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バイオカフェ「しょうゆのサイエンス」

2023年11月4日、千葉現代産業科学館でバイオカフェ「しょうゆのサイエンス」をひらきました。
講師はキッコーマン(株)研究開発本部 内田理一郎さん、実験指導は同社の杉山央高さんが担当されました。第1部では同館会議室でお話をうかがい、第2部では実験室に移動してきき味体験をしました。

内田理一郎さんのお話し

内田理一郎さんのお話し

お話の主な内容

しょうゆの歴史

しょうゆのルーツは醤(ひしお、じゃん)。「周礼(しゅらい)」(紀元前11世紀)と、「論語」(紀元前6世紀)に記載がある。
醤には、動物を原料にするものと、植物を原料にするものがあり、周礼に書かれているのは肉醤・魚醤で、動物由来が先に作られた。動物由来には、日本のしょっつる、ベトナムやタイの魚醤などが、植物由来には日本のしょうゆ、味噌、韓国のキムチなどがある。
日本には、縄文末・大和時代に唐醤(からびしお)や高麗醤(こまびしお)が伝来。鎌倉時代に覚心(かくしん)という僧侶が金山寺味噌の製法を中国から持ち帰り、味噌樽の底にたまったのがしょうゆの始まり。室町時代の文献には「醤油」が登場。江戸時代に入ると上方で工業生産が始まり、中期以降は関東(常陸、上総、下総)でもしょうゆづくりが盛んになった。江戸時代末期からは欧州へ「コンプラ瓶」という陶磁器に入れたしょうゆが輸出されるようになり、これは明治・大正も続く。
現在(2018)、日本では76万キロリットルが生産され、日本企業による海外生産量は27万キロリットルとされている。和食文化の世界への広がりも影響している。

産地

現在、千葉県(野田・銚子)、兵庫県(龍野)、群馬県で日本の5割を生産している。
江戸時代中頃の野田は利根川と江戸川にはさまれていて、常陸の大豆、行徳の塩、下総の小麦が入手しやすく、1661年からしょうゆづくりがはじまった。当時は江戸川を利用して、朝、野田から出荷すると昼には日本橋に届けられた。1800年当時の江戸の人口は世界でも大都市だった。1917年、野田のしょうゆ醸造家一族が合同して設立したのが「野田醤油株式会社」であり、キッコーマンの前身となる会社である。

醸造法

しょうゆ1リットルの原料は、大豆230g、小麦230g、食塩160g。
蒸した大豆と炒って砕いた小麦に麹菌を生やし、こうじを作る(製麹:せいきく)。これに食塩水をまぜる(仕込み)。この後、乳酸菌と酵母の働きが加わり、発酵が進み、色が濃くなっていく。これをしぼり、火入れ、瓶詰すると、しょうゆになる。20世紀初頭まで、すべては手作業だったが、今は原料処理から瓶詰まですべて機械化されている。
工程において微生物がつくる酵素の働きを見ると、大豆や脱脂大豆のタンパク質はプロテアーゼ、ペプチターゼでアミノ酸に、デンプンはアミラーゼ、グルコアミラーゼでグルコース(ブドウ糖)に分解される。

乳酸菌の働きでしょうゆは弱酸性になる。人が美味しく感じるpHは4~5なので、しょうゆをかけるとおいしく感じるpHに近づく。例えば納豆はpH7.4がしょうゆをかけると、pH6.5となっておいしくなる。グルコースは酵母の添加によって発酵しアルコールになり、香り成分が生まれる。
アミノ酸とブドウ糖を加熱するとアミノカルボニル(メイラード)反応が起こる。
しょうゆのバラエティーは材料や醸造期間によっている。
「濃口しょうゆ」大豆:小麦=1:1。全国出荷量83.5%をしめる。
「淡口しょうゆ(うすくち)」大豆:小麦=1:1。塩分が高く(18%)、メイラード反応が起きにくく色が淡い。食材の色を活かしたいときに適している。薄口と書かないのは減塩と間違えられないため。
「たまりしょうゆ」大豆がほとんどで小麦は少量。醸造期間が長い(6-12か月)。
「再仕込みしょうゆ」大豆:小麦=2:2。麹に食塩水の代わりに生揚げ(きあげ 火入れしない)しょうゆを使って仕込む。それで大豆と小麦は濃口しょうゆの2倍使ったことになる。
「白しょうゆ」小麦がほとんどで甘味が強く、淡い色をしている。
関東は濃口で、関西は淡口なのはなぜか。関東は活火山が多く硬水で、当時多く食べられていた川魚等の臭みをとるために濃口に多く含まれるメラノイジンが役立っていた。関西は軟水で出汁を昆布でとるので淡口しょうゆが合っていた。
江戸幕府が開かれたころ、関東は湿原で幕府は土木事業で河川を改修し耕作に適した土地に変えていき、水運も発達した。そして、淡水に棲む川魚(鯉、うなぎや、どじょうなど)がよく食べられ、生臭さを消す濃口しょうゆがますます普及したと考えられる。そば、てんぷら、蒲焼などの江戸料理には濃口しょうゆが使われている。
では、九州のしょうゆが甘いのはなぜか。暑い地方だから甘いものがほしい。江戸時代は長崎の出島を通じて砂糖が入り、サトウキビ栽培が盛んになった。砂糖は高価で、甘い食品は高級の印だったので、しょうゆの塩辛さを和らげるために砂糖を入れ、料理の味を調えた。

