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  • TTCバイオカフェ「感染症から考える“ワンヘルス”~ヒト・動物・環境の健康(ヘルス)を目指して」

    2023年2月17日、TTCバイオカフェを開きました。お話は東京大学大学院農学生命科学研究科 教授 芳賀猛さんによる「感染症から考える“ワンヘルス”~人・動物・環境の健康(ヘルス)を目指して」でした。感染症の歴史、様々な感染症、人と動物と環境の健全な状態を一つの健康としてとらえる、“ワンヘルス”の考え方についてお話しいただきました。

    写真

    芳賀猛さん。背景は雪化粧したハチ公と上野博士の銅像(東大農学部)
    写真提供 東京テクニカルカレッジ

    主なお話の内容

    1.現代における感染症とワンヘルス

    新型コロナウイルス感染症で、「感染症」というものが身近になった。新型コロナウイルスも、元は動物由来と言われるが、新しい感染症は動物と人が関わる“所”でしばしば発生する。動物の感染症は、鳥インフルエンザ流行で1500万羽の鶏が殺処分され卵が高騰していることからも、人間の食料供給、経済や社会にも影響することを実感する。
    日本ではあまり知られていないが、One World, One Health(世界は一つ、健康も一つ)というキャッチフレーズで、One Healthという考え方が提唱されている。One Healthとは、人・動物・環境は相互に密接に関係し、真の健康とは、それらを総合的に良い状態にすること、という考え方。グローバル化社会の中で、One Health の実現には、人口・食料・感染症と言った人類共通の課題に地球規模で分野横断的に取り組む必要がある。
    生物界全体を俯瞰し、生態系ピラミッドを見ると、植物(生産)、草食動物(一次消費)、肉食動物(高次消費)から成り、高次消費の頂点に人間が存在する。食料の観点からはピラミッドの上位の生物数は少なくなる。またすべては分解者によって土に戻ることで循環されている。
    18世期末に経済学者のマルサスは急激な人口増に比して食料が不足していくことを「人口論」で警告したが、それが現実となるにつれ、食料を創出する農学が注目されてきた。農学は、貧困・飢餓を防ぎ、「衣食足りて礼節を知る」と言われるように、紛争防止に繋がる「平和の学問」ともいえる。食料増産の「緑の革命」をけん引した農学者、ノーマン・ボーローグがノーベル平和賞を受賞したことはその象徴である。
    2005年から世界の飢餓人口は減ってきたが、2014年から少しずつ増加傾向。2019から2020年、コロナ、紛争、気候変動で飢餓がはっきり増えた。特に問題なのはアフリカやアジアの一部に飢餓が局在していることで、この地域は乳幼児死亡率の高い地域と一致している。FAOは2020年、飢餓撲滅の報告書を発表し、幼少期の栄養不足による発達障害は取り返しがつかず、特に乳幼児には動物性食品の摂取が重要であることを説いている。
    One Health の概念が提唱された大きなきっかけは、20世紀末、動物由来のヒトの感染症が相次いで出現したこと。その背景には動物性食品を供給する畜産が拡大し、家畜を介して、もともと野生動物が持つ未知の病原体に人が遭遇する機会が増えたことなどから。

    ニパウイルス感染症
    1998年、ブタを介して人に感染する新しい病原体としてニパウイルスが見つかった。ニパウイルスはもともと野生オオコウモリが持っていた。開墾が進んで奥地でブタを飼うようになり、ブタから養豚関係者に感染して致死的脳炎を引き起こし、脅威となった。一方、ニパウイルスは地域の風土病も起こしていたことがのちに分かった。その原因調査からは、興味深いことに、木登りをする人の感染リスクが高いという結果となったが、さらに調べていくと、木登りで採取するヤシの樹液に接点があった。ヤシの樹液は現地の人の御馳走であると同時に、オオコウモリにとっても好物で、病原体を持っているオオコウモリが樹液を飲む際にウイルスを含んだ糞や唾液を樹液に混入させることが感染に繋がっていた。
    SARS
    2002年、広州(中国)の医師がSARSの患者を診察した後、親戚の結婚式で香港のホテルに行き、ホテルの滞在者らから世界に拡大。SARSウイルスも元はコウモリの持っていた病原体と言われるが、グローバリゼーションの結果、感染症も短期間で地域から世界に広まってしまう脅威を実感した。

    感染症の歴史と動物感染症
    ブリューゲルの描いた「死の勝利」(1562)には、ペストの大流行で、貧富、身分に寄らずペストにかかった人が死んでいく様が描かれている。感染症の大流行は歴史的にも重要な意味をもっている。
    「コロンブス交換」とは、コロンブスが新大陸を発見したとき、いろいろなものが東西半球間で交換されたことを言うが、動植物といっしょに病気も大陸間で交換された。このときにヨーロッパからアメリカに感染力の強い天然痘やはしかが伝わり、免疫を持たない先住民は壊滅的打撃を受け、アステカ文明やインカ文明が滅亡した。

