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  • 第2回JSSバイオカフェ「ヒトの誕生~卵子・精子の形成と受精、着床・妊娠、そして誕生へ」

    講師は日本科学協会顧問、くらしとバイオプラザ21代表である大島美恵子さんでした。初めに大島さんから、医学だけでは説明できない「ヒトの誕生」について、出生前診断を含めて生命と人を取り巻く社会にまで発展させたお話がありました。

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    大島美恵子さん

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    「脳は生まれてからも成長が続く」

    主なお話の内容

    はじめに

    ヒトの体は200種類以上の37兆個の細胞からできている。しかし、生物の誕生はたったひとつの受精した細胞(染色体数;2n)の分裂から始まる。
    ヒトの体の一つの細胞の中にあるDNAはつなぐと2mほどになり、これが46本に分かれている。この46本を染色体という。そのうちの22本ずつは父と母から受け継ぎ、22対の相同染色体とよぶ。さらに2本の性染色体がある。46本の染色体上には、ヒトの形質をつくるたくさんの遺伝子が乗っている。ヒトの形質は、相同染色体と性染色体上に乗っている遺伝子の発現状況で決まる(性染色体XとYの短腕にも相同領域があるので、性染色体XとYも対合する)。
    不要になった細胞は、アポトーシス(プログラムされた細胞死)により死んで処理され、体細胞は再生される。
    卵子と精子は、減数分裂により、もとの細胞の半分の染色体数(n)を持つ。父由来、母由来の相同染色体が整列してランダムに分配されて、減数第一分裂、減数第二分裂をへて23本の染色体をもつ精子と卵子になっていく。

    受精

    胎児が8週ぐらいになると男性は精原細胞、女性は卵原細胞ができる。女性では、最初にできた700万個の卵原細胞(2n)は、誕生時には、減数第一分裂前期状態の100万個の一次卵母細胞(2n)として卵巣内にある。これは良い状態の細胞を残し、残りはアポトーシスにより処理されるせいである。さらに思春期までに減少して40万個になっている。子供を産む年齢になると、毎月卵巣中でその中の10個ほどが成熟を開始し、そのうちの一個だけが、数種類の細胞に囲まれた1cm以上の大きな卵胞に成長し、減数分裂を再開して、2次卵母細胞(n)と極体(n)に分裂する。2次卵母細胞は卵丘細胞や透明帯に囲まれた成熟卵子となり、卵胞が破れ、成熟卵子が卵巣から卵菅に飛び出す(排卵)。極体はアポトーシスにより消滅する。卵巣中の一次卵母細胞は、34〜44歳の女性で3万個に減少しており、また50歳頃に排卵は終わる。
    一方、男性は思春期以降かなり高齢になるまで、精原細胞から、減数分裂により、毎日1億個位の精子が作られる。精子は1000回尾を振ると1㎝ほど進むことができ、卵管の中を泳いで20㎝も移動し、卵子が排卵されるのを待つ。数日間待つこともある。
    減数分裂は非常に複雑なため、男女ともに高齢なると減数分裂が正常に進みにくくなり、妊娠しにくくなる。
    精子は、卵子の表面にあるたくさんの卵丘細胞をかき分け、透明帯を酵素で溶かし、遺伝子DNAを注入し、受精する。一個の精子が卵子に到達して受精すると、他の精子は卵子の中に入れなくなる。受精から12時間位たつと、卵菅内で受精卵(染色体:2n)は二つに分裂し、12~15時間ごとに4、8、16、32細胞に分裂し、胚胞を形作る。16~32細胞期になった細胞を、ES細胞(胚性幹細胞)という。