機能性

食品には、一次機能(栄養、エネルギー)、二次機能(おいしさ、楽しさ)、三次機能(病気予防、健康回復などの生体機能調節)がある。しょうゆにはたくさんの機能がある。

  • 消臭効果 メラノイジンが生臭みを消す。
  • pH調整 乳酸が1ml当たり約10㎎も含まれている。
    殺菌や静菌効果 塩分、アルコール、有機酸で菌の増殖を抑える。江戸寿司の「づけ」はしょうゆの静菌効果を利用している。大腸菌、赤痢菌、チフス菌、パラチフスA菌、コレラ菌を48時間後に殺菌できたという研究報告もある。
  • 加熱効果 アミノ酸と糖が加熱されるとメラノイジンをつくり、焼き色と香りで美味しさが増す。
  • 緩衝効果 pHを酸性に傾け、おいしさを感じるpH5くらいの弱酸性に保つ。
  • 対比効果 スイカに塩をかけると甘味が増すように、アイスクリームにしょうゆをかけると甘味が強まる。
  • 相乗効果 グルタミン酸(しょうゆ)とイノシン酸(昆布だし、かつおだしなど核酸が含まれるだし)を併せると旨みがます。例)そばつゆ、天つゆ 減塩作用 食塩の代わりにしょうゆを使うと少ない食塩摂取量でおいしく感じる。
    食塩摂取が多い日本人は、血圧が高いといわれている。
    しょうゆの文化がないオランダで試験をしたところ、食塩の一部をしょうゆに置き換えたトマトクリームスープ・ドレッシング・ポークステアフライで味の強さやおいしさは変わらないまま減塩できることがわかった。その後、日本、シンガポールでも食塩の一部をしょうゆに置き換えたときの食塩低減率を調べたら、平均して34%の減塩ができた。
  • 三次機能 胃液分泌作用や発がん抑制成分などがしょうゆにあるとわかってきている。

QOL(Quality Of Life)向上のために開発された製品

(1)血圧高め
高血圧の人、予備軍の人をあわせると20歳以上の人口の約半分。国民の平均血圧が2mmHg低下することにより、循環器疾患全体では2万人の死亡を予防できる。
アンジオテンシンⅠがアンジオテンシン変換酵素(ACE)でアンジオテンシンⅡになると血圧が上昇する。アンジオテンシン変換酵素の働きを抑えるペプチドを含む調味料を作れないか。大豆発酵調味液はACE阻害活性がしょうゆより高く、どの成分が有効であるかもわかった。臨床試験を行い、「大豆ペプチド減塩しょうゆ」を開発し、販売している。

(2)大豆と小麦アレルギーの人のためのしょうゆ
大豆と小麦でアレルギーを起こす人のために、エンドウ豆で醸造したしょうゆを開発。

(3)慢性腎臓病患者用
患者さんは食塩を減らす指導を受ける。患者さんは、日本人の平均摂取量10gを6g以下にすることを求められる。塩分だけでなく、カリウムやリンも減らした「だしわりしょうゆ」をつくった。塩分が少なくてもおいしく感じられる。 

「きき味」体験

もろみとしょうゆ粕の官能評価体験

仕込んでから、1か月、3か月、6か月の「もろみ」の色と香りを官能評価体験しました。色は濃くなり、香りも深く強くなっていました。「しぼり粕」もしょうゆの香りがしました。「しょうゆ油」は赤みがかりしょうゆの香りがありました。しょうゆ粕は家畜飼料に、しょうゆ油は主にボイラーの燃料にして使うそうです。

