サイエンスカフェみたか「分子育種技術で花の色や形を自由にデザインする」
2023年5月25日、サイエンスカフェみたか「分子育種技術で花の色や形を自由にデザインする」(主催 三鷹ネットワーク大学、企画 くらしとバイオプラザ21)を開きました。5月18日は国際植物の日といって、植物の大切さを考える日です。そこで、今月は、京都府立大学准教授 大坪憲弘さんをお招きしました。
お話の主な内容
はじめに
新しい花を効率的に作りだす技術と実用化にむけた「もろもろ」に取り組んでいる。もろもろというのは、細胞培養、遺伝子組換え、ゲノム編集などの技術の効率化や、これらの技術を市民にわかってもらう活動も含まれる。新しい技術で従来育種を加速させたいと思っている。これは、新しい技術が従来育種にとってかわるということではない。
ユーストマ(トルコキキョウ)の品種改良をしている。ユーストマには‘ハピネスホワイト’など美しい人気の品種があり、皆さんに買ってもらえる花をつくりたいと思っている。
ユーストマは実験に使うモデル植物(早く育つ、遺伝子の数が少ないなど扱いやすい)ではないので、使いづらい植物だったが、今、私の研究室では遺伝子組換えやゲノム編集のユーストマを1,000系統以上作っていて、この種類の多さは世界一だと思う。
新しい品種の作り方
無菌の寒天培地に無菌化した芥子粒のようなユーストマの種子をまく。20日で双葉がでる。40日で3-4cmに育ち、根が出る。60日経ったら葉を5ミリ角に切って、遺伝子組換えする。増やすためには、挿し芽で植えつぐ技術もできた。寒天培地の成分を変える工夫もしている。
遺伝子組換えにはいくつかの方法があるが、土壌細菌であるアグロバクテリウムによる方法を行っている。私たちの入れたい遺伝子を遺伝子組換えで入れたアグロバクテリウムの液に、葉の断片を10分くらい浸して寒天培地の上にのせると、断面から入ったアグロバクテリウムの遺伝子が葉の断片の中で働き始める。
抗生物質に負けない遺伝子も一緒にいれておくと、抗生物質入りの培地上に、うまく遺伝子が組み変わった断片からだけ芽がでてくる。これを培養室で育て、さらに成長したら、土に植える。普通の温室に出す。
花の色を変える
花の色を構成する4大色素は次の通り。
- フラボノイド(紫のアントシアニン、赤のシアニジンもフラボノイドの仲間):7000種類くらいあり、赤、ピンク、オレンジなど様々。アントシアニンには赤系のシアニジン、オレンジ系のペラルゴニジン 紫のデルフィニジンの3つの色調がある。
- カロテノイド:黄色
- クロロフィル:みどり
- ベタレイン:赤、青
花の色と遺伝子の関係を利用して、青い色素を持たない花に遺伝子組換えで青い花を咲かせることに既に成功している。カーネーションは白いカーネーションの遺伝子を組み換えてデルフィニジンを蓄積させて1997年から販売。ペチュニアの青くなる遺伝子を導入した。
青いコチョウラン(2022年上市)、青いダリアには、ムラサキツユクサの遺伝子を入れた。
農研機構では青いキクをつくったが、キクは交雑しやすく、市場に出すには環境影響などの課題がある。
アントシアニンはいろいろな色をだす。さらに金属イオンや液胞のpHで色が変わる。
黄色いアサガオはキンギョソウの黄色に関係する2種類の酵素遺伝子を導入して作られた。どの遺伝子を変えるとどんな花が咲くか、仮説をたててから研究を始める。例えば2日間、日持ちするアサガオをつくったら、1日目は青く、二日目はピンク色になった。一日目の色素が二日目に分解されたから。日持ちを狙ったが色も変わった。
ゲノム編集で色素を合成できなくしたら、白いポインセチアができた。ゲノム編集は狙った場所を切り続ける技術で、切った後に起こる修復ミスを利用している。トマト、マダイ、フグはそれぞれ、特定の遺伝子が働かなくして作られた。
花の形をかえる
