって起きたノロウイルス食中毒で認識されたことだが、加熱して袋詰めするときに人の手からノロウイルスが付着して食中毒が起きた。他にも加熱後の扱いに原因があった事例は多い。
2007年に食品中のウイルスを検出する方法としてパンソルビン・トラップ法を開発した。食品検体に添加した黄色ブドウ球菌の表面にノロウイルスに対する抗体を“のり”のように使ってウイルスをくっつけて回収する。捕捉抗体の供給源として、開発当初は医療用ガンマグロブリン製剤を用いていたが、現在は試薬用途のガンマグロブリンをインドの会社に製品化してもらっている。患者の検便、調理従事者の検便、食品残品から検出されたウイルスの遺伝子を調べると一致していて、加熱後の盛り付けなどに原因があることが確認できる。
病院給食も課題が多い。病院給食は調理工程が細分化されていたり(常食、刻み、妊婦食、糖尿病食など)、高齢患者の聞き取り調査が難しかったりする。コロナ禍では、外部業者の立ち入りに制限があり、調理担当者が体調不良でも厳重注意しながら調理にあたらざるを得ない局面もあった。今後また何らかのパンデミックが発生した際のBCPに盛り込んでおく必要がある。
生カキを食べたある症例では、2日間、便秘や腹部膨満感などの症状が出たものの嘔吐・下痢はなかった。回復して無症状となった後も18日間にわたってウイルスは排せつされた。調理従事者に対する健康チェックでは、「嘔吐・下痢」とは限定せずに「いつもと違ったことはないですか」など、聞き方の工夫が必要かもしれない。

「サポウイルス等の「その他のウイルス」による食中毒とその対策」
国立医薬品食品衛生研究所 食品衛生管理部第四室長 岡 智一郎さん

食中毒の事件数のTOP3はウイルス 27%、細菌 43%、寄生虫30%で、ウイルスの内訳ではノロウイルスがトップ。患者数で見るとウイルス性食中毒が過半数(57%)となる。
ウイルス性食中毒事件数、患者数は新型コロナ流行時の2020-2022年には減ったが、その後、新型コロナ前と同程度になっている。

サポウイルス

サポウイルスによる食中毒は、嘔吐、下痢、発熱、腹痛、頭痛などノロウイルスと同じ症状が出る。ノロウイルスと同様、汚染された水、アサリやカキなどの二枚貝、ウイルス陽性の調理従事者の関与する汚染食品の喫食が原因と考えられる。
サポウイルスの潜伏期間、症状がある期間はいずれも1~3日、感染者はウイルスが糞便中にたくさん出ること、不顕性感染者もいる点、さらにはサポウイルスによる食中毒発生施設として飲食店や仕出屋が多い点もノロウイルスと同様である。2012年には愛知県で弁当を原因として約650名が発症した大規模食中毒の報告もある。サポウイルス食中毒は毎年発生しているが、厚労省の食中毒統計にサポウイルスの名はなく、「その他のウイルス」として報告、集計され、数も少ない。現状、食中毒事例においては、ノロウイルスの検出と報告が最優先されている。サポウイルスとノロウイルスが同時に検出されている食中毒事例もあるが、ノロウイルスが検出された場合は、通常、他のウイルスの検索は積極的には行われないため、サポウイルスによる食中毒が見逃されている可能性がある。

A型肝炎ウイルス

A型肝炎ウイルスによる食中毒の症状は発熱、倦怠感、吐き気、黄疸、肝機能の悪化で、潜伏期間は2~7週間(平均4週間)とされる。感染者の糞便や汚染された水、アサリやカキなどの二枚貝、冷凍ベリー・野菜、さらにはウイルス陽性の調理従事者の関与する汚染食品の喫食が食中毒の原因として考えられる。全数把握疾患として報告されるA型肝炎患者は2006, 2010, 2014, 2018年と4年おきに小流行があったが、2022年の患者増加は認められず、2019年以降はA型肝炎患者は減少傾向にある。

E型肝炎ウイルス

E型肝炎ウイルスによる食中毒の症状は発熱、悪心、嘔吐、腹痛等の消化器症状や肝機能の悪化で、潜伏期間は2~9週間(平均6週間)とされる。二枚貝等が原因と推察された食中毒事例もあるが、最近は人獣共通感染症として、猪・鹿・豚の肉、内臓等の喫食による食中毒に注目が集まっている。E型肝炎も全数把握疾患であり、その報告数は2012年以降漸増し、2019年以降はA型肝炎の報告数をこえている。

加熱による不活化

ノロウイルスは85~90℃ 90秒以上、A型肝炎ウイルスは85~90℃ 90秒以上、E型肝炎ウイルスは75℃ 1分以上で不活化するとあるが、サポウイルスには掲載情報はない。
これらのウイルスについてはいずれも培養細胞での加熱不活化結果が報告されていること、ノロウイルスではヒトやゼブラフィッシュ、A型肝炎ウイルスではマーモセット、E型肝炎ウイルスでは豚を使用した加熱不活化評価も行われている。

「ウイルス性食中毒のリスコミのポイント」
SFSS副理事長、国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員 野田 衛さん

「食品安全文化」とは、組織全体で食品の安全を最優先事項と捉え、そのための価値観や信念、規範を共有することで、2020年コーデックス総会で採択された。これはノロウイルス対策としてとても有効だろう。2021年からHACCP制度が完全施行されたが、本当に一つ一つの衛生管理を行うことが理解されているだろうか。