    染色体

    ヒトの染色体をギムザ染色という方法で染色すると、タンパク質などが染まり、縞模様が見える。染色体にはくびれ(セントロメア)があり、これは分裂するとき、セントロメアの位置で微小管(チュブリンというタンパク質からなる)にひっぱられるためである。
    昔は染色体の写真を印画紙に焼き付けて、これをを切り抜いて、左上から並べ、染色体地図を作った。左上から大きい方から1対ずつに、1番、2番、、、22番と番号をつけ、最後の2本は、性染色体と呼ばれ、XXは女性、XYは男性である。
    21番染色体が3本あるとき、21トリソミーといい、このように染色体の数や形を調べることにより、ダウン症などの確定診断ができる。
    2008年ノーベル化学賞を受賞された下村脩先生が研究されたオワンクラゲのGFPという螢光タンパク質があるが、近年螢光を持つタンパク質や核酸によって細胞内部が観察できるようになった。21番染色体のセントロメア付近にある標的遺伝子と相補的な塩基配列を持つ合成遺伝子に螢光をつけた物質を作り、これを標的遺伝子と結合させ、螢光部分を調べるという方法(FISH法)で、21番染色体が簡単に検出できる。この方法によりダウン症の確定診断がより早くできるようになった。
    これまで説明したように、受精の際に染色体が1対ずつにならないケースや、数や形が異なることがたまに起こる。染色体上にはさまざまな形質を発現するたくさんの遺伝子が乗っているので、ひとつの症状を呈するわけではなく、これらは症候群といわれる。ダウン症候群だけでなく、たくさんの種類のさまざまな症候群が知られている。
    2010年アメリカから入ってきた 新型出生前診断(NIPT)により、日本でも2013年から母体血中の胎児DNAの分析ができるようになり、母体への負担が低いことから広まっている。しかし、誤診もあり、確定診断ではないことをお伝えしておきたい。確定診断には胎児細胞の検査が必要であり、そのためには、羊水中の胎児細胞を採取する必要があり、母体と胎児の負担は非常に大きい。ことに、標準型ダウン症候群(21番染色体トリソミー)は、問題なく出産、成長できる場合が大きいので、出生前診断を受けるかどうかは大変、悩ましいところだと思う。

    胎芽期と胎児期

    卵菅内で受精した受精卵は分裂しつつ子宮に向かって移動する。胞胚(32~64細胞期)から胚盤胞となり、子宮内膜に着床し、胎齢4週には約6mmに成長する。胎齢8週以前を胎芽期と呼び、それ以降は胎児期という。胎齢8〜15週になると、胎児の形や臓器がほぼ整い、胎児は羊水中にあって、胎盤を介して栄養を得たり、老廃物を排出したり、また酸素を母体血から貰うことができるようになり、胎齢24週には、頭臀長30㎝、700gに成長する。
    心臓、肝臓などの大事な臓器は早くからできて、充実していく。生まれてから必要になる誕生後に必要な耳や目は、早い時期に臓器としての形はできるが、機能が充実するのはゆっくりである。また、脳は生まれからも成長を続ける。

    出産

    そして胎齢38週になると、頭臀長約50cm、体重約3000gとなり、めでたく誕生する(注;産科において40週で出産と言われるのは、最終月経からの計算による。胎齢とは2週間ことなる)。赤ちゃんから母体にサインが届くと、子宮収縮が始まり、赤ちゃんが生まれてくる。無菌の羊水から生まれ出ると同時に、膨大な数のさまざまな細菌と出会い、微生物と共存していく。

    誕生

    ヒトの脳は、未熟なままに生まれ、誕生後に外界刺激を受けて発達する。ヒト脳は、大脳、小脳を合わせて、千数百億個の突起を持つ神経細胞が、シナプスを介してつながり、周りにグリア細胞が巻きついて髄鞘を作っている。ヒト脳の重さは、生まれた時400gだが、4〜6歳で成人の9割の重量1200gとなる。これは神経細胞の増加よりも、神経細胞の突起に巻きつくグリア細胞の増加のせいである。また、神経細胞の突起と突起がつながる部分のシナプスの数と密度は、視覚野の例では生後8か月で最大になり、その後減少する。これをシナプスの刈込みという。シナプスの刈込み時期は神経細胞により異なる。シナプスは、増加後にアポトーシスにより減少しながら、成長とともに正確な神経回路ができあがっていく。シナプスの刈込みは、自閉症や発達の違いなどとも関係があるらしいということで、現在研究が進んでいる。

