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  • バイオカフェ@くらしき 第2部
    「遺伝子組換え食品との出会いから20余年〜振り返り学んだこと〜」

     2017年9月16日、岡山県倉敷市にある倉敷芸文館にて「バイオカフェ@くらしき」と題したバイオカフェを開催しました。今回のカフェは内閣府の支援を受けて開催、これから実用化が進むであろうゲノム編集技術やその応用作物、食品を消費者である私たちはどのように受け止めていけば良いのか、考える土台となる話題を、お二人の講師の方にお話いただきました。
     第1部は岡山大学農学部の加藤鎌司先生がメロンの遺伝資源と育種についてお話くださいました。第2部は食の安全・安心財団 評議員、コープこうべ 元理事の伊藤潤子さんに「遺伝子組換え食品との出会いから20余年〜振り返り学んだこと〜」と題してお話いただきました。
     伊藤さんのお話の前に、くらしとバイオと倉敷芸文館をつなげてくださった岡山大学 の武田穣先生がご挨拶くださいました。また、伊藤さんのお話の後は、遺伝子組換え食品のみならず、食のリスクコミュニケーションについて参加者と活発な議論がありました。

    写真
    伊藤潤子さんのお話

    主なお話の内容

    消費者の役割
     今回は遺伝子組換え食品が流通し始めた頃の話です。それが今後、ゲノム編集作物など新たな食品が社会に出る時にどのように関係者が考えたらよいのか、役立てば良いと思っている。
     私がコープこうべにいた頃の話をするが、遺伝子組換え食品に対する考え方は、コープこうべの中で全員が私と同じように思っている訳ではないことを先に申し上げておきたい。ただ、私自身は、遺伝子組換え食品の導入初期にどのような対応をとるのか、方針を決めたりすることに関わることができたことは、幸せなことだったと思っている。
     戦後、粗悪品の出現、食品被害や薬害などから生活を守る目的で始まった消費者運動は1990年代に入っても、なお活動が活発だった1970年代の認識から脱皮し切れていなかった。それは、問題や懸念するような案件がでた場合、2者を対立構造でとらえたり、白黒の二極で判断する傾向にあったこと。環境問題では石鹸運動(合成石鹸に対する反対運動)が盛んになった時、商品として合成洗剤を扱っていたコープこうべは「どうしてこのような商品を扱っているのか」と非難されたこともあった。
     
    「遺伝子組換え食品研究会」の発足
     コープこうべは1994年に「食の安全性問題研究会」を立ち上げた。理由は、1990年代中頃、GATTからWTOへの移行は国際・社会状況の変化を予測させ、食についても科学的に物事を見ること、多面的な情報から学習する必要があると考えたからである。また、評価と政策は分けることなどが必要との考えから議論を重ねていたが、途中、1995年に阪神淡路大震災が起こり、資料は消失してしまった。その後、報告書の作成を再開、作成途中の1996年に遺伝子組換え作物の輸入がはじまるとのニュースが入った。遺伝子組換え農作物の輸入がはじまると聞いたとき、「これは何なの?食べて大丈夫なの?」と思った。と同時に、食品を扱う生協が無関係ではいられない、いずれ問題になるであろうことであり、先延ばしにできないと考えた。そこで「食の安全性問題研究会」報告書には、「遺伝子組換え作物についてのコープこうべの基本的見解を明らかにすべきではないか」と報告書に書き添えた。
     それを受けて執行部は「遺伝子組換え食品研究会」を1997年3月に立ち上げることとした。素早い判断であった。研究会には、委員として3名の農学系の研究者、 コープこうべ組合員・役職員、オブザーバーとして社会科学系研究者、日生協職員、自分は先に述べた「食の安全性問題研究会」座長の立場で委員として参加した。研究会では6か月、大学への見学、レクチャーの聴講、シンポジウム開催を通して、最終的に報告書を作成した。
    輸入開始当時、遺伝子組換え作物は「フランケンシュタイン食品」などと言われ、本当に不安に思う人が多かった。さらに輸入される遺伝子組換え作物はトウモロコシ、ダイズなど幅広い食品や飼料として使われる作物種であった。このような状況で、コープこうべが遺伝子組換え作物への対応方針を決めることは先送りにはできないと考え、徹底して学び、情報収集し、議論をした。
    「遺伝子組換え食品研究会」の報告書では、環境への影響やアレルギーをはじめとした食品安全性も確認されていることを明記するとともに、不安に思う組合員への対応として情報提供や学習の場を設けることなど多様な組合員に配慮した政策が生協としての役割であることなどを盛り込んだ。
     また、現場で業務にあたる職員のためにはガイドラインを作成、内容は彼らの手に任せた。内容としては、●安全性については、組み換えでない農作物と同じレベルであること、●アレルギーは調べられていること、そして直ちに排除することは現実的ではないと答申した。また不安な組合員に対しては、不使用表示作物使用の製品の開発を行うこととし、生鮮食品(組換えトマトの開発が念頭におかれた)の取り扱いは改めて議論することとした。
     報告書を出した後は、組合員の組織合意をとるための情報提供も行った。情報提供のポイントは次の2点である。

