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  • 日本で初めての「DNAの日」

    2023年4月23日、東京大学福武ホールで「DNAの日」のお祝いイベントが行われました。(主催 AMEDゲノム医療実現バイオバンク利用活用プログラム「ゲノム医療・研究への患者・市民参画(PPI)推進およびリテラシー向上のための基盤整備」)。前半はハイブリッド形式のシンポジウム、後半は会場参加を対象に3つのワークショップでした(会場参加50名、オンライン参加190名)。
    4月25日は、1953年にネイチャー誌にワトソン、クリックによる「核酸の分子構造」という論文が掲載されて日です。2003年4月25日には国際ヒトゲノム解読完了が宣言されました。海外の生物学者らを中心として、4月25日に近い日曜日に「DNAの日」のお祝いが行われてきました。今回は日本で初めて「DNAの日」でした。

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    榊さんと長神さん

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    ポスター

    1.シンポジウム(於 ラーニングシアター)

    「DNAの日」に考えたいこと

    東京医科歯科大学 教授 吉田雅幸氏

    4月25日は、1953年にワトソン、クリックの論文が掲載された日で、2003年にヒトゲノム解読環境の国際チーム宣言があった日。アメリカでは4月25日がNational DNA dayとしてお祝いされてきた。
    私たちも一年に一度、DNAの日にみんなでゲノムのことを考えませんか。研究者だけでなく、患者さんや病気でない人も一緒に考える日として、日本でもお祝いしていきたいと考え、今日、DNAの日のイベントをした。
    更に、私はPPI(患者、市民を医療や医学研究に巻き込もう)についても紹介したい。PPIとは、研究計画を立てる段階から医療従事者や研究者だけでなく、患者さんや市民とみんなで研究計画を進めようとするもので、医療関係者・研究者と患者・市民の間のギャップを縮めていきたいと思っている。

    ヒトゲノムの扉を開いた「サムライ」たちとゲノム時代の大展開

    東京大学名誉教授 榊佳之氏
    聞き手 東北大学教授 長神風二氏

    1865年、メンデルが遺伝の法則を見つけ、1952年、ハーシェイとチェースが遺伝子の正体はDNAだと突き止めた。1953年、ワトソンとクリックによってDNA拡散の分子構造に関する論文が発表された。
    1977年にサンガがDNA配列を決める技術を開発し、次々に遺伝子が見つかり、「国際ヒトゲノム計画」が1990年10月に始まった。
    この計画スタートにあたっては、解読に意味はあるのか、技術的に可能か、予算はどうするのかなど、様々な賛否両論が出てきたが、結果的には予定より早く解読宣言に至った。
    この背景には、技術革新、国際協力 学際的協力という大きい3つのポイントがあったと思う。

    ・技術革新
    1981年、和田昭充先生が解読には自動化装置の開発が重要だと言われ、1982年、自動化装置ロボットができたが人ほどに働けてない!などと言われた。1987年には自動高速DNA配列決定技術の国際会議が和田先生の主宰のもと岡山で開催されるなど進展があり、1980年代の終わりごろになDNAシーケンサーが製品化され、ヒトゲノム計画が開始された。その後1991年に神原秀記さんにより開発され、1998年に米国ABI社とのアライアンスで製品化された新型高速DNAシーケンサーの開発が大変革をもたらしたことは特にお伝えしたい。思えば、私たちが歩んできた和田昭充先生のご提案から今日までの日々は、ライト兄弟の飛行機の発明からジェット機が飛び交う飛行機産業の繁栄までと同じように技術革新によるものだと思う。

    ・国際協力
    ヒトゲノムの解読開始当初、参加は5か国だった。ジョン・サルストンの主導のもと「ヒトゲノムは共有すべき財産」との精神を共有し、成果は24時間以内に無償で公表することをルールとして進められた。
    一方、ベンター率いるセレラ社は新型シーケンサーを300台購入して競争を制しようとした。これは国際チームの原則と相いれないものであり、激しく対立した。

    ・学際的協力
    ヒトゲノム解析では大量の情報を扱うので情報科学との連携が必須だった。
    1998年に理研にゲノムセンターができ、日本は特に11番・21番染色体の解読で貢献した。2003年4月14日、私は、小泉首相に慶応大学の清水信義先生と一緒に報告した。
    国際的にもヒトゲノム解読完了宣言は、2003年4月14日に出された。

