くらしとバイオプラザ21ロゴ
  • くらしとバイオニュース
  • 第3回JSSバイオカフェ「遺伝と病気・健康」

    2022年11月2日、第3回JSSバイオカフェを開きました(主催 日本科学協会)。お話は山田惠子さん(元札幌医科大学医療人育成センター准教授)による「遺伝と病気・健康~遺伝子と染色体の変異による病気や、生活習慣病の発症と遺伝子」でした。今回は高校生の参加や医学・看護学を志す方たちからの質問が多く、活発な質疑応答となりました。

    写真

    講師紹介の大島美恵子さんと講師の山田惠子さん

    写真

    山田恵子さんの講演

    主な内容

    はじめに

    病気の要因は遺伝要因と環境要因に分けられるが、今日は遺伝要因による病気について取り上げる。遺伝が要因となる病気は、遺伝子の変化で起こる。私たちは、一つの細胞の核の中に約2mにもなる長いDNAを持っていてその全DNAの2%から5%が遺伝子として使われている。DNAの構造は4種類の塩基A(アデニン)とT(チミン)、G(グアニン)とC(シトシン)が手を繋ぎ、DNAの二重らせん構造を作っている。DNAの情報はタンパク質を作る情報で、DNAの3つの塩基(トリプレットコドン)がひとつのアミノ酸の暗号になっている。DNAの情報はメッセンジャー(m)RNAに転写されてタンパク質を合成する場所に運ばれる。このときにTの相手はU(ウラシル)に変わるので、mRNAの塩基配列はA、U、G、Cになる。水を除く体の成分の7割を占めるタンパク質は、私たちの体の中でさまざまな働きをして私たちのすべての生命現象を担っているため、DNAの情報がタンパク質を作る情報だけで十分と言える。

    遺伝子の変化と遺伝子疾患

    遺伝子は様々な条件で変化(変異)し、その変化が発病に結びついている場合に、遺伝子疾患となる。変異には次に示すようなものがある。

    • 点変異:一塩基対が別の塩基対に置き換わったもの。一塩基対が置き換わってもタンパク質に影響が出ないサイレント変異、タンパク質が変化してしまうミスセンス変異、終始コドンになるナンセンス変異などがある。
    • 欠失と挿入:一塩基が加わったり、なくなることでフレームがずれ、元とは異なるタンパク質ができてしまうこと。

