バイオカフェin大阪2017 2日目第2部
「遺伝情報を”目印”に、あたらしいコムギを創る!」
2017年9月30日(土)、大阪科学技術センターにおいてバイオカフェin大阪2017を開きました。
今回のカフェは内閣府の支援を受けて開催、これから実用化が進むであろうゲノム編集技術やその応用作物、食品を消費者である私たちはどのように受け止めていけば良いのか、考える土台となる話題提供を研究者の方にお話いただき、参加者のみんなで考えるような機会としました。この日は2部構成で、第1部は京都府立大学の大坪憲弘さんからお花の分子育種のお話を、第2部は農研機構 東北農業研究センターの中村俊樹さんから「遺伝情報を”目印”に、あたらしいコムギを創る!」と題したお話を聴きました。研究で中村さんにお世話になったという城守寛さんによる講師紹介の後、中村さんの話が始まりました。
講師の中村俊樹さん
中村さんの紹介をする城守寛さん
主な話の内容
コムギの話
小麦粉には強力粉、中力粉、薄力粉があり、それぞれパン、麺類、お菓子に適している。これはグルテンの量と質の違いであり、グルテンのネットワークによって強度が変わる。
コムギの起源は1万年前、おそらくチグリス・ユーフラテス川地域からであり、日本へは5世紀頃伝えられ8世紀頃に広まりだした。現在では中国が生産量、消費量で世界一であり、輸出が多いのは北米、オーストラリアとなっている。日本は600万トンほど消費しているが、そのうち13%程度が国産で、アメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入している。カナダからのコムギはパン用、オーストラリアからはラーメン、うどん用として利用されている。
コムギは6倍体
コムギの他の穀物と異なる大きな特徴は、6倍体であるという点である。イネ、トウモロコシ、オオムギは2倍体である。もともとは2倍体の一粒系コムギとクサビコムギが自然交配して4倍体の二粒系コムギ(マカロニコムギ)ができ、これにさらに2倍体のタルホコムギが自然交配して6倍体の普通系コムギ(パンコムギ)ができた。マカロニコムギはカロチンが多いため粉が黄色いが、パンコムギでは白くなっている。
育種においては変異で性質が変わったものが利用されるが、6倍体は同じ遺伝子が3個あるということなので、そのうち1つが変異しても他の2つが機能を補完するため性質が変わらない。これがコムギの育種(品種改良)の難しい点である。
品種の改良・開発(育種)
コムギの育種は、例えば「パンに向いてないが病気に強いコムギ」と「良いパンができるが病気に弱いコムギ」を交配し、それら以外の冬の雪の下で耐えられるか、雨で発芽しやすいか等々他の形質も調べ、10世代以上を経てようやく地域に適した「良いパンができ病気に強いコムギ」が得られる。また、収量はどうか、粉がたくさんとれ色は白いかなどの選抜試験をするたには、ある程度の種の量が必要であり、1つの植物体だけでそれらを調べることはできずある程度の個体数も必要である。そのため育種は広い圃場を必要とする。このような選抜には多くの手間がかり、育種家の経験や勘による部分も大きかった。近年、新しい選抜方法として、形質を支配する遺伝子に注目し、その型を判定することにより選抜する「DNAマーカー選抜」が行われている。これは性質の違いが、DNAの配列のなんらかの変化に起因する場合、その違いを目印(マーカー)にして目的のものをより分ける手法である。DNAマーカー選抜により育種は正確かつ効率的になってきている。とはいえ、未だに育種家の経験や勘も重要である。
モチコムギ
コムギの品質では、タンパク質が最も重要であり、タンパク質に関する育種は欧米中心に盛んにおこなわれてきており、日本より高品質の小麦が育成されてきている。これに対抗して国内における小麦の需要を拡大するには、品質向上は当然ながら、別の手段として、今までにない特性を持つコムギの開発が考えられた。そこで注目したのが、炭水化物である。コムギ粉の成分はタンパク質が8~14%、炭水化物が70%、水分が14%、その他2%である。炭水化物は、全成分の7割も占めるにもかかわらず、炭水化物に関する変異コムギは1つもなかった。一方トウモロコシの場合、スイートコーンはデンプンの変異体(デンプンを貯めるのではなく糖になっているため甘い)であるし、粘りのあるモチトウモロコシのwaxyコーンスターチもデンプンの組成が変化したものである。イネのモチ、ウルチも同様である。デンプンを改変することで今までにないコムギ粉の用途が広まり、需要の拡大が図れると考えたわけである。
デンプンはアミロースとアミロペクチンからなり、その割合で粘り度合いが決まる。ウルチはアミロースが20~30%であるが、アミロース合成酵素がないモチはアミロペクチン100%である。イネ、トウモロコシ、オオムギはモチのものがあるが、コムギはこれまでなかった。その要因と考えられるのが、コムギの6倍体性である。6倍体であるがゆえ、アミロース合成酵素の遺伝子は3つ(A1,B1,D1)あり、1つ2つ働かなくなっても残りが働きを補完するためモチにはならない。変異を人為的におこす手法では、遺伝子1つに変異が起こる確率は1/1000~1/10000であるため、3つ同時に変異を誘発し働きを止めるのは非常に困難である。そのためにこれまでモチコムギは得られていなかった。
