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  • コンシューマーズカフェ「遺伝子組換え食品のレギュラトリーサイエンス」

    2022年7月20日、第37回コンシューマーズカフェを行いました。お話は千葉大学園芸学研究院 教授 児玉浩明さんによる「遺伝子組換え食品のレギュラトリーサイエンス~実用化から四半世紀を経て~」でした。「今年度、食品安全委員会は遺伝子組換えガイドライン見直しを検討テーマにあげていることから、改革派寄りの自分の意見を述べ、参加者と考えたい」とお話は始まりました。

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    遺伝子組換え食品の分厚い申請書を前にする児玉浩明さん

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    驚くほど字数の少ない説明スライド

    お話の概要

    遺伝子組換え食品の誕生

    初めてできた遺伝子組換え食品は、1994年、カルジーン社(現 バイエル)が開発したフレーバーセーバートマト(日持ちするトマト)だった。現在、世界の多くの国で遺伝子組換え食品の安全性評価を義務化し、従来の作物の危険性と同程度かをみている。日本では遺伝子組換え食品・飼料の安全性と環境影響評価を調べている。

    レギュレトリーサイエンス

    農水省のホームページには、レギュレトリーサイエンスについて、「研究と行政で学術的な情報を系統的に統合することをめざす」と書いてある。実際には、安全性に関わる情報を研究者から受け取った行政が、国際調和もみながら規制におとしこむ。レギュレトリーサイエンスの目的は安全な食品の安定供給のために審査をすること!
    日本では、縦割り行政で、環境省、農水省、厚労省、食品安全委員会が関わっている。私は、食品安全委員会の専門部会で平成21年から令和3年9月まで遺伝子組換え食品の審査をしてきた。農業資材審議会専門部会には今も、分子生物学植物の専門家として関わっている。
    2022年6月時点で遺伝子組換え食品は330品目、4月時点で遺伝子組換え食品添加物は71品目が承認されている。

    日本のガイドライン

    2004年、遺伝子組換え食品(種子植物)安全性評価基準ができた。コーデックスのガイドラインができたのは2003年。実はこの前に日本ではガイドラインを作っている。この日本の「従前ガイドライン」策定のきっかけは遺伝子組換え酵素「キモシン」だった。当時の議論について東京農工大学 小関良宏先生にうかがった。
    検討する安全性の項目中、アレルゲンが一番心配だと考えたそうだ。アレルゲンの特徴は胃液で分解されにくく、熱で変性しにくいことであるので、そこに着目したという。このような議論を重ね、2001年3月、遺伝子組換え作物と食品添加物が、日本の従前のガイドラインによって承認された。議論された方のご苦労はどれほどだったかと思う。
    安全性評価の考え方の骨格は「実質的同等性」だった。現在はオミックス解析技術が発達し、ゲノム全塩基配列が容易にわかるので、「実質的同等性」はいいにくいのではないか。実際の審査は実質的同等性の考え方を根拠にし、遺伝子組換え食品のリスクが従来食品と同程度ならば安全とみなしている。

    遺伝子組換え植物の安全性評価項目

    挿入DNAとその入れ方、できたタンパク質のアレルギー誘発性と毒性などの6項目。
    遺伝子組換え作物は、遺伝子の探索に始まり、モデル植物での試験、導入遺伝子作製、栽培品種への遺伝子導入、育種、ほ場試験、規制対応というプロセスで、上市までに約15年。費用面でみると、この15年間に人件費も入れて130数億円もかかる。いかに長い年月をかけて丁寧に作られてきたことかがわかる。
    こんなに費用が掛かった理由を、当時の科学水準から考えると、安全性確保をために調べられることは全部調べようとしたからだろう。評価項目ごとへの対応をみてみる。

    (1)挿入するDNAと導入方法
    →作文で対応できる。

    (2)遺伝子組換えによってできたタンパク質のアレルギー誘発性と毒性
    →データベースと照合する。
    1990年代のアレルゲンデータベースに登録されていたのは200種だったが、今は2400種。調べる根拠がこれだけ増えたということは、アレルゲンの安全性評価は10倍以上あがったといえるだろう。

    (3)遺伝子組換えによってできたタンパク質の消化性・熱安定性
    →当時はアレルゲンの特徴は胃・腸液で消化されにくく、熱に安定であることに着目されていたが、今は、消化性と熱安定性とアレルゲン性、毒生徒の相関性は低いといわれている。インフォマティクス分析(データベースとの照合)を主とする評価でもいいのではないか。