    このような遺伝子の変化は細胞分裂の時に起こりやすいため、細胞分裂が盛んな子どもでは危険度が高くなる。
    現在、遺伝病として1万種ほどが知られており、1. 単一遺伝子型遺伝病、2. 染色体異常、3. 多因子型遺伝病、4. ミトコンドリア遺伝病、5.体細胞遺伝病の5つに分類されている。
    次に簡単に説明する。
    1.単一遺伝子型遺伝病:ひとつの遺伝子の異常で発症する疾患。遺伝様式によって、常染色体顕性(変異遺伝子が一つで発症、家族性アミロイドニューロパチーやハンチントン病)、常染色体潜性(2組の変異遺伝子があると発症、フェニルケトン尿症や鎌型赤血球貧血症)、X連鎖性(X染色体の1本の遺伝子に変化がある、デシャンヌ型筋ジストロフィーや血友病)の3つに分けられる。
    例として鎌状赤血球貧血症(常染色体潜性)について簡単に説明する。この病気は赤血球のヘモグロビン(二つのα鎖とβ鎖からなる4量体)のβ鎖の6番目のアミノ酸をコードしている塩基の一個がアデニン(A)からチミン(T)が変化した結果、アミノ酸がグルタミン酸(親水性)からバリン(疎水性)に変化して起こる病気。β鎖の外側に存在していた親水性のグルタミン酸が、水の嫌いなバリンに変化すると、バリンは水を避けるためにお互いがくっついて赤血球の形を歪めて病名のもとになっている鎌状になってしまう。鎌状赤血球貧血症はマラリアが多い地域に多いことが知られているが、マラリア原虫が赤血球に入ると赤血球が壊れてマラリア原虫は鎌状の赤血球の中では増えることができない。そのため、ヘテロでこの変異遺伝子を持っている人はこの地域では生存に有利だったため、変異遺伝子が淘汰されずに残っていると考えられ、病気と呼ばれる形質も、環境によっては優れた適応を見せる例として知られている。
    2.染色体の異常:染色体の数の異常と構造の異常がある。数の異常では染色体の数が多くなったり少なくなったりする例(21番目の染色体が1本多いダウン症候群や13番目、18番目のトリソミー)が知られている。性染色体の数の異常も知られているがX染色体がトリソミーやテトラミーになっても、過剰なX染色体は不活化するライオニゼーションという現象のために、常染色体の異常の場合と異なり症状が軽かったり、一生気がつかなかったりする場合もある。染色体の構造の異常には転座(位置が換わる)、相互転座(互いに換わる)、逆位(逆さになる)、欠失(かけてしまう)、重複(繰り返しが起こる)、置換(置き換わる)などがある。例えば4番目の染色体と20番目の染色体の転座は、遺伝子の情報量に変化はないため、本人には問題が生じないがその子どもに症状が現れる。
    3.多因子型遺伝病:複数の遺伝子に変異が起こる場合。例)唇裂、口唇裂、家族性腫瘍と呼ばれるがんなどがある。
    4.ミトコンドリア遺伝病:ミトコンドリアは独自のDNAを持ち、ミトコンドリアに必要な13のタンパク質を作っている。変異の主なものは点変異と単一欠失や重複である。ミトコンドリアは1細胞に数百個以上存在しているので、変異を起こしたミトコンドリアDNAの比率が一定以上高くなる場合に機能が傷害される。また、ミトコンドリアは母親由来なので、ミトコンドリアDNAに変異を持つ父親の子供には発症のリスクがない。
    5.体細胞遺伝病:個体の体細胞に発生する突然変異や染色体の異常が原因で発症するもので代表的なものはがん。正常な細胞の遺伝子に2-10か所の傷がつくと、徐々にがんが誘発される。実際にがんになるかどうかは、がん遺伝子とがん抑制遺伝子のバランスによる。がん遺伝子と呼ばれる遺伝子は正常なときは、増殖、分裂、細胞間情報伝達を調節するタンパク質を作る遺伝子として働いているが、その遺伝子に変異が生じると必要でない時も増殖し続ける。ras、myc、srcなどが知られている。がん抑制遺伝子は細胞増殖を抑制したり、DNAの傷を修復したりするブレーキの役割をする遺伝子で、Rb遺伝子やp53遺伝子が知られている。遺伝子の変化は種々の病気を引き起こすが、遺伝子の変異が起きたら必ず病気になるというわけではなく、DNAに生じた傷を修復する機構やアポトーシスという機構も備わっているので過剰に心配する必要はない。

    生活習慣病と一塩基多型(SNP)

    ヒトの遺伝情報を担っているDNAの配列中に一塩基が変異した多様性が見られ、その変異が集団内で1%以上の頻度で見られる時、一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、SNP)と呼ぶ。SNPの違いが生活習慣病の発症、進展、薬への応答の違いなどにつながることが明らかとなっている。現在、生活習慣病にかかわるSNPは100種類以上知られているが、今回は肥満に関わる遺伝子と飲酒に関わる遺伝子について話す。
    例1:肥満 … 倹約遺伝子
    現在日本ではⅡ型糖尿病の患者が多いことが問題視されているがその最大の原因のひとつは肥満。遺伝学者のニールは日本人が倹約遺伝子を持っている人が多いためであると言っている。我ら農耕民族は飢餓を何度も経験し、そのたびに食物を効率よく蓄積する倹約遺伝子を持った者が生き延びてきたと考えられる。倹約遺伝子の一つであるβ-3アドレナリン受容体のSNPについて説明する。このタンパク質は脂肪組織に存在し、脂肪の燃焼に関わっていて受容体にホルモン(アドレナリン)が結合すると褐色細胞で脂肪燃焼が起こる。糖尿病や肥満の人が多いアメリカのピマインディアンの調査から、糖尿病や肥満の人のβ-3アドレナリン受容体に共通の変異があることが明らかとなった。その結果を受けて検査をしたところ、日本人の3割にこのタンパク質に変異が見られ、世界でイヌイットとピマ・インディアンに次いで3番目に変異を持つ人が多いことがわかった。変異を持つ人は、一日約180cal(おにぎり1個分)を節約していると報告されている。
    例2:アセトアルデヒド加水分解酵素(ALDH)の遺伝子のSNP
    アルコールは代謝されて、アセトアルデヒドになり、その後酢酸になり、最後に二酸化炭素と水になる。ALDHには、ALDH2-1とALDH2-2の二つがあり、ALDH2-2に変異があると、その人のアルコール処理能力が6分の1と低くなる。欧米人には変異がなく、お酒に強い人が多いが、日本人を含むモンゴロイドに変異を持つ人が多いことが知られている。日本国内では南の方と北の方に住む人に、変異を持っている人が少ないことがわかっていて、縄文人と弥生人の違いではないかとする研究もある。

