バイオカフェin大阪2017 2日目第1部
「植物の色・形を自在にデザインする」
第1部は京都府立大学大学院生命環境科学研究科の大坪憲弘さんに「植物の色・形を自在にデザインする」というタイトルでお話いただきました。
2017年9月30日(土)、大阪科学技術センターにおいてバイオカフェin大阪2017を開きました。
今回のカフェは内閣府の支援を受けて開催、これから実用化が進むであろうゲノム編集技術やその応用作物、食品を消費者である私たちはどのように受け止めていけば良いのか、考える土台となる話題提供を研究者の方にお話いただき、参加者のみんなで考えるような機会としました。この1週間前の2017年9月23日には大阪府立大学の小泉望先生と、大阪大学の村中俊哉先生にお話いただきました。
この日も2部構成のバイオカフェとなっており、第1部は京都府立大学の大坪憲弘さんから「植物の色・形を自在にデザインする」と題したお花の分子育種のお話を、第2部は農研機構 東北農業研究センターの中村俊樹さんからコムギのゲノムマーカー育種を中心としたお話(レポートは2018年1月公開予定)を聴きました。
主なお話の内容
突然変異育種
突然変異は、待っているだけでは起こる頻度が低い。変異が起こる確率を上げるために、放射線や変異剤と呼ばれる化学物質を使う。植物の中にある数万の遺伝子のうちのいくつかが働かなくなって、ある機能がなくなったり、場合によっては付加されたりして、“ちょっと変わったもの”ができる。
放射線を照射する施設は国内にいくつかあり、自分は理化学研究所の放射光施設を利用している。 放射線は放射線源から発せられ、粒子になって植物の細胞の中のDNA分子にぶつかると、DNAが切れる。DNAが切れると、生き物は切れたDNAを繋ぎなおす働きを持っているが、なおす際にミスが起こることがある。何かしらの性質に関係する遺伝子の場所に修復ミスが起こると、性質の変わった植物ができることがある。
例えば、キクに重イオンビームを当てるとどうなるか。実際にどのように実験しているかというと、ケースの中の培地で培養した小さめの植物に重イオンビームを当てる。重イオンビームを当てた植物の葉を刻んでカルスという初期化細胞のようなものを作る。その後、再度植物に成長させると、160日ぐらいで花が咲く。たくさん咲いた花の中から、“ちょっと変わった”ものを選ぶ。例えば葉に斑が入ったもの、葉が反り返って先が割れもの、舌状花(キクの花の外側の花びらに見える花)が増えたものなど、いろいろな形のものができる。キクの花は、管状花といって5枚の花びらが一体化して、中に雄しべ、雌しべがある小さな花が多数集まって、一つの花を形づくっている。
重イオンビームを当てたキクを1年間で約2,500株の栽培すると、そのうち10株程度、多少形質の変化したキクが見つかる。変わったキクができる頻度がとても低い。そこで、この変わった植物ができる効率をもっと高めることはできないかと考えた。
講師紹介をする四方さん
スピーカーの大坪さん
美味しい野菜や花はどのように作られているのか?
