くらしとバイオプラザ21ロゴ
  • くらしとバイオニュース
  • ゲノム編集魚に関する勉強会 開催

    2021年11月8日、12日、生活協同組合コープこうべ(以下 コープこうべ)、生活協同組合連合会コープ九州事業連合(以下 コープ九州)のみなさんと、ゲノム編集技術で作られた魚に関する勉強会を開きました。ゲノム編集技術でつくられた肉厚タイが9月、成長の早いトラグフが10月に上市され、ゲノム編集技術の水産分野での利用について関心が高まっているからです。水産技術研究所 主任研究員 正岡哲治氏をお招きしました。オンラインでお話をうかがい、ブレイクアウトルームの機能を利用してグループディスカッションを行いました。その後、メインセッションに戻って全員で質疑応答を行いました。

    写真

    コープこうべのワークショップを終えて

    写真

    コープ九州のワークショップを終えて

    主な内容

    食料生産

    人類は1万年以上前から農耕を始め、食料増産の努力を重ねてきた。
    栽培・飼育・培養の方法(餌、土地改良、方法)を開発し、使う生物(植物、動物、微生物)も開発・改良してきた。その結果、多収で、可食部が多く、早く成長し、種や実が飛び散らず、味がよい作物ができた。飼いやすい家畜、鑑賞用の愛らしい色の金魚などもできた。なかにはオーロックスという牛のように原種は滅亡してしまって家畜だけが残っている生物もある。

    育種とは

    生き物を人の都合の良い性質にすることを「育種」という。生き物の性質が親から子に伝わることを「遺伝」といい、伝えるものは「遺伝子」。遺伝子の物質としての実態はDNAやRNAという化学物質。
    DNAは4つの塩基の並び方で情報を表す。精子や卵子のDNAを子が受け継ぎ、DNAの違いが個性、ひいては多様性を生む。育種の歴史の中で、作物や家畜のDNA配列が変わってきた。DNAについて知らなり時代でも、私たちは、うまく性質が変わったものを選んで、よい作物や家畜を手に入れた。

    魚介類の養殖における育種の背景

    海や川の魚や貝などを水産資源という。
    作物に比べて育種の歴史は浅いが、「採る漁業から育てる漁業への転換」が起こった。
    1960年 海の水産資源を再生産する技術がでてきて、成熟促進や飼料生物の培養などが始まった。
    1970年 養殖(稚魚を集めてきて大きく育てる)が始まる。毎年、数パーセントずつ、生産は増加している。有料系統を作って、高品質化、安定供給をめざすようになった。しかし、サケや観賞魚に限って言えば、優良系統の作成のため、100年の育種の歴史がある。

    魚介類の育種の目標と育種方法

    目標はいくつかある。

    • 成長促進:コストカット、増産・増収→タンパク質増産、価格安定
    • 耐病性:生産ロス削減、薬代削減→価格の安定や安心・安全な食材提供
    • 風味の向上
    • 機能成分や医薬成分の生産
    • 体色や形態変化:よりよい観賞魚

    作り方もいろいろある。交配選抜が中心。

    • 交配選抜:いい親を選んでよい子をつくり、それをいい親にして繰り返す。
    • 1980年代 DNA情報を活用した育種
    • 2010年以降、ゲノム編集技術も利用。

    ゲノム編集技術の応用

    手順は、まず、いろいろな野生集団からよい性質をもった魚を選ぶ。たくさん生まれる子からよい子を選んで親にする。次の世代でよい子を選ぶ。こうして、7-8回交配しないといけないので、10-30年かかる。この飼育期間中は飼料、資金、労力を使うばかりで、収入がないので体力のない組織にはできない。
    ゲノム編集技術や遺伝資源をうまく使ったら、育種を効率化できるかもしれない。

    トラフグへのゲノム編集のやり方は、受精卵の細胞に細いガラス管で人工制限酵素のRNAやタンパク質をいれる。RNAは核ゲノム(DNA)には入らず、細胞の中でRNAは人工制限酵素をつくる。人工制限酵素はDNAの狙った場所を繰り返しきるので、変異が入ったり、入らなかったりする。人工制限酵素は体内で消えていく。
    魚の個体には変異がある細胞とない細胞がモザイク状になったり、異なる形の変異が入った細胞が含まれたりする。
    ゲノム編集した個体からは、変異のある精子や卵、変異のない精子や卵、異なる変異をもつ精子や卵ができる。それらの精子と卵から産まれたゲノム編集魚と通常の魚とかけあわせる。その子には変異がある魚とない魚ができる。ひとつの染色体に変異が入っている(ヘテロ)同士をかけると、1対の遺伝子に変異が入った(ホモ)個体ができる。ゲノム編集した魚の誕生!2回の交配で変異の入った(ホモ)個体が得られ、驚くべき期間の短縮化!