    • 安全性については、組み換えでない農作物と同じレベルであり、アレルギー物質についても調べられている
    • 直ちに排除することは現実的ではない
     
    その後20年経過して
     現在の状況はどうなっているのか、考えてみた。
     まず、遺伝子組換え食品の表示制度が、ルールができた当初の予想とは全く異なる役割を果たすことになった。消費者が選択できるようにとの表示が、「遺伝子組換え食品には気を付けましょうね、組換えでないとかいてあったら安心だから選びましょう」になってしまったように見える。
     また、情報発信、リスクコミュニケーションは繰り返して行わないといけないと思っていたが、「寝た子を起こすな」というような考えの人もいる。
     消費者は、懸案を持つ人と持たない人の二極化が起こっているようにみえる。懸念を持つ人の気持ちは20年前とあまり変わっていないのではないか。ただし、その割合は少なくなってきている。聞かれれば不安と答えるが、「食べない!」という人はいないように私は感じている。
     振り返ってみれば、「遺伝子組換え食品研究会」の活動の一環として開催したシンポジウムに参加した人々や当時の組合員委員は必ずしももろ手を挙げての賛成ではなかったと思う。しかし、結論は先送りできないことについては多くの人が認め、科学的評価の受容と信頼、組合員の多様性を認め、組換えでないものも開発するという商品選択の余地の確保を示すことで納得をしてもらったように思う。
     世の中には多様な考えの人がいるので、遺伝子組換え食品は食べたくないと懸念する人はなくならないであろう。そういった人々がいたとしても、食品に関わる人々は、より良い商品の開発に向けて遺伝子組換え作物の使用について、しっかりと判断することが大切と思う。  
     消費者が判断するには正確な情報が大事になるが、情報発信時のコミュニケーションでは相手によって話し方を変える必要がある。例えば、研究者がいくら正しい情報を消費者に伝えようとしても、話し方によっては伝わらないことが多い。
     
    安全と安心
     安全と安心は 客観的(科学的)評価と主観的(気持ち・心情)評価という説明がなされ、客観的評価と主観的評価は区別することは今や常識である。しかし現実的には、リスクコミュニケーションの場などで科学的評価に対して「それでも安心できない」という主観的な反対がなされた場合、それに対して再度、いかに安全かの説明が繰り返されることが間々ある。科学的評価に反対の場合、科学的レベルでの議論が必要だ。議論が噛み合わないのは当然だ。リスクコミュニケーションの場では「相手を傷つけては失礼だ」という配慮があるのかもしれないけれどもが、このあたりの整理ができなければリスクコミュニケーションは深まらないだろう。
     そして、心情的に安全ではないと思う人に対しては、組換えでないものを、安全だと思う人々には組み換え不分別を選べる選択肢が用意されることが大切。
     「安心・安全」のうち「安心」という言葉が食品に対して使われ始めたのは2003年に食品安全委員会が設置されてからだ。「食品安全委員会の科学的評価は頭では理解できるけど、釈然としない」と思ったり、科学的評価を示されても「これまで自分が求めてきたことは何だったのか」と自己否定された気持ちになり受け入れられないこれまでの自分を否定されたように受け止めて客観的評価に向き合えないまま「やっぱり嫌だ」という主観へ逃げてしまったと推測される。
     
    これからのこと -より高度な進歩に向かうとき
     では、今後、ゲノム編集作物など新しい技術でできた商品が社会に出す時、どのような対策を取れば良いのか。
     開発側や行政は安全性の評価を徹底的に行い、社会はそれを批判の目を持ちながらも尊重すること。関係者は自身がかかわる様々な場面での判断を先延ばしにしないこと。先延ばしにしない、というのは急いで決めることではない。科学的評価が出た時、必要があればその決断を勇気をもって変えていくこと。新しい技術の利用に反対する意識への配慮は必要であるけれど、拘泥するべきではなく、選択肢の準備をすることが重要。
     安全性評価については、対象者ごとへのわかりやすい説明の工夫が必要と思う。開発者はこの商品の開発で人々に貢献できると確信を持つことも大切。リスクコミュニケーションでは、その進行の中で安全と安心を区別した交通整理をして、論議が噛み合うようにすることが大切だ。


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