バイオカフェ「科学でひもとくくらしの衛生」開かれる
2021年10月22日、バイオカフェ「科学でひもとくくらしの衛生~見えないウイルスを想像して対策の意味を考えよう」をオンラインで開きました。お話は昨年、千葉県立現代産業科学館でもお話しくださった、花王㈱研究開発部門 永井智さんです。ワクチン接種が普及し、患者数は減りましたが、日々の衛生はおろそかにできないと考え、お招きいたしました。
主なお話の内容
【はじめに】
私たちは交通事故など様々なリスクの中で生活しており、それらのリスクの大半はゼロにはできず減らすことしかできない。各自がそれぞれの暮らし方や事情に合わせて、できるだけ効果的で無理のない対策を組み合わせて続けることが大切であろう。交通事故リスクではクルマが目に見えるが感染症リスクでは病原体が見えないので想像力を働かせる必要がある。そのためには科学的な理解が役に立つであろう。基本の対策を科学的に理解して、いましばらく根気強く継続してほしい。
【身の回りのウイルスのイメージ】
新型コロナウイルスは約0.1ミクロン程度の粒だが、単独で浮遊しているわけでは無く、もっと大きな1~500ミクロン程度の飛沫として飛んでいる。例えばグラニュー糖(約400ミクロン)を下敷きに載せて口元でフッと拭けばポトリと落ちるだろう。小麦粉(約20ミクロン)で同じことをやれば1m離れた相手の顔に届くだろう。煙(0.5ミクロン)ならそのまま漂い続けるだろう。同じ「ミクロン」でもその振る舞いは大きく異なる。
また、手やテーブルの表面はウイルスの大きさと比べれば桁違いにデコボコであり、その様なデコボコの中で飛沫に由来するネバネバ成分(ムチン等)や皮脂や汚れにウイルスが埋もれている状態が実態に近い。こういったイメージを持って、感染経路と対策を考えてみたい。
【感染経路】
グラニュー糖くらい大きな飛沫は大量のウイルスを含み、ポトリと落ちて目の前のものに付く。それを触った誰かの手にウイルスが移り、その誰かが自分の目口鼻を触って感染のパスが通ることを接触感染と呼ぶ。小麦粉くらいの中くらいの飛沫が相手の目口鼻に直接着弾して感染のパスが通ることを飛沫感染と呼ぶ。煙くらい小さな飛沫が空間を漂って相手がそれを吸い込むことで感染のパスが通ることをマイクロ飛沫感染と呼ぶ。新型コロナウイルスの場合、リスクは高い順に「飛沫感染」、「接触感染」、「マイクロ飛沫感染」であるとされる。この順に対策の基本を振り返ってみたい。
【飛沫感染対策】
飛沫感染対策の基本は「3密の回避」のうちの「密接の回避」と「密集の回避」である。これらを前提としたうえでマスクの着用が有効であるがマスクにはほぼ確実に漏れがある。漏れの個人差はとても大きく、おそらく顔へのフィッティングが影響している。なので高性能素材よりもまず顔にフィットさせることを意識して欲しい。もしも選べるならば「VFE(またはBFE)99%カット」と書いてあるものが無難であろう。また高性能であるがゆえに極端に息苦しいものは漏れが多くなって逆効果の可能性がある。言い換えれば顔にフィットしていてあまり息苦しくないのに「VFE・BFE・(PFE)99%カット」な製品は良いものだろう。デルタ株の出現により「飛沫感染」、「接触感染」、「マイクロ飛沫感染」の全てのリスクが高まり、もともと小さな飛沫が苦手だったウレタンマスクはマイクロ飛沫感染対策としては不十分であると考えられる様になってしまった。
【接触感染対策】
あなたが3密を回避してマスクをしていても接触感染は防げない。マスクを着用しそもそも飛沫を散らかさない、共用物は使う前や使った後に拭く、こまめな手指衛生などが有効だがどれか一つで完璧とは言えない。ここでは手指衛生について紹介する。
