第2回オンラインセミナー「ゲノム編集食品 最前線~人と地球のためにつくられたゲノム編集タイとフグ」
NPO法人日本バイオ技術教育学会設立30周年記念オンラインセミナー「ゲノム編集食品 最前線~人と地球のためにつくられたゲノム編集タイとフグ」が2024年11月6日に開かれました。同学会理事長 安齋 寛さんによる開会のことばでセミナーは始まりました。第1回ではゲノム編集技術を使ってつくられたGABAという健康増進に役立つアミノ酸を蓄積したトマトのお話でした。今回は同じ技術でつくられた肉厚のタイと成長の早いフグについて、開発者である京都大学 木下政人さんにお話しいただきました。農作物や家畜と大きく異なり、魚では品種改良の歴史が短いという背景から、初めての情報が多いセミナーでした。
安齋 寛さんの開会のことば
木下政人さん
主なお話の内容
言葉の説明と整理
DNAは細胞の核の中に染色体という形で糸を巻いたような形になっていて、のばすと長いひも状になる。ヌクレオチドはDNAを構成する部品で、A、T、G、Cの4種類がある。4色のブロックのようになっていてつながるとDNAになる。DNAには情報を持たない部分と特定の並びによって遺伝の情報を示すものがあり、後者を遺伝子という。
遺伝子やDNAのすべてをゲノムといい、生物はそれぞれ独自のゲノムを持っている。ゲノムが決まると生物が決まり、ゲノムを変えると生物は変わる。
育種
皆が食べているもの(野菜、家畜)は、原種から何千年もかかって今の食物になっている。トウモロコシはテオシントという原種から数千年を経て実がたわわに実るようになった。トウモロコシになったとき、テオシントの中のゲノムは変化している。粒が多くて、大きいものが選ばれた。このほか、キャベツ、カリフラワー、ケール、芽キャベツも、もとはひとつの野生種。人に役立つ形質を集められて作物になっていることがわかる。
動物の育種も同じ。例えばオーロックスという牛が変化して肉牛や乳牛になった。このプロセスで牛の原種のゲノムが変化し、人の役に立つ乳牛や肉牛になっている。遺伝的形質を改良して有益な生物を得ることを「育種」という。
ある生物のゲノムが自然に変化するのは「進化」、ゲノムを人の都合で変化させていくのが育種。ゲノムの変化は進化でも育種でも同じ。人はゲノムを変化させたものを食べてきた。人は生物のゲノムに手を加えてきた。
従来育種とゲノム編集育種
ゲノムは傷つけられた時に変化する。ゲノムは自然放射線、天然物質、紫外線、化学物質によって傷つき、生物はDNAがこわれると修復する性質がある。たまに修復ミスがあるとDNAが短くなったり、ヌクレオチドが置き換わったりする。これは外的要因によってゲノムが変化していることになる。これに対して、細胞は増殖するとき、例えば、受精卵の細胞が増殖していく時にゲノムもコピーされていく。1万回から10万回に1度くらいコピーミスが起こる。これは細胞自律的なゲノムの変化といえる。
イネにとってモミは広く散らばるほうが戦略的だが、散らばってしまってはヒトにとっては収穫しにくい。日本で栽培されているジャポニカ米はモミが散らばらない。イネゲノムに傷がついて修復されるときに変異が起こって、モミが散らばらないようになったと考えられる。このような人間に都合のよい性質を獲得する間には、偶然を頼りに起こる変異がゲノムに入り、それが繰り返されると、不要な変異も蓄積されている。
散らばらないイネのゲノムを解読したら、散らばらないようになるにはqSH1という遺伝子のヌクレオチドひとつに変化が起こっていたことがわかった。
ならば、そういう「1か所」を改変すればいい! それができるのがゲノム編集技術。ゲノム編集技術を使うと余計な変異を起こさず必要な変異を1か所だけに入れられる。
これまではどこに何か所傷が入ったかは不明だったが、ゲノム編集は狙ったところを切るだけの技術だから狙って切った位置がわかる。
水産業でのゲノム編集技術の活用
天然マダイと養殖マダイならどちらがいいと思いますか。天然ものを選びますか。天然・自然を好む人はいるが、天然のヘビイチゴと品種改良したイチゴ「あまおう」なら、「あまおう」を選ぶ人が多いでしょう。植物由来の食物には1.2万年の育種の歴史があるので、消費者が選びたくなる作物がたくさんできている。海産物の育種の歴史はたったの50年。水産物の育種、品種化は進んでいない。
最近は、魚には良質の油があるので、健康志向で魚が好まれるようになっている。また、社会が進むと炭水化物よりタンパク質を好むようになることが分かっており、これが人口の増加が著しい東南アジアやアフリカで起こっている。このことから、たんぱく質危機が心配され、天然資源保護の意識が高まり、養殖業は世界的に発展中。海外では漁獲より養殖の方が多いのに、日本の養殖は減少中。この理由には日本の水産業従事者の減少、漁業経営者の収入が少ないなどが考えられる。小規模経営、高齢化、魚粉などの飼料の高騰の中で日本の水産業はやっていけるのか。世界に太刀打ちするには高品質、優位性、低価格で世界と戦わなければならない。だからといって、魚の品種改良で、原種のテオシントからトウモロコシを得たように数千年はかけていられない。
ゲノム編集で世界に太刀打ちできる魚をつくろう!
