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食のリスクコミュニケーション・フォーラム2024第1回『消費者市民の安全・安心につながるリスコミとは~ゲノム編集食品のリスコミのあり方』

2024年4月21日、東京大学農学部フードサイエンス棟中島董一郎記念ホールで食のリスクコミュニケーション・フォーラム2024第1回『消費者市民の安全・安心につながるリスコミとは~ゲノム編集食品のリスコミのあり方』が開かれました(主催:NPO法人食の安全と安心を科学する会、後援:消費者庁・東京大学大学院農学生命科学研究科)。

村中俊哉教授

村中俊哉教授

質疑応答

質疑応答

話題提供1『低アレルゲン鶏卵の作出と安全性評価について』
堀内 浩幸氏 (広島大学大学院統合生命科学研究科 教授)

背景

鶏をめぐっては、高病原性鳥インフルエンザで1700万羽が殺処分され鶏卵価格が高騰したことが記憶に新しい。動物福祉、家禽の感染症対策などの課題があり、バイオDX(デジタル化)産学共創拠点で「包括的な家禽のデジタル育種の実現」という取組みをしている。
鶏卵は食物アレルギーの原因物質の第1位。0歳から6歳の第1位が鶏卵で、7-19歳で2位になり20歳以降は免疫寛容が成立して鶏卵アレルギーはほとんどなくなる。鶏卵は卵料理だけでなく、麺のつなぎなど広く使われ、アレルギーの人には避けにくい食品。

オボムコイド

鶏卵の13%はタンパク質で、その中のオボアルブミン、オボムコイド、リゾチームなどがアレルギーを誘発する。私の家族に鶏卵アレルギーがあることから、オボムコイドをターゲットにすることにした。オボムコイドは熱や消化に強く、加工食品中にも強く残る。皮膚症状やショック症状を引き起こすことが多い。
アレルギーとは外来の異物を排除するための生体防御反応のひとつで、食物アレルギーは4つのアレルギーの型の中のI型に分類される。
ヒスタミンの顆粒をもっている肥満細胞が、アレルゲン到来のシグナルを受け、ヒスタミン顆粒を放出。血管壁を拡張させる。ひどいときはアナフィラキーショックが起きる。起きたら30分以内にエピペンでエピネフリン(アドレナリン)を投与してショック症状を抑制。
私はオボムコイドの高感度検出系をつくり加工食品中のオボムコイドを調べた。ワクチンは鶏卵のオボアルブミンを除外して作るというが、インフルエンザワクチンにはピコオーダーでオボムコイドが含まれていた。オボムコイドがない加工品をつくるには、オボムコイドがない鶏卵をつくるしかない。
産総研ではCRISPR/Cas9という方法で3番目のエクソンを壊し、オボムコイドができなくした。特許の問題などがあり、私たちはPlatinum TALENを使って翻訳開始点に近い1番目のエクソンを壊した。これでオボムコイドを完全にノックアウト。生体膜や分泌性タンパク質は粗面小胞体で翻訳・修飾され、ゴルジ体へ移動後、生体膜を構成し細胞外へ分泌されるが、エクソン1に変異を入れることで粗面小胞体から出ないこと、すなわち細胞外にも出ない利点がある。

オボムコイドがない卵をつくる

具体的には1細胞期の受精卵にハサミのタンパク質を注入する。鶏の1細胞期の受精卵の取り扱いが難しいので、血液中の始原生殖細胞をとり、生殖細胞の前駆細胞を培養してゲノム編集をして胚にもどし、培養した。代理ホストの受精卵に注入し、キメラのニワトリ生殖細胞ができた。人工授精でニワトリが生まれた。
1970年には、人工の殻でヒヨコを育て、孵化させる技術がイギリスでできている。現在、横斑プリマスロック種とロードアイランドレッド種の2系統でオボムコイドができない品種を作出した。

