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  • 食のリスクコミュニケーション・フォーラム2022『消費者市民に対して説得ではなく理解を促すリスコミとは』

    2022年8月28日、食のリスクコミュニケーション・フォーラム2022第3回:『科学報道におけるリスコミのあり方』が開かれ、次の3つの話題提供がありました(主催 NPO法人食の安全と安心を科学する会 SFSS)。3つ目の話題提供「科学報道」を中心に報告します。

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    配信風景(写真提供 SFSS)

    話題提供1『メディア・リテラシーと批判的思考』(京都大学大学院教育学研究科 教授 楠見 孝氏)では、人が情報を受け取る時、信念バイアス、確証バイアス、流暢な話し方に影響をうける流暢バイアスなどのいろいろなバイアスが働くので、自覚的にバイアスを修正することが認知心理学的には必要だという。メディア・リテラシーには、読解能力はもちろんだが、メディアにアクセスできる能力、メディアを理解するためのテクノロジーを理解できる能力、批判的に読める能力も含まれている。
    印象的だったのは、批判的思考では対象を批判するだけでなく、自分の論理過程を吟味する内省的な思考も重要だということだった。批判的思考は、探求心、客観性をもった見方、証拠を重視する態度、論理的な考え方によって支えられている。
    リスクリテラシーは、メディア・リテラシー、科学リテラシー、統計(数学)リテラシーから成り立つが、根底にあるのは批判的思考。この思考を支える態度こそが重要で、これは教育、市民参加のコミュニティなどいろいろな場面で育成していかなくてはならないことが強調された。

    話題提供2『リテラシー構造に基づくコミュニケーションとは? -エネルギーリテラシー構造モデルを事例に-』(エネルギーリテラシー研究所 代表 秋津 裕氏)では、初めにリテラシーという言葉の成立の歴史が語られた。19世紀には教養を意味することばだったが、ユネスコが1945年からリテラシーの概念を政治や経済とともに発展させてきた。今では万人に普及させるべき基礎教育、社会的実践の中で意味を持つものと定められている(2003年)。
    エネルギーリテラシーを例にとって、日本、中国、タイでの中学生のアンケート調査に基づいたエネルギーリテラシー構造モデルが紹介された。どのような情報提供がエネルギーリテラシー構造モデルにどのように影響するか、それをより情報発信に活かすために研究されているというお話だった。

    話題提供3『科学報道-メディアはリスクを伝えられるか』

    日本科学技術ジャーナリスト会議 理事 小出 重幸氏

    (1) 福島原発事故を振り返る
    福島原発事故は、結果的には放射性物質はチェルノブイリの10分の1で、津波の被害が大きかった。しかし、情報発信の仕組みが整っていなかったために、原子力安全神話崩壊から始まる大きな混乱が起り、福島差別からトリチウム水の処理まで、政府と専門家への不信は続いている。同時に、日本は資源の乏しい国でありながら、National Security of Energyへの意識の脆弱性が明らかになってしまった。

    (2) 英国の科学コミュニケーション
    3月15日16時、英国大使館では政府主席科学顧問ベディントン氏がオンラインで、「福島事故はチェルノブイリの10分の1の規模で、半径30Km以上の場所に健康影響はなく、東京から脱出する必要はない」と説明した。この情報は英国大使館だけでなく、東京にいる英語圏の人々にとって有効な情報提供となった。ベディントン氏は政府・科学界・専門家(Authority)が信頼感を失わないように、市民に情報が届くように、1時間半にわたって一人で語った。これはすぐにtweetされ、在日英国人によって和訳された。
    この成果は、英国がBSEの経験から、政府、科学、マスメディア、市民の間のサイエンスコミュニケーションの体制を構築してきた努力の賜物である。Authorityがすぐに判断を示すことが重要!という原則は守られた。

    (3) コロナ禍では
    英国では感染者数の把握はうまくいったが、ロックダウンか集団免疫かで揺れた。感染者数でみると英国は2350万人(死者数18.8万人)、米国は9380万人(死者数104万人)、日本は1735万人(死者数3.8万人)。初めから集団免疫を目指したスウェーデンは256万人(死者数1.9万人)、フランスは3350万人(死者数15万人)となり、日本では混乱は多いと思うが、死者率が特に低い。日本政府は、科学的助言を重視する方向だが、科学顧問のような仕組みはない。

    (4) マスメディアとは何かを改めて考えよう
    市民のリテラシーが高まることを期待して情報を発信していても、それは市民の心に届かず、社会的混乱は増幅する。
    混乱を避けるためには、専門家やメディアが信頼されなければならない。世界では、イギリスや欧州は政府の発表の方がメディアの発表より信頼されるが、日本や韓国はメディアの方が政府より信頼されている現状がある。
    科学ジャーナリズムには多角的な視点が、科学者には科学にとどまらず社会的インパクトにも目を向けることが求められる。例えば、放射線の影響については、専門家の中でも多様な意見があってまとまらないのは世界共通。それでは、どのように情報を整理していけばいいのか。
    イギリスでは、サイエンスメディアセンターをつくり、160以上のスポンサーを得て独立性を確保し、おかしな記事を排除し、市民を巻き込む活動(Public Engagement)をしている。

    (5) ニュースとは何か
    ニュースとは目立つ、新しい、珍しいことを伝えるものだが、理屈より情緒が、正確さより即効性、強者より弱者を優先する特性がある。また、マスコミには報道と娯楽の側面があり、境界は明確にすべきだが、ここを不明瞭にして視聴率を稼ぐワイドショーもある。
    今、メディアは多くの課題を抱えている。例えば、安全性確保のためには非常線の中に記者を送りこめないが、それで本当の報道ができるのか。報道がゼロリスクをあおるなど、リスクコミュニケーションを妨げてしまうこともある。専門記者ばかり養成して、記者としての人間力・コミュニケーション力は大丈夫か、など。
    地震が起こると被害が起きた所の写真をとり、繰り返して流すために、被害は局所的なのに地域全部が被害にあっているように伝わる、現場の状況と報道の乖離がある。どうやって伝えればいいのか。

    (6) 多様化するメディア、フェイクニュース
    デジタルプラットフォームの構築が進む中で、個人情報の保護はどこまでできるのか。情報環境を使って人々を誘導できてしまう危険も孕んでいる。
    フェイクニュースを世界のどこからでもアップできる現状、マイクロターゲッティング(その人の好む情報を耳元でつぶやき続けること)で、マインドハッキングも可能。
    情報環境は日々複雑になり、リスクを帯びている。

    (7)科学者・技術者の社会的責任
    科学には不確定性がある。その中で、Authorityの発信が必須。2-3の学位、修士を持っていて、多領域の発信ができる人材を気長く育てる必要がある。

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