サイエンスカフェみたか「大根のお話」
2021年11月25日 サイエンスカフェみたか(オンライン)に農研機構野菜花き研究部門 吹野伸子さんをお迎えし、「大根のお話~一年中、大根がお店にある理由(ワケ)」をお話しいただきました(主催 三鷹ネットワーク大学)。今、吹野さんは農研機構の野菜花き研究部門の安濃野菜研究拠点(三重県津市)で研究されています。初めに、私たちお馴染みの品種であるシャインマスカット、ベニハルカなどを開発した「農研機構」についての紹介がありました。
主なお話の内容
大根はどんな野菜?
大根はアブラナ科ダイコン属というグループに属する植物で、日本への伝来は1300年前くらい。切干大根、おろし、刺身のつま、漬物などに加工されたものもよく食べられている。
私たちの食べている野菜の日本での栽培の歴史をみると、シソ、イネ、サトイモは縄文時代から食べられていたらしい。大根、ナス、キュウリ、スイカは奈良から平安時代には食べられている。この時代の野菜の種類は今ほど豊富でないので、当時の大根は、今よりも重要な位置を占める野菜だったと想像される。
アブラナ科には多くの野菜がある。ハクサイ、ナバナ、大根、キャベツ、カブ、ブロコリーなど、形は様々。食べる部位も葉、つぼみ、地下部などいろいろ。
店頭に並んでいるのは、青首大根が中心だが、三浦、練馬などは白首大根の仲間。丸い聖護院大根、世界最大の大きさの桜島、細くて長い守口など、形もいろいろ。色は、外側が黒い黒大根、赤いラディッシュ、また外は白で中は赤いものもあり、バリエーションに富んでいる。
大根の一生
大根は種から芽が出て、葉が出る。低温にあたると茎が伸びて花が咲く。花の後にはサヤができて、その中に数粒の種ができる(多くない)。
大根には「自家不和合性」といって、自分の株の花粉では種ができない性質がある。自分の株の花粉がめしべについても花粉管はのびない。つまり、自家不和合性に関して同じ遺伝子を持つ株の花粉は受け付けない。けれど、つぼみ、古い花(開花から日が経つ)や二酸化炭素の濃度が高いときには自家不和合性はなくなる。
大根の可食部は根と胚軸が肥大したもので、根の部分の方が多い。それに比べてカブは、根と胚軸でも胚軸の部分が多い。だから大根では、根が肥大した部分には側根のポツポツがあるが、カブは側根のポツポツがほとんどなくツルンとしている。
日本では大根の地下部を食べるが、アジアでは若いサヤを食べる所もある。また、種子も油糧用として利用されている。日本でも葉を食べる葉大根がある。大根は野菜の中で作付け面積は第3位、収穫量では第4位と、重要な野菜である。
1年中、大根が食べられる理由
今日のタイトルの答えは、「産地、品種、栽培時期の組み合わせによって収穫時期を広げている」から。大根の主な産地は、北海道、青森、千葉、神奈川、鹿児島。気候条件の異なる産地、栽培時期とそれに適合した品種を組み合わせることによって1年中、大根が食べられるようになっている。
大根の育種(品種改良)
大根特有の臭いがなく黄変しない、高温期にも高品質で生産される、病気に強い、そういう品種を作ろうとしている。
(1)臭わない大根
大根の辛味成分であるイソチオシアネートが臭いの原因になっている。イソチオシアネートは細胞が壊れると酵素の働きによりグルコシノレートから作られる。大根に含まれるグルコシノレートであるグルコラファサチンが作られるイソチオシアネートであるラファサチンは分解されやすく、分解されると黄変して臭いも出てくる。これが沢庵の色や臭いのもとになっている。沢庵の好きな人もいるが、沢庵の入っているコンビニ弁当を温めると、部屋の臭いが気になる人がいるかもしれない。そこで、臭わず黄色くならない大根を作ろうと考えた。グルコラファサチンになる前の段階のグルコエルシンから作られるイソチオシアネートのエルシンは分解されにくいため、臭いや黄変がほとんど発生しない。グルコエルシンからグルコラファサチンを作り出す酵素GRS1を作らない性質を持たせることにより、臭いや黄変のない新品種を開発した。GRS1を作る遺伝子の目印(DNAマーカー)を見つけて、効率的な新品種の開発が可能になった。
これら臭わない新品種では、葉を使った野菜ジュース、大根臭のない色素原料など従来の大根とは異なる新しい用途への利用が可能となっている。
(2)高温期に内部が褐変しない大根
夏の間、大根は北海道や青森など涼しい地域で生産しているが、そこでも高温年には赤心症(内部が褐変する)が出る。地球温暖化により夏の気温が上昇するとさらに多発して栽培ができなくなる可能性もある。