    天然痘とはしか
    天然痘の死亡率は30%くらいだが、皮膚にあとが残るので、江戸時代「見目定め」と呼ばれた。ジェンナーが世界初のワクチンである種痘(天然痘のワクチン)を考案し、1980年に天然痘は根絶宣言がなされた。はしかは感染力が非常に強く、天然痘のように発痘することなく命を取られることから、「命定め」と呼ばれた。はしかはまだ根絶していない。
    疫学
    感染症対策のひとつに「疫学」がある。疫学は個人ではなく集団を対象として病気の原因を調べて予防につなげる。「疫学の祖」と呼ばれるジョン・スノウは、イギリスでコレラが流行したとき、感染者の居住地を地図に記し、街の中のある井戸を使っている家でコレラが発生していることをつきとめた。この井戸の使用禁止でコレラ拡大が収まった。当時はコレラ菌の存在もわからず、病気は「汚れた空気」のせいで起こると言われていたが、疫学により水を介して感染したことが判明した。
    感染症とウイルス
    コッホの4原則[特定の微生物(ウイルスなどの病原体)が特定の感染症を起こすことを示す4つの原則:1)特定の感染症からは常にその微生物が見つかる、2)その微生物は取り出して培養できる、3)その微生物を動物に感染させると同じ病気が起こる、4)その病変部からまた同じ微生物を取り出せる]が生まれ、感染症のしくみが解明されてきた。そこで感染は、病原体、経路、感受性宿主の3つの要素がそろわなくては起こらないことがわかった。消毒で病原体をなくしたり、マスクで感染経路を絶ったり、ワクチンで感受性宿主が感染しないようになる、のどれかが成立すれば感染を抑え込める。
    ウイルスは生きた細胞の中でしか増えることができない。細胞に入ったウイルスは宿主のしくみをのっとり、自分の設計図(ウイルスの遺伝子)に基づいて細胞にウイルスのパーツを作らせ、そこで子ウイルスをたくさん組み立てて細胞外に放出する。このときに設計図のコピーミスが起こることがあり、ウイルスの性質が変わったり、増えやすくなったりする。設計図が変化することを「変異」といい、ウイルスは変異しながら増える。大きい変異が起こると、動物の感染症が人にやってくるようになったりする。
    越境性動物疾病
    越境性動物疾病(TAD)は、国境を簡単に越えて広がり、甚大な被害をもたらす動物の感染症のことを指すが、食料の安定供給を脅かすことがある。鳥インフルエンザと卵値上げの関連が良い例である。畜産物生産の20%が動物の病気で失われ、新たに出現する感染症の75%は人獣共通感染症。動物の感染症はあなどれない。
    動物の感染症コントロールの原点と言われる、「牛疫」という牛の感染症について。牛疫は牛のペストというくらい、牛の80-100%が死ぬ恐ろしい感染症。発祥は中央アジアで牛の移動と共に欧州や日本にも拡がった。1711年、ローマ教皇の侍医ランチ医師が、牛疫の拡大防止のために初めて執った対策[1)と殺、2)消毒効果のある石灰で埋葬、3)(無症状の家畜も含めて)移動制限、4)食肉検査]が功を奏し、家畜感染症制御の原点と呼ばれるが、現在も同様の対策が執られる。余り知られていないかもしれないが、皆さんが食べている食肉はすべて獣医が検査して供給されている。
    牛疫は世界で協力してコントロールしなければならないことが認識され、1924年に国際獣疫事務局(OIE;2022年よりWOAH)が設立された。OIE設立の背景には、第1次世界大戦後の復興で物流が活性化された時期に、インドからブラジルに輸送された牛が、途中で帰港したベルギー、そして到着したブラジルで牛疫を広めてしまったことがある。OIEは家畜の感染症の監視と移動制限を行う、動物版のWHOみたいな組織。その後、牛疫のワクチンが活用され、2011年に牛疫は根絶した。動物検疫では常に汚染国からの畜産肉の持ち込み制限をしている。
    興味深いことは牛疫とはしかの病原体は同じ祖先から出ていることで、最近の研究では紀元前6世紀にはしかと牛疫が分かれたと推定されている。紀元前6世紀というと、都市化が進んだころで、人と人との距離が近くなり、牛の感染症が人から人への感染症に変異し定着していったのではないか。

