オンラインワークショップ「ゲノム編集技術に関する学習会」
2020年12月9日、ユーコープの皆さんとオンラインでゲノム編集技術に関する学習会を行いました。話題提供は、明治大学農学部教授で食品安全委員会や厚生労働省などの先端バイオテクノロジーを用いて開発された食品の安全性審査に関わっている 中島春紫さんをお招きしました。お話の後はZOOM ブレイクアウトセッションの機能を使ってグループワークをとりいれて質疑応答を行いました。
主なお話の内容
遺伝子組換え作物の利用
日本はアメリカなどから300万トンの大豆と1500万トンのトウモロコシを輸入しており、ほぼ9割が遺伝子組換え(または不分別)。米の生産高(850万トン)よりずっと多い。ほとんどは家畜飼料や加工食品に使われている。
カルタヘナ法における遺伝子組換え技術の定義は、細胞外で加工した核酸を細胞に移入し、細胞分裂にともなって子孫に伝わること。同一の分類学上の種の核酸を導入するケース、自然界で起こりえる遺伝子の交換については遺伝子組換えにはあたらない。
遺伝子組換えでは自然条件下では起きないことを起こすので、検出手段とセットになっている。どのように組換えたかが確認できるから、規制することができ、刑事罰で実効性が担保されている。
遺伝子組換え作物は実験室⇒特定温室⇒隔離圃場の順で試験栽培を行い、第一種使用ができるようになり、一般使用が可能になる。研究用の閉鎖系で実施するのは第二種使用という。
組換え作物はどんな作物か
ダイズ:栽培は雑草との戦い。植物を全部枯らせる農薬に耐性をもつバクテリアがつくるタンパク質をつくる遺伝子を植物に導入する。
トウモロコシ:茎に入り込む害虫が厄介。栽培中には殺虫剤を5回くらい、虫が入りこむ前に散布する。害虫を殺すタンパク質にはCryI, II, IIIといくつの種類があり、影響を与える昆虫が種類によって限定されていて、選択性が高い。CryIはチョウ目にのみ効くので茎に入り込むアワノメイガの幼虫が死ぬ。アワノメイガ以外の害虫への殺虫剤散布は1、 2回ですむ。組換えの対象は消費量が多い、飼料用のデントコーン。このように大企業が開発するのは、ダイズ、トウモロコシ、ワタ、ナタネなど大量栽培される作物のみ。日本の耕地面積は世界の0.3%しかなく、大量の遺伝子組換え作物の輸入に依存せざるを得ない状況にある。
遺伝子組換え食品・食品添加物の審査
食品安全委員会では、食経験がある作物と組換えた作物の差を調べる。遺伝子組換えでは狙ったところに遺伝子が入れられないから不安といわれるが、同じ遺伝子でも導入した場所が異なれば別件として審査はすべて最初からやり直ししている。
アレルギー誘発の可能性は、まずデータベースでアミノ酸配列を調べる。そして、きっちりディスカッションし、必要があればアレルギー患者の血清でチェックしている。これまでにそれ以上の臨床試験まで必要になったケースはない。
ゲノム編集
真核生物には、DNAが切れたら、とにかくつないで元通りにしようとする性質がある。ゲノム編集技術では、つなぐときに起こるミスを期待したり、ガイドを入れたりして変異を導入し、品種改良に利用する。相同組換えのしくみで塩基の置換、外来遺伝子の挿入もできる。この技術の一番の強みはDNAの狙った場所を切れること。
ゲノム編集技術の中で、現在、最も使われているCRISPR/Cas9は2013年に登場した。任意に設計したガイドRNAが対応する配列を見つけるとCas9が切断する。バクテリアの免疫システムを利用したものである。バクテリアは過去に感染したファージの配列を切り取って覚えていて、同じ配列を切断する。
その前に行われていたゲノム編集はTALEN法。34個の繰り返しアミノ酸の中の13-14番目がDNAの塩基を認識するので結合するDNA配列を自由に設計できる。切断は2量体の切断酵素の会合により行う。切断ドメインの設計には3,000塩基のDNAを合成しなくてはならず、これに費用がかかる。
例)高オレイン酸ダイズ
トウモロコシ油、オリーブ油に比べてダイズ油に含まれる脂肪酸は二重結合が多く、そこが酸化して劣化しやすい。しかし、水素付加で二重結合を減らすとトランス脂肪酸ができやすくなる。
水素付加の必要のない高いオレイン酸ダイズが求められる。デサチュラーゼ(不飽和化酵素)をこわし、リノール酸の合成をとめて高オレイン酸ダイズができる。
例)エンドウ豆の花の色
花の色で説明すると、紫花のエンドウ豆にTALEN発現カセットを導入して紫花の遺伝子をこわし(T0世代 白い花)、自家受粉するとT1世代にはTALEN発現カセットが抜けた株(白い花)ができる。白い花の出現はTALEN法の適用のせいか、自然に畑で生まれたかはわからない。
ゲノム編集技術は3種類に分けられる。
