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サイエンスカフェみたか「ネオニコ殺虫剤とミツバチの不都合な関係」

2024年4月25日、サイエンスカフェみたか「ネオニコ殺虫剤とミツバチの不都合な関係」を開き、三鷹ネットワーク大学より配信しました。講師は三井化学クロップ&ライフソリューション株式会社 江尻勝也さんでした。食卓にあるハチミツはどのようにやってくるのか、よく聞く“ネオニコ”とはどういうものなか、知らなかったお話の連続でした。

「農薬の技術屋として、大根1本も自分で作ったことがなかった」という江尻さんの見事な畑、ニンジン、ネギ、コマツナ、エダマメ(埼玉県 上尾)

「農薬の技術屋として、大根1本も自分で作ったことがなかった」という江尻さんの見事な畑、ニンジン、ネギ、コマツナ、エダマメ(埼玉県 上尾)

お話の主な内容

はじめに

世界最初のネオニコチノイド系殺虫剤の開発に関わり、その後養蜂関係者、大学研究機関、行政と一緒に、園芸作物栽培の受粉にも必要なミツバチのネオニコチノイド系殺虫剤による被害原因究明と対策に取り組んできた。
福岡市の繁華街中洲には「川端飢人地蔵(かわばたうえにんじぞう)」がある。これは1732~34年の享保の大飢饉で当時の博多の人口の3分の1にあたる6,000人の餓死者の供養をしている。飛来害虫トビイロウンカ(秋ウンカ)が増殖して収穫間近の稲を吸汁して枯死させてしまうが、江戸時代はお祈りをするか鯨油を水田に撒き松明で脅して落とすくらいの対策しかなかった。
日本人の主食の稲作では(ニカメイチュウ対策後は)東日本は稲イモチ病が深刻だが、西日本ではトビイロウンカによる坪枯れが大きな被害を出す。40年ほど前までは、トビイロウンカが大発生したときには農家は3日に1回も真夏炎天下の水田で殺虫剤を粉剤散布していたが、ブプロフェジン剤「アプロード」の登場で1回での防除が可能になり、私が開発に関わったイミダクロプリド「アドマイヤー」では田植時に育苗箱に処理するだけで収穫時までのトビイロウンカの防除ができるようになり、飛躍的に農家の負担が軽減した。

ネオニコチノイド系殺虫剤

私はイミダクロプリド「アドマイヤー」という世界初のネオニコチノイド系殺虫剤開発に関わった。人畜毒性が非常に低く害虫はごく低濃度で防除できるが、ミツバチには影響が大きい。次に開発したチアクロプリド「バリアード」は害虫に対してイミダクロプリドとほぼ同じ効果をもちながら、ミツバチには影響がない。すべてのネオニコチノイド系殺虫剤がハチ類に影響があるわけではなく、チアクロプリドやアセタミプリドなどはトマト栽培でマルハナバチを受粉用に放飼しているハウスでも使用されている。 今回の主題のカメムシ防除に関して、ミツバチに影響が少ないネオニコチノイド系殺虫剤はカメムシへの防除効果が甘いことが残念なことである。
イミダクロプリドとチアクロプリドは東京都日野市豊田の研究所で合成発見された。多くのネオニコチノイド系殺虫剤は日本で発見開発されている。
ネオニコチノイド系殺虫剤は毒性が低く低薬量で害虫防除ができるのでパフォーマンスが良く世界中で使用され、農薬以外にも防疫剤や動物薬として活用されている。世界の耕地面積は120億ヘクタールと言われているが、イミダクロプリドは3.5億ヘクタール、チアクロプリドは730万ヘクタールもの農地で広く使用されている。
ADI(許容一日摂取量)とは、特定の物質を毎日かつ一生涯食べ続けても大丈夫な量で、農薬や食品添加物などの化学物質ごとに定められている。
イミダクロプリドのADIは体重1キロあたり0.057mg/日。ADIが大きいほど毒性が低い。最近の農薬のADIはさらに大きく、より安全度が高いことがわかる。また、ADIが大きければ、すなわち毒性が低ければ、より多くの作物で使用可能になる。
最近登場する農薬は収穫前日まで使用できるものが多くなり便利。有効成分が多少なりとも含まれる農作物を食べてしまうことになるが、その安全性は担保されている。
日本の農薬市場は3,800億円で、最近話題の機能性表示食品の市場は倍の8,000億円。日本では稲の農薬の市場が大きく、野菜と果樹が続く。かつては、タバコ、ゴルフ場、林業も大きいマーケットだった。

養蜂業

ミツバチは家畜であり養蜂業は農林水産省畜産局の管轄である。平成24年から令和4年まで群数は24.3万くらいで増減は少ない。飼育戸数は倍に増えて約1万戸。これは趣味で数箱飼っている人も届け出ることになったため。
園芸作物栽培に必要な受粉群を生産する大規模養蜂家は数多くの巣箱を花に合わせて全国を移動して蜂群を増やしながら採蜜もする(転飼)。春から本州に咲く花から蜜を集めながら北上して、夏になると北海道に移動する養蜂家が100軒ほどいる。
北海道で蜂群を5倍ほどに増やし、秋に本州以南に持ち帰りイチゴやナス、キュウリなどの果菜類、春のウメやモモ、リンゴ、ナシ、サクランボなどの栽培のための受粉群を供給する。野菜や果樹などの園芸農作物はミツバチの受粉がないと栽培できないものが多いので養蜂は食料生産においても重要な役割を持つ。
メディアの「ミツバチが減っている」という情報は間違っている。養蜂のほとんどはセイヨウミツバチによるものだが、自然ではほぼ生息できず家畜として人が世話をする必要がある。したがって蜂群の増減は、主に養蜂家数と飼育状況や技術に起因する。アメリカやヨーロッパで2006年ごろから大規模なミツバチの減少が起きている(CCD:蜂群崩壊症候群)。日本のメディアは農薬のせいだと報道していているが、CCDは多くの原因が考えられ農薬影響もその一つではあるが、大きな要因は未熟な越冬飼育技術と受粉での酷使とされている。なお、日本でもCCDが発生したというのは間違いである。

