くらしとバイオプラザ21総会記念講演会「グローバルの創薬トレンドとスタートアップの動向」
2025年5月15日、くらしとバイオプラザ21総会記念講演会を開きました。お話は日経バイオテク編集長 久保田 文さんによる「グローバルの創薬トレンドとスタートアップの動向」でした。

久保田 文 さん
お話の主な内容
はじめに
これまで、読者の皆様、製薬・食品・化学企業の皆様、そして、ベンチャー、ベンチャーキャピタルの皆様に取材させていただいてきた。ことに、会場におられる歌田さん、黒川さんにはお世話になった。宮田満さんが創った日経BPに2002年に入社し、今日まで、日経バイオテク、日経メディカルで記者をしていた。2011年には「死なせる医療」、2020-21年は新型コロナワクチンを取り上げた。2023年から編集長をしている。
1.低分子薬と抗体医薬を中心に 創薬モダリティは多様化している
10億ドル以上売り上げた医薬品をブロックバスターというが、2023年のブロックバスター166品目の4割はバイオ医薬品やペプチド医薬だった。バイオ医薬品が増えていることは、特許が切れた抗体医薬品のヒュミラは後発品が出て1位から転落したが、次に1位になったのが抗体医薬品のキイトルーダであったことからも明らか。今は、肥満薬のGLP-1受容体作動薬が躍進中。
低分子薬が多かった時代から、遺伝子組換えでホルモンができ、抗体医薬品が増えた。さらに核酸医薬、細胞治療、遺伝子や細胞を入れる治療などがある。
核酸医薬品では、投与した核酸がそのままメッセンジャーRNA等に作用して疾患の原因のタンパク質が働かないようにする。体内遺伝子治療で、歩けない赤ちゃんにSMN遺伝子を外から入れて赤ちゃんが生き延びて歩けるようになった例もある。
白血病への細胞治療では、がん細胞を見つけて攻撃するように遺伝子を入れたT細胞を患者さんに戻すCAR-Tと呼ばれる方法もできており、これは日本でも投与されている。
ゲノム編集技術や塩基編集技術を取り入れた治療法も実用化に向かっている。例えば、鎌形状赤血球症候群のゲノム編集療法は英国で承認されている(日本には患者さんがいない)。
開発がかなり進んでいる(第3相または申請中)医薬品を種別ごとに見ると、低分子薬が半分を占め、抗体医薬が4分の1。疾病は1位のがんから、感染症、中枢神経疾患、免疫疾患、代謝性疾患と続き、これでほぼ7割近くを占める。
開発早期の医薬品の種別を見ると、低分子と抗体医薬が7割以上を占めるのは同じだが、がんがダントツ1位で、感染症、中枢神経疾患、免疫疾患と続き、8位に遺伝性疾患が出てきているのが注目される。
低分子薬では、これまでは鍵穴になるような部位に結合する低分子が多かったが、そのような窪みがなくても、張り付いて共有結合をして働きを抑える新しいタイプの医薬品が開発されている。
一方で、革新的治療薬のリスクコミュニケーションを考えてみる。iPS細胞を使った眼科疾患の臨床研究で移植された他家iPS細胞由来の細胞にがん関連遺伝子欠失の変異が見つかった。移植しているときに全ゲノム解析を同時に行って、がん遺伝子に変異があることがわかった。臨床研究は早期に中止されたが、手厚く観察して今のところは何も起きていない。欠失変異の場所が、がんの原因に関係ない場所だったこともあり、試験管や動物での実験結果も踏まえて、見いだされた変異ががん化につながるものではないと論文を発表している。
今もこの細胞株を提供し続けている。とても難しい説明で一般紙には書きにくいが、iPS細胞の移植が広がっていくなら、きちんと知らせ、一般の人にも広めなければならない。難しいが新しいサイエンスにはリスコミが重要だと思う。
2.従来製薬企業だけだった創薬の主体が水平分業によって多様化している
従来の製薬企業は薬づくりの上流から下流までを担当していたが、今は上流をアカデミア・スタートアップが占める割合が増えた。研究段階での実験等を中国、インドに外注する例も多い。
さらに研究から製造までを受託できるCDMOもあり、製薬企業は頭だけを使って、手を動かすところを水平分業できるようになっている。薬の種を作り出すスタートアップやアカデミアの役割りは大きい。
世界の医薬品開発品目で見るとベンチャー発が8割を占めている。がんと希少疾患の取引が多くを占めるが、この1年では相対的に減少する傾向。内分泌・代謝疾患、免疫・炎症性疾患が増えている。2023~2024年では、内分泌・代謝疾患、免疫・炎症性疾患を対象とした昔ながらの抗体医薬や低分子薬が多い。
抗肥満薬や代謝性疾患の薬は効果もあり、市場がある。ノボノルディスクとイーライリリーが市場を分け合っている。