安全性評価

オボムコイドができていないこと(高度検出で確認)、ゲノム編集で目的外の変異ができていないこと、外来遺伝子が残っていないこと、オフターゲットがないことを確認した。 臨床研究も必要になる。
外来遺伝子が残っていないかは、サザンブロットやPCRを使って調べるよう文科省は求めているが、万全を期すため全ゲノム配列を調べた。オフターゲットは個体差程度しか起こっていなかった。
物性評価として凝固性、加工特性はスポンジケーキと炒り卵を作った。従来卵と変わらなかった。患者さんの血清で調べたところ、固ゆで卵にしたノックアウト鶏卵には全く反応しなかった。
これからは海老澤元宏先生、東京農大、キユーピー、プラチナバイオなどと連携して、臨床研究に力を入れていきたい。

(質問) オボムコイドをノックアウトして胚発生に影響しないか
オボムコイドはトリプシンインヒビターとして働いており、卵白は卵の中の発生の段階で使われてしまい、発生には影響していない。

話題提供2『ゲノム編集ジャガイモの研究開発について』
村中 俊哉 氏(大阪大学大学院工学研究科 教授)

自然毒をもつジャガイモ

ジャガイモはナス属。南米からトマトと一緒にもたらされた。トマトの原種の持つ毒は品種改良で落とせたが、ジャガイモはいまだに毒を落とせていない。生産現場、小売り、調理の段階で芽や緑の部分から食中毒が起っている。
ナス属の野菜が持つ毒性物質にはステロイドアルカロイド(SGA)で、αソラニン、αチャコニン、αトマチン(青いトマトに含まれる)がある。
有用な化合物合成の回路のほかに、不要な副産物ができることがある。不要な副産物をつくる酵素、その酵素をつくるDNAについて理解し、これをなくすようにエンジニアリングを行えばよい。遺伝子を書き換える「品種改良」は昔から行われてきた。
DNAが切れると、普通は正常な修復が起こるが、欠失、置換、挿入が起こることがあり、これを利用して品種改良が行われてきた。受粉しなくても実がふくらむナスでは4000塩基が欠失しているが(後からわかった)、規制されずに販売されている。
ジャガイモの毒はSSR2(コレステロールをつくる酵素)がカギであることが2014年にわかった。ここだけをねらってつぶせるか?ゲノム編集技術のコンセプトは狙って切ることだから、ゲノム編集でやってみよう!

どうやって自然毒をへらしたか

初め、RNA干渉でSSR2発現抑制を試みたが、他の遺伝子も抑制されてうまくいかなかった。
動物のゲノム編集では卵、生殖細胞にタンパク質が導入できる。植物ではパーティクルガンやアグロバクテリウムでハサミの遺伝子を入れる。ハサミの遺伝子が入っている間は遺伝子組換え体として扱う。私はタレン(右と左)とカナマイシン耐性遺伝子をマイクロチューバー(無菌下で育てる増殖用子芋)にアグロバクテリウム法で導入した。
ジャガイモは4倍体、コムギは6倍体と、植物の場合、変異を入れなければならない場所が多くて大変。私が使ったプラチナタレンは切れ味がよく、ゲノム編集後、モザイク(切れているところいないところが混在)もあまりできない。ゲノム編集してもSSR2以外のコレステロールを作る遺伝子が残っており毒はゼロになっていない。
ハサミの遺伝子が残っている状態の植物は遺伝子組換え体なのでカルタヘナ法、飼料安全法による環境影響評価が必要。そこで、研究目的の野外試験を文部科学省に申請してつくばで実施した。
外来遺伝子は最後に交配で抜けばいいが、イモはイモで増やすので交配しない。例えばメイクイーンは花が咲かず、サヤカは交配できるがサヤカ以外の植物になってしまう。そこで、アグロバクテリウムでハサミを入れたら、ゲノムにハサミの遺伝子が入る前、ハサミが細胞内にできた段階で拾い上げる。100個体を詳細に解析すると1つくらいは拾える。

試験栽培と安全性

圃場栽培試験にあたっては文部科学省安全対策官あてに申請書を提出し、研究レベルのやりとりを行い、専門家も目を通す。指定された研究場所で栽培試験をし、改変遺伝子、改変による変化、有害物質蓄積性などを調べた。結果はPCR法とサザンで解析し、提出。
2021年度は承認されたのが遅く、植え付けも遅れてうまく育たなかった。水田から転換した圃場で水はけが悪かったせいもあるかもしれない。
2022年度は順調に試験ができた。作物は野外栽培試験でわかることが多い。
ゲノム編集食品は、カルタヘナ法、食品衛生法、飼料安全法に則り、遺伝子組換え体でないことが事前相談で明らかになると届出ができる。表示義務はないが(自然突然変異と同等で見分けられない)、実際には任意の表示が推奨されている。

