コンシューマーズカフェ「フードテック、精密培養って何?~新食品の考え方を整理する」
2024年8月1日、コンシューマーズカフェ「フードテック、精密培養って何?~新食品の考え方を整理する」を開きました。東京大学名誉教授 山川隆さんをお招きし、「オールドバイオ」「ニューバイオ」などの聞きなれた言葉も交えて、科学技術を使って作られた食品を俯瞰し、新しい食品のとらえ方を考えました。
オンラインで説明される山川先生
山川先生
お話の概要
1.フードテックとは?
フードテックとは省エネ、安定供給、健康増進をめざして食糧・食品生産に資する技術のこと。調理・給仕ロボットなどの関連機器に関わるものと、食品そのものにかかわる技術に分けられる。農林水産省のフードテック官民会議では、関連機器には、ロボットの他に植物工場、食器が含まれるとし、食品では遺伝子組換え、ゲノム編集、代替肉、昆虫食、機能性食品などの新食品だけでなく宇宙食も含めている。
2.オールドバイオとニューバイオ
オールドバイオとは、伝統的に使われてきた従来のバイオテクノロジーとその延長の技術(醸造、発酵、交配育種、人工授精など)をさす。
1970年代に分子生物学が生まれ、1990年代以降、遺伝子組換え作物、新育種技術へと発展した技術や精密発酵ができた。これらはニューバイオといえる。ニューバイオから生まれた食品は新食品となる。
遺伝子組換えとは、生物に外来の(すなわち異なった生物種の)DNA断片を導入することで、作物では除草剤耐性、害虫抵抗性、乾燥耐性などの形質が付与されたものが作られている。これらは安全性を考えて規制の対象となっている。ゲノム編集はDNAの特定の位置に変化(変異など)を起こさせるもので生物の性質が変わり、育種の効率が著しく向上する。遺伝子組換えでの変異は外来DNA断片の導入が元の細胞のDNA上でランダムに起こるので、目的の組換え体を得るために栽培試験では何万もの株から選抜する。それには時間と人手、資金がかかる。ゲノム編集は効率的で数百から千程度の株の中から目的にあった株を選抜している。
3.遺伝子組換えとゲノム編集
遺伝子組換え食品の輸入や販売には規制があり、承認を受け、原則として表示をしなくてはならない。現在、日本で実用化されている塩基配列欠損型のゲノム編集食品に対しては、法律上は遺伝子組換え食品のような規制はなく表示義務もないが、情報提供が推奨されており、実際には情報提供が行われて表示もされている(情報提供せずに事故が起こると食品衛生法違反の対象になる)。
環境省では、生物多様性保全のための条約に基づいて作られたカルタヘナ法に照らし合わせ、ゲノム編集を以下のように3種類に分けて解釈している。
SDN1はDNAの切断部位が自然に修復した時に起こる変異、欠落にあたり、これは規制の対象外。
SDN2は切断部位に1~数塩基のDNA断片が入った場合であるが、外で加工したDNA断片でも自然に起こる変異とみなすことができる場合は、規制の対象外。自然には起こらない場合は遺伝子組換えとしてチェックが必要(規制あり)。
SDN3は、DNA断片が組み込まれるので遺伝子組換えとしてチェックが必要。
すなわち外来遺伝子がなければ組換えではない。遺伝子組換えでもゲノム編集でも、外来遺伝子が入っていたら遺伝子組換えとして規制の対象。工程で一度DNA断片を入れても、最終製品でなければ組換えではない。
EUはプロセスベースだから、人為的な変異であるゲノム編集も組換え扱い。
日本はプロダクトベースだが、一部だけプロセスベースを入れて判断している。
日本で遺伝子組換えの食用作物の商業栽培はなく、栽培されているのは花のみ。安全が確認されて輸入されている遺伝子組換え食品は消費者庁のHPで公開されている(2024年3月現在334品種)。
遺伝子組換え作物は開発に費用が掛かるので国際商品作物として大量に出回るものしか商品化されていない。第1世代は生産者にメリットをもたらす、除草剤抵抗性、害虫耐性などで、これらを日本は大量に輸入している。収穫後の処理を容易にする耐熱性アミラーゼを含んだ作物もある。
ゲノム編集食品で初めて商品化されたのは、アメリカ、カリクスト社のオレイン酸強化大豆。2番目はサナテックシード社(筑波大)の高GABAトマト。
コロナが世界中で流行する直前(2019年9月)、日本が世界トップでゲノム編集食品の規制・表示ルールを策定し、その後、高GABAトマト、肉厚のマダイ、成長の早いトラフグを商品化した。成長の早いヒラメも届け出られている。開発中のものではアレルゲンの少ない鶏卵(広島大)、自然毒ができにくいジャガイモ(大阪大)、このほか繊維質の多い小麦(アメリカ)、病気に強い豚やヤギなどがある。これらは外来遺伝子がないものばかり。
最近は外来DNAを精確に導入できるので遺伝子を組換えるときにもゲノム編集が使われている。