まず、手やテーブルのデコボコの中でネバネバ成分や皮脂や汚れに埋もれたウイルスにアルコール消毒剤は届きにくい。さらにアルコール消毒剤の実際の使用場面では、そもそも指先に消毒剤が行き渡っていない場合や、消毒に必要な時間(15秒)未満で乾いてしまっている場合などが散見される。アルコール消毒剤は、ポンプを最後まで押し切って十分量を手の平に取り、液がたっぷりあるうちに指先を消毒し、親指も忘れずに、15秒以上かけて手に馴染ませるのが正しい使い方である。
また、手指衛生の基本はアルコール消毒ではなく手洗いであり、機会があるたびにしっかりと手を洗い、汚れを減らしたうえで、アルコール消毒剤を活用してほしい。アルコール消毒よりも手洗いが推奨されるもうひとつの理由として、ノロウイルスなどの非エンベロープウイルスは一般にエタノールなど薬剤に強い性質を持つため、いつかやってくる次のウイルスに備える意味でも手洗いの習慣を身に着けて欲しい。
エンベロープウイルスである新型コロナウイルスについては、アルコールだけでなく界面活性剤にも不活化効果があることが知られている。界面活性剤には陽イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤などの種類があるが、エンベロープ表面のマイナスの電荷とひきつけあうプラスの電荷を持った陽イオン界面活性剤が特に有効である(検索: 「NITE 界面活性剤」)。
ただし効果がある成分が入っていさえすれば良いというものではない。効果の高い陽イオン界面活性剤にそこそこ効果の高い陰イオン界面活性剤を混ぜると効果が失われるなどの場合がある。成分ではなく製品で効果を確認していそうな、できるだけ信頼できそうなメーカーの信頼できそうな製品を選ぶのが良いだろう(検索: 「北里大学 消毒薬」)。
【マイクロ飛沫感染対策】
世界的に有名なマイクロ飛沫感染の例として中国でのレストランの事例がある。循環型エアコンしか無い環境では窓開けや換気扇を使った換気が必要になる。また空気は案外、混ざらないので対角換気や換気扇、扇風機などを活用し、空気を大きく動かすことをイメージして換気して欲しい。また日本の大型施設では法律で一定の換気が義務付けられているが、デパート地下でのクラスタ発生を鑑みると「密」を感じたら逃げ出した方が良いだろう。
【最後に】
デルタ株といえど「新型コロナウイルス」の仲間なので対策の基本に変わりはない。去年の春頃の新型コロナウイルスが怖かった頃を思い出してリスクに慣れすぎず、「自分が感染しないため」だけでなく「誰かの大切な人に感染させないため」に、いましばらく、根気強く、基本の対策を実践してほしい。
話し合い(〇は参加者、→はスピーカー)
- マスクの目的は外から入るのを防ぐより、自分が発するのを抑えると思っていたが、その認識でいいのか。外から入ってくるものの制御も期待できるのか。
→両方だが、出すのを制御する方が大きいと思う。出る飛沫の方が多く、総じて飛沫が大きいためウイルスも多く、これをくい止める意義が大きい。 - ウレタンマスクと不織布マスクの違いは目の大きさによるのか、不織布マスクはセルロース製で親水性が高いからだろうか。
→不織布マスクにはポリオレフィン(ポリエチレン、ポリプロピレンなど)繊維が用いられる場合が多く、セルロース系繊維(合繊ならレーヨンなど)はあまり用いられないため、親水性はウレタンマスクの方が高いだろう。静電気の影響の可能性も考えられるが、主にマスク素材の目開きの違いが影響していると考えている。 - エアロゾル感染はインフルエンザでは重視されてきたが、コロナでは重視されてこなかったように思う。最近、主な新型コロナウイルスの主な感染経路はエアロゾル感染だというニュース等を見かけるがどうなのか?
