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TTCバイオカフェ「へその緒はオールマイティ!?~拡がる臍帯血・臍帯バンクの可能性」

2023年11月30日、TTCバイオカフェを開きました。お話は東京大学医科学研究所付属病院臍帯血・臍帯バンク施設長 長村登紀子さんによる「へその緒はオールマイティ!?~拡がる臍帯・臍帯血バンクの可能性」でした。胎児と母体の胎盤をつなぐ「へその緒(臍帯)」にはどんな力があるのか、臍帯からどんな製品が生まれて、どのような治療が行われているか、そのための規制はどうなるのかと幅広くお話いただきました。

長村登紀子さんのお話し

長村登紀子さんのお話し

お話の主な内容

はじめに

臍帯は赤ちゃんと胎盤を結び付けているもの。そこから出てくる間葉系幹細胞(Mesenchymal stromal cells; MSC)細胞は、中胚葉由来ですが、胚葉を超えて分化できる能力がある。MSC自体は、体の代謝は機能バランス、秩序を正常に保つ働きがあり、臓器の間でクッションとして働いて臓器を守ったり、病原菌の侵入を防いだりする。MSCには、自己複製能があり、組織障害があると修復し、過剰な炎症があると免疫調整を行って治そうとするバッファーの役割をもっている。

間葉系幹細胞の利用と臍帯の利点

ヒト間葉系幹細胞を使って日本で製造している市販薬「アロフィセル🄬」はクローン病の薬、「テムセル🄬」は移植後の移植片対宿主病のときに使う薬でいずれも海外ドナーの脂肪組織細胞または骨髄液を輸入し、海外の製造法に習って日本で製造されている。骨髄液は腸骨から採取するが、ドナーの負担は大きい。日本では脂肪組織や骨髄液を安定的に原料にするのは未だ難しいケースが多い。臍帯は赤ちゃん由来の組織だが、赤ちゃん(ドナー)に侵襲がない、海外依存が少なく、採取しやすい、増殖能が高い、と臍帯の利用には多くの利点があり、注目されている。
私どもは、こうした臍帯や臍帯血の研究を進めて、多くの患者さんに提供できるように、東大医科研病院内に臍帯血・臍帯バンクを設立した。

臍帯の処理と製造

お母さんから同意を得て提供された臍帯はまずは組織ごと凍結保管される。組織ごと凍結できると、次のような利点がいっぱい!生物資源原材料の保存可能であり、治療法のない難病患者でも将来、治療ができるかもしれない。さらに、現時点では分離抽出できない細胞が、将来は分離抽出できるようになるかもしれないし、異なる培養液を使うことで間葉系細胞と違うものが出てくる可能性もある。また、自家移植用としても保存できる。何よりも、すぐに培養を開始しないためコストが削減できることである。組織凍結は大きな技術革新だったと思う。この組織から、細胞を抽出して、拡大培養して、バッグに詰めて細胞製品にしている。

臍帯から得られた細胞の特徴

移植片対宿主病を試験管の中で起こし、そこに自分と他人のリンパ球を一緒にして培養すると同種免疫反応が生じて増殖する。これをリンパ球混合反応という。この反応に全く別の赤ちゃん由来の臍帯由来間葉系細胞(MSC)をいれると増殖が抑制されることがわかった。つまり、どんな患者さんにも有効であるということである。これまでの研究をまとめると、強い炎症や組織が損傷されると間葉系細胞は活性化されて遊走し、抗炎症作用、修復能を発揮する(He et al, Int J Hematol. 102:368-78, 2015;Cytotherapy. 18:229-241, 2016)。

主な利用例を紹介する。

2-1)治療抵抗性重症急性移植片対宿主病(GVHD)
造血幹細胞移植では、白血病患者は、放射線や抗がん剤で白血病細胞や骨髄細胞を極力少なくして、ドナーさんの造血幹細胞を移植する。ドナー(=他人)の造血幹細胞を移植するとドナーのリンパ球が患者の体で生着して増えてくるときに、「これは自分の体ではない」と認識して攻撃する。これがひどい場合にGVHDという。皮膚症状(発疹程度からやけどのようになることもある)、肝臓に出ると黄疸、消化管にでると下痢(ひどい場合は、2リットル以上もの水様下痢)になる。こういうことを防ぐために、あらかじめ免疫抑制剤を投与するが、ひどくなった場合には、まずステロイド等を投与する。これらも過剰な炎症なので、臍帯由来MSCの効果が期待された。既に「テムセル」という骨髄由来MSCの有効性が報告されているが、私どもは、自ら製造した臍帯由来MSCを用いて、GVHDでステロイドでもよくならない患者さんに、同種臍帯由来間葉系幹細胞を用いてヒトに対する初めての医師主導治験(First in human)を実施した(2018-2020)。このとき第1相多施設治験で血清のない培地を使った。血清のない培地の利用は世界初である(Nagamura-Inoue et al, Int J Hematol. Jul 30, 2022)。