免疫・炎症性疾患は低分子薬と抗体医薬が中心で、ベンチャーの買収が目立ってきた。免疫・炎症性疾患の領域は「一つの薬の中にパイプラインが多くある“pipeline-in-a-product”」となる可能性がある。これは、一つの薬がいくつもの疾患に使える可能性を秘めていることを意味する。開発中の薬をパイプラインというが、スタートアップにとってはパイプラインを持っていることが強みになる。
国内のスタートアップは何をやっているのだろう。低分子薬が多い。次は細胞医薬、抗体医薬は非常に限られており、国内の製薬企業で大規模に手掛けているのは中外製薬と協和キリンだけ。塩野義(世界では中堅クラス)はJTを買収し、低分子薬創薬に軸足を置いた。日本企業はビッグファーマみたいには振る舞えないが、コンベンショナルな抗体医薬、日本の低分子薬が再び注目されている。
3.米国のバイオ市況の低調ぶりやトランプ政権の施策によって効率やコストが重視される時代に
新薬開発成功までの道のりは厳しく、承認されるのは臨床試験に入ったもののうち8%以下。臨床試験失敗のリスクを誰が負うのか。これまでは、承認をされたときに失敗の損失を取り返してきた。
今は薬づくりのプレーヤ―が増え、資金源もベンチャーキャピタル、エンジェル投資と、リスクを負う人も多様になっている。
優良スタートアップに資金が集まり、スタートアップの統合も起こり、スタートアップの動向が株価に影響を与えている。
コロナの時はコロナワクチン開発への期待から米国のバイオ企業に資金が集まったが、ワクチンができて2021年をピークに米国のバイオ企業の株価は下がり停滞中。
この3年、バイオにお金が集まらない。バブルの時に集めた資金で帳尻を合わせている。以前は、臨床試験で有望な結果が出ると株価が上がりキャッシュリッチになり、薬開発にお金を回せたが、今はそれだけでは株価は上がらない。
アメリカの動向
コロナが明けてベンチャーへの投資が厳しくなり、今は厳選された数社に大規模な資金が集まる構図になっている。
アメリカでは成功体験者が増え、時間と費用を効率よく使って薬をつくろう!としている。以前に成功体験した人をCEO、ベンチャーCSOに引っ張って来るのが流行。集められた成功者はお金集め、行政との交渉もうまい。成功者のCEO、CSOをプールして初期開発を効率化するベンチャーキャプタルも登場している。独自技術を持つCROもいて、スタートアップとCROの関係が近くなっている。
トランプ政権の影響は多岐にわたっている。トランプは薬価を下げる大統領令にサインした。すると、医薬品の中間業者の取り分が減り製薬企業もダメージを受けるだろう。
質疑応答等
- リスクコミュニケーションをしなくてはならないが、先進医療は一般市民には難しいのではないかと言われた。どんな方法があるか。
薬の開発段階から患者に参画してもらうのが大事。日本の製薬企業は、規制で患者と企業の距離が遠いが、アメリカは患者団体が学会にも出席して高いレベルの質問をしたり、製薬企業にファンディングするなど対等な関係がある。 - 日本の創薬は世界から見てどうか。
日本の薬価は安いが、ワールドワイドで見るとそんなに悪くない。治験環境の良し悪しで投資に値する国かどうかが判断されるだろう。がんの領域はまだいいが、そのほかの領域の治験環境は決してよくない。海外のスタートアップや日本企業も海外で治験をしている。国内の治験環境は重要だと思う。
製造には工場用地だけでなく人の問題も解決しなくてはならない。抗体医薬で日本に工場があるのは中外と協和キリンぐらい。そこでも技術者の高齢化等が見られ、技術の継承、人材育成に取り組まなければならない。
アイルランドは長期で工場誘致の取り組みを行っていて、建屋があり、税制優遇して、製造のための人材育成もしている。人材育成では100のプログラムがあり、例えば、精製工程に特化したカリキュラムを特訓して数日で集中的にトレーニングすることもできる。アカデミックな座学だけではなくて、製造装置を使ったトレーニングもできる。このアイルランドのトレーニング体系は韓国に輸出されている。 - 今日はゲノム創薬の話が出てこなかったが。
ゲノム創薬は当然すぎて取り上げる時代は終わったのではないか。ゲノム情報だけでなく、臨床サンプル、臨床データなど高い品質で全てがそろっていることが大事。米国のあるスタートアップが、100~100数十人の炎症性腸疾患の臨床サンプルを集めてゲノム解析を詳細に行った。治療薬を入れる前後のサンプルをとってペアで分析している。サンプリング方法も細かく指導している。ゲノム情報のみならず、臨床サンプルの取り方、手順の全部に注意を払っている。高品質のサンプルなら限られた患者数であってもいいデータになる。