1ifiaJAPAN2021 リスコミセッション「ゲノム編集食品の安全性と規制について」
2021年5月14日、ifia2021(みなとみらい)でリスコミセッション「ゲノム編集食品の安全性と規制について」を開きました。お話は、明治大学農学部教授 中島春紫氏でした。新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言下、例年に比べると出展者も参加者も少ないようでしたが、大阪からおいでくだるなど、熱心に聞いてくださる方が集まりました。また、ビデオ配信とのハイブリッド開催で遠方で視聴したかったという声も寄せられていました。
主なお話
遺伝子組換え生物とは
カルタヘナ法とよばれる法律で規定される遺伝子組換え生物の最大のポイントは、外来の遺伝子を持つため自然界に存在しえないこと。開発された生物が、閉鎖系(第二種使用)から、野外栽培へ(第一種使用)へと進むためには、安全性および環境影響評価などの厳格な審査が必要。第1種使用に到達するときのハードルはとても高く、申請者の負担も大きい。
最も多く使われている遺伝子組換え作物のひとつが、大豆やナタネなどで開発されている除草剤耐性作物。たとえば、除草剤のラウンドアップはすべての植物を枯らす除草剤で、散布するとすべての植物を枯らすが、ラウンドアップが効かない微生物の遺伝子を組み入れた遺伝子組換え作物は枯れず、雑草だけが枯れるようになる。ラウンドアップの成分は環境にもヒトにも安全であり、非常に使いやすい除草剤である。
除草剤とは異なり、殺虫剤は人畜無害というわけにはいかない。トウモロコシを食害するアワノメイガのように茎の中入る虫を駆除するのは難しい。その点、Bacillus属の細菌が生産するBTタンパクは選択性が高く、チョウ目の昆虫のみに効く。この遺伝子を作物に導入してBTタンパク質を生産させる。アワノメイガなどの害虫にだけ効果があるので、環境とヒトへの安全性は高い。
開発・利用されている遺伝子組換え作物はダイズ、トウモロコシなど大規模に栽培される物に限られている。安全性審査を含む開発に資金がかかるため、品種の多い米・麦・野菜などでは実用化されていない。
遺伝子組換え食品の安全性評価
食品としての安全性は、食品安全委員会 遺伝子組換え食品等専門調査会で、科学的な観点で評価している。比較対象となる非組換え作物と比較する形で、導入遺伝子産物の安全性および非意図的な変化に関するデータを評価する。また、アレルギーの誘発可能性について、アミノ酸配列をアレルゲンのデータベースとの比較、および人工胃液・人工腸液による分解試験などからチェックする。それでも疑いがあると、アレルギー患者5人程度の血清でクロスチェックする。
遺伝子組換え食品添加物では、高度精製食品添加物については、挿入したDNAもそのタンパク質も残っていないことが確認されれば、遺伝子組換え技術を用いていても遺伝子組換えとは見なさない。
日本は青いバラを除くと遺伝子組換え作物の商業栽培を行なっていないが、米の生産量の2倍近い量の遺伝子組換え穀物を輸入している世界一の輸入国である。
ゲノム編集技術
真核生物は2重鎖DNAが切れると、何がなんでも再連結しようとする(非相同末端組換え)。無理してでも連結するから変異も入りやすい。この時、切断部位に相同な配列をもつDNA断片が存在すると、DNA断片を鋳型としてDNA鎖を修復する(相同末端組換え)。この性質を利用して遺伝子をコードする長い外来配列を導入することも可能である。外来遺伝子が導入された場合は、遺伝子組換え食品としての規制対象となり、厳格な安全性審査を受けることになる。
CRISPR/Cas9法とよばれるゲノム編集技術では、ガイドRNAを設計することにより切断部位を自由に選ぶことが可能である。 現在、ゲノム編集生物とされるものは、ゲノム編集技術で染色体DNAの特定の部位の二重鎖が切断され、自然修復により突然変異が導入されたものである。ゲノム編集技術を応用した食品の販売を行う場合は、厚生労働省に届出を行ない、届出が受理されると概要が公開されて一般販売が可能となるルールである。届出にあたっては、事前相談という形でゲノム編集食品に関するデータを提供し、専門家により精査される。ここでは、ゲノム編集の目的と遺伝子の変異、外来遺伝子が含まれていないこと、オフターゲットの可能性および毒性が生じる可能性などについて、現実的に可能な限り審査される。
ゲノム編集技術では作物が元来保有する遺伝子が変異したものであり、できた作物と同じ配列を持つ作物が自然界に存在しうるが、遺伝子組換えはあるはずのない外来遺伝子を含むため自然界には存在しない。すなわち、遺伝子組換えは外来遺伝子を導入するプラスの遺伝育種であり、除草剤耐性・害虫抵抗性という性質が付加されている。また、外来遺伝子という証拠が残るので、確実に検出することができる。
ゲノム編集により切断部位に突然変異が起こると、多くの場合そこにある遺伝子が働かなくなることから、ゲノム編集はマイナスの遺伝育種といえる。このような変異は自然界でも起こりうることから、作出された作物がゲノム編集によるものなのか、自然突然変異によるものなのか、見分ける手段がない。すなわち、ゲノム編集では時間をかければ天然に発生しうる性質しか与えることができない。
開発中のゲノム編集を応用食品と規制・表示
- GABAトマト
2020年12月11日、血圧を下げる効果を有するGABAというアミノ酸が多く含まれるゲノム編集トマトの届出が受理された。グルタミン酸をGABAに変換する酵素の制御領域を破壊することにより、野生種のトマトの10倍以上のGABAが蓄積される。このトマトの事前相談には1年以上かかっている。現在のところ、事前相談のシステムは実質的には安全性審査に準ずる許認可制として機能している。 - 肉厚のタイ
ベルギー産の肉牛ペルジャンブルーは極端に筋肉が多い。この牛では筋肉の形成を抑制するミオスタチン遺伝子がほとんど機能を失っている。日本でも、このような牛が時折出現するが、飼育が難しく普及していない。一方、ゲノム編集技術を使って、真鯛のミオスタチン遺伝子を破壊することにより、肉厚の真鯛が開発されている。 - 事前相談
現在では、ゲノム編集技術を応用した生物を食品として利用する際には、任意ではあるが厚生労働省に届出を申請し、事前相談という形で安全性の確認を行うこととされている。ゲノム編集は天然の突然変異と確実に識別する手段がないため、ゲノム編集技術を使っていないと偽る悪質な業者を確実に取り締まることができない。それでも正直に申請する人だけが苦労するような規制にしたくないと考えている。 - 表示
遺伝子組換え食品には表示が必要であるが、これまで説明した通り、ゲノム編集技術を用いた食品であるかどうかは検知できないので、消費者庁はゲノム編集応用食品を義務表示の対象としていない。任意の表示であるが、ゲノム編集の事実と利点を自主的に表示することにより、消費者の理解を得ていくことが望ましい。 - 世界の対応
アメリカでは、外来遺伝子が残存するものは遺伝子組換えとして情報開示の対象であるが、ゲノム編集のように最終産物に外来遺伝子が残存しないものは対象としていない。これは「プロダクトベース」の考え方である。
一方、EUでは欧州司法裁判所から「開発過程で遺伝子組換え技術を使ったら遺伝子組換え食品として扱う」と判決が出ている。このような考え方を「プロセスベース」という。判決に対応したEUの規制方針はまだ示されていないが、実効性のある規制を策定するのは難しいと考えられる。
日本は、基本的な考え方はプロダクトベースだが、外来遺伝子が含まれていないことなどの確認を求める点で、部分的にプロセスベースの規制を取り入れている。