現在はSDN1を利用したゲノム編集が実用化に向けて行われている。動物のゲノム編集ではDNA切断酵素の導入にあたり受精卵にDNA切断の酵素タンパク質を直接取りこませるので外来遺伝子は入らない。植物では特定の場所を切るような酵素タンパクをつくる遺伝子を組換えで初めに入れる。ゲノム編集操作後は導入した遺伝子を有する植物個体は自殖後代(種子をとって生やした世代)においてメンデルの分離の法則で取り除き、選抜した最終製品に残らない。
害虫抵抗性、除草剤耐性などが付与されたトウモロコシなどの飼料作物には遺伝子組換えが多く、ゲノム編集で新たに作られるのは食品が先行している構図になっているようだ。
SDN1でできた生物の情報提供のお願いを環境省は出している。この問い合わせ先が対象によって環境省、農林水産省、経済産業省、厚生労働省、文部科学省、国税庁となっている。省庁を超えて共同で作成されたお知らせは珍しい。
新食品の考え方からみると、日本には新食品の正式な定義がないが、遺伝子組換え食品やゲノム編集食品は、新食品にあたる。EUには食経験がない食品には「新規食品」として安全性を評価する厳格な規則があり、遺伝子組換えやゲノム編集を応用した食品だけでなく、特定の日(1997年5月15日)以前からEUで相当量食べられていた経験がないものを「新規食品」として扱うよう定めている。アメリカでは、遺伝子組換え食品やゲノム編集食品とは別途に、食経験はなくても文献による科学的な証明を示して申請し、認められたら一般的に安全と認める(GRAS:Generally Recognized As Safe)の認証が得られ、会社の責任で販売できる制度がある。
4.代替肉と培養肉(細胞農業)
国連広報センターによると、2050年には世界人口が100億人となる。動物性タンパク質の消費量も増加し、2030年以降はタンパク質が足りなくなる「タンパク質危機」がやってくるとして、FAOは植物性タンパクや昆虫食を推奨した。
植物由来の代替肉ハンバーガーでは、ビヨンドバーガーが豆類代替肉で、コレステロールゼロをうたっている。インポッシブルバーガーは植物由来だが、大豆根粒にあるヘムタンパクを酵母で作って添加することにより血液の風味を出している。
代替肉のメリットは、1)コレステロールゼロ、2)動物用医薬品フリー、3)飼料のための広い耕地が不要、4)使う水が少ない、5)牛の出すメタンガスがない、6)家畜の命を救える(動物福祉)が挙げられる。
日本には昔から「もどき食品」がある。がんもどき、マーガリン、かに風味かまぼこ、人造イクラ、代用キャビアなどがあり、これらは安価で環境にも健康にもよい。最近では「HOBOTAMA」の商品名で卵アレルギーの人たちのために植物素材の代替スクランブルエッグが開発されたが、便利だということで一般にも人気となった。現在では販売される植物由来の代替肉の種類も多くなった。しかし、これら代替食品は特定の食品に似せて作るために食品添加物を多く使うので自然でないという考えの人もいる。一方で、培養肉は菜食主義者、動物愛護を唱える人たちには評判がいい。
細胞培養肉は日本でもインテグリカルチャー、日清食品ホールディングスと東大などが取り組んでいる。2020年には、シンガポールが細胞培養鶏肉の販売を許可して、チキンナゲットが試験的に販売されている。イスラエル、シンガポール、日本は輸入で食が成り立っている国だから、そういう国に細胞農業は合っているのかもしれない。
日本細胞農業協会では、「細胞農業では動植物の細胞組織を培養して食用肉の代替食品や医薬品など有用産物を作る。動植物の細胞そのものを培養し、元の食肉、組織に近いものが得られる」として培養肉、牛乳、チョコレート、皮革を紹介している。
5.精密発酵
精密発酵はprecision fermentationの翻訳。微生物に代用牛乳を作らせたりする。
多くの場合、遺伝子組換え技術を使用するので組換え食品にあたるが、製品のタンパク質などには導入したDNAは含まれない。カルタヘナ法上の遺伝子組換え生物には該当しないが、食品衛生法では遺伝子組換え食品にあたる。しかし、精密発酵由来のタンパク質を組換えでないと思っている人も多いようである。
Perfect Day社(アメリカ)は糸状菌を使って、また、Remilk社(イスラエル)は酵母を使って、牛乳ホエーの主成分を作って、アメリカでGRASを取得し代替ミルク製品として販売している。
ヒトミルクオリゴ糖は母乳の初乳に含まれ、免疫に重要な成分であるが、キリンホールディングスは精密発酵による大量生産技術を確立した。そして精密発酵によるヒトミルクオリゴ糖の新規食品がEUで承認された。
6.新食品
新食品を作る技術には、遺伝子組換え、ゲノム編集、細胞農業(培養肉)、精密発酵などがあり、それらによって植物性代替肉、植物性代替卵、代替牛乳、微生物タンパクなどが作られる。FAOの推奨する昆虫食はEUでは新規食品の扱いになり、粉末で食品のみならず、飼料にも加えられたりしている。