    開発事例

    • 肉厚マダイと高成長トラフグ
      マダイの可食部は4割。ゲノム編集で可食部が1.2倍のマダイができた。2021年9月、このマダイの届出が厚労省と農水省に受理された。
      高成長トラフグはゲノム編集で食欲抑制がきかなくなっている。2021年10月 厚労省と農水省への届出が受理された。これらは京大ベンチャー「リージョナルフィッシュ」が作出した。
    • 事前相談された内容
      食品としての安全性では、アレルゲンや既知の毒性物質が増えていないか。特定の成分の増減はないかの、特定の成分の増加・低減でヒトの健康に影響は生じないかの確認を行う。トラフグの場合は、可食部に毒がないことを確認し、自治体の条例に従い、肝臓、卵巣などの毒のある部分を処理して販売される。
      環境影響評価について。魚の養殖では、「閉鎖系循環式陸上養殖」と「かけ流し式陸上養殖(海や河川の水を使い、フィルターでろ過して、紫外線殺菌して海や河川に出す)」で環境に影響を及ぼさないことを確認している。
      リージョナルフィッシュ社は、商品には、すべて表示する意向。トレーサビリティを確保する。理解した人に使って(食べて)もらい、生産や流通に関わる人たちには教育をうけてもらうのが、リージョナルフィッシュ社の方針。
    • 養殖しやすいサバ・マグロ
      サバの稚魚は共食いがひどい。ゲノム編集で攻撃性(ホルモン受容体アルギニンバソトシンを壊す)をおさえると、飼育しやすくなる。
      クロマグロは、光や音に驚いて急速に泳いで衝突死する。成魚になるのは約半数。ゲノム編集でリアノジン受容体をこわし、急に泳ぎまわったりしなくなることで衝突予防。
      魚の家畜化による食糧増産と安定供給を図りたい。そのためには、成長がはやい、可食部が多い、養殖しやすいことが大事で、これらをゲノム編集で実現しようとしている。

    リスクについて

    「リスク」とは、好ましくないことが起こる可能性のことで安全性に近い意味。リスクゼロはない。
    「リスク評価」とは、どんなよくないことか、どのくらいの規模か、どのくらいの強さかを調べること。評価によって使うかどうかを判断することになる。安全性評価に近い。
    「リスク管理」は安全性確保に近い。私たちはリスク管理をしながら暮らしている。
    「リスクコミュニケーション」は関係者が話し合い、情報を共有すること。行政へは、パブリックコメントやタウンミーティングを通じて私たちの意見が伝わる。これもリスクコミュニケーション。
    食品にはリスクがあるが、摂取する量が大事。食品に有害物質が含まれていたら加熱で分解したり、除去したり、量を考えて適切に扱えばいい。 食品のリスク管理では、保存、冷蔵、冷凍、真空保存、加熱保存などが行われている。ジャガイモの毒のある芽をとるのもリスク管理。

    質疑応答(〇はコープこうべとコープ九州の皆様、→は講師の発言)