最初にいろいろな種類の大根を夏に栽培して比較して、暑さに強い材料を探した。シマダイコン(沖縄の品種)は暑い時期の栽培でも内部が褐変せず白かった。しかし、形は短く小さい。シマダイコンと普通の大根とかけあわせて、根が長く暑さに強い大根ができた。これを用いてF1品種を育成する予定である。販売されている大根種子の多くは異なった親をかけあわせた子であるF1品種である。F1品種は、雑種強勢といって、両親よりも優れた性質を示す。
アブラナ科の研究室で、いろいろな大根を暑いときにたくさん栽培したのは、本当に大変だった。1年に数百種類の大根を植えて、暑さに強い大根を探す作業を複数年繰り返した。
優れた素材を見つけてから品種ができるまでには6~10年かかる。臭わない大根では原因となる遺伝子を突き止めてDNAの目印(マーカー)を作ったので、効率的な品種改良ができた。すなわち、芽が出たばかりの小さい植物から葉を少し取りDNAを調べるだけで臭わない性質を持つかどうか判定した。一方、暑さに強い大根の場合はマーカーを作ることが難しかったため、実際に夏に栽培して性質を調査する必要があった。品種改良では望ましい性質を持つ材料を掛け合わせる(交配)作業を何度も繰り返す必要があるが、芽がでて小さいうちに、人工気象室で低温にあて、大根を太らせずに早く花を咲かせることにより期間の短縮を図っている。
(3)病気に強い大根
黒斑細菌病になると、葉が茶色になって根に黒い芯が入る。黒い芯があるかどうかは切らないとわからないため、ある程度発生すると畑の大根すべてを捨てることもある。
この病気に強い形質を持つ大根を探すために「遺伝資源のスクリーニング」を行った。実際には、隔離ほ場で約200種類の大根を2年間、栽培して調査した。全滅した品種、一部やられた品種、強い品種があった。1年目に強い品種でも翌年に植えると黒い芯が入ってしまったのもあった。1種類を12本ずつ植えて調査したが、大根掘りも大変な作業、研究室全員で収穫し、調査には2週間かかった。
強い品種がみつかると、その大根のDNAのどの部分が病気に強い性質と関係しているのかを調べる。病気への強さ、弱さに関係する目印になるDNAの部分が見つかると、目印を使って効率的に病気に強い品種を作り出すことができる。
(4)ゲノム編集育種
私たちが食べている野菜のほとんどは人工的に、病気に強い、害虫に強い、環境ストレスに強いなどの改良を施したもの。
新しい品種をつくるとき、目標設定(どんな野菜をつくりたいか)→遺伝資源の探索→かけあわせ→新たな品種を作る。望ましい性質を持つものが遺伝資源にない場合に目的の材料を作りだすためには、放射線をあてるなどして突然変異体を作ったり、遺伝子を組換えたり、ゲノム編集技術を使ったりする方法がある。
そして、選抜を繰り返し、遺伝的に固定させる。この時にDNAマーカーが使えると効率化できる。また、農研機構の農業生物資源ジーンバンク(つくば市)は膨大な種類の種子を保存している施設であり、ここで保存している種子を用いて望ましい性質を持つ素材を探すことができる。突然変異ではDNAのどの部分に変異が起こるかはわからないが、ゲノム編集では狙った場所に変異を起こすことができるので、効率的に性質を変えることができる。大根のゲノム編集技術を研究しているグループもある。
流通可能になったゲノム編集食品の届出情報は農林水産省のWEBで公開されている。
質疑応答(〇は参加者、→はスピーカーの発言)
- きれいな点が多く打たれていた図があったが、どういう風に使うのか。
→ゲノム情報を多く得ることができるようになってきたので、幅広い遺伝資源のゲノム情報と病気に強い程度を調べて、ゲノムのどの部分が病気の強さに関係しているかがこの図から推測できる。今後はこれらの情報を元にして病気の強さに関係するDNAマーカーの開発を目指している。 - 大根は冬野菜だと思って冬に買っていたが、季節によっていろんな種類が順に作られていることがわかり、夏でも買ってみたいと思った。大根の品種は分かるのでしょうか。
→店頭では、産地は書いてあるが、品種は書かれていないのでわからないと思う。ブリーダーはもしかしたら自分が作った品種はわかるかもしれない。 - 土と大根の辛味や栽培のしやすさとは関係あるか。
→辛味は土壌というより気温と関係しているようで、夏の大根は辛い傾向がある。土壌というと、石川県の砂地で大根を栽培しているところを訪ねたことがあるが、軽々と抜くことができた。掘り上げ等、大根は収穫時の作業性も重要だと思う。下ぶくれ型や側根が発達していると抜きにくい。桜島大根も火山灰の土壌、鹿児島の気候が関係して、あのような大型のものができるのだと思う。 - 研究していて楽しかったことは何ですか。
→ウリ科の研究をしているときに、うどんこ病の強さに関係するメロンのDNAマーカーを見つけ、マーカーの結果と病気の強さが一致した時。