2-2)新型コロナウイルス感染症関連ARDSの場合 
新型コロナウイルス感染症で、呼吸状況が悪くなり、人工呼吸器やECMO(エクモ)を使う患者さんの映像を見た方もいると思う。これは感染症がひどいというより、患者さんの炎症反応が強くなった状態で、炎症性サイトカインが大量に放出され「サイトカインストーム」が起きている。急性呼吸窮迫症候群ARDSといわれている。サイトカインストームにもステロイドを使うので、ステロイドで効かないコロナの患者さんに、臍帯由来MSCを使って、ヒューマンライフコード(株)による企業治験が行われた。実は、新型コロナ関連ARDSは世界中で起こっていて、MSCの利用は世界中で行われたが、MSCのソースとして、臍帯が最も多かった。

2-3)造血幹細胞移植後の非感染性肺合併症
感染症ではない、肺合併症はやはり免疫反応が強くなって起こる肺炎に対して、ステロイドが効かない症例に臍帯由来MSCのヒューマンライフコード社による企業治験が行われた。

2-4)脳障害
デューク大学で、脳性まひの赤ちゃんに自家臍帯血を投与で障害が改善された。現在も1000人に1-2の脳性麻痺の赤ちゃんが生まれている。原因は、お産の前後に難産などで脳内酸素濃度が下がり、脳内マクロファージが活性化し、高サイトカイン血症がおきて、ニューロンが障害され、最終的に脳性まひが起こる。MSCは抗炎症作用、免疫調整、組織修復能があることから、脳性まひに有効ではないかと期待された。基礎的検討(Honda I, Taki A et al. Inflammation and Regeneration 35 : 261-8, 2015;Mukai, Nagamura-Inoue et al , Neuroscience, 355,175-187,2017)を経て、脳室周囲白質軟化症のこどものロート製薬による企業治験が行われた。

3 新規医療モダリティを支える臍帯血と臍帯バンク

胞衣(えな)の扱い

供給源を絶やさないために臍帯血と臍帯バンキングが必要であることは明らか。一方、胎盤や臍帯は周産期附属物の総称である胞衣(えな)に含まれ、特別に扱われてきた歴史がある。昔の偉人には「胞衣塚」が残っている。母体内で10か月ともにあった赤ちゃんの分身として、臍帯は胞衣の一部だから大切だと考えられてきた。日本には、胞衣取締り条例というのが主に8つの自治体で定められている。東京の条例は厳しく、医療廃棄物業者が胎盤などを医療廃棄物とは別にして扱っており、取り扱える場所も定められていたが、令和元年、都内では母親からの同意があれば、取締の例外事例として、研究や製薬等に利用できるようになった。なお、京都、大阪では今も届け出が必要である。

妊婦の同意と社会的受容

ドナーの母親(妊婦)の理解を得るためにも、広報と情報公開による社会的受容性の向上が必要である。医科研の神里先生に助けられ、母親向けビデオ、パンフを作成した。また、臍帯から治療薬ができたときのベネフィットシェアリングも今後の課題である。
多くの人に理解していただくために、情報公開文をHPに掲載している。どのような研究が進められているのか、どのような臨床試験が行われているか等について、公開している。また、種々の検査で適合した臍帯血や臍帯のドナーさん及びお母さんに、出産後、6か月以降に赤ちゃんがお元気ですか?とお手紙でお尋ねしている。臨床用に用いる場合には、再度インフォームドコンセントを頂き、2回目の感染症の検査(1回目は出産時)を受けており、厚労省が認可した製品を製造販売していくことも説明している。一方、提供先の企業向けのビデオも作成しているので、皆さんもHPをみてみてください。

これから

これからは障害をもった赤ちゃんの臍帯も集め、その病態解明等の研究により治療につなげていきたい。これまでに40課題以上に臍帯を提供している。今は急性GVHDの治療(第2相)に向けて準備している。最近は細胞の3Dプリンターを開発した会社があり、京都大学と末梢神経断裂に対する神経の鞘を作って治療をする共同研究を進めている。さらに、シートにしたものなど、いろいろな形状の物も今後開発されるであろう。今後も、いろいろな企業や色異論分野の人と協力して、新しい治療法を開発していきたい。

質疑応答

  • 6か月後の追跡調査の意義は
    赤ちゃんの6か月後の健康を聞けることと、2度目のインフォームドコンセントがいただける機会ができたメリットがある。将来的には、6か月後のお母さんの採血はしないで済むようになるかもしれない。 移植は1:1だが、臍帯は増えるので一人の臍帯は1:100になる。1:100のトレーサビリティを考えると念には念を入れて検査をすることとなっている。
  • 日本は世界と比べて進んでいるのか
    臍帯の利用では日本、アジアは進んでいる。欧米は骨髄、脂肪で第3相まで進んでいるので、他のソースに変更できないジレンマがあるようだ。海外での骨髄や輸血用血液には対価を渡されている。日本は売血が問題になった経験から無償提供。6か月後においでいただくときには、負担軽減費で支援している。
  • 臍帯が幅広く使われていて効果が出ているところがすごいなと思った。母親への説明はどのようにするのか。
    母親への説明は産婦人科医が担当している。
  • 臍帯には血液型のような使用の制限はあるのか
    臍帯を凍結すると赤血球はこわれるので、血液型は関係ない。
  • 凍結保存期間は
    半永久的に保存できそうだが、今、使っているのは2015年のもの。少なくとも10年くらいは検査しながら使えると考えている。
  • 臍帯を提供する女性の年齢制限は
    ないです。ドナーの赤ちゃんはみなゼロ歳ですので。