ハチミツ

国内で消費するハチミツ5万トンのうち、国産は5%。95%は中国、カナダ、アルゼンチンなどから輸入される。国産ハチミツのほとんどは家庭用。輸入されたハチミツは家庭用と菓子などの加工用で半々に使われる。養蜂での収穫物はハチミツ、ローヤルゼリー、蜜蝋など。ローヤルゼリーをとるのは高い技術と多くの手間がかかり非常に高価になる。

農薬によるミツバチ被害

農林水産省から毎年数十件の農薬によるミツバチ被害が報告されているが、北海道での被害が多い。
10年にわたりミツバチのネオニコチノイド系殺虫剤による被害究明や対策について、国の事業などにも関わり大学や農研機構研究機関と共同で試験調査を行ってきた。
ネオニコチノイド系殺虫剤によるミツバチ被害が出た当初は、田面水やイネへの訪花での影響が考えられたが、畦畔雑草の花にやってきたミツバチがドリフト(飛散)した薬剤を付着させ巣箱に持ち帰って大量死が起こることが分かった。水稲斑点米カメムシ防除で使用されてきた従来の有機リン系、合成ピレスロイド系殺虫剤は即効性があるので被爆したミツバチは巣箱に帰る前に死んでしまい、巣箱での大量死に至らなかった。ネオニコチノイド系殺虫剤は死亡まで半日ほどかかることがあるので巣箱内での汚染被爆が仲間のハチ達にも広がってしまい大量死が起こる。
本州以南での水稲斑点米カメムシ防除は1回ないしは2回で対策できている。高価だがドリフト(飛散)の心配がない粒剤による防除も多い。また、カメムシの侵入経路になる畦畔の雑草もしっかり除草されていることも多い。
ところが、北海道では主にラジコンヘリコプター散布によってデフォルトで3回の防除が行われ、場合によっては4回防除する場合もある。ラジコンヘリコプターによる防除は旋回時などに、どうしても水田外の畦畔にドリフト(飛散)してしまうことがある。
北海道で斑点米カメムシ被害が多い要因は以下の通り(3回もカメムシ防除をする理由)

カメムシの発生源でもある牧草地が広大に広がっている。
水田面積が広く開拓地なので畔が高く雑草を除草剤で枯らすと崩れる可能性もあるので、カメムシの水田への侵入経路になる畦畔雑草の除草が不十分。結果、カメムシ防除時期の畦畔がお花畑状態になる。
北海道の主要水稲品種は、斑点米カメムシの被害に遭いやすい。(割籾)
コスト高の粒剤の使用に抵抗があり、管理機による農家自身の防除よりも低コストのラジコンヘリコプターによる請負防除に頼るが、精密に散布できるドローン散布と異なり畦畔へのドリフト(飛散)が多い。
色彩選別機による斑点米の除去は可能だが、大規模経営ではその時間的余裕がない。

対策

養蜂家側としては水田近くに蜂場を設置することを避けることが重要だが、多くの養蜂家が北海道に転飼してきているので限界がある。JAからのラジコンヘリコプター防除のスケジュールを連絡されても移動も困難なことが多い。
玉川大学ミツバチ科学研究センターの中村純教授のアイデアを受け、耕作放棄地などに蜜源を作ってミツバチを水田から避難誘導させる試験を開始した。北海道には全市町村にスキー場があるので、景観確保もかねて夏場のスキー場での蜜源創生による誘導試験も行った。ミツバチの好きな花で誘導できることは確認できたが、蜜源として十分な花を栽培することは現実的には無理がある。
そこで、農研機構と共同で牧草の二度刈りによるクローバーの再開花による誘導を試みた。クローバーは蜜源としてもミツバチが大好きな花でもある。
北海道では牧草を6月に刈るが(二回目は8月以降)、7月上旬に再度刈ることによってイネ科牧草の下にあるクローバーをカメムシ防除時期の7月下旬に再開花させることができる。水田からミツバチを誘導できることを確認した。採草農家にとってもマメ科クローバーを増やすことで牧草のタンパク質含量を増やせるメリットもある。
しかし、養蜂家のために誰が花を植えるのか?牧草の二度刈りをやってもらう採草農家への報酬は?というスキーム構築ができずに仕事は時間切れになった。そもそも、養蜂産業自体が零細で、園芸作物の受粉で重要な役割をもっているということも知られていないので養蜂振興の重要性も理解されていないのであろう。

まとめ

農薬業界と養蜂業界はそれまではあまり良い関係ではなかったが、今では農薬工業会と日本養蜂協会で共同の対策事業を行うようになり、情報交換や連絡が密に行われるようになったせいか、被害件数も大きく減少している。
また、若手研究者らは、農薬被害だけではなく現在の大きな課題でもある寄生ダニ「ヘギイタダニ」の対策にも新たな手法で取組んでいる。