    人と動物のインフルエンザ
    1918年、スペイン風邪(インフルエンザ)が流行した。人のインフルエンザには毎年、少しずつ変異する「季節性」と大きく変異が起きる「新型」がある。
    鳥インフルエンザは家禽ペストと呼ばれる鳥の感染症だったが、1997年、香港で人に感染して死亡者が出た。このときには150万羽の鳥が殺処分された。2004年には日本の養鶏場で大きな被害が出た。病原体は渡り鳥が運んでくる。
    高病原性鳥インフルエンザは、元は野鳥で共存していたウイルスが、家禽の中で病原性が高くなり、ウイルスが全身に回ってバタバタと家禽が死ぬもの。人と鳥とでは受容体が異なっているので、人には簡単には感染しない。
    シベリアの湖の氷の中で眠っているウイルスを渡り鳥が運んできて、糞と一緒に世界にばらまいている。よく管理された日本の養鶏場にも、ネズミや人がウイルスを運び込んでしまうことがあり、このシーズン、日本では1478万羽(2023年2月16日現在)の殺処分を行った。それは獣医師を始めとする関係者にも、精神的、経済的、社会的なストレスになる。
    ブタはヒト型受容体とトリ型受容体の両方を持っており、鳥のウイルスも人のウイルスも感染するので、豚の体内で異なる型が混合した新型のインフルエンザウイルスが出現する可能性があり、やっかい。

    生態系が生み出す感染症
    変異によって病原性の高い感染症が生まれると重篤な事態になる。種をこえた感染がグローバルな社会で、地域からの感染拡大を加速する。
    開墾した奥地で家畜を飼うなど、生態系の破壊から感染症が発生することもある。スペイン風邪、エボラ出血熱、ニパウイルス、エイズ、コロナウイルス感染症などは動物由来の感染症。温暖化によって生物の生息域が変化し、出会わないはずの動物種が遭遇することで、種をこえた感染が起こりやすくなったりする。ワンヘルス実現のための「政治、経済、社会」の仕掛けが必要で、その仕掛けにおいては、「人の意識」も重要だと思う。

    質疑応答(〇は参加者、→はスピーカーの発言)

    • これまでに根絶できたのは天然痘と牛痘だけなのはなぜ
      →種が限定的で、急性感染症(すぐに症状が出る)、終生免疫ができる、変異を起こしにくい。そのため、ワクチンが作りやすかった。コロナの場合、根絶より共存していくのかもしれない。WHOは、はしかとポリオは根絶できそうだといっている。
    • ある種が増えすぎると感染症がでて、個体数が減るように思う
      →種が増えると、そこでウイルスが増える場が増えるといえる。
    • ワンヘルスの身近な事例は
      →家族のようなペットでも、人と動物という距離をおいた関係が重要だという意識を多くの人にもってもらいたい。道で鳥の死骸をみつけても触らない。環境に優しい畜産を支持するような意識ももっていただき、人・動物・環境をひとつの健康と考えて頂きたい。
    • 日本では、鳥インフルエンザに対してワクチンよりも殺処分をするのは経済動物だからか。
      →東南アジアではワクチンを採用している。日本の養鶏場は高度に衛生的に管理されているので、ワクチンよりも殺処分が採用されている。ワクチンをうつことで、耐性を持つウイルスが出やすくなったり、そのようなウイルスが人にやってくるリスクがあることや、ワクチンで軽症のニワトリを見逃してしまうことを考慮しているため。
    • ワン ヘルスの提唱者は どこの どなた でしょうか?
      →ワン ヘルスという言葉自体は、比較的新しいものです。
      カルフォルニア大学デービス校のCalvin Schwabe (カルビン シュワべ)博士が ”Veterinary Medicine and Human Health”(1984年出版)で述べた "One Medicine (人と動物の医学は一つ)”という考え方が、概念の始まりとされています。さらに野生動物や感染症などの観点から、人と(人の管理下にある)動物に加えて、生態系(野生動物)や環境が大きく関連しているという概念に発展していきます。2004年に野生生物保護協会が開催した「グローバル化した世界における健康への学際的な橋渡し」と題したシンポジウムで発表された「マンハッタン12原則」が基礎になり、人や動物の感染症を予防するための国際的かつ学際的なアプローチとして、として One Health One World (健康も一つ、世界も一つ)という概念が提唱されてきました。
      アメリカCDC(疾病予防センター)のサイト(英語)にワンヘルスの歴史が簡単にまとめられています:

      https://www.cdc.gov/onehealth/basics/history/index.html#print

    • 芳賀先生がワンヘルスに特に興味を持たれたのは、どんなところでしょうか。
      →人間の環境破壊などの活動が、回り回って、結局は人間に返ってくる、ということが示される概念、という点です。
    • 抗菌薬の使用と薬剤耐性菌の広がりの調査(厚労省)の最新情報など機会があればお聞きしたいです。
      →厚労省のサイトで、年次報告が出ており、以下のリンクから確認できます。
      2023年3月15日現在、2022年版が最新です:

      https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html

      薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書 (2022年):

      https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001045134.pdf

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