かつて、石油タンパクは主婦連の反対が大きく、実用化には届かなかった。決め手は安全性確認とその公表の仕方、ネーミングにあったのではないか。
食の安全で必須なことは安定供給。
- 十分な生産量の確保(十分な耕地、水がある)
- 安定生産(多少の気候変化に適応できる)
そして、食品として人への安全性が確保されること。
新食品の特徴は
- 食経験がない→ヒトへの安全性確認が必要
- 栽培経験がない→環境に対する安全確認が必要(新たな生物が在来生物を駆逐しないように)その中で生産性の向上を図っていく。
殊に環境負荷軽減、健康増進、安全性向上(重金属が含まれていないなど)、動物福祉が新食品の強みとなる。
新食品の安全性議論は現在、日本でもまさに行われているところ。制度の設定は、消費者庁には紅麹関連の問題が落ち着いたら、至急取り組んでもらいたい。
遺伝子組換えは元の作物と比較して安全性を評価するが、比較の元になる食品は、食品である以上、厳密には100%完全に安全とは言い切れない。例えばジャガイモの特定部分には天然の有毒アルカロイドが含まれている。そこで、安全性が元の食品と同等かどうかタンパク質の変化や、生産プロセスの安全性などをみる。
動物試験のかなりの部分は生化学反応や組織培養で代用できるので、動物福祉は向上している。動物試験には、急性(2週間以内)・亜急性(1〜3ヶ月以内)・慢性(半年以上の年単位)の毒性試験がある。発がん性試験、繁殖試験、催奇形性試験、変異原性試験、生体機能試験(歩けなくなったりする)、動物体内動態試験もある。
新食品は食べた経験がないから、できるものは表示して消費者が選べるようにするのがいいと思う。
質疑応答
- ゲノム編集魚は陸上養殖するのか
現在は陸上養殖だが、たとえ海に逃げても太ったタイは野生種に負けるはず。遺伝子組換え植物は花粉が飛散して交雑(交配)で広がると心配されたが、食用に改良されたゲノム編集魚は野生で増えていくことはないだろう。 - 新食品への考え方が国によって異なるのか
アメリカは法に触れない限り、盛んに新しいものを作ろうとする。日本と欧州は既得権を持っている人たちが新しいものに敏感。また、日本には100%安全と100%危険しかない考え方をする人が多いと思う。一方、コロナを挟んで、組換えは特段危険ではないと考える学生が増え、認識が変化してきたことを感じる。「食品の危険性(リスク)は摂取する量による」という考え方が少しずつ日本でも進んでいるのではないか。 - 細胞を培養しても新規食品か、安全性は問われるのか
培養装置や培養液の安全性から、培養する細胞そのものが病気でないなど、安全であることを確認しなくてはならない。継代していくと生理的に馴化したりするかもしれない。実際にはずっと継代するのでなく、一定期間ごとに新しい細胞をとってきて培養しているようだ。シンガポールでは、許可された際の培養細胞の安全性に関する情報の詳細が公開されていない。 - 培地に血清を使うとき、血清の安全性は
血清を使わない培地の研究が進んでいる。遺伝子組換えミオグロビンを作ったり、成長ホルモンを遺伝子組換え微生物に作らせたり研究中なので、培地の安全性確認は重要。 - 食経験の定義は?たとえば、アレルギーのある人がいたり、いなかったりするように個人によって食経験は異なるはず。
EUは新規食品の評価の際にEU内で食経験があるもの以外を新規食品と決めている。CODEXは安全に食べてきた歴史と位置づけ、特定の小さい集団・部族だけの食経験では認めていない。日本ではそれまでに安全に食べていた例として稲があるが、コメアレルギーの人はいるものの、米は安全とみなす。また、食経験があるとみなせるかどうかは記録が残っていなければならない。 - 石油タンパクを主婦連がつぶしたというが、要因はなにか
一つはネーミングだと思う。組換え発酵といわれたら精密発酵も危ないかもしれない。 メリットがみえるネーミングを。消費者イメージが重要。そもそも食品は100%安全というわけでないのだから。 - 精密発酵が広がると酪農者は反対するだろう。
- 「コーヒーディベート」では、アフリカからコーヒーが広がったときに英国では真っ黒い飲み物を見たこともなく広まらないと思われた。安くておいしかったので消費者に受容された。紅茶業界が最後まで反対した。
- 消費者は難しい説明を自分から理解しようとはしない。バイオ口紅はアイドルが使う広告で売れた。
手に取ってみたくなるものがよく、わざと組換えを隠しているように見えるものは敬遠されるので誤解されないほうがいい。 - 一般の人は知らない人も多いと思うが、外国では人造肉や人工肉と言われる事もある。日本では培養肉の名前が先行しているから抵抗感が少ないのではないかと、外国の人に言われたことがある。ネーミングは重要である。