(2)火入れしょうゆと生しょうゆの比較
生しょうゆ(火入れしていない)は色が澄んだ鮮やかな赤色をしており、おだやかな香りをしていて、火入れしょうゆ(火入れしている/加熱殺菌)は色はが濃く、香りが強く感じました。味は異なりますが、両方ともコクがあっておいしかったです。

(3)昆布しょうゆと牡蛎しょうゆの比較
昆布しょうゆは昆布のまろやかな旨みがあり、牡蠣しょうゆは牡蠣の風味・旨みが強く濃厚な味わいがありました。

右から3つのもろみ。しょうゆ粕、しょうゆ油、しょうゆ製品

右から3つのもろみ。しょうゆ粕、しょうゆ油、しょうゆ製品

きき味体験のやり方の説明

きき味体験のやり方の説明

質疑応答(〇は参加者、はスピーカー

  • 淡口しょうゆは小麦が多いので色が淡くなるのか
    小麦と大豆の割合は濃い口しょうゆと同じだが、淡口では、食塩でメイラード反応をおさえ、できるだけ色がつかないような工夫がされている。小麦を多く使うのは白しょう油。
  • しょうゆを醤油と書くときと、正油と書くときに違いはあるか
    しょうゆの正式な漢字表記は「醤油」です。しかしながら「醤」の文字は少し難しい漢字であることおよび常用漢字に入っていませんので「醤」の代わりに「正」の文字を使用する代用表記もあります。弊社ではJAS規格上の表記に従って「しょうゆ」の文字を使用しています。
  • 「煎り酒いりざけ」から「しょうゆ」へはどのように移行していったのか
    「煎り酒」はまだしょうゆが一般的ではなかった室町時代後期、一般家庭に広まっていきました。その後、江戸時代中期まで広く用いられた煎り酒ですが、煎り酒よりも保存性の高いしょうゆが広がるにつれて、煎り酒の活躍は少しずつ減少。現在のようにしょうゆが食卓の中心となっていったようです。
  • キッコーマンのしょうゆ瓶のふたが赤いのは会社のイメージカラーなのか
    昭和36年に開発・市販されたガラス製の卓上びんのキャップにしょうゆの赤褐色とのコントラストが美しく、温かさが感じられる「赤」が選ばれました。
    そして現在では世界中に広がり、赤いキャップのボトルはしょうゆの目印となっています。
  • しょうゆをこがすと風味がよくなるというが、焦げると味が損なわれるのではないか
    焦げることで加熱前のしょうゆの香りは飛散・変化してしまいますが、しょうゆに熱を加えると、食欲をそそる良い香りが生まれます。これは熱によってしょうゆの中のアミノ酸と糖分が反応して、メラノイジンなどの成分をつくり出すことによるものです。加熱のしすぎにはご注意ください。
  • しょうゆのランクはどのように決めるか
    しょうゆの等級はJAS法で定められています。等級はしょうゆのラベルなどに記載されている「特級」などのもので、超特選丸大豆しょうゆの「超特選」などの記載もあります。しょうゆの種類によって規定値があるのですが、特に重視されるのはうま味の強さ。しょうゆの場合は全窒素分で計られて、この値が大きいほどうま味が強いとされています。
    その他、性状や色度などの決まりもあります。
  • しょうゆとみそは、大豆を発酵して作っているのでルーツは同じだから、同じように扱えるか
    しょうゆ、みそのそれぞれにあった多様な食べ方を楽しんでいただきたい。
  • 手作りみそキットを使ってみそを作ったことはあるが、手作りしょうゆセットは見かけない
    しょうゆは味噌と比較すると管理に手間がかかりますので、これが一般的なキットにしづらい一因と思います。
  • しょうゆを保存できる期間は
    容器がペットボトルやびんのしょうゆは、一度開栓して空気に触れると、色は黒くなり風味も落ちますので、冷蔵庫での保管をお勧めしています。
    ・「いつでも新鮮」シリーズの商品は、開栓してもしょうゆが空気に触れない2重構造のボトルのため、常温保存が可能です。
    ※1「いつでも新鮮 超減塩しょうゆ 200ml」は60日を目安にお使いください。
    ※2「いつでも新鮮 超減塩しょうゆ 450ml」は90日を目安にお使いください。
もろみは熟成が進むに従い色が濃くなり香り高くなっていく

もろみは熟成が進むに従い色が濃くなり香り高くなっていく

杉山央高さんからお土産の紹介

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参考サイト