講演会「ゲノムで変わる食生活」
2024年12月9日、たまつホール(兵庫県神戸市)でコープこうべ組合員学習会として講演会「ゲノムで変わる食生活」が開かれました。講師は大阪大学大学院工学研究科 教授 村中俊哉さんです。冒頭、くらしとバイオプラザ21からは、現在、届け出られたゲノム編集食品一覧が消費者庁のWEBサイトで公開されていることや、日本で開発されたゲノム編集食品(GABA高蓄積トマト、成長の早いトラフグとヒラメ、肉厚のタイ)のその後を紹介しました。
村中俊哉さんのお話
くらしとバイオプラザ21から話題提供
主なお話の内容
原種から農作物へ
生物の力を私たちはいろいろな場面で使っている。私は現在、ほぼ100%輸入に頼っている甘草の成分(砂糖の150倍の甘さ)を、酵母や栽培しやすい作物でつくる研究開発や、ゲノム編集技術を使って毒のできにくいジャガイモの研究をしている。
ゲノム(生物のなかのDNAの並びの集合体)は、4つの塩基の組み合わせから成り、その配列で生物が決まる。
1996年、ラン藻という原核生物の全ゲノムが解読された。350万塩基という長さだった。
ゲノムから作物をみると、ジャガイモはサツマイモよりトマトに近いナス属。ナス属には毒があるがトマト原種からは毒がない品種が作られ、今は多様なトマトが誕生している。
ジャガイモはチョロギの形みたいな小さなイモをつくる先祖から今に至るまで毒が除けない。ジャガイモの食中毒は毎年起こっている。吐き気、下痢、手足のしびれなどが起きる。食中毒が起きた小学校に畑を見にいったら、メイクインの植え方が浅すぎて日が当たってイモが緑になっていた。日に当たるとアルカロイドという種類の毒ができる。
この毒はSGA(ステロイドグリコアルカロイド)といわれ、ソラニン、チャコニン、トマチンなどがそれに入る。えぐみがある。トマチンは緑の葉や、未成熟で緑のトマトに含まれる(売っている緑のミニトマトは大丈夫)。ジャガイモは光にあたると毒ができる。ジャガイモは世界で大量に作られているが、毒を気にせずに食べられるジャガイモは未だにできていない。
植物の成分は連続した化学反応ででき、いろいろな酵素が働いている。食中毒を起こす成分をつくる酵素が何かがわかれば、その酵素の元となる遺伝子を破壊できれば、毒のないジャガイモができるはず。紫外線にあたるとDNAが切断されるが、修復する力が生物には備わっている。しかし、たまには、DNAの欠失、置換、挿入といった修復ミスが起こる。これが突然変異。
例えば、日本で食べているジャポニカ米と異なり、インディカ米はパラパラ落ちる。後から調べたらDNAの1塩基の違い(置換)によってイネの性質が大きく変わっていた。
授粉しなくても実がなるナス(単為結果)には生産者メリットがある。ナスは虫媒が多く、ハウスだと人工授粉が必要。単為結果も調べてみたら植物ホルモン合成遺伝子のDNAが4600文字抜け落ちていた(欠失)。
昔の人は、栽培しているものから、栽培に適した個体を探しだし、栽培に適した品種にしてきた。遺伝子が書き換わっていることは知らなかった。ゲノム技術については倫理的な問題があるという人もいるが、農作物でできることと、ヒトを対象とするときは全く別に考えるべき。
ジャガイモにできる自然毒
ジャガイモの毒成分であるSGAができる鍵になる酵素SSR2を見つけた。一般に植物にコレステロールは少ないが、ナス科にコレステロールが多いのはコレステロール合成に関わる酵素SSR2があるからだとわかった。酵素SSR2を作る遺伝子をつぶせないか。酵素SSR2をつくる遺伝子のところだけ壊せるといいが、狙ったところだけを壊す技術は最近、誕生したばかり。それがゲノム編集技術。この技術はこれまで3世代、進歩している。
1996年 ジンクフィンガー(ZF)というゲノム編集技術ができた。これは切れにくく高価。
2010年 ターレン(TALLEN)ができた。これはかなり熟練した人なら使える技術。
2012年 クリスパーキャス9ができた。これは安価で切れ味がよい。細菌に感染するバクテリオファージは、感染したことを覚えていて再来するとすぐに攻撃する特別な配列を持っている。この配列を見つけたのは日本人なのだが、クリスパーキャス9はこの仕組みを利用してシャルパンティエとダウドナが発明した技術で、2020年にノーベル賞を受賞。これは論文発表から最速の授賞だった。
遺伝子組換えってなに?
