サイエンスカフェみたか「コケが緑の地球を作った」
2021年2月19日、サイエンスカフェみたか「コケが緑の地球を作った」が開かれました(主催 三鷹ネットワーク大学、企画 くらしとバイオプラザ21)。東北大学大学院院生命科学研究科 教授 経塚淳子さんがオンラインで、仙台からお話しくださいました。
お話の概要
初めての上陸した植物
太古の時代、地球は酸素濃度低く、二酸化炭素濃度が高く、陸上は生物が生きにくい環境だった。4.5億年前、初めて陸に上がった植物(基部陸上植物)はコケ類だった。コケが地球を覆い、根がある植物が生まれ、シルル紀の終わりごろにシダ類誕生。植物が頑張って酸素を増やしてくれたおかげで昆虫、魚と生物は陸に上がってこられた。やがて、種子ができるようになり、石炭紀には裸子植物(松、イネなど)が現れ江、被子植物も生まれていく。植物の進化とは、コケが他の植物になるのではなく、共通の祖先からコケに進化するグループが分かれ、また次にシダになるものが分かれていき、こうして多様化してきた。逆にいうと、今、地球上にある植物は、共通の祖先を持っていることになる。
これまで、動物が暮らせる環境をつくったのはシダ類と考えられてきたが、今は、コケが地面を覆って酸素ができて環境を変えたという論文ができている。確かに、地球の酸素濃度の上昇を調べたら、コケが陸上にあがってきた時期はあっている。
また、陸生と水生の間の植物の全ゲノム配列解析が進み、これまではシャジクモが陸上植物に近いといわれていたが、ゲノムを調べて接合藻類(アオミドロなど)が最も陸上植物に近いことがわかった。
厳しい陸上の暮らし
陸上は紫外線、乾燥、重力、貧栄養(水中には溶けていたミネラルがあったが、そのころの陸上には多細胞生物はいないので土壌に栄養はなく、そもそもコケには根がないので土壌の栄養はとれない)で、植物にとって厳しい環境だった。
そこで、貧栄養を克服するのに、アーバスキュラーマイコライザー(AM菌)という糸状菌と共生した。AM菌は菌糸を伸ばして植物内に入り植物から糖や脂質をもらい、植物にリンをあげている。
菌糸はとても細い所に入れる。土壌のリン濃度は薄く、必須成分だが得にくい成分。AM菌は植物の中に入ると、樹枝状体になり、トランポーターが糖などを運ぶ。AM菌は胞子として、土中にいて植物の根を感知して菌糸を枝分かれさせて伸びて植物にくっつき、植物体内に入り樹枝状体を拡げる。
私はAM菌がついた土が売られていることを知り、有機農法についても関心を持つようになった。改めて生物の関連を大事だと思った。本当に生き物は偉い!
植物がAM菌と共生を始めたのは、陸上植物の進化の少し前(4億6千万年前)からではないか。
現在の陸上植物の80%にAM菌との共生がみられる。それは、20%の陸上植物には共生をやめた理由があるはず。例えば、マメ科植物と根粒菌、ランとラン菌などの特有な共生は知られているが、AM菌との共生はずっと多い。一般に、植物は化石として残りにくい。デボン紀初期の化石で、スコットランドにライニーチャートという地層があり、ライ植物(古いタイプのシダで、根も葉もなく茎と仮根のみ)にAM菌と共生していたことがわかった。
現在のコケ植物とAM菌の共生
コケ類には、蘚類(きれいで庭園に使われる)、苔類(ゼンゴケなど駆除の対象になることもある)、ツノゴケ類の3つのグループがあり、共通の祖先があったことがわかった。
コケのモデル生物として研究されているのは苔類(タイルイ)のゼニゴケ。ゼニゴケは無性的にどんどん増える。また増え方はひとつひとつが規則正しく枝分かれをしていく。
今も生えているコケでは、ツノゴケ類と苔類だけがAM菌と共生している。蘚類は共生していない。共生させると植物に糖をあげなければならず、そのしくみ遺伝子を用意しなければならず、共生も簡単ではない。このように考えてくると、根を進化させたことのモチベーションもAM菌との共生だったのではないか、と思えてくる。
フタバネゼニゴケはAM菌と共生しているが、ゼニゴケはしていない。ゼニゴケは富栄養な環境で生きているので共生不要なのだろうと考えられている。
AM菌と植物とのコミュニケーション
種子植物は共生したいので、AM菌共生を誘う物質を出しているといわれていた。大阪府大 秋山康紀先生は、それが「ストリゴラクトン」であることを突き止めた。8トンの土を濃縮して、大変な実験だったそうだ。ストリゴラクトンは1966年、根の寄生植物の発芽促進物質としてすでに発見されていた。しかし、ストリゴラクトンは、根に寄生する悪い植物(ストライガ)を呼び寄せてしまう。なぜ根寄生植物をわざわざ呼び寄せるのかと思われていた。その理由はAM菌だった。ストライガは、世界的な重大問題で、宿主の維管束をストライガの維管束をつないで、宿主の栄養を横取りする。アフリカの乾燥地帯での被害は大きい。
根寄生植物の種子が地面にいっぱいあって、宿主植物が根を出すと、発芽して宿主が活きている間、ずっと寄生し、最後に自分の種をまいてしまう。ストライガは宿主植物がAM菌を求めて出したストリゴラクトンを感知する。AM菌との共生をやめるひとつに、ストライガに寄生されるリスクの回避があったのではないか。
苔とAM菌のコミュニケーション
植物にとって陸上での生活に、AM菌との共生は有効だった。苔もストリゴラクトンを使ってAM菌と共生していたのかが私の研究テーマ。
ツノゴケ類と苔類は4つの酵素をつくる遺伝子のセットを使って、ストリゴラクトンを合成する。共生をやめたゼニゴケの遺伝子を調べたら、酵素反応のための遺伝子のうちの最後の2つを失っていた。これは、初めはゼニゴケもAM菌と共生していたが、途中でやめたことを示している。フタバネゼニゴケは共生している。
ゼニゴケの研究は進んでいて、ゲノム配列も解明され、ゲノム編集技術が使え、遺伝子組換えもできる。苔類でAM菌と共生しているフタバネゼニゴケの遺伝子をゲノム編集でこわしたら、ストリゴラクトンが作れなくなり、AM菌との共生も起こらなくなった。このことから、ストリゴラクトンは苔とAM菌共生のために必要だったとわかる。また、人工的にストリゴラクトンを与えると、共生が始まることもわかった。陸上進出の条件はAM菌との共生で、それはストリゴラクトンの合成であった。植物はいろいろな種類のストリゴラクトン(植物ホルモン)をつくっている。宇都宮大学の野村先生と共同研究で見つけたコケのつくる出すストリゴラクトン「BSB」は祖先型のストリゴラクトンであるが、種子植物も持っている。
参加者はお話の間も、終わってからも自由に発言しました。太古の海でAM菌はどうして暮らしていたのだろうか、藻類と共生していたのだろうかなどの植物やAM菌に関する物から、コケの研究を始めたきっかけは何ですかという経塚先生への質問も飛び出しました。お話し中の質問も受け付けたために、終始、和やかでいろいろな人がかわるがわる発言して、対面で行っているような気持ちになりました。