「IARC(国連・国際がん研究機関)の不正問題~ジャンク研究と科学的語法への対処法」
2024年11月22日、国際文化会館で「IARC(国連・国際がん研究機関)の不正問題~ジャンク研究と科学的語法への対処法」(アグリファクト・食の信頼向上をめざす会共催)が開かれました。会場には約50名、オンラインで300名が参加しました。司会は、アグリファクトの浅川芳好さんでした。
司会 浅川芳好さん
基調解説 唐木英明さん
基調解説
「IARCグリホサート・アスパルテームの不正評価問題」
唐木 英明氏(東京大学名誉教授・食の信頼向上をめざす会代表)
IARC(国際がん研究機関)
IARCは発がん性を同定し、可能性があれば示す組織で、実生活とつながる情報を提供しているわけではない。これに対して日本の食品安全委員会は現実の生活の中でがんが起こるかどうかという視点に立っている。
IARCでは、グループ1(ヒトに対する発がん性ある)、グループ2A(おそらく発がん性がある)、グループ2B(ヒトに対して発がん性のある可能性がある)、グループ3(分類できない)に分類して判定する。
アスパルテーム
アスパルテームは非糖質系甘味料として100か国以上で長く利用されている。
2023年 IARCではアスパルテームをグループ2Bとした。同時期にJECFA(FAO/WHO合同食品添加物専門家会議)では、アスパルテームは安全だと発表して消費者は混乱した。日本では食品安全委員会がすぐに情報提供を行った。
グリホサート
2001年 アメリカ農業者健康調査(AHS)はグリホサートと非ホジキンリンパ腫は関連性がないと発表した。2005年も関係なしと発表している。
2015年 IARCはグリホサートをグループ2Aと発表した。
2018年 AHSはグリホサートに発がん性はなしと再び発表したが、IARCは主張を変えない。ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ、韓国などの世界の食品安全規制機関がIARCに反論している。
2012年 セラリーニはラウンドアップ(グリホサートの商標名)に発がん性があるという動物実験の結果を発表し、それを、「世界が食べられなく日」という映画を作って公開した。論文は取り下げられている。このときの乳がんができたネズミの写真がセンセーショナルに報道された。毒性学者からみるとコントロールのネズミ10匹のうち5匹にがんができていたり、きわめて薄く希釈されたランドアップががんを起こしたり、動物実験として問題が多いものだった。このネズミのがんは自然発症のがんだったのではないかと考えられた。
ラウンドアップでがんになるという噂がひろがったところで、ラウンドアップでがんになった人を救う訴訟を起こそうという呼びかけが始まった。
2018年 モンサントはバイエルに買収され、2020年 バイエルは1兆円で和解した。その後の22件の裁判のうち、15件でバイエルが勝訴している。
ラウンドアップはなぜ悪役になった
1974年からラウンドアップは20年間、安全な除草剤として使われてきたが、1996年 遺伝子組換え反対運動において、除草剤耐性作物とセットになっているラウンドアップの使用禁止が訴えられるようになる。この除草剤が使用禁止になると遺伝子組換えの8割が栽培できなくなる。
2015年 環境団体と法律事務所のメンバーがIARCに所属し、IARCはラウンドアップをグループ2Aにし、ラウンドアップは訴訟ビジネスの犠牲になっていく。
ケイト・ケランドさんの情報発信
そんな中、2016年 記者のケイト・ケランドさんは「グリホサートに発がん性があるのか」という詳細な論評を次々に発表。2017年にIARCは反論しているが、これは科学的とは言い難いものだった。ケランドさんは外国報道協会年間最優秀科学記事賞(2017年)、ロイター企業報道年間最優秀記事賞(2018年)を受賞している。攻撃も受けたという。
このたび、「食の新潟国際賞大賞」を受賞し、授賞式のために来日された。
ケイト・ケランドさんと唐木英明さん
特別講演
「ジャンク研究を論破し、誤情報を暴く:
誠実で正確な科学コミュニケーションの重要性」
ケイト・ケランド氏(CEPI首席科学ライター・元ロイター通信記者)
ロイター通信科学記者のとき、2015-2017年にIARCの調査を行い、記事を書いた。ヒヤリングを申し込んだが返事をしない人も多かった。
私自身は疑問をもって質問をしていくのが好きで、強い好奇心を持っている。可能な限り誠実で正確な内容を書きたいと思っている。科学コミュニケーションは副次的だと思う人もいるかもしれないが、誤情報の中で私たちは生きていて、悪いコミュニケーションの中におかれているかもしれず、科学コミュニケーションは重要。まず、情報は正確で客観的でなくてはならない。陰謀論なども含めて噂は早く伝わる。私たちにとって正確な理解、正しい科学コミュニケーションはとても大事。
そこで、科学ジャーナリストは科学の完全性を維持しなくてはならない。それができないと、現実的で長期的な脅威を消費者に与えるようになる。例えば、ワクチン接種への中傷は接種率を低下させたり、予防可能な人を死なせてしまったりしているかもしれない。悪いコミュニケーションは人々に混乱、疑念、不安をもたらす。
ジャーナリストは正確な情報を正直に伝える。良いコミュニケーションは知識共有の道具であり命を救うこともできる! 一方、コミュニケーションは諸刃の剣でもあるので、一瞬にして反対の働きを持つこともある。そこで、ジャーナリストは「わからないことは書かない、言わない」を徹底しなければならない。
研究者には、市民と関わり合い、サイエンスコミュニケーションを経験し、耳を傾け、関与し、探求してほしい。良いコミュニケーションは肯定的で、事実に基づいている。それは相手への理解につながり、尊敬し信頼するようになる。
グリホサートについて言えば、2015年にIARCは評価を行い、グリホサートの発がん性を認めた。100のデータの中では被害は小さかったが、IARCは潜在的なリスクだと評価した。一方、非ホジキンリンパ腫との関連性がないことは明らかだった。同じ人がIARCの判定、グリホサート保障、組換え反対の環境保護団体と重複していたことが気になった。
質疑応答と話し合い
「IARC 不正問題と科学的誤報を乗り越えるために」
- 質問 IARCの発表がおかしいとどうして気づいたのか
気づいた人はいたかもしれないが、IARCのデータを紐解いていく人は他にいなかったのだと思う。私は好奇心が強い。 - 質問 論文がまちがっていたらどうやって確かめるのか
私は科学者でもジャーナリストでもない。イギリスではサイエンスメディアセンターが科学報道を評価している。独立した外部からコメントできる人2~3人にアクセスして調べた。私は真実と思わないことを絶対に言わないし、書かない。
そして、研究者も科学コミュニケーションを勉強すべきだと思う。
科学ジャーナリストに必要なことは質問すること、わからないときは聞き返せるようになることだと思っている。理解するとは、何も知らない人に説明できるくらい理解しなければならず、それができなかったら発信しないこと。科学者は忍耐強くメディアの質問につきあうこと。
質疑応答
(はケランドさんの回答)
- 質問 誤報を発信する人とのコミュニケーションは必要か
間違った情報を流す研究者には研究が未熟で誤報を流す人と、信念に基づいて誤報を出す人がいる。前者とは大いに話し合って理解を深める。 - 質問 なぜグリホサートが非難されるのか。
グリホサートが標的にされたのは反GM遂行のために必要であったのだと思う。 - 質問 オールドメディアが生き残るためには何をしたらよいか
オールドメディアの仕事のひとつはファクトチェックだと思う。消費者を水辺につれていっても、水を飲ませることはできない。ジャーナリストは消費者が良い情報にアクセスできるように準備することで、情報を収集するかどうかは消費者の問題。