    遺伝子検査

    遺伝子に異常があるかどうかを知るには遺伝子検査が必要であるが、そのためには一定量のDNAが必要となる。そのときに使うのがPCRという短時間で遺伝子断片を増やす技術。PCRでは、温度をあげて二重鎖のDNAを1本鎖にし、次に温度をさげて増やしたい部分に「プライマー」を結合させ、これを繰り返すと短時間で検出可能な量のDNAが得られる。高温に強い酵素(DNAポリメラーゼ)が発見され、自動化されている。

    コロナウイルス

    王冠に似た形なので、コロナ(王冠)と名付けられたコロナウイルスはRNAウイルスである。ウイルスの表面にスパイクというたんぱく質があり、これがヒト細胞の表面のアンジオテンシン変換酵素2に結合して細胞内に侵入する。この酵素は呼吸器の細胞膜に多くあり、これがコロナウイルスの受容体になって、細胞に入って増える。コロナウイルスは環境に適応するために変異する。厚生労働省のまとめによると、「懸念される変異株」「注目すべき変異株」「監視下の変異(株)」3つに分けて公表している。変異を表す「N501Y」は、ウイルスのスパイクタンパク質の501番目のアミノ酸がN(アスパラギン酸)からY(チロシン)に変わったことを示している。感染の確認にはPCR検査(ウイルスの遺伝子を調べる)、抗原検査(ウイルスのタンパク質を調べる)、抗体検査(過去にかかったかどうか調べる)の3つがある。PCR検査では、ウイルスのRNAをDNAに変えてから増幅するRT-PCR法を使う。蛍光プローブやリアルタイムPCRを使うと、時間のかかる電気泳動をしなくても調べられる。抗原検査は、特定のウイルスに結合する抗体というたんぱく質を利用する方法であり簡便な方法ではあるが、たくさんのウイルスを必要とし、感度もよくない。抗体検査は、異物を認識して結合するタンパク質「抗体」の量を調べ、罹患したかどうかを調べる方法。

    遺伝子診断と治療の課題

    病気のかかりやすさや薬の効きやすさを、その人の遺伝子を使って調べ、その人にあった治療ができる時代になってきた。分子標的治療薬の例として乳がんの原因になる遺伝子を調べて使うハーセプチンや肺がんに対するイレッサなどがあり、癌細胞の変異に対応した治療法が確立されている。一方で診断できても治療できない遺伝子疾患や、出生前診断で胎児の遺伝子疾患を知ってしまった場合の両親の決断の難しさや、知りたくない人に対してはは「知らない」権利も保障されなければならない。また遺伝子診断は差別につながる可能性も秘めている。アメリカでは、鎌状赤血球遺伝子保持者、ゴーシェ病保因者、フェニルケトン尿症から回復した女性が差別を受けたという事例が報告されている。
    米国では連邦レベルで遺伝子情報差別禁止法があるが、日本では経済産業省が遺伝子検査ビジネス実施事業者の遵守事項を定めるにとどまっている。「健康」であることの意味を一人一人が考え、さまざまな疾患を持った人たちを差別なく受け入れ、共に生きていける社会を願う。

