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  • 映画会「『WELL FED』が物語る遺伝子組み換え作物の真実」

    2022年9月14日、「日本で遺伝子組み換え作物の栽培は実現できるのか?~映画『WELL FED』が物語る遺伝子組み換え作物の真実」がスペース汐留で開かれました。前半に映画が上映され、後半はパネルディスカッションと参加者を交えた全体討論が行われました。生産者、生協、行政など、いろいろな参加者からの発言もあり、幅広い視野から遺伝子組換え作物のことを考えるよい機会になりました。

    写真

    パネルディスカッション

    映画の概要

    映画監督のカーステンさんは遺伝子組換えに少し不安を抱きながら環境保護に関心を持つ「普通の人」。科学ジャーナリストのヘデさんは、研究をしていた経験もあり遺伝子組換え技術や作物についていろいろな人に知ってもらいたいと思っている。「森にブロッコリーは生えないでしょ」とヘデさんはカーステンに語りかける。
    二人は、自分の周囲の人たちと話し合ったり、環境保護を重視して遺伝子組換えに反対する団体や銀行幹部の意見を聞きにいったり、遺伝子組換え反対派から擁護派になったことで有名なイギリスの活動家マーク・ライナス氏のインタビューをしたり、バングラデシュの農村を訪ねたりしながら、食物のこと、環境のこと、遺伝子組換え作物のこと、発展途上国の農業のことを、わかりやすいことばで穏やかに語り合っていく。
    グリーンピースは、組み換えは種の壁を超えるなどいくつかの理由を挙げていたが、大企業による独占が反対の最大の理由だった。
    ASN銀行の幹部はESG(環境、社会、企業統治)投資を重視し、原子力・遺伝子組換え・化石燃料の利用や兵器の推進団体には投資せず、グリーンピースの考えを参考にしていると話した。
    二人はオックスフォードにマーク・ライナス氏を訪ねた。同氏は「大企業による独占、除草剤耐性の深刻化、種を超える」という理由で過去には過激な環境保護活動を行っていた。遺伝子組換え技術に反対なのではなく、大企業のやり方が許せなかったと振り返る。しかし、バングラディッシュでBtナス(土壌微生物の遺伝子を組み込むことで害虫抵抗性を付与されたナス)が彼らの食料となり、栽培では殺虫剤が削減され、収入の増加につながる現実をみて、Btナスは貧困な人のためにあると話した。
    そこで、二人の脚はバングラデシュに向かう。バングラデシュの人たちはお米を三食食べ、ナスをよく食べる。オランダの4倍の面積に1.6億人(オランダの約9倍)もの人が住んでいる。
    ナスを栽培する人を訪ねると、ナスには100回も農薬を散布し、手はあれ頭痛もひどいが、散布しなければ全部枯れるから、農薬をまき続けるといった。
    次にBtナスを栽培する農家を訪ねた。組換えだと農薬が少なくても、形もよいナスが多く生産できるという。Btナスの種を自家採種して種を売る仕事も始めた(バングラデシュでBtナスを栽培する人は、当初の数十人から5万人まで増加。全生産者数は1700万人だから、まだ一部でしかない。パネルディスカッションの発言から)。
    バングラディッシュの農業研究所では、20種類ものナスに対して遺伝子組換え実験をしている。今はゴールデンライス(ビタミンAを遺伝子組換えで強化したイネ)の利活用に向けた研究が進んでいる。ゴールデンライスは作出されてから、未だに反対する人たちによって、発展途上国の人々のもとに届いていない。

    話題提供 「ゲノム編集と組換えをつかった作物開発」

    高原学氏(農研機構・企画戦略本部新技術対策課課長)

    世界人口は2050年に1.3倍になり、1.5倍の食料が必要になるが、実際は病害虫と雑草害で収量は失われている。私たちは、突然変異、細胞融合、遺伝子組換え、ゲノム編集技術などを使って作物の力を引き出す品種改良を行ってきた。遺伝子組換えについてみると、世界の遺伝子組換え栽培面積は広がり、日本の輸入するトウモロコシ、大豆、ナタネの多くは遺伝子組換え。飼料、食用油、タンパク質抽出物、甘味料、医薬品の原料として使われている。
    農研機構では、遺伝子組換え技術を使ってスギ花粉米、青いキクの研究を続けている。
    現在、実用化されたゲノム編集農作物は、GABAというアミノ酸を多く含むトマト(日本)、オレイン酸を多く含む大豆(アメリカ)、褐変しにくいレタス(アメリカ)。
    文科省に栽培計画を提出されて、天然毒素低減ジャガイモ、穂発芽防止コムギの試験栽培が現在進行中。

    パネルディスカッション 進行役:小島正美氏(元毎日新聞編集委員)

