加藤記念研究助成贈呈式特別講演「睡眠のメカニズム」
2025年3月7日、加藤記念バイオサイエンス振興財団(※)は第36回研究助成受領者の発表と記念講演会を行いました(於 如水会館 東京)。
研究助成受領者への贈呈式の後、二つの講演がありました。お二人の演者は、かつて加藤記念バイオサイエンス振興財団の研究助成を受け、今、活躍中の研究者です。今回は「動的バイオナノ構造体を制御するペプチドデザイン」鳥取大学学術研究院工学系部門 准教授 稲葉央さんと、「睡眠のメカニズム」京都大学大学院薬学研究科 准教授 長谷川恵美さんが講演を行いました。長谷川さんのお話の概要を報告します。
なお、講演会の後は、研究助成受領者によるポスターセッションと懇親会があり、財団関係者も加わって、熱い意見交換が続きました。

講演される長谷川恵美さん
「睡眠のメカニズム」主な内容
生体内では様々な化学反応が起こりながら調和が保たれている。例えば、睡眠や覚醒にはドーパミンやセロトニンなどのモノアミンが強く影響したり、オレキシン不足が睡眠障害の一因になったりしているといわれているが、わかっていないことも多い。睡眠とは、身近な現象だが、なぜ寝なければならないのか、どうやって眠るのかはわかっていない。徹夜すると体調不良が起こり、風邪にかかりやすくなることは疫学研究でもわかっており、睡眠が重要であることは皆が認めるところ。
睡眠は脳の中の無数のニューロンによって制御されている。ニューロンの制御でノンレム睡眠とレム睡眠が交互に現れる。ヒトの場合、1サイクルが約90分で一晩に5回ほど繰り返される。
この研究の目標は「マウスが寝ているときと起きているときの神経活動や神経伝達物質の働きを観察し、睡眠と覚醒の制御機構を神経科学的に解明し、睡眠障害の改善に貢献する」こと。
例えば、マウスはチョコを食べているときは、「おいしい」「うれしい」などの感情が脳内に生まれているだろう。こういうときは、神経活動が盛んになってドーパミン(快楽物質)が放出される。
「ファイバーフォトメトリー法」を使うと、マウスの神経細胞や神経伝達物質の挙動をリアルタイムでイメージングできる。そこで、生きているマウスの睡眠時や覚醒時のノルアドレナリン、ドーパミンの挙動をリアルタイム観察した。マウスはチョコが好きで、チョコを食べるときのマウスの偏桃体(脳領域)を観察した。偏桃体は「嬉しい」「怖い」などの情動に関わる領域で、偏桃体内のドーパミン濃度は、チョコを食べると高くなり、食べ終わると低くなった。
この方法を用い、睡眠・覚醒時のドーパミンの濃度変化をみてみる。ノンレム睡眠からレム睡眠に移行するとき、一過的にドーパミンが上昇するピークが観察できた。ヒトとマウスのノンレム睡眠時の脳波をとると、ノンレム睡眠の時は振れ幅が大きく、レム睡眠では振れ幅が小さいので、このような脳波の形の違いからレムかノンレムを区別できることがわかっている。さらに、ノンレム睡眠時に光刺激を与えると、ドーパミン2受容体を発現する神経細胞をドーパミンが抑制してレム睡眠を引き起こすこともわかった。今回見つけた「ドーパミンピーク」は、ノンレム睡眠中にレム睡眠を開始するメカニズムである。
また、ナルコレプシー(寝てはいけない時に深い睡魔に襲われる)は覚醒状態の維持や睡眠サイクルが作り出せない病的な状態で、オレキシンの不足で起こる。ナルコレプシー患者に見られるカタプレキシー(情動脱力発作)は感情の高ぶりにより発生する発作症状で、意識があるのに動けなくなってしまう。ヒトがカタプレキシーになると突然脱力してしまうので、倒れて怪我を負うこともある。
人為的にナルコレプシーを発症させたマウスを用いて研究を行った。ナルコレプシーマウスは、強い情動が引き起こされると筋脱力が生じ、カタプレキシーが発症する。こういうときは、偏桃体で一過的にドーパミンが上昇し、カタプレキシーが引き起こされていることが分かった。健常者であれば抑制系(オレキシン系システム)が働いているので、カタプレキシーは起こらない。ノンレム睡眠からレム睡眠に移行するとき、ドーパミンの一過的上昇が起こるように、ナルコレプシー患者におけるカタプレキシーはドーパミン濃度の急激な変化のせいだったかもしれない。偏桃体のドーパミンレベルを制御してレム睡眠に陥るのを回避できたら、突然脱力するナルコレプシー患者を助けられるのではないか。
どうして眠らないといけないのか、高齢者の不眠はなぜ起こるのか、睡眠障害の病態解明と治療につなげていきたい。
※加藤記念バイオサイエンス振興財団
加藤記念バイオサイエンス振興財団は、協和発酵工業株式会社の創立者である加藤辨三郎氏の「サイエンスを通じて社会の発展に寄与したい」との遺志を継いで、1988年に設立されました。加藤氏は生命科学者であり、経営者であり、1952年には在家仏教協会を設立するなど信心深く、多くの研究者に影響を与えた方でした。これまで同財団ではメディカルサイエンス・バイオテクノロジー・環境バイオ分野の優秀な若手研究者への研究助成を行ってきました。助成を受けた研究者は今も国内外で活躍し、一部の助成受領者は選考委員などとして財団の活動を支えています。