    質疑応答

    • がんの末期に使える薬が減ってくるという。分子標的薬の場合、耐性はできるのか?
      →従来の抗がん剤も分子標的薬も耐性はできるが、耐性を獲得するメカニズムは同じではない。耐性腫瘍が生じる機構や耐性克服のための治療法などが研究されている。
    • 遺伝病の具体的な治療法にはどんなものがあるのか
      →・遺伝子治療薬を使った治療:さまざまな遺伝子疾患を有している患者さんに対して、現在遺伝子治療薬を使った治験が行われている。遺伝子に異常があったり遺伝子が欠損していることで、特定のタンパク質が作れず病気を発症している場合、正常な遺伝子を投与してタンパク質を作らせるもの。遺伝子を投与する方法としては遺伝子の運び屋であるベクターに遺伝子を挿入して患者さんに投与する方法と、患者さんから細胞を採取して、採取した細胞に遺伝子を導入し培養して増やしたのちに、増えた細胞を患者さんに戻す方法がある。アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症、遺伝性網膜ジストロフィー、癌患者さんにがん抑制遺伝子であるp53遺伝子を組み込んだウイルスベクターを投与してがん細胞を死滅させる方法、その他、脊髄性筋萎縮症、小児神経難病AADC欠損症、急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、滑膜肉腫、慢性動脈閉塞症などが臨床研究として実施されている。 
      • ゲノム編集技術(ゲノム編集とは、遺伝子の本体であるDNAの狙った位置を切り貼りするなどして「編集」し、その生物のゲノムを改編する技術)を使った治療法。まだ治験のレベルだが遺伝子治療の応用研究が始まっている。
      • 再生医療と遺伝子治療を融合した治療法の検討も進んでいる。患者さんの皮膚などから山中教授が開発した方法でiPS細胞を作成し、ゲノム編集で病気の遺伝子を修正後、必要な分の細胞を増やして患者さんに戻すという考え。
      • その他:遺伝子治療ではないがフェニルケトン尿症の場合は、生後フェニルアラニンを含まないミルクを一定期間与えるなどの方法で、一定の効果が得られている。
    • 遺伝子が変異しているかどうかを判定する方法は-遺伝子診断技術
      →・PCR法で遺伝子を増やすとその後の診断が容易になる。
      • 遺伝子プローブを用いる方法。疾患遺伝子に対応するプローブを用いて診断する。
      • オリゴヌクレオチドアレイ(マイクロアレイ)を用いる方法。特定の染色体で起きたDNAの一部分の欠失や重複の検出に使用される。マイクロアレイは小さな基板上に多数の遺伝子検出用プローブが高密度に固定化、配置された構造。このプローブと、サンプルに含まれる遺伝子産物(主にメッセンジャーRNA(mRNA)やマイクロRNA(miRNA)などのRNA)が相補的に結合する性質を利用して、その発現量を網羅的に検出し、解析する技術。
      • 次世代型シーケンシング技術:遺伝子全体を細かな断片に分断してその一部または全部を解析する方法。単一あるいは複数の塩基の変化や遺伝子の欠失や転移を特定できる。
      などがある。
    • 傷ついた遺伝子を修復するときに、遺伝子は傷ついたことどうやってみつけるのか
      →遺伝子は意思があるわけではないので、基本的には損傷を受けたDNA細胞内で素早く検出される形状に変化が生じると考えられている。
    • アセトアルデヒド脱水酵素(ALDH)の働きが悪い人がなぜアジア人に多いのか
      →「NHK 食の起源 第4集『酒』~飲みたくなるのは“進化の宿命”!?~」の中でなぜモンゴロイドにALDHに変異のある人が多いのかについての一つの仮説を述べている。
      仮説の要約:出土した骨の分析から1200万年まえに強いALDHのタイプが生まれたと考えられる。その後6000年前くらいに突如ALDHのアセトアルデヒドを分解する力が弱い人が出現した。なぜ弱いタイプの人が出現したのかの理由についてはいくつかの仮説があるが、強力な仮説として稲作の広まりとの関係が考えられている。当時の状況では稲には病気を起こす微生物が付着していて、命に関わる状況だった。同時期に米からはお酒が作られ、人々はそれを飲んだ。アルコールは体の中で最初にアセトアルデヒドに変わり、その後ALDHの作用で酢酸になる。アセトアルデヒドは毒で、弱いタイプのALDHを持った人は体にお酒を飲むとどんどん毒であるアセトアルデヒドが溜まってしまうが、実は病気を起こす微生物にとってもアセトアルデヒドは毒のため、微生物もアセトアルデヒドによって処理されることで、病気に勝ち生き残ることができた。一方ALDHの強いタイプの人は飲酒後、ALDHによってアセトアルデヒドは酢酸に代わってしまうので、微生物による病気で死んでしまったと考えられる。すなわち、当時の環境下ではALDHの弱いタイプの人の方が生存に有利だったと考えられ、弱いタイプの遺伝子が淘汰されずに残ったと考えられる。約3000年前に中国から稲作が日本に伝わったが、稲作の広がりとお酒に弱いタイプの人の分布が一致する。
    • お酒に弱いことのメリットは
      →アルコール中毒はお酒に強いタイプの人がなるので、アルコール中毒になるリスクがないのはメリットである。
    • ゲノム編集による治療を受精卵に行えるのか
      →現在、日本では禁じられている。
    © 2002 Life & Bio plaza 21