品種改良というと交配でより良い品種を作ろうという印象があると思う。例えば、大きいトマトと美味しいトマトを掛け合わせて、大きくて美味しいトマトを作る。実際には交配の他にもいくつか方法がある。
突然変異育種は栽培の過程で、あるいは人為的に突然変異の起こる確率を加速させたりして、“ちょっと何か変わったもの”を選んで品種改良に使う方法。果物の枝がわりの利用なども突然変異育種の一つ。
分子育種といって、遺伝子組換えやゲノム編集など遺伝子の情報を人為的に変えることで新しい品種を作る方法もある。最終的に新しい遺伝子を入れて性質を変えるという面では交配と似ているが、交配できる作物の組み合わせは同種内になるが、分子育種の場合は同種以外の遺伝子も利用できることが特徴。今日は突然変異と分子育種の話を中心する。
自分は花の育種を研究しているが、短期間でたくさんの新しい品種を作りたいと思っている。分子育種のように、計画を立てて目的の花を作っていくエレガントなやり方もあるが、自分は一度に多くの、新しい花が作れるようなことがしたいと思っている。
分子育種
遺伝子組換えによる品種改良について、トレニアを例に説明する。トレニアは花壇に植えられる花として多く利用されており、実験材料としても使いやすい植物。植物で遺伝子組換え体をつくる時に多く使われるのは、土壌中にいる微生物の一種であるアグロバクテリウムを利用して、植物に遺伝子を導入する方法。アグロバクテリウムは、自分の遺伝子を植物に入れることができる微生物で、“自然の遺伝子導入”をしている。このしくみを利用して、カルスに自分たちが導入したい遺伝子をアグロバクテリウムから植物に入れてもらう。その後、細胞を培養して植物体まで栽培し、花を咲かせ、その中から性質が変わった個体を選ぶ。細胞培養から個体を選ぶところは、先ほどの放射線育種と同様の手順で進める。
花を咲かせて、採ったタネから生育した花は様々な性質のものができるので、選んだ個体と同じ性質の花を維持するために、植え継ぎをして次世代を増やしている。
これまでに開発された遺伝子組換えの花は、ツユクサの青色色素合成遺伝子を導入した青い胡蝶蘭、今年になってカンパニュラとチョウマメの遺伝子を導入した青いキクなどがある。遺伝子組換え技術で作った青いキクについては、交配可能な野生種の植物が日本には多くあるため、農家で栽培する場合にはそれらに影響を与えないようにする必要がある。そこで現在、花粉をつくらない青いキクの開発を進めている。
CRES-T法
現在、自分が進めている研究では、植物の持つ遺伝子働きを抑えることで、花の色や形を変えるようなことをしている。ある遺伝子の働きのオン/オフをする部位がDNAにはあって、その部分にスイッチをオンにするタンパク質がくると遺伝子の働きがオンになる。しかし、スイッチオフにするタンパク質がくると、スイッチオンのタンパク質がいてもスイッチオフになってしまう現象がある。この現象を利用して遺伝子の働きを止め、変わった性質の花を作る方法をCRES-T法という。
例えば、葉の淵を形づくるための遺伝子の働きを止めると、葉のうねりが強くでて、パセリのような葉になる。同じように、花の色や形も変えることができる。一方で、植物体全体が小さくなったり、売り物にならないような変化が起こったりする。そこで、花でだけ働くスイッチタンパク質を使えば、花の色かたちを変えてやることができる。また、スイッチを変えればいろいろな性質のものができることもわかった。
花きの世界では、年間数千の新品種が生まれ、無くなり、生き残る品種は数少ない。そのような中で、このような技術を利用するとその他の性質は変えずに花の色や形だけを変えることができる。このことは新しい品種を作り出していくだけでなく、生産者が品種によって栽培条件を変えずに済むためにとても便利だという利点もある。
CRES-T法を利用して、多弁咲シクラメンも開発され、商品化へ向けた試験栽培もされている。この八重咲シクラメンは、ある1つの遺伝子の働きを抑えることで八重になっている。その遺伝子は、花のつくりに関する遺伝学的モデル「ABCモデル*」のC遺伝子。C遺伝子が働かなくなると、その分、A遺伝子が働いて、雄しべや雌しべを作る代わりに花びらをつくるようになる。このようにして、これまでに開発された八重咲シクラメンよりも花びらの多い多弁咲シクラメンができた。現在は青色の多弁咲シクラメンを開発中。
