GABA高蓄積トマトをめぐるコミュニケーション
2020年12月、厚生労働省はゲノム編集でつくられたトマト「シシリアンルージュハイギャバ」の届出を受理しました。届出第一号です。現在、日本各地で数千人の人が栽培モニターとして、このトマトを栽培しています。
GABA高蓄積トマトの届出受理
このトマトにはGABAというアミノ酸が多く蓄積されています。GABAは、γ-アミノ酪酸(gamma-Aminobutyric acid)の略称で、高血圧や不眠が気になる人に向けた機能性表示食品の中では、最も多く400種余りが出回っている成分です。
GABAは、トマトの中でTCAサイクルを経てつくられるグルタミン酸に、GAD酵素が働いて合成されます。GADはストレスがかかって酸性になると、蓋が外れてGABAの合成を始めます。ゲノム編集技術により蓋を取り除いたところ、多くのGABAを蓄積するようになり、他の栄養成分の含有量は変化しませんでした。こうして、サナテックシード株式会社は、「シシリアンルージュ」という加熱用のトマトにGABAを多く蓄積させることに成功しました。
このトマトは、1年以上の事前相談を経て、遺伝子組換え作物に求められる、食品としての安全性確認や環境影響評価が不要であることが確認され、受理となりました。届けられた情報は以下に公開されています。
https://www.mhlw.go.jp/content/000704532.pdf
オンライングループ「育てるひろば」
サナテックシード株式会社は、届出受理直後、苗の無料配布希望者を募集しました。すると予想を超える応募があり、2021年2月末、5,000人の希望者をもって募集は終了しました。5月から全国の希望者に4本の苗、肥料、栽培方法を記したテキストが郵送され、「栽培モニター」の活動が始まりました。
栽培モニターは、路地、ポット、水耕栽培など、それぞれの方法で栽培を始めました。そのうちの約1,200名は「育てるひろば」というライングループに登録し、意見交換をしたり、栽培状況を報告しあったりしています。栽培モニターには、生産者、市民農園で何十年も栽培経験のあるベテランもいれば、筆者のように初めて野菜栽培をする人も混ざっています。ですから、「育てるひろば」には、栽培のコツのような専門的な意見も、「この葉は病気でしょうか」というような写真付きの質問も寄せられます。これらの対話に対し、栽培、GABAの機能、ゲノム編集技術、規制の専門家である複数の事務局スタッフが解答したり、意見を述べたりしています。対話の中から、栽培モニターが体験的に得た有意義な知見を報告することもありました。双方向性の高いコミュニケーションが活発に行われており、栽培モニター対象のアンケートも行われています。ZOOMでの勉強会も開かれました。
これまで遺伝子組換え技術、クローン技術など、先端バイオテクノロジーを使った育種はおこなれてきましたが、、口に入るものとなると懸念や不安を抱く人も少なくありませんでした。これらの経験を経て、この「シシリアンルージュ ハイギャバ」はどのように消費者に届けようか、議論されてきました。そして、いきなり、関心の高い人に手渡すという方法がとられました。
この斬新なオンラインコミュニケーションの今後の展開に注目していきたいと思います。そして、ラインで交わされた対話の記録やアンケート集計結果からは、サイエンスコミュニケーションの貴重な知見が得られることでしょう。