    まとめ

    • 減数分裂の複雑さについて話したが、そこからもわかるように若い年齢の出産が望ましい。令和以降社会人となった女性1000人のアンケート(日経新聞,2022年8月15日)をみると、7割が平均27.7歳での出産を希望していたが、現実は第1子が30.9歳(人口動態統計より)で3年もの差がある。この3年の差は、望ましい出産年齢から見るとると大きい。若い女性が安心して出産でき、その後も社会に戻って仕事が出来るような社会になってゆくことが重要だと思う。
    • 脳は誕生後も発達してゆくが、シナプスの刈込み現象と、幼児の発達の違いや、自閉症、出生時の性と成人してからの性の自己認識が異なるLGBTなどとの関係についての研究が現在進んでいる。
    • しかし、少しだけ思考方法の違う人たちや、遺伝子の形や数の違う人たち、発達の違いがある人たちなどを排除するのではなく、社会の中で、皆で一緒に共生していけるようになることを願っている。

    質疑応答(〇は参加者、→は講師の発言)

    • なぜ女性の生殖細胞は成長を経るにつれ減るのですか?
      →よくわかってはいないが、アポトーシスがおこって、減数分裂中の良くない細胞が処理されて減少し、成熟卵子になる確率が低くなるということだと思う。
    • 排卵される卵子は成熟卵子と書かれていますが、その後卵管中でも成長を続けるとは、卵丘細胞などが表面に付着することですか?
      →卵丘細胞や透明膜で守られた状態にあるのが成熟卵子(n)で、これが卵巣から排卵される。卵管中で卵子が成長するのでなく、精子との出会いを待つ。精子(n)によりめでたく受精した細胞(2n)が分裂し成長してゆのです。
    • 21染色体トリソミーの人は余り長生きできないと聞いたことがあるが。
      →21番染色体は、さまざまな種類の遺伝子が乗っている大きな染色体と違って小さい染色体なので、重篤な状況になりにくいのではないかと思う。それで普通に成長することができる。染色体が3本でも他の染色体との転座がある場合は、重篤な症例が多く、その場合は流産してしまう。
    • 女性の場合、高齢になると減数分裂が難しくなるということだが、男性はどうか?
      →男女ともに高齢になると減数分裂という複雑な工程が正常に起こるのが難しくなる。しかし精子については、受精できるのはたくさんの精子の中で最も元気な精子なので、40代くらいなら大丈夫であり、さらに高齢になっても大丈夫な例が多いのです。ご心配は無用です。
    • 胎児の臓器形成に関して「重要な臓器ほど早い段階で形成される」とおっしゃっておりましたが、呼吸器、消化器はどちらも大きく、生命にとって重要だと思います。ですが、呼吸器の方が形成期間が遅れるのは、生物の進化(鰓呼吸→肺呼吸)と関係があるのでしょうか?
      →鰓から肺への進化と関係があるかどうかは分かりませんが、肺呼吸と関係します。肺の臓器そのものは胎齢が早いうちに完成しますが、肺が呼吸器として機能するには、肺胞の空気側に、りん脂質とタンパク成分からなる界面活性物質(肺サーファクタント)が分泌されて膜ができている必要があります。この膜が充分でないと、生まれても呼吸ができません。肺サーファクタントは胎齢24週以降に作られると言われており、未熟児の場合、新生児呼吸窮迫症候群という重篤な障害が起こることがあります。肺が充実するのは誕生近くなってからのことです。
    • 精子の第二減数分裂はいつ起きるのでしょう? 第一減数分裂の直後なのでしょうか?
      →男子の生殖器が成長する思春期以降は、第1減数分裂に続いて第2減数分裂が起こり、毎日精子が作られます。
    • 高齢になるほどダウン症の子などが生まれる確率が高くなるので若いうちに出産するのが望ましいとのことですが、女性が 20代前半と若く、男性が高齢だった場合も、その確率が高くなることはありますでしょうか?
      →男性が高齢になっても、減数分裂による染色体異常の確率は高くなります。しかし、男性の場合、精子は、射精された数億個の精子の中で、最も元気の良い精子が受精に至るので、高齢でも正常な受精となる場合が多いのです。
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