新たなターゲット

SSR2のさらに下流にある遺伝子をつぶしたところ自然毒はなくなり、土に植えた時だけ芽がでるようになった。現在、ジャガイモは低温室でエチレン処理して発芽を抑えているが、これだと室内保存で芽が出なくなる。保存ができると2017年のように大雨、凶作が起こっても保存しておいたジャガイモで補うことができる。
でんぷんを改変してモチモチのジャガイモ、ダイエットスターチ、冷凍してもおいしいジャガイモができたらいいと思う。ジャガイモ以外でも種なしピーマン、赤カビに強いコムギ、ダイコン、涙のでないタマネギ、低アレルゲン作物などの研究がゲノム編集技術を使って進められている。
ジャガイモの実用化に向けて「ジャガイモ新技術連絡協議会」を立ち上げ、いろいろなステークホルダーたちと一緒に活動している。

(質問)毒がなくなると、虫に食べられやすくなるのではないか。
グリコアルカロイドが害虫に対してどのように影響するかはわからないが、虫に弱いという結果は出ていない。

『日本発ゲノム編集食品~これまでとこれから』
佐々 義子 (くらしとバイオプラザ21常務理事/SFSS理事)

日本の現状

ゲノム編集技術については、2011年にNBTの報告書が出てすぐに日本の研究者は勉強会をはじめ、学術会議などでも報告書を出している。一般紙に出たのが遅かったので、審議不十分なままゲノム編集食品は上市されたという人がいる。そんなことはなく、日本は規制、表示の仕組みを含めて、世界で初めてゲノム編集食品を世の中に出したといえる。
現在実用化されているのは、自然突然変異と区別がつかないような、欠失が起こったトマトと魚。遺伝子組換えの定義に該当しないと確認され、届け出られている。届出資料は、食品の安全性については厚労省、環境影響については農水省のWEBサイトで公開されている。
サナテックシード社では、ゲノム編集技術により作出したGABA高含量トマトについて、初年度に4000人の栽培モニターを募るなど斬新なコミュニケーションを試み、今も教育目的の栽培や園芸セラピーには積極的に関わるなどしている。リージョナルフィッシュは魚の育種の歴史の浅さや特殊性を含めて丁寧な情報提供を行っている、ゲノム編集技術による「22世紀フグ」について、2023年度京都宮津市のふるさと納税返礼品からの削除の嘆願が、市による情報提供の後で否決されたことは特記すべき事だと思う。

消費者の受け止め方

食品安全委員会や消費者庁のアンケートをみると、ゲノム編集食品にも先端技術を使った食品に共通する消費者の不安は見られるが、遺伝子組換えに比べてソフトランディングしたといえそうだ。自然突然変異と区別がつかないことから、義務表示の対象とならず、消費者の「知る権利」を確保することに関しては悩ましいところだ。現在、上市されている3食品については積極的に表示されている。

リスクコミュニケーション

私たちのNPOでは「ステークホルダー会議」というロールプレイをとりいれたワークショップ手法をつくり、大学の講義や生協の勉強会で情報提供のおりに行ってきた。たとえば、ゲノム編集ジャガイモについて参加者全員が消費者の立場で考えると食べる不安が先立つが、ロールプレイで生産者、食品メーカーなどの立場に立って議論すると、発言に広がりが出てくることがわかっている。2016年に初めて行った「ゲノム編集ジャガイモ、食べますか」のときに比べて、昨年はゲノム編集食品の利用に対して明らかに肯定的になっていた。日本がゲノム編集食品で世界にトップに立っていることへの応援の気持ちも表れているのかもしれない。
2023年度は、ゲノム編集フグのふるさと納税返礼品だけでなく、ALPS処理水放出や食品添加物不使用表示ガイドラインなどにおいて、行政からの発信やメディアの報道とも関連してリスクコミュニケーションがうまくいった年ではないかと個人的には思っている。これからもこれらの学びを生かしていきたい。