予防四原則

コロナで減った食中毒はまた増加中で、患者の多数を占めるノロウイルス食中毒は冬に多い。その8割以上が調理従事者から食品への二次感染が原因で、不顕性感染している調理従事者の関与もみられる。ノロウイルスには毎年、小児を中心に数百万人が感染している。細菌性食中毒は予防三原則だが、ノロウイルスでは四原則(「持ち込まない」「拡げない」「加熱する」「つけない」)となる。「つけない」が大事だが、不顕性感染者、自覚症状のない患者からの長期間のウイルス排せつがあり、なかなか予防は難しい。汚染食材の加熱はHACCP管理になるが、二次汚染対策のためには、従業員の衛生管理や教育・訓練などの一般衛生管理が重要である。

原材料汚染食品対策

「大量調理施設衛生管理マニュアル」が平成29年6月に最終改訂された。対象施設だけでなく、小規模事業者もこれに準じた対策が基本である。「原材料汚染食品対策」として、従事者の健康状態のチェックなど仕入れ先の衛生管理体制の確認が重要。加熱後の管理が重要。例えば、刻みのりを介したノロウイルス食中毒事件では、刻み作業時に作業者から海苔が汚染され、包装後各地に流通し1~2か月後に発生した。
汚染リスクの高い食材は、ノロウイルスではカキ等の二枚貝など、E型肝炎ウイルスでは豚の食肉・肝臓、ジビエの食肉。サポウイルス、A型肝炎ウイルスも基本的にノロウイルスと同様であるが、A型肝炎ウイルスの汚染リスクは日本では高くない。加熱工程では、ノロウイルスは二枚貝で85~90℃・90秒となっているが、中が硬くなり美味しさの面からは課題もある。E型肝炎では豚肝臓等は75℃・1分加熱が必要。
加熱条件は、通常「D値」(菌数を10分の1にするのに必要な時間)を基に、菌数が10の6乗から7乗(6D~7D)減少する温度と時間で設定される。しかし、流通しているすべてのカキに10の6乗程度のノロウイルスが汚染しているわけではなく、汚染量が少なければ、より低温、短時間で殺菌できる。カキの輸出において、国内のノロウイルス検査で陰性なのに輸入先で陽性になりシップバックされることがあり、国際的な検査法(ISO法)の普及が必要。
加熱で安心せず加熱後の調理従事者からの二次汚染防止が重要。

手洗い

二次汚染防止対策として、手洗い・手指消毒や手袋の着用・交換が重要。マニュアルに従った手洗いを行っても、その効果には個人差がある。効果的な手洗いが身についているかを検証し、訓練してほしい。使い捨て手袋を着用していたにも関わらず食品が汚染され、食中毒に至った例は少なくない。手袋着用を過信せず、着用前の十分な手洗い、着用後の手袋表面の殺菌、手袋の交換を徹底することが大事。
コロナ禍でアルコール手指消毒が一般化したが、黄色ブドウ球菌は手荒れしたためか手指の汚染率は増加した。必要なタイミングで適正に手洗いや消毒をすることが大切。

調理従事者などの衛生管理

大量調理施設衛生管理マニュアルでは10~3月のノロウイルス検便検査を推奨しており、実際に同期間の検査が多い。ただし、検査の実施月や頻度等には事業所ごとに特徴がみられる。ノロウイルス陽性率は4~6月も高い傾向にあり、ノロウイルスの流行状況を考慮して検査を行うことが大切。
感染性胃腸炎の流行状況とノロウイルス食中毒の発生はほぼ重なっている。2025年2月はノロウイルス食中毒が急増したが、この要因のひとつとして、2月の気温や湿度が低かったためノロウイルス等による感染性胃腸炎が多く発生したことが考えられた。
同マニュアルではノロウイルス感染者の職場復帰には、検便検査でノロウイルスを保有していないことが確認されるまでの間、食品に直接触れる調理作業を控えるなど適切な処置をとることが望ましいとされている。その後再陽性になる場合もあり、復帰後の衛生管理の徹底が重要。コーデックスでは症状が消えて一定期間は職場復帰すべきでないとなっている。
嘔吐や下痢だけなく、従業員の詳細な健康チェックが大事ではないか。コーデックスでは食品中のウイルス管理に対する食品衛生の一般原則の適用に関するガイドラインの見直しが行われている。

パネルディスカッション「ウイルス性食中毒のリスク低減策」

講師3名と山崎 毅SFSS理事長の進行により質疑応答や意見交換を行いました。
カキの海域での汚染率とカキの加熱、ノロウイルス食中毒の発生時期の変化(夏場でも発生)、検便検査の頻度や検査項目、感染者の職場復帰の現場の対応等について質疑応答が行われました。

まとめ

最後に講師一人一人から結びのメッセージが伝えられました。
斎藤氏「加熱すれば大丈夫と思わず、口に入るまで十分に気を付けてほしい」
岡氏「不顕性感染の問題もあるが、少なくとも症状がある場合は、調理に関わらないことを徹底してほしい」
野田氏「工程管理も大事だが、従業員・事業者が食品安全をどう捉え、必要な体制を構築し、行動できるかが重要。言い換えれば『食品安全文化』醸成がノロウイルス対策に重要」