    (4)挿入遺伝子が入った位置、発現量、発現の安定性
    →当時は、入った位置はわからず、サザンハイブリダイゼーション(染色体上の遺伝子の数や量を調べる方法)で調べた。今は次世代シーケンスで挿入位置がわかる。また解析技術の発達により、遺伝子組換え植物の理解も深まっている。
    例)フレーバーセーバートマトはアンチセンスでできたといわれてきたが、RNAサイレンシングで遺伝子発現が抑制されていたことが2007年に判明している。レギュレトリーサイエンスにおいても、当時はアンチセンスだと理解していた。
    今は全配列をみられるので、サザンハイブリダイゼーションをするより安く、早く調べられる。今後、この項目の審査は次世代シーケンスを基本とすることでいいのではないか。
    トランスポゾンなどの遺伝子が動く現象についての理解やコピー数による変化などの挿入遺伝子の安定性についても、25年間のデータ蓄積で対応できるのではないだろうか。

    (5)できたタンパク質の宿主代謝経路への影響
    導入遺伝子による意図しない化合物ができるリスクに対し、日本はことに慎重。その評価のために、承認された遺伝子組換え作物(シングルイベント:一つの遺伝子を入れた)を3つのカテゴリーに分けてる。この考え方は日本独特で、東南アジアではこの考え方が評価されている。

    カテゴリー1:
    宿主の代謝系と相互作用しない 例)害虫抵抗性、除草剤耐性等宿主の本来の機能は変わらない。
    カテゴリー2:
    宿主の持つ特定の反応を増強また抑制する
    例)高オレイン酸ダイズ
    カテゴリー3:
    宿主に存在しない化合物が生成される。
    カテゴリー3に該当する作物はまだ申請されていない。

    (6)宿主との差異
    粗タンパク質、炭水化物、アミノ酸などの栄養素や有害生理活性物質など、構成成分が宿主と比べて違っていないか。当時はゲノムを改変することで、成分に大きな変化が生じないかを恐れて、構成成分の分析データを要求したのだろう。
    この比較のために、コントロールデータ(クロップコンポジションデータベース)がつくられ、223種の代謝産物が調べられている。
    各含有成分のデータは正規分布をしており、審査では作出された遺伝子組換え食品・飼料の構成成分の含有量が、この正規分布から外れていないかを確認する。これまで、意図せずに主要構成成分が大きく正規分布からはずれたことはない。しかし、正規分布からはずれたから危険ということではない。例えば、髙オレイン酸ダイズのオレイン酸含有量は正規分布からはずれており、それでメリットが得られている。その場合、食品や飼料としての栄養面でのデメリットがないか、確認されている。
    今は複数のほ場でN数の大きい、統計的にパワーのあるデータが出されているが、導入遺伝子産物の機能(MOA mode of action)から宿主の代謝系への影響を推定出来たら、複数ほ場や大きいN数でなくても評価できるだろう。

    実用化から4半世紀たって

    遺伝子組換え食品による事故はこれまで起こっていない。最近は、「遺伝子組換え食品でがんになる」などの根拠のない発言は減ってきたようだ。
    知見の蓄積や解析技術の進歩を踏まえ、ガイドラインを改訂してもいいのではないか。私が改訂を考えるようになった背景には、ゲノム編集食品の上市がある。遺伝子組換えとゲノム編集で、評価にアンバランスを感じるから。
    ゲノム編集は切断された遺伝子に変異が入ったもので、外来遺伝子がなく、従来の品種改良でも起こりうる範囲の変異であることが確認されると、届出で上市できる。厚労省の委員会で事前相談とはいうが、実質的には審査といえるくらい、ゲノム編集食品のデータを丁寧にみている。表示は義務ではないが推奨されている。
    事前相談では、食品の品目・品種名および概要、ゲノム編集の方法と改変の内容、外来遺伝子とその一部が残っていないことの確認、アレルゲンや毒性物質が増加してないこと(オフターゲットの情報を含む)、代謝系に影響を及ぼすような遺伝子の改変は起こっていないこと、上市予定年月を記載する。上記で、外来遺伝子の残存の有無、アレルゲン・毒性物質・オフターゲットの分析以外は作文で対応できる。その結果、遺伝子組換えよりゲノム編集の方がぐんと低コスト。消費者の抵抗も少ない。トマト、タイ、フグが上市された。
    少し想像してみましょう。たとえば、除草剤耐性ダイズはグリホサートという除草剤に感受性がないので、グリホサートをかけても枯れない。グリホサートへの感受性はEPSPSという酵素の分子構造による。もしかするとゲノム編集で大豆の持つEPSESの配列に小さい変化を加えることで、グリホサートをかけても枯れない、除草剤耐性大豆は作れるかもしれない。グリホサートで枯れない遺伝子組換えダイズとゲノム編集ダイズの評価に大きな違いがあると、プロダクトは同じなのに用いる技術によってアンバランスな評価をすることになるだろう。