タイプ3では、外部配列をいれるので、遺伝子組換えとみなす。タイプ2とタイプ1は従来育種でもつくれるはず。
キャベツ、カリフラワー、ブロッコリーは形が異なっているが、野生のカラシナを先祖に持ち、ゲノム編集を使わなくて生み出された品種であることは、よく知られている。これには長い年月がかかった。ゲノム編集を使うと、こういう育種速度を大幅にアップできる。
ゲノム編集技術応用食品の実用化
筋肉ができるのを抑制する遺伝子を働かなくした肉厚のマダイ芽が出ても毒を作らないジャガイモ
GABAが多く含むトマト
黒ずまないマッシュルーム
涙のでないタマネギ
これらは外来の遺伝子は使わず、自分の遺伝子の範囲で開発されている。
ゲノム編集技術の規制の方針
ゲノム編集技術を使った農作物は原理的に従来育種と区別できない。ここがポイント。オフターゲットを問題にしている声があるが、実際の従来品種はランダムな変異なので目的外のオフターゲットは無数に発生していると言える。
遺伝子組換え作物でも遺伝子を組換えた後の遺伝子の安定化と性質の確認のために7世代は交配している。従来育種でもゲノム編集でも、このような交配を行う過程で、有害なオフターゲットなどの表現形は除かれていると考えていいのではないか。
食品衛生法では食品の安全性確保が事業者に義務づけられている。届け出制では、事前相談により遺伝子組換えでないことを確認する情報が必要。目的どおりに標的が変化しているかを確認する。アレルゲンの発生の可能性についても可能な限りチェックする。
届け出制のためにチェックシートが作られる予定なので、これが埋められたら、流通できるようになる。
高度精製食品添加物
遺伝子組換え微生物の培養液を殺菌し、フイルターで菌体を除去し、洗浄し、結晶化により精製して、高度精製食品添加物はつくられている。タンパク質もDNAもないことが確認されると組換え体と全く区別がつかないので、遺伝子組換えとみなされない。
ゲノム編集技術を用いた高度精製食品添加物については、事前相談はするが届け出は求められなくなるかもしれない。事前相談を透明化し、提出資料もコンパクトにしていきたいと思っている。
本当の問題点
外来の遺伝子がないので、ゲノム編集技術を使ったかどうかの確実な検知方法はない。だから誰も確認できない。確認できないからといって、うそつきが得するような規制は機能しない。
ゲノム編集技術のリスクはその生物の持つ遺伝子の範囲だから、リスクも限定的で、従来育種をこえるものではないだろうと予想される。
ゲノム編集ベイビーのニュースのせいで、ゲノム編集技術への不安が広まってしまった。一方、アメリカでできたゲノム編集作物が日本でも流通する可能性あり、規制の運用を決めるのが急がれる。
届け出したものに表示を課すことには疑問がある。ゲノム編集応用食品に表示するのは難しいことはわかっている。届け出た物は表示しなくてよいとする方向で議論は進むのではないだろうか。厚生労働省がパブリックコメントを募集したら、皆さんも出してください。
質疑応答
ブレイクアウトセッション機能を使って、4つのグループに分かれて質問を出し合いました。各班のファシリテーターが質問を取りまとめて、他の班の質問と重複しないようにしながら順々に質問していきました。主な、質疑応答の内容は次のとおりでした。
- ゲノム編集技術の安全性は?
→天然育種と同程度の安全性があると考えられる。 - 食品の安全性を説明されても「DNAの変化」などイメージがよくないと思う人が少なくない。
→消費者庁を中心に消費者の理解が進むような取組みを検討中。皆さんからもアイディアをいただきたい。 - 実用化はすすむのか?
→種苗メーカーはいいものなら販売したいし、農家は売れるものなら作りたいと考えている。消費者がメリットを認めて浸透していくことを期待。 - 引き算(持っている遺伝子を働かなくするなど)だから、組換えでないとはどういうことか?
→ゲノム編集でも外来遺伝子を入れること(足し算)はできる。現在、広く使われているゲノム編集は、今ある遺伝子のどれかを壊すので、いわば引き算で新しい危険発生は考えにくい。足し算は何が起こるか分からないので詳細に調べていく。 - CRISPR/Cas9を入れることは、外来遺伝子導入に該当するのではないか?
→そうです。この段階は組換えである。これはEUと同じ考え。CRISPR/Cas9を交配などによって1世代で消せたら、以降の世代は、定義上は組換えでなくなる。 - 外来遺伝子がないというが、気持ち的に食べたくない。一方、食料難を考えると食料確保のための技術が必要となってくると思う。
→有機栽培でないと食べないという人がいるが、あらゆる技術を使って食料を確保していくべきだと思う。