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  • サイエンスアゴラ2020「食べる?食べない?ゲノム編集マダイ」

    2020年11月22日、サイエンスアゴラ2020「食べる?食べない?ゲノム編集マダイ」(JST「科学技術コミュニケーション推進事業。未来共創イノベーション活動」)が、オンラインで開かれました。
    木下政人さん(京都大学)によるゲノム編集マダイに関する話題提供の後、パネルディスカッション、オンライン参加者も交えた話し合いを、すべてオンラインで行いました。
    初めに主催者の小泉望さん(大阪府立大学)から多様なステークホルダーを招いて多様な意見を共有したいという趣旨説明がありました。

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    画面上の登壇メンバー

    木村先生の主なお話

    1.生き物とは何か

    ヒト・タイ・大腸菌は、いきもの(生物)には、増殖する・動く(動物)などの特徴がある。その起源は30億年前に誕生した単細胞生物。時間の経過に伴い、多くの生物が進化してきた。

    遺伝子とゲノム
    生物が生きていくための設計図は、DNAという物質でできている。A・T・G・Cの4種類の塩基からなる。音符により音楽が記載されるように、塩基のつながり方が生きていくうえで必要なタンパク質の作り方をコードする遺伝子。生物が持つ遺伝子一式をゲノムという。現在、約175万種の生物が存在する。生物進化の原動力が突然変異である。

    育種とは
    トウモロコシの原種とされるテオシントは、粒数が少なく見た目も違う。これが2000~4000年かけて人為的に改良された。これを育種という。

    ゲノムはいつ変わるのか
    放射線・紫外線・一部の化学物質などにより、ゲノムDNAに傷がつくことがある。多くは修復されて元通りになるが、まれにミスが生じる。これが自然突然変異である。自然突然変異を育種に活用する場合、前述のトウモロコシのように長い時間を要する。突然変異は放射線などを活用して、人為的に起こすことができる。ただし、変異の方向は定まっていない。時間がかかること、望ましい設計が困難ということは大きな欠点である。

    ゲノム編集技術とは
    新しい品種作成の新技術のひとつが「ゲノム編集」である。この技術の特徴は、DNAのねらった場所に傷をつけることで、生物は自力で修復するが、まれに修復に失敗して変異が起こる。この変異を利用する。ゲノム編集には3つの種類があるが、その中のひとつの「DNAを切り取って遺伝子を破壊する方法」を今回は使っている。現在、よく使われるのが「CRISPR/Cas9」である。細菌類に備わる免疫システムに由来する。Cas9はDNAを切断するハサミであり、18個のDNAが付属する。付属DNAは目的遺伝子のDNAと相補結合する塩基配列になっている。これを細胞内に入れると、目的遺伝子と結合し、Cas9が結合部DNAを切断する。切断されたDNAは修復されるが、一部でミスが発生し、複数の塩基が脱落することもある。するとフレームシフト変異(3つずつ塩基を読んでいく読み枠がずれる)が起こり、遺伝子は働かなくなる、つまり壊される。なお、ゲノム編集で遺伝子を導入することもできるが、私の研究では外来遺伝子を挿入しない。今回、使っているのは本技術を使った、マダイのミオスタチン遺伝子を働かなくした研究の紹介をする。ベルギアン・ブルーなどの肉用牛は、筋肉モリモリの牛で、ミオスタチン遺伝子が機能しない、自然突然変異でできた品種だ。ミオスタチンは筋肉細胞の増殖を制御する遺伝子である。
    この知見を基にして、マダイのミオスタチン遺伝子のノックアウトを試みた。受精卵を一列に並べ、ガラスの針でCRISPR/Cas9を注射する。10%程度の確率で魚肉量が増えたマダイができた。これらを従来のマダイと比較した。代謝物質の組成を比較したが、区別がつかなかった。

    2.遺伝子組換えとゲノム編集

    遺伝子組換えは新規機能(遺伝子)が導入されており、ゲノム内の位置も不明なことが多い。そのせいもあるかもしれないが、社会的受容に難儀している。
    これを参考にして、ゲノム編集の受容に努力したい。ゲノム編集は目的遺伝子が明確である。比較すべきは従来の突然変異と人為選抜による育種である。通常、50年程度必要である。ゲノム編集ははるかに短時間でできる。ゲノム編集を使った肉厚のマダイは2年で生まれた。育種した生物だけを観ると、両者は区別できない。
    育種したマダイの養殖管理では、排水などで自然界に影響のないような配慮を十分に行う。加工までを行う6次産業化により、地域創生や雇用確保につなげられる。安全性確認は個々の条件による。
    いろいろな工夫をしながら、ゲノム編集の情報伝達を行ってきた。参加者アンケートから情報を的確に伝達することで社会の許容比率が高まることがわかった。こういう情報提供と意見交換を今後も続けていきたい。

    パネルディスカッション(〇はパネリストからの問いかけ、→はパネリストの回答)

    初めに、パネルディスカッションの登壇者が「自分はどのような立場でこのディスカッションに参加するか」を含めて自己紹介を行い、話し合いを始めました。

    講師
    木下政人氏(京都大学 農学研究科)
    パネリスト
    荒木涼子氏(毎日新聞 東京本社科学環境部)
    高島賢氏(農林水産省 消費・安全局農産安全管理課)
    古山みゆき氏(生活協同組合コープこうべ)
    ファシリテーター
    佐々義子(NPO法人 くらしとバイオプラザ21)