    • 届け出制を無視して生態系を壊す人への防止策は
      →生態系をこわすのは犯罪なので警察の担当。環境省中心に保全の活動をして監視していく。教育にも期待したい。
    • ゲノム編集食品の安全性の確認にはどのくらいの時間がかかるのか。
      →時間よりもどこまで詳細に調べるか。1年以上かけて提出されたデータを詳細に確認している。データを効率よくとれると、安全性担保のためにかかる時間はその分短くなるだろう。行政、有識者に提出するデータを効率的にそろえられるかで時間は変わる。
    • 既存の養殖魚や普通の作物と同じ価格になるのはいつごろ
      →費用がかかるため陸上養殖の魚は海の養殖魚より高い。ゲノム編集タイの価格はわからないが、普及の度合いなどによって変わるだろう。
    • 加工品の表示はどうなるのか
      →開発者は加工品にも表示を求めるという。表示に協力する外食産業、加工業者に渡したいそうだ。
    • ハサミの遺伝子が残っていても安全なのか。ハサミは除去できるのか。
      →行政も注意しているところ。現在の技術で確実に残存がないことを二つの方法で証明するように指導している。
    • 安全性への不安は今日のお話で減った。
      →専門家、行政との議論の場を増やしたり、ネットを使って情報を得られるようにしたりして、届け出情報も公開していく。専門家のアウトリーチ活動も重要。学会も消費者の意見を取り入れて議論して努力しているところ。
    • サバ、マグロがおとなしくなると、運動量が減って味はどうなるのか
      →食べたことはない。運動していると身がしまる。野生のウナギを食べえると身がしまりすぎあっさりしていて、養殖ウナギよりおいしいと感じるかどうか、と思ったことがある。今は柔らかく脂ののった食物が好まれる傾向があり、運動量が減ってもおいしいと思う。
    • クリスパーキャスナインは食べても大丈夫か。
      →核酸を私たちは普段から食べている。クリスパーキャス9がもし残っていても、核酸を食べるだけなので味は変わらない。微量の核酸を食べても安全性は変わらない。
    • マダイの筋肉増強抑制遺伝子は働かなくていいものなのか
      →筋肉増強を抑える意味は何かということ。肉厚マダイは丸くて泳ぐのが下手。エサをとったり、大きな魚から逃げたりできないだろう。自然界では筋肉がありすぎると生き残るのが難しいかも知れない。養殖タイは自然界で生きるのではなく人が餌等を管理しているので問題ないと思う。
    • オフターゲットの評価の仕方
      →目的外の場所に変異が入っていることをオフターゲットという。親兄弟のオフターゲットの入りそうな場所を事前に探しておいて、そこに入っていないことを確認している。オフターゲットは、普通に自然界で親から子に遺伝子が伝わる際に入っている。オフターゲットが起こっていても危険とは限らない。これまでの農林水産物にもオフターゲットはあるはずだが、調べたり報告したりせずに利用している。
    • GABAトマトを栽培してみて、見た目では違いがないことを知った。養殖しやすいマグロなど、見た目で分からない農林水産物に求める形質が付与されているかは出荷前に調べるのか
      →出荷される多数の個体でターゲットの配列を調べると費用と労力及び時間がかかり、現実的でない。親の遺伝子を確認しておけばよい。
    • リスコミにおけるマスコミの役割についてどう考えているか
      →取材を受けるときは、正確な情報を届けてほしいと思っている。正確に伝えてもらえるように、マスコミの求める情報や映像を渡すようにしている。
    • 実用化したとき、どこまでコストダウンできるか。安く供給できるか
      →陸上養殖は施設にも水処理にも費用がかかる。飼料代もかかる。どのくらい普及し、規模を大きくできるか。そうなると、安くなるのではないか。
    • 普及は何年後か
      →陸上養殖が産業として成り立つかが難しい課題。現在はパイロット段階。資本力がある企業でないと難しいだろう。社会の需要はどれくらいかによる。1-2年では無理で10年くらいかなというのが、個人的見解。
    • 国外の状況は?消費者の受容状況
      →魚では日本はトップランナー。中国は成長の早いコイに取り組んでいる。欧州は研究レベル段階。高オレイン酸ダイズの油はアメリカで出回っている。表示をしたが、消費者は表示に関心を示さず、表示をやめたそうだ。
      褐変しないリンゴ、マッシュルーム(米国)も実用化しているが、どこまで普及しているかはわからない。
    • 魚では受精卵にRNAを導入できるのか
      →RNAは細胞でハサミの酵素(制限酵素)をつくる。細胞の中で増えたりしない。制限酵素はDNAに変異をいれる。魚は植物と違ってRNAが効率的に働く。入れるRNAはごく微量で制限酵素を作り、細胞の新陳代謝でRNAを消える。そもそもRNAは働いた後、細胞内で壊されるもので、1週間くらいで分解する。
    • 環境影響評価について。魚は自然界に逃げ出すのではないか。そのうちに経費が削減できる海での養殖になるのではないか。
      →まさに議論してきたところ。今回は陸上養殖ということで受理した。海での養殖については、議論が必要だが、対策も考えている。破れない二重の網にする、育てる場所には交雑する魚がいない場所を選ぶ、逃げても交配できない。回遊魚は時期といる場所がわかっているので、いない時期を選ぶ。逃げても交配できないように不妊化する方法もある、3倍体にすれば不妊になる。バナナ、種無し果実、ご当地サーモンなど、3倍体が商品化しているものもある。
    • 他の魚種で可食部を増やせるか。ブリ、カンパチなど
      →技術的に可能だが、陸上で飼うには課題が多い。カンパチには広い水槽が必要で、水処理も大変で、なかなか進められない。
    • ゲノム編集食品の表示について
      →遺伝子組換えとゲノム編集の表示は別のものと考えてほしい。ゲノム編集では、自然突然変異と区別がつかないので義務表示はできないが、開発者の意向で任意表示が行われている。トマトと魚の開発者は表示を続ける意向。消費者の要望で表示が継続されるかは変わるのではないか。
    • 海外から入ってくるゲノム編集食品には不安があるが、輸入品への水際対策はどうなっているのか。
      →よくわからないが、海外での利用状況をみて判断されるのではないか。遺伝子組換えでは表示がなくて混乱してしまった。この経験を活かしていくはず。農林水産省と消費者庁は国内と輸入は同じ扱いをすると言っている。
    • ゲノム編集技術の食品への応用に限界はあるのか。
      →ゲノム編集でできることは限定的。基本的に今までの交配と、変異のスケールは変わらない程度のことしかできないだろう。選抜交配によるより期間が短縮化、効率化されるところがゲノム編集の特徴。
    • 消費者の理解や受容の状況は
      →生育が早いので生産者の関心は高いが、消費者が買うかどうかが生産者は気になっているようだ。
      サナテックシード社の栽培モニター、リージョナルフィッシュのクラウドファンディングなど、遺伝子組換えとは異なるコミュニケーションが広がっていて、注目している。
    © 2002 Life & Bio plaza 21