    ・ゲノム解読の後
    最もヒトゲノムの解読が貢献したのは医学・医療の分野で、多くのがんの原因遺伝子が見つかり、がんのゲノム医療へと発展した。環境因子がゲノムの働きに変化を与えるエピジェネティックスという研究分野も広がった。
    また、腸内細菌のゲノムをまとめて扱う「メタゲノム解析」は新しい解析法として注目、期待されている。ゲノム編集技術にノーベル賞が授与されたが、ゲノム編集技術の誕生の背後にはヒトゲノム解読があると思う。
    どんどん集積し、その解析が進むゲノム情報を私たちの社会生活にどう生かすのかは今後の大きな課題である。

    「DNA粗抽出実験の実践から」

    くらしとバイオプラザ21 佐々義子

    学習指導要領が改訂され、5年がかりで幼稚園から高等学校までに適用された。中学校、高等学校の教科書の目次をみると遺伝や遺伝子が身近になっていることがわかる。DNAは目に見えないもので、電気泳動などはどこの学校でもできるわけではないので、ブロッコリーに代表される食材からのDNA粗抽出実験は、多様な使い方ができる良い教材だと思う。
    私たちは、毎年数百人の親子と科学館などでこの実験をしており、身近な食材、台所の道具を使うことで、家庭でも実験したり、思い出して話し合ったりしてもらうことを期待している。
    また鶏むね肉、野菜や果物、ドライイーストを使うと様々なストーリーを考えることができる。DNA粗抽出は安価に短時間に行える可能性を秘めた実験だと思っている。

    「ゲノム診療のこれから」 

    東京医科歯科大学 江花有亮氏

    がんになる原因には遺伝要因と環境要因がある。遺伝要因となる遺伝情報は生涯変わらず、病気の予測ができ、家族と共有されている情報で、確率で記述されるので解釈が曖昧なことがある。遺伝診療では、遺伝学的検査によって治療法を決めたり、生活習慣の改善に利用したり、病気の原因となる場所を切除して予防したりできる。
    遺伝子配列がわかったら、参考になる配列との違いをみつける。ヒトのDNAを読み取ると、特定の場所にいくつかのパターンがあることがあり、これをバリアントという。この配列が病気の原因になるときは「病的バリアント」という。病気の原因にならない配列パターンは「遺伝子多型」という。参考配列とは違いがはあるものの、まだ病気の原因かどうかを決めるには情報が足りないときには、「臨床的意義不明のバリアント(VUS)」と呼ぶ。
    架空の事例)遺伝性不整脈 
    サッカー競技中に失神した少年Aは運動時のみ心電図に異常があった。調べると家族にも心電図異常があった。不整脈にはナトリウムイオンやカリウムイオンが細胞に出入りする通路(チャンネル)の不具合、心筋がうまく伸縮しないなどの理由が考えられる。少年Aの遺伝学的検査を行うと病的バリアントが見つかった。競技運動を控えるなどの予防策が考えられる。家族も含めて遺伝カウンセリングも必要になるだろう。 生活習慣病の場合、「遺伝子リスクスコア」といって、考えられるリスクを集積して正規分布のグラフにあてはめる。グラフの端っこの人は治療が必要ということになる。たとえば心房細動には治療不要のものもあるが、できた血栓が脳に飛ぶと脳梗塞になることもある。
    現在、家族性の心房細動には3つの遺伝子多型があるとわかっている。心筋症という病気の原因遺伝子もわかった。こういう情報は日常診療にもとりいれられる。これまでの研究に協力した人の数を合計すると277,762人。こういうとき、遺伝子のことがわかったことで本人や家族の健康に貢献できる。
    こうして、皆さんの研究参加のお蔭で知識が増えてきた。検査のデータが増えるとよりよい治療や医薬品開発が実現できる。

    武藤香織さんの司会のもと、会場からの発言、オンラインで伝えられた質問について、全スピーカーで話し合いました。

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    とりだしたDNA

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    実験風景

    2.ワークショップ(於 ラーニングシアター、ラーニングスタジオ1と2)

    (1)「DNAをとりだそう」
    食材をつかって参加者全員でDNAを取り出す実験をして観察しました。

    (2)「認定遺伝カウンセラーと気軽にトーク」
    認定遺伝カウンセラーが仕事について説明し、遺伝カウンセリングについて話し合いました。

    (3)「オプトアウト~私を知って、そして読んで」
    以前に病院に置いてきた(同意した)試料や情報が新たな研究に利用されるとき、その旨が公開され利用を拒否する機会が与えられることを「オプトアウト」と言います。この仕組みについて参加者で話し合いました。

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