青い色素をつくる遺伝子がないバラに、外からパンジーの青い色素をつくる遺伝子を入れてできたのが遺伝子組換えの青いバラ。
遺伝子組換えでは、通常自然界では起こりえない現象であるため、環境影響や食への影響を慎重に調べる必要があるという考えから、規制や表示義務がある。遺伝子組換え作物は、実は、きめ細やかな毒性試験などを膨大なコストをかけて行っているため、最もよく調べられた超安全な作物といえる。今では青い菊がアメリカで大人気になったり、青いコチョウランも民間企業から販売されたりしている。
ゲノム編集技術を使った品種改良
ゲノム編集は効率よく突然変異を起こす技術ともいえる。
ジャガイモやパスタコムギは染色体が4セットある4倍体。パンコムギは6倍体。ゲノム編集技術を使うと変異を入れやすいが、これらの倍数体では、すべての遺伝子に変異を入れないといけないので大変である。
ゲノム編集生物のカルタヘナ法上の取り扱いで、外来遺伝子が認められず規制対象にならないことがわかると、野外で栽培試験ができる。
ゲノム編集ジャガイモに外来遺伝子がないことを確認し、大阪大学は農学部がなく圃場がないため、つくば市の農研機構で2021年から研究目的の野外試験栽培を行った。このジャガイモはゲノム編集では研究目的の野外試験の1番手になった。2年目の試験で、2022年6月には従来品種と遜色のない程度に収穫できた。ジャガイモは露地栽培を行う作物。小規模のハウス栽培でよい結果が出たとしても、圃場で栽培して農業形質を評価しないと実用化にはつながらない。
食品衛生上の扱いとこれから
ゲノム編集作物において、外来遺伝子が残存しているどうかをみる。自然界で起こる範囲と見なすことができれば、組換え食品としての規制対象外となる。データをもとに、組換え作物に該当するかどうか、消費者庁と事前相談をすることになる。
ジャガイモの毒成分であるSGAをつくる酵素SSR2の次の反応に関わる酵素の遺伝子を壊したジャガイモは、土に植えるまでは芽がでないことがわかったので、今は他の酵素も壊す研究をしている。
国内でのジャガイモの主要な生産地である北海道では、秋に収穫する。低温で保存してもある程度芽が伸びてしまうことなどから、長期間の保存は困難である。2016年に台風で北海道のジャガイモ産地が甚大な被害を受け出荷量が大幅に低下し、翌年ポテトチップスが一時販売休止となる事態も生じた。このように芽がでて長期間保管できないと安定供給ができなくなる。また、ポテトサラダの工場を見学したところ、芽かき(芽を取り出す作業)は人が行っていたが、その手間と廃棄部分を考えると、芽の毒をめぐるコストは小さくない。
現在、ゲノム編集技術を使っていろいろな作物の研究が進められている。毒のできないジャガイモだけでなく、赤カビに強い小麦、育てやすいユリなど。またクリスパーキャス9は海外の特許なので、国産のクリスパーキャス3を開発中です。期待してください。
質疑応答
- はさみはどうやって狙った場所に行くのか。
クリスパーキャス9の場合、切るべき場所にピタッとくっつけるのがガイドRNA。ガイドRNAは、狙う場所の遺伝子配列がわかったうえで、デザインする。 - 保管中、日に照らされるとゲノム編集ジャガイモはどうなるのか。
保管中に日にあたってもSSR2が壊れているので、ソラニン、チャコニンはできない。 - 品種改良したジャガイモは種を取っていくうちの先祖返りしないのか
切れたところが先祖返りする可能性は低いがゼロではない。性質が変わっていないことを都度、確認しながら種イモとして使っていくので、問題ない。 - 研究にはゲームのような面白さがあるではないかと思う、これから挑戦したいのは?
例えば、バラには青い色素をつくる遺伝子はないが、それに似た遺伝子をバラが持っている。これを少しずつ変えていけば、遺伝子組換えをせずに青いバラができるかもしれない。また、今は食べられていない原種にゲノム編集を使ったら新しい農作物もつくれるのか。もしかしたら、雑草の遺伝子も変えていけば食べられるようになるのか。そんなことを考える。 - 食品衛生法上は、組換えDNAに該当しないとはどういう意味か?
遺伝子組換え体には外来遺伝子が残存している。ゲノム編集でできた作物に外来遺伝子が残っていなければ、遺伝子組換え体としての審査の必要はない。 - 外来遺伝子とはどういうものか?
一般に科を超えると掛け合わせができない。外来遺伝子は、自然界では起きないような科を超えて入って来た遺伝子という意味。
まとめ
ゲノム編集は育種のひとつのツールだが、新しい技術だから情報開示をしよう! ゲノム編集技術は、すでに開発されている良い品種にちょっと良くしたいと考えた時に、ピンポイントで変えられる“ファインチューニング”に適している。例えば、ゲノム編集で、もち米のように糖の性質を変えると、モチモチしたジャガイモもできる。また、「イモの水分調整がうまくできるジャガイモ」を作ることができたら、冷凍保存しても味が落ちないおいしいジャガイモとなるかもしれない。