    これからの遺伝子組換え食品の評価

    遺伝子組換え食品の安全性評価に、これまで通りの情報はすべて必要だろうか。

    (1)導入遺伝子をもっとしっかりみればいいのではないか。
    MOA(mode of action 遺伝子産物の機能),WOE(weight of evidence データの積み重ねによる総合的判断)、HOSU (history of safe use 安全利用の歴史)の考え方を取り入れて総合的に評価する。例として構成成分の分析などは、現在の測定項目全部をそろえることが必要か。
    むしろタンパク質の立体構造や基質特異性の情報をもっと充実させた方がいい。

    (2)技術の進歩や知見の蓄積を踏まえる
    次世代シーケンスを基準にする。消化性に関する物理化学実験は必要な時に求める。

    (3)摂取量、暴露量の考え方
    砂糖のような「非タンパク質性の食品」として輸入されるサトウキビや、タンパク質としては摂取しない遺伝子組換えワタ(食品としては綿実油として利用)に対しても、タンパク質を食べる可能性がある食品と同じように全ての評価項目で調べるべきか。もし、遺伝子組換え食品(農作物由来)というガイドラインを用意できれば、上記のサトウキビやワタなどの評価は簡素化できるだろう。

    (4)遺伝子の使いまわし
    カテゴリー1に入る遺伝子組換え食品は、すでに十分に評価されている。同じ遺伝子を挿入した組換え植物は、いわば、ジェネリック(先発医薬品に対しての後発医薬品)のようなもの。共通する項目については承認済みデータの再利用を認めることで評価の簡素化をしても良いのではないか。
    カナダ、ブラジルは使いまわし遺伝子を導入した遺伝子組換え食品の評価基準の見直しの検討を始めている。

    (5)ローカル開発者の台頭
    これまで、遺伝子組換え食品は財力があり規模の大きいグローバル開発者の寡占状態だったが、ローカル開発者が台頭してきた。
    例えば、アルゼンチンは乾燥耐性コムギ(HB4)の栽培認可を得て、アメリカやオーストラリアに輸出するための申請をしているが、日本には申請していない。HB4は米国、ブラジル、パラグアイ、カナダで栽培認可が取られている。日本にはアメリカやオーストラリアで加工されたHB4コムギ製品が入る可能性は十分にある。それが検出されたとき、日本は全てのコムギ輸入を止められるのか。
    実際には、未承認の遺伝子組換え作物のある程度の混入を認める仕組みが必要ではないか。例えば、日本と同等かそれ以上のリスク分析をしている国で認められていて、日本では未承認の「遺伝子組換え作物」が低レベルで見つかったとき、その混入も認めるような準備が必要ではないだろうか。

    まとめ

    審査の目標は安全な商品の安定供給。日本の食卓で国産は3分の1という実態。
    規制の厳格化は簡単だが緩和は難しい。厳しいまま続けていると、審査項目の意味を忘れがちになり、ルーティンを見直すこともせずにだらだらしやすい。
    上記の意味を忘れると、レギュレトリーサイエンスは誰も幸せにしないものになりやすい。

    • 日本だけで課しているデータ要件を見直したほうがいいのではないか。
    • ゲノム編集を含めて、意味のある審査をしないといけないと思う。

    質疑応答

    多くの多様な質問や意見が、参加した研究者、事業者など様々の方たちから発せられました。
    次世代シーケンサーの利用については、全体としての安全性を総合的に判断したり、高度精製の食品添加物が評価できたり、ナチュラルオカレンスやセルフクローニングの評価に利用できたり、審査資料作成の省力化も図れるという期待が多く語られました。
    25年前には多くの資料を提出してもらう必要がありましたが、これまで健康被害がでなかったことから、蓄積された知見を有効に使えるのではないか、これからは十分で必要最小限のデータで効率的な評価も検討していってはどうか、いつまでもフルスペックの情報を求めていると日本には届出をせずに別な国を介して貿易をする事業者もでてくるかもしれないなど、国内外に関わる意見もありました。
    また、遺伝子組換え作物の環境影響評価を担当されている研究者が複数参加され、幅広い議論が展開されたことは大きな学びとなりました。

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