その他、黄色い朝顔や花びらがビロードにようになったトレニアなど、様々な花がCRES-T法で作られている。
(*参考:花のトピックス ⚫︎ABCモデル)
遺伝子組換え技術と重イオンビームの組み合わせ
その他、遺伝子組換え技術と重イオンビームを組みあわせて、およそ300種類の様々に“ちょっと変わった”トレニアが作っている。そのうちのいくつかの花を選び、標本キットを作成、様々な機会に展示して、いろいろな方に見ていただいている。自分たちの成果を手に取って見て、知ってもらいたいため。
重イオンビームの照射による品種改良の利点は、一度に多くの植物を処理できて、様々な“ちょっと変わった”植物が作れること。でも、やってみないと、どのようなものができるかはわからない。一方、遺伝子組換え技術は目的の性質のものを高確率で作ることができる。技術はそれぞれ一長一短。
光るトレニアは遺伝子組換え技術で作ったもの。光るタンパク質はオワンクラゲのものが有名だが、様々な生物由来のものがある。光るトレニアには海洋生物の光るタンパク質の遺伝子を導入したもの。
標本キットの一部
ゲノム編集技術
遺伝子組換え技術の場合、導入する遺伝子はゲノムのどこに入るのか、コントロールできない。それと比べて、ゲノム編集技術の場合は、ゲノムの特定部分だけを狙って切って、その遺伝子を働かなくする。狙って切った部分に他の遺伝子を入れ込んだりすることも可能だが、今、実用化を視野にいれた研究開発は遺伝子を働かなくすることで、新しい品種を作ろうとしている。
例えば、ソラニン合成経路のある遺伝子の働きを止めたジャガイモ。ソラニンはジャガイモの食中毒の原因物質。健康に良いとされているGABAが高濃度に含まれるトマト、飼育しやすいマグロなどの開発が、日本でも進められている。
医療では、ゲノム編集技術を応用して不治の病を治すことができる可能性もでてきている。安全性の確保はもちろん、その上で研究開発は様々な分野で進み、実用化されるだろう。技術はツールなので、どのように使っていけば良いのか、みんなで考えなくてはいけない。
話し合い
- ゲノム編集技術で、ゲノムに切れ目を入れた後に繋ぎなおす時、どのようになおすのか? → 切断面がつながるような状態であれば、それをつなげるための糊のような役目をする物質がある。
- 特定の場所にどうやってたどり着くのか? → たくさんの分子の中から、特定の部分だけを探して、みつけるイメージ。特定の場所を探すために、その部分のDNA配列と結合するようなヌクレオチドの配列を付加した切断酵素をデザインして作る。
- 重イオンビームのイオンの種類は? → 水素、炭素、ネオン、アルゴン、鉄などを使う。ビームが通り過ぎずにそこに留まると、その部分に加わるエネルギーが大きくなり、うまくいかない。DNAを切りすぎないためには、ビームが通り過ぎるくらいのエネルギーがちょうどよい種類のビームを選んで使う。
- 多弁咲シクラメンについて、雄しべがないということは花粉もない? → 多弁咲にすることで、わざと雄しべをなくし、結果として花粉をつくらなくしている。先に紹介した多弁咲のシクラメンは、雌しべもないので他の品種と交雑しないようになっている。遺伝子組換えキクも、実用化を考えるとそのような形にする必要がある。雄しべの能力を無くした花を作ることもできるが、商業化するには、最初はまず雄しべ、雌しべを無くした花を作るのが良いと思う。
- 光るトレニアは、光が弱くなったりしないのか? → ずっと光っていて、退色しにくい。細胞の中にかなり多くのタンパク質ができていて、そのことが成果の本質。当てる光の強度を強くすれば、花もその分強く光る。
- トレニアの葉の縁がフリルのようになるのは、なぜ? → 葉の縁を作る遺伝子が壊れると、細胞が規則正しく並べなくなり、結果、葉が捻れたりしてフリルのようになる。
- こういう花が欲しいと思った時、どの遺伝子を壊せばいいのか、自分が調べればわかるものなのか? → 遺伝子の情報は、どのような性質と関係しているのかという現象とつながることが重要。それらが積み重なってくると、できるようになる。ただし、香りのように複数の物質が関わっている性質は、関わっている遺伝子の数も複数になるのでとても難しい。