おしべ、めしべをつくる遺伝子を壊して多弁咲きシクラメンをつくった。花の形はA,B,Cの3つの遺伝子で決まることがわかっている(ABCモデルという)。C遺伝子をこわすと、めしべ、おしべができなくなって、多弁になる。
セイマリンというキクを多弁にしたところ、花芯と花びらの他の細い白い花びらができた。キクの花びらと思われているところには舌状花という小さい花が集まっていて、花芯のところは筒状花を言われる小さい花が集まっていて、一輪の花にように見えている。C遺伝子をこわしたところ、退化していたおしべが細い花びらになった。
変化アサガオが江戸時代に盛んに作られたことが浮世絵からみてとれる。これは極性遺伝子の変異でできていたことが解明された。そこで、江戸時代にできたことを遺伝子組換えで、短期間に再現した研究もある。
簡便にバラエティに富んだ新しい花をつくりたい
トレニアに遺伝子組換えを行って、5種類くらいの遺伝子組換えトレニアができた。それに重イオンビーム(放射線の1種)を当ててDNAを切った。約2年で1種類のトレニアから289種類のトレニアができた。重イオンビームは和光の理化学研究所仁科加速器研究センターで当てて、遺伝子組換え植物の栽培は、閉鎖系温室で行った。
組換えと重イオンビームで草姿や生育に影響を与えずに多数の花の形、色を創り出せた。
次に、遺伝子が働き始めるスイッチの遺伝子(プロモーター)に注目した。例えば、キクの葉のふちを整える遺伝子(TCP3)の働くタイミングをかえたら、一つの遺伝子から様々な色や形の花ができた。
花弁の質感が花の外見にもたらす効果
花弁にはビロードのような質感のある花がある。これはどこからくるのか。組換えと重ビームでビロードトレニアができたので、調べていったら、ビロード感に関係しそうな遺伝子が見つかった。
薄い花弁とビロード感のある花弁の表面を顕微鏡で調べたら、薄い花弁は円錐のとがった細胞が並んでいたが、ビロードの花弁は円錐型の細胞の下の方がドームのように丸くなっていた。細胞の形がビロード感につながっていたことがわかった。ユーストマの質感も遺伝子組換えなどを使うと変えられるかもしれない。
まとめ
- 花の色や形はいろいろな遺伝子の働きから生み出される。
- 細胞増殖や組織の極性・対称性を決める遺伝子は花の育種に有効である可能性があり、それらの遺伝子を換えられるといろいろなことができそう。
- 花だけで働く遺伝子とプロモーター、植物全身で働く遺伝子とプロモーターを様々に組み合わせると花が変化する。
いろいろな技術を組み合わせながら、新しい花を作りたい。例えばゲノム編集は全身で働いてしまうので、花に関係する遺伝子だけに働きかけたいときにゲノム編集は向いていない。この他に培地の組成を変えることで、遺伝子組換えの効率化も図っている。
光る花を作ったのは、遺伝子組換えの条件を決めるときに、光らせると目で見て早く変化を見つけやすいため。花にCpYFP(皆さんが知っているオワンクラゲの緑の蛍光タンパク質遺伝子ではなく、海洋プランクトンからとった黄緑色に光るたんぱく質の遺伝子)を入れていた。
話し合い(〇は参加者、→はスピーカーの発言)
- 花の色や形が遺伝子に関係しているとは思わなかったので、とても面白かった。
- 世界中の植物に遺伝子組換えは可能ですか
→植物によってうまくいかないこともある。 - ユリを育てているが、ユリの遺伝子組換えはできますか
→ユリの遺伝子組換えの研究は行われている。 - 花が好きでいけ花をしている。いろいろな花ができると楽しい。
- アントシアニンというと、中学校でクロマトグラフィーをしたときのことを思い出しました。
- 温室ガス問題に貢献できる植物はできるでしょうか
→栽培に使う石油エネルギーが少なくてよい作物、汚染された環境を浄化する植物、効率よく光合成をする作物など、いろいろな方法で貢献できると思う。