そこで遺伝資源を調べてみると、関東107号という日本のコムギは3つのうちA1とB1の2つが変異して機能しておらずD1だけが機能している(--+)ことがわかった。そこでD1が機能していない中国のコムギ(++-)白火を遺伝資源約3000系統ほど調べて見つけ出し、関東107号と掛け合わせることでアミロース合成酵素を3つとも機能していないもの(---)が得られた。予想どおり、アミロースを持たない世界で初めてのモチコムギの誕生である。これは8000年のコムギの歴史の中で2番目に大事な発見であると海外の育種研究者にも称賛されている。
(中村さんは「waxyナカムラ」と呼ばれているとのことである(ちなみに緑の革命でノーベル平和賞に寄与したのは農林10号)。
高アミロースコムギ
デンプンの成分のうちアミロペクチンは枝分かれした構造をしており、これは枝伸ばし酵素の働きによる。この酵素の遺伝子を3つともなくす(---)と、枝が伸びなくなるだけでなくアミロース含量が3割程度に増加した。この高アミロース性のデンプンは難消化性であり、食物繊維と同じように働くことから、ダイエット食品として注目を浴びている。こちらも遺伝資源の中に存在する3つの枝伸ばし酵素の中の一つずつの働きを持たない変異体を交配することで創りだすことができる。
モチコムギ×高アミロースコムギ
前述のモチコムギと高アミロースコムギを交配すると、糖が蓄積すると期待される。(アミロース合成酵素3個、枝伸ばし酵素3個)として表すと、モチ(---,+++)×(+++, ---)のF2はでは、64通りの組み合わせが得られる。外から見て(表現型)これらを分けるのは不可能に近いが、DNAマーカーを開発してあったので簡単に64通りを選ぶことができた。選抜した中で全て働いていない(---, ---)ものは、驚いたことに糖が蓄積し、スイートコーンのように甘いものだった。このコムギの種は、成熟するとシワ粒になるという欠点はある。収穫や製粉に問題があり、実用化が難しい点があるが、その解決と生の種の利用も考え大手製粉マーカーと共同で用途開発をしている。
一方、得られる64通りの中には、二つの酵素が2つずつ働いていない場合(+--, +--)、通常のコムギ(+++, +++)に比べて種の重さやデンプン量は変わらないにもかかわらず、デンプン老化耐性が高くパンにしたときに柔らかさが長持ちするものがあることがわかった。世界中でパンが廃棄される原因はパンが堅くなることであり、パンの老化とも言われる。製パンメーカーは老化対策として乳化剤等の素材を加えたり、製造工程に手を加えて対応している。そのためこの新しいコムギは日本のみでなく海外からも注目されている。現在このコムギは、東北236号として品種登録申請されており、実用的栽培利用が開始されている。
まとめ
以上のように、モチコムギ、甘いコムギ、パンが硬くなりづらいコムギなど、DNAマーカー育種も取り入れて作り出すことができた。遺伝資源を利用することで、6倍体のコムギの育種にはまだまだやること、やれることがたくさんありそうである。
話し合い
- 生産量の多いアメリカ、カナダ、オーストラリアでは遺伝子資源の収集はやっていない? → やっている。どの国も遺伝資源はその国の財産なので大事にしている。
- グルテンの強度は含有量によるものか。 → グルテンはグルテニンとグルアジンよりなるが、これらをつくる遺伝子は複数あり、量的なものはそれらの発現量だが、強度にはそれら遺伝子のどれを持つかと言う質的なものが大事である。
- ヨーロッパと日本では気候が違うが、気候の違いよりも遺伝子の影響が大きいのか。 → 両方重要だ。日本は国策としてうどん用コムギを中心に品種育成をしてきたており、そのため特にパン用では品質が劣っていた。しかし、今はパン用が育種目標になったことより、「春よこい」「ゆめちから」などができてきた。その点からも、環境の違いも品質の良し悪しに当然関係するが、遺伝的要素は非常に大きい。また、環境的に言えば、日本は高温多湿というコムギの栽培には適しない地域で品種育成を行ってきている。そのため世界的にも大きな問題である、赤かび病や穂発芽に耐性の高いコムギを作ってきたと考えられ、その面では日本のコムギ育種は優秀だと思っている。
- 柔らかいパンが普及するにはどれくらいかかるか。→ 早くて3年。
- 品種改良したものは花粉が出ないようにしないと野外で栽培できないのか? → 遺伝子組での品種改良と今回の話での通常の交配での品種改良は別の話です。遺伝子組換えだと生物多様性に影響がないようにしないといけないので花粉の飛散を防ぐ必要があります。DNAマーカー育種は、組換では無く、自然界で起こっていること目印をつけているだけなので花粉の飛散を気にする必要は無いのです。
- ゲノムマーカーの説明をもう一度聞かせて欲しい。 → あくまでも目印。簡単には、DNAの配列に生じた大きさの違い(目的のマーカー部分)をPCRと言う方法で増幅して、その増幅されたDNA断片の大きさの違いを目で見える形で調べる手法です。