→デルタ株ではエアロゾル感染だけでなく全てのリスクが増しており、主な感染経路が変わったとは思わない。「主な感染経路はエアロゾル感染」だという主張や報道は、皆がソーシャルディスタンスやマスク着用を守っている状態を前提に考えれば、残る経路としてエアロゾル感染が主となる、という考え方だと理解している。 - デルタ株の感染力があがるとはどういうことなのか。
→感染者のウイルス量が従来株よりも1,200倍多いという報告がある。またヒト細胞への感染力が2倍になっているという報告もある。またヒトの免疫を回避するという説もあり、様々な研究が進められている。 - 手洗いチェッカーとブラックライトの使い方を詳しく教えてほしい。微生物の授業のときに利用したい。
→蛍光物質の入っている手洗いチェッカーをまんべんなく手につけてから手を洗い、ブラックライトで光り具合を見て、手洗いの効果を観察する。がっかりする位、洗い落とせていないことがわかる。質問者の言われるように、手に蛍光物質がまんべんなく付着したかを、手洗い前に確認したほうが、差がわかっていいと思う。
手洗いチェッカーは、日常生活ではあり得ない量の「汚れ」を手に付けているわけだが、普段の生活のありのままの汚れを見せようと思うと、最初にハンドスタンプで手についている微生物の状況を見せる方法があるが、培養時間が掛かってしまう。 - 小学生への授業で。手洗チェッカーは手洗いではなかなか取れないので、でんぷん糊を手につけて、イソジンなどヨウ素液を噴霧して青くなることを確認し、手を洗ってヨウ素液を噴霧すると青くならないので、手洗いででんぷん糊が洗い流せたことを確認させている。
→とても良い方法だと思う。手洗いチェッカーは本当に落ちにくい。一方で手の表面の凸凹に入り込んだ汚れがいかに洗い落としにくいことを伝えるためのツールとしては使えると感じる。 - 以前に手洗いチェッカーを使った手洗い体験で、一番洗えていたのは小学生だった。
- 空気感染とマイクロ飛沫感染の違いは何か。
→空気感染、マイクロ飛沫感染、飛沫核感染、エアロゾル感染は言葉が生まれた分野や経緯が異なり、今のところどれも散ったらそのまま漂い続ける粒子として、おおよそ似たイメージで理解されている。厚労省では空気感染は結核と麻疹についてのみ使用している。例えば結核菌は上気道では感染せず、肺胞マクロファージで感染するため空気感染を特別に扱う必要があり理にかなっている。新型コロナウイルスに対しては、今の定義が曖昧なままでこれら4つを区別して考えることにさほど意味はなく、対策として密閉の回避と換気が重要だと考えれば良いと思う。 - 空間消毒は有効か。
→理屈のうえでは空間消毒は有効だと思うが、ヒトへの安全とのトレードオフが問題。オゾンや次亜塩素酸を何時間か、十分な濃度で人のいない部屋にすみずみまで充満させる様な使い方なら一定の効果が期待できるだろうと思う。 - マスクには手に着いたウイルスを口や鼻に入らせない効果があると思う
→そう思う。鼻や口のまわりがかゆい時に、マスクの上から触るのは意味があるだろう。一方でうっかり不顕性感染者がマスクの下に指を入れて掻いてしまうと指はひどく汚染されるろうからその指であちこち触らないなどの注意が必要だろう。
*新型コロナウイルスは眼にも感染するのでその点については別途注意が必要。 - 新型コロナウイルスはエンベロープ型でアルコール消毒剤が効くのが不幸中の幸いだったという話があった。飛沫感染する非エンベロープ型の感染症はあるのか。
→非エンベロープウイルスの代表としてノロウイルスがあるが、ノロウイルスの代替として実験によく用いられる非エンベロープウイルスの代表例としてマウスノロウイルスとネコカリシウイルスがある。このうちネコカリシウイルスはネコの呼吸器感染症をもたらすウイルスのため、非エンベロープウイルスが飛沫感染による呼吸器感染をもたらさないということは無いだろう(席上では誤ってマウスノロウイルスと表現)。*またアデノウイルスも非エンベロープだが飛沫感染をもたらす。