肉厚のタイを作ることにした。牛やマウスにもあるミオスタチン遺伝子を変化させて、筋肉量を増やそうと考えた。欧州には、原種であるオーロックスよりも筋肉量の多い牛、ピエモンテ(ヌクレオチドひとつ置換)、ベルジャンブルー(11ヌクレオチド欠落)がいる。両方ともミオスタチン遺伝子が変化していた。ミオスタチンは筋細胞の増殖と成長を調整するタンパク質だから、メダカのミオスタチン遺伝子を変化させたら筋肉質のメダカになった。ならば、これをタイでやろう!
産卵期のメスのお腹を押すとメスから100万ほどの卵が得られ、オスのお腹をおして精液を取り出して人工授精する。できた受精卵にガラスの針でクリスパキャス9とガイドRNAを注入する。実際はマダイの受精卵にRNAとタンパク質を注入した。DNAは入れていないので組換え体にはならない。入れたRNAとたんぱく質はやがて消滅してしまう。
その結果、肉厚のタイができた。見た目も丸くて厚みがある。体重は1.2~1.6倍になった。筋肉が狙い通りにつくようになるのに2年かかったが、近畿大学で選抜育種をして魚の品種をつくって安定させるのに30年以上かかり、形質を固定させるのに50年かかっていることを考えると短い。ゲノム編集では、外来遺伝子を入れずに従来育種を加速できる。元からある遺伝子を変化させて、飼料利用効率が14%改善(同じ量の餌で筋肉に転換する効率がいい)し、頭が小さくて内臓が少ないために廃棄率も減った。餌が少なくて済むので水槽も汚れない。
市民の不安はどういうものか
「食品としての安全か」「アレルゲンなどはできていないか」「海でゲノム編集魚が増えすぎないか」などの声があるが、生物としての変化は微小で想定内だと考えている。
できたタイのゲノムはどうなっているのか。どのくらい、DNAは変化したのか。筋肉が増えたマダイは8億個あるヌクレオチドのうち、8個が欠落していた。
天然マダイ2匹の全ゲノムを解析して比べたら、2個体間で1個の欠落が20万か所、8個の欠落が2万か所、14個の欠落は7000か所、100個の欠落は77か所だった。これが自然界で起こっているゲノムの変化。これからわかることは、ゲノム編集によって起きる変化は自然で起こっている程度の変化であること。
スマート陸上養殖で世界に貢献したい
水質を管理しやすい、健康状態を観察しやすい、トレーサビリティが確保できる。AIやIoTも利用できる。
温暖化の影響は海にも現れている。海水温が上昇して海面で養殖していた魚が死んだり、東北ではホタテが死んだりした。北海道でブリがとれるようになったりしている。トラフグの生息域が北上し、マフグと交雑して毒の蓄積部位が変わった交雑フグを食べて中毒が発生している。陸上養殖なら水温管理ができるが、経済的に見合わない。
一方、天然魚を陸上養殖したらストレスで死んでしまうが、ゲノム編集魚は陸上養殖で育っているので適応できる。そういう魚をつくったり、市場ニーズに合わせた魚をつくったり、地域の特産魚をつくったりできる。さらにAIやIoTを取り入れて、高品質なゲノム編集魚の陸上養殖を成り立たせたい。海の作業は危険が伴い、就労時間が定まらないが、陸上養殖なら管理できるので漁業従事者も休暇がとれて、消費者は品質が安定した魚を得られる。ゲノム編集魚を持っていかれないように現地で加工すると、雇用創出、地域活性化、資源保護ができる。
現在、上市しているのはタイ、フグ、ヒラメで、表示して販売している。QRコードで、つくられた方法やトレーサビリティを調べられるようにして販売している。
ゲノム編集は魚だけでなく、畜産物、農産物の育種にも有効だと考えている。
質疑応答
- 耐病性はどうか
編集する遺伝子による。筋肉が多いと病気に弱いかもしれないが、耐病性を付与することもできる。 - 三倍体等にして不妊化する研究はしているか
はい、研究している。 - EPA、DHAを高めた魚はできるか
研究中だが、飼料や腸内細菌でも増やすことができる。 - 商品化するときの強みは
ゲノム編集でできた魚は、今までと同じ飼育方法でどこでも陸上養殖ができる。 - 料理店、販売店での表示は可能か
料理店ではゲノム編集魚であることを知らせて売ってほしいと伝えている。製品にはラベルをつけている。 - 採算は合いそうですか。どうやって採算を合わせていくのか
採算が合う所には至っていない。優位性をつけていく。きれいな水で飼育している。大量生産で価格が見合うようにしていく。一方、現状のタイと同じ値段まで下げて現在の養殖業者を困らせないために、付加価値をつけて少し高めの価格がいいと思う。 - 肉厚のタイは外海でも生きられるのか
肉厚のタイは筋肉がもりもりで泳ぎが下手で餌がとれず、天然では生き残れないだろう。 - 味は?
マダイは触感が柔らかく、加熱するとほくほくと甘みがある。トラフグは成長が速いだけで味は変わらない。 - ワクチンなどは使うのか
ゲノム編集で耐病性が落ちるかもしれないが、ワクチンを使うよりも、水をきれいに管理して病気になりにくくする方針で進める。 - ゲノム編集する魚種は
計画的に受精卵がとれることと、養殖可能なことが条件。養殖可能な魚ならゲノム編集で商品化の候補にはなる。ゲノム編集マグロの商品化は難しいと思う。 - 哺乳類のミオスタチンをゲノム編集で操作できるか
動物愛護の問題で反対が多い。角のない牛をゲノム編集でつくり、農家には歓迎されたが動物愛護団体の反対活動で研究は止まった。
遺伝子組換えでは25年以上、健康被害は出ていない。ゲノム編集したから新たに有害性がでるはずはないと考えている。