    カーステン・ドゥ・フルーフト氏(オランダ、映画監督)、ヘデ・ブルスマー氏(オランダ、科学ジャーナリスト)、高原学氏に、徳本修一氏(鳥取市で大規模農場を経営する生産者)が加わり、パネルディスカッションと全体討論が行われました。
    徳本さんは、コメ、飼料トウモロコシ、アズキを大規模に栽培している生産者。Uターンして、有機農業からスタートしたが、持続的農業には有機だけでなく科学技術も利用してもいいと考え、従来農業にITをとりいれているそうです。スポンサーなしで、プロ農家目線で農家にファクトの発信もしています。

    映画作成の背景

    小島さんが参加者を代表して、ヘデさんとカーステンさんに、映画作成の経緯などを質問しました。その発言のいくつかを項目別にまとめました。

    • オランダのGMに対する状況
      日本とオランダの状況は似ている。都市部の教養ある人の多くはオーガニック好みで、GMは好きでない。科学とマーケティングが混同されているからだろう。オランダの農業大学では遺伝子組換えもゲノム編集も研究しているが、実用化された例はない。研究成果を活用したい育種企業はあるが、欧州連合は遺伝子組換えに大反対で野外栽培ができない。
    • カーステンとヘデさんの製作の動機
      ヘデさんは育種や組み換え技術を、コースターを使って、シンプルにわかりやすくして説明しようと考えた。遺伝子組換え技術の説明に関する記事もたくさん書いたが、研究や活字の記事だけでは伝えたりないと悟った。知人のカーステンさんに説明しても、事実と科学では退屈させるだけだった。結局、ストーリーや価値観を重視する視覚的な作品がいいとなった。ただ、資金集めは大変だったが、ジャーナリズムフアンドから5万ユーロの助成を得て製作した。儲けはない。映画として独立した視点を提供できていると思う。
    • グリーンピースの影響
      欧州が遺伝子組換えに反対する背景に、「地球の友」や「グリーンピース」の影響力がある。オランダには18の政党があるが、オランダの農業のルールはEUで策定される。EUの判断はグリーンピースの影響を受けている。日本のGMへの態度はアジアで注目されている。ある意味で、日本の消費者のGM嫌いはアジアに影響するので、似た構図ともいえるのではないか。
    • 上映の反響
      オランダで上映したら、ほとんどの人が理解してくれた。欧州の上映会では、GMOについては賛成と反対に分かれたが、バングラデシュの成功例についてはみなが支持できるとの意見だった。西欧では一般市民のGMへの見方は、1割が賛成、1割は反対、残る8割はわからないという状況だと思う。わからないものは口にしない、わからないものは栽培しないと思って当然だろう。「わかる」ことが大事。
    • メディアの影響
      オランダのメディアにバイアスはないと思う。それよりも、資本主義の社会では大衆の求めるものを企業が提供する傾向があると思う。欧州のマスコミは総じて、小規模農家が従来農業をする姿はロマンティックに描く。一般市民も農業に対して牧歌的なロマンティックなイメージを受け取りたいと思っている。メディアは読者の求める記事を書く。
      また、遺伝子組換え飼料で酪農が成り立っているのは欧州も日本も同じだが、それは報道されず、消費者はその事実を知らない。

    パネリストと会場参加者の意見交換

    GM作物に関心を持つ、パネリストの徳本さんと、有機農業をされている会場参加者の意見交換する場面がありました。参加者全員を日本の農業を応援したい気持ちにさせる、誠実な対話でした。
    徳本さん:GMの穀物と飼料を作り、不耕起栽培をやってみたいという。中山間地は今までのやり方ではやっていけない。SDGsやオーガニックに投資する若い人には、育種に投資してほしい。地域の信頼を得て耕地を集積してきた。ステップをふんで理解を得ていきたい。日本の風土にあった品種開発を期待したい。
    会場参加者の意見:有機農業をしている。バングラディッシュの生産者がBtナスの種子を売ると言っていたが、自由に売れば、種子の管理がおろそかになり、問題ではないか。悪用する人も出てくるかもしれない。国内での遺伝子組換え作物の栽培については、自分の畑の有機認証が妨げられなければかまわないと思うし、研究は大事だと思うが、今の日本には組換えを栽培する必要性がない。 

    他に生協関係者からは、リスクコミュニケーションの継続が重要であるという発言がありました。学校教員からは、教育現場では中立の立場の情報を提供すべきだと思うが、教師のように高等教育を受けた人ほど、遺伝子組換えを感情的にとらえているケースもあり、先生方への伝え方が悩ましいという発言がありました。
    カーステンさんは、「議論は事実に基づいて行い、価値観を理解しあうことが重要であり、情報は世界の人がアクセスできるようにオープンにすべきだ」と述べました。これはこの上映会の結びの言葉としてふさわしいものでした。

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