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JASTJ6月例会「実中研見学会」

2024年6月20日に行われた日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)6月例会は実中研の見学会でした。この研究所の成り立ち、現在取り組んでいる研究、動物福祉など、各分野のご担当の専門家から直接、お話をうかがうことができました。研究所内の一部も見学しました。

実中研 外観

実中研 外観

野村龍太さんのお話

野村龍太さんのお話

「公益財団法人実中研とは」
理事長 野村龍太 氏

創設者の野村達次は当時の実験動物の低品質が医学研究や創薬の成果に影響しては医学の発展がないと考え、1952年にたった6匹のマウスから実中研を創設した。その結果、現在の高品質で再現性のある実験動物の生産技術が確立され、人類の健康と医学の発展のために世界中で使用される実験動物やシステムが生み出された。例えば、ポリオの生ワクチンの神経毒力検定に使われているポリオマウス(Tg-PVR)は、従来使われていたサルに代わり世界中で使用され、WHOのポリオ撲滅世界プログラムの正式検定動物に認定されている。また超免疫不全のNOGマウスはヒトの細胞や臓器、免疫システムなどを移植したヒト化マウスとしてがん免疫の薬や遺伝子治療をはじめとした多くの医薬品開発や再生医療製品等の安全性試験など最先端の研究に世界中で貢献している。
私は三井物産でビジネス経験を持っており、これらの研究成果を事業化すると共に、動物実験の3Rを徹底した具体策を進めている。実中研のモットーである「他者(ひと)のやらないことをやる」「妥協をしない」「世界で戦う」を体現し、人類の健康に貢献できるよう継続した仕事をしていきたい。

「実中研がめざすもの」
所長 末松誠 氏

実験動物に対しては、代替法がないことを条件に(培養細胞などによる代替ができない場合、どうしても動物を使用することが必要である場合)、最小限の数の実験動物を用い、動物の苦痛も最小限にする「3R原則」を守りながら、創薬研究に役立てている。
また治験を経て承認された医薬品であっても、実際に患者さんに使われると、予想していなかった副作用がでたりすることがある。そのような副作用のメカニズムを検証し対策を講じるためには、どうしても疾患モデル動物が必要になる場合がある。
実中研には11.7テスラという強力な磁場を利用し脳をはじめとする臓器の「断面」を見ることができる世界最大級のMRI(核磁気共鳴装置)が設置された。免疫不全マウスではヒトのがんがどのように経時的に変化していくかを追跡できる。より少ない数の動物でより精確なデータがとれるようになっている。
高次脳機能障害が問題となる認知症の研究のためには、非ヒト霊長類であるコモンマーモセットを用いた疾患モデルの構築が不可欠である。体重に対する脳の重さがヒトに匹敵し、高次脳機能障害の有無をMRIで評価することによって経時的に病態を追跡することが可能である。

「NGOマウス関連研究の紹介」
研究部門 部門長 末水洋志 氏

1973年、デンマークからヌードマウスを取り寄せ、免疫不全マウスの研究が始まった。突然変異で毛がなく、胸腺もないマウスだった。胸腺がないためにT細胞が作れない。1985年にはT細胞だけでなくB細胞も作れない免疫不全SCIDマウスを米国から取り寄せ、このマウスに残るナチュラルキラー細胞を取り除く研究を続けた。
SCIDマウスとIL2受容体共通γ鎖欠損マウスを掛け合わせ、2002年に超免疫不全マウスであるNOGマウスが完成した。昨年までの国内実績を累計すると、40万頭が使われた。NOGマウスにはがん細胞を植えたり、ヒトの臓器を作らせたりすることができて、そこからヒト資源をとりだすこともできる。NOGマウスに造血幹細胞を入れると多様な血液細胞に分化し免疫ヒト化マウスが作れる。アレルギーのアナフィラキシーショックも再現させることができ、抗アレルギー薬の有効性の評価が可能になる。
HepaSH®は免疫不全マウスの体内で再構築させたヒト化肝臓から単離した新しい肝細胞で、実中研で開発した。ヒトの肝臓で薬がどのように代謝されるか、また、毒性はないか等の予測に有用である。凍らせずに送ることができ、世界中で評価が開始された。

「トランスレーショナル・リサーチ部門がめざすもの」
トランスレーショナル・リサーチ部門 部門長 鈴木雅実 氏

医薬品が作られるとき、非臨床試験を行う間に薬の候補は3000分の1に減り、臨床試験でさらに10分の1になる。つまり、薬の候補が見つかっても医薬品としての承認にたどり着けるのは30,000分の1。そのプロセスで、限られた人数で実施される臨床試験で安全性を確認することができない発がん性を調べるために、どうしても動物実験でのリスク評価が必要となる。
ras H2マウスは東海大学との共同研究で生み出された。遺伝子組換え技術を使って、ヒトのがんの遺伝子を受精卵に入れてつくる。rasH2マウスを使うことで、精確なデータが得られ、実験動物数は半分になり、評価にかかる時間は2.5年から1年になった。3Rが実現できている。このマウスは、実中研とは別の日本とアメリカの二つの会社で生産され、世界中の研究機関に供給されている。
最近は免疫系を調べたい、神経系を調べたいなど、モデル動物への要求はより高度・複雑になってきており、さらに研究を進めている。

「生殖工学研究室 見学」
生殖工学研究室 室長 江藤智生 氏

遺伝子組換えマウスをつくるときに、顕微鏡下で受精卵に遺伝子などを入れる操作を行う。これには高度な技術が必要で、熟練するための時間もかかる。そこで、受精卵への操作を電動化・自動化した装置を企業と開発した。この装置を使うと、成功率が高く安定し、操作できる人も増える。今ではヒトの不妊治療に応用も含めて研究している。

デモンストレーションを行う江藤智生さん

デモンストレーションを行う江藤智生さん

この後、マーモセット生態観察室、マウス飼育施設を見学しました。マウスのケージには、天然広葉樹の床材(床敷)が入れられ、環境エンリッチメントに配慮した飼育が行われていました。マーモセットの生態観察室には天然木を多く配し、複雑にレイアウトされており、昼行性のマーモセットはひと時もとどまることなく、走り回ったりじゃれあったりしていました。
動物福祉の立場から動物実験の反対運動は世界中で行われていますが、現在、世界で認められている医薬品をつくるプロセスでは動物実験が必須です。また動物を使う非臨床試験の後には、健常な人、病気の人の協力なくして新しい薬は生まれません。また承認されて販売された医薬品によって副作用が起こることもあり、動物実験にもどることもあります。
実中研を見学して、動物実験の重要性を再認識しました。そして、動物が大好きで一生懸命に飼育した動物を研究に提供する気持ち、動物実験を行う研究者の痛みも伝わってきました。私たちは医薬品を使うとき、動物実験の3Rだけでなく、関わっている方たちへも思いをはせたいと思いました。多くの動物や人のお蔭でこの薬が生まれたことは、薬を飲むたびに思い出したいことです。