    ゲノム編集技術に対する規制

    • ゲノム編集タイは陸上養殖だが、環境影響評価はしないのか?
      →食品の安全性は厚労省、環境影響と飼料は農林水産省と、3つ観点で独立して評価する。
      陸上養殖といっても、完全に閉鎖系になっているか、水の出入りは水系に影響を与えないかを慎重にみていく。(高島)
      →魚の性質をみて、規制も変わると思う。(木下)
    • ゲノム編集でつくれた魚が養殖の餌になることもありえるのか。
      →ありえるので、飼料としての評価ももちろん行う。(高島)

    届出制

    • 遺伝子組換えでなければ安全性審査でなく届け出制になるが、提出される情報の質にばらつきがあったら評価しにくいのではないか。
      →まだ受理したものはないが、提出されたデータは正しいか、データ量は足りているかをみて、受け付け、データの質や量は揃うようになる。(高島)
    • 輸入食品はどうなるのか。食の安全性は食品安全委員会が対応すると思っていたが、届出制だと食品安全委員会は関与しないのか。
      →内外無差別で、国産と輸入食品もみていく。開発者か輸入代行者が届け出る。自然突然変異の範囲内のゲノム編集食品は厚労省が、遺伝子を組み込むものは食品安全委員会が関わる。(高島)
    • たとえば、放射線によって品種改良された作物の評価はどうなっているのか。
      →放射線育種で作出された作物は評価はしていない。ゲノム編集技術への対応は過剰に感じられるかもしれないが、新技術への不安に応えないといけないと思う。もちろん、放射線育種でつくれた作物は安全。(高島)

    ヒトの場合と農林水産分野の場合で、ゲノム編集技術をどう考えるか

    • ヒトと作物のゲノム編集の話が混同されている気がする。
      →ヒトに対して行うゲノム編集は当代だけ。作物の場合、ゲノム編集をした後、掛け合わせて、安定して遺伝する狙った遺伝子だけが残るようにする。(高島)
      →ゲノム編集のマダイの場合、当代はゲノム編集が完了していないので、孫の世代以降が市場に出回るようになると思う。私たちはできたら漁業者に渡してしまうのでなく、海に出されないためにも、しばらくは一緒に管理して陸上養殖で特産品として売り出すところから始めるのがいいと考えている。(木下)
    • ゲノム編集で得られた形質は次世代に伝わっていくのか
      →はい(木下)。

    ゲノム編集技術はどう伝えたらいいのか

    • ゲノム編集の説明はなかなか難しいので、終わりまでしっかり読んでもらう記事を書くにはどんな工夫が必要か。
      →読者はネットで記事を読む際、見出しで選ぶので、興味をもってもらうことが大事。見出しと記事の前半の書き方の工夫が大事。マスコミは両論併記をするようにしているが、両極端な両論併記だと不安が残りやすい。子宮頸がんワクチン、福島の廃炉作業の水の処理などがそれにあたると思う(荒木)。
    • 消費者として出来ることはないでしょうか
      →消費者は遺伝子組換えとの比較、表示、従来育種との比較が気になるので、そういう情報がほしい。いろいろな品種があると食卓は豊かになる。ゲノム編集に対しても、おいしいのか、ポジティブで楽しい情報があるといいと思う(古山)。
      →表示は消費者庁の担当なので個人的に知っている範疇でのお答えになる。ゲノム編集は自然突然変異と変わらないので任意表示となる。農水・厚労省に届けられた情報は公表していく。消費者に伝えないまま流通させても、企業の開発メリットがなくなる。積極表示をしていきたい企業がほとんど。(高島)
      →表示をしたいので、積極的に選んでほしい。情報を提供し、消費者からも意見をもらい、一方通行でない「消費者との関係づくり」も行いたい。(木下)

    ここからはオンライン参加者のご質問をいただきました。

    • 安全性は従来育種と同じだとわかった。コスト面ではどうか。
      →特許使用料が高いだろう。水産分野では何も決まっていない。国産のゲノム編集技術が開発されて利用できることに期待している。クリスパーキス9の場合、特許料をどこで吸収できるか、折り合いをつけるかを検討していくことが重要(木下)。
    • 魚のゲノム編集は、どのように実用化していくのか
      →タンパク質とRNAを注射した卵から産まれた魚は完成品ではない。初めはゲノムがモザイク状態になり、均一になるには2-3世代はかかる。これは魚種で異なり、タイなら2年、ハタ科の魚では5-10年かかる(木下)。
      →世代をこえて形質の安定性をみた後、その結果を届け出てもらう(高島)。
    • 今日のお話を聴いて、ゲノム編集マダイは普通の魚と同じで、おいしいマダイを陸上養殖するのだと感じた。
      →本当は海で養殖したいが、今は、ゲノム編集魚の情報が足りないので安全な養殖から始めたい。さらに高付加価値のある魚は大事に育てたい。陸上養殖のコストがみあう。例えば、植物性の餌を食べる魚も開発出来たらいいと思う(木下)。
    • ゲノム編集タイを進めるときの抵抗勢力はないのか。
      →不安を感じている人には説明していく(木下)。
      →消費者が、自分で答えをえられるようになること、表示で選べるようになることも大事だと思う(荒木)
    • 養殖業者との連携は進んでいるのか。
      →日本の養殖屋さんはそれぞれ、自分のやり方をもっている。そのやり方を学びながら、一緒に進めていきたい。孵化した魚が求める形質をもっているかは、120日で確認できるので、これまでと比べたら、非常に効率化している。

    全登壇者から結びのことば

    • 皆がハッピーになるように(木下)
    • 知りたいなぁ、と思ってもらえる記事を書いていきたい(荒木)
    • 多様性、可能性がキーワードだと思う(古山)
    • 安心につながるように頑張っている(高島)

    参考サイト

    サイエンスアゴラ2020

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