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  • "未来へのバイオ技術"勉強会「トマトのイノベーション part2」

    2020年10月28日、バイオインダストリー協会(JBA)主催 「トマトのイノベーションpart2」がオンラインと会場参加の併用で行われました。高血圧を緩和することが期待されるGABAを高蓄積するトマト、AIを使った野菜の栽培の管理、トマトの機能性と、トマトをいろいろな視点から考えることができました。

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    JBAの会議室よりライブ配信を行いました

    「ゲノム編集で理想のトマトをデザインする」

    江面 浩氏(筑波大学生命環境系 教授、つくば機能植物イノベーション研究センター長、サナテックシード(株) 取締役最高技術責任者)

    1.トマト育種とゲノム編集技術のニーズ

    トマトは175か国で生産されるなど、世界で最も多く栽培されている野菜。原産地はペルーだが、急速に広まり海外では200年前から、日本ではカゴメが明治時代にトマトを食品として導入し100年前から栽培されている。急激に普及したので、品種改良などの生産における課題が追い付いていない状況にあり、育種へのニーズが大きく、新しい技術が求められている。生活習慣病が増加する現代社会では、食を通じた健康増進が重要になってきており、トマトがその役を担うことが期待されており、品種の数も増えている。

    2.ターゲット遺伝子の探索

    どの遺伝子をチューニングすると作物としてバランスを崩さずに、品種改良ができるか。世界的に栽培されているので、研究者も多く、知見も蓄積されつつある。ゲノム編集では次のような研究が行われている。

    • 栄養成分・機能性成分の改良~GABAやリコピンを増やす
    • 果実特性~日持ち向上、単為結果性
    • 病害抵抗性・環境耐性~うどんこ病耐性の改善
    • 収量性~花芽の数を制御して収量をあげる

    筑波大学では、日持ち性向上、糖蓄積(フルーツトマト)、機能性成分、着果性・単為結果を研究中。マイクロトムという実が小さい、実験トマトを利用し、エチレン受容体のアミノ酸が一つかわると劇的に日持ちを向上させることに成功した。ゲノム編集だから、このようにひとつのアミノ酸をピンポイントで変えることも可能。

    3.高GABAトマト

    日本では、少子超高齢化社会で生活習慣病が増え、食による健康維持が重要。そこで、GABA(γ-アミノ酪酸)の血圧上昇抑制とストレス緩和効果に注目した。GABAはTCAサイクルから生まれたグルタミン酸にGAD酵素が働いて合成される。GADはストレスがかかって酸性になると、蓋が外れてGABAを合成する。蓋を取り除くとGABAが増えた。しかも他の栄養成分には変化がなかった。今では、ミニトマト2-3粒を毎日摂取すると軽症・通常高血圧者の血圧を抑えられるくらいGABAを蓄積できるようになった。

    4.社会実装にむけて

    GABAの高い品種ができたが、社会実装のためには課題がある。取り扱いのルールを明確化し、GABAトマトの機能性を科学的エビデンスで強化していく。ゲノム編集技術に関わる知財については、適切な特許料を支払って進められるめどがついており、これらの課題を解決して進めていくためにサナテックシード(株)を設立した。
    色々な方にご理解頂くために、昨年は50数回の市民向けの講演を行った。そこで、「作物は突然変異の塊」だというと驚かれた。トマトは、栽培種も野生種も34,000の遺伝子を持っている。ゲノム編集は、34,000+1-1だが、遺伝子組換えは、34,000+1と説明している。

    「ICTとデータを活かした植物のベストパフォーマンス」

    斎藤 章 氏((株)デルフィージャパン ホーティカルチャースペシャリスト)

    デルフィージャパンはデルフィーというオランダの会社の日本法人で、民間で栽培コンサルティングを行っている。

    1.コンサルティング 「技術の向上」

    生産者の目標達成を実現するためのコンサルをする。目標は多様だが、最終目標は「成長と存続」。具体的には収量の増加、つまり生産性向上。
    生産性を高める二つの要素は「品種(遺伝的要素)」と「栽培環境(環境的要素)」。植物の形態や代謝は環境に応じて大きく変化する。作る人で収量が2-4倍になることもある。施設栽培では環境要素が管理しやすい。植物の能力を最大限に発揮できる環境づくりが重要。水や光などの環境制御、花や葉の数を適切にする植物体制御、トマトを傷めない扱い方などの労務管理の3つを改善していく。
    単位面積当たりの収量は、①年間収獲期間を長くし、②時間当たりの収量を増やすことで増やせる。そこで、光合成しやすい環境の知識と技術と情報を提供する。光合成と呼吸から起こる、栄養成長(最適な葉や根の生長)と生殖成長(果実を大きくする)をともに最大化したい。施設栽培では、「光合成」で糖をつくり、糖を燃やす「呼吸」でエネルギーを得て、「転流」(糖を果実に運ぶ)させる。そのために最適なハウスで、成長、発育を、資材と機器を使って制御できるように訓練することで私たちは支援する。

    2. 教育と研修 「知識の向上」

    日本で最も足りないのは基礎的な知識ではないか。人材育成と訓練、設備設計に関する助言を通じ、施設園芸を進める。

    • 農業は生物が対象である上に、天候頼みで複雑。
    • 知識が必要。
    • 多様な道具を使いこなせなければならない。
    • 経験が必要(植物をみて感じとれなければならない)。
    • 人材(リーダーと仲間が必要)
    • 情報収集と情報の更新

    このように課題は多いが、ここにICTも採り入れる。ICTですべてが解決できないが、植物を論理的に理解し、植物中心に考えること!が重要。道具は道具でしかなく、ICT導入でかえって学び、考えるようになる人が成功するように思う。
    2年前、農業新聞に「大規模経営45%赤字」と書かれた。本当は60-80%が赤字かもしれない。その理由は、適切な施設仕様になっておらず、人材教育ができていないのだと思う。ICTさえ入れればいいと勘違いしているのではないか。
    施設園芸で大事なことは、「光合成」を中心に考え(水と光をうまく使う)、生産性をあげる(収量・売上を増やす)こと。私たちは栽培の基礎知識を提供し、考える力を養う。

    3.プロジェクト 道具の向上

    私たちは、訪問コンサル(現場を見て判断)と遠隔コンサル(デジタルを使って指示)を2本立てでやってきた。遠隔(指示を与えることが中心)に問題はないが、植物をみて判断するのは訪問でしかできない。今後はすべて遠隔にしたい(訪問は時間とお金がかかる)。それが可能になったのは、栽培データが整い、データの質が向上してきたから。ハウスの中はかなり理想的に温度などが制御できる。遠隔だと見る頻度も増え判断できるので、生産者に失敗させないようにできる。
    遠隔では、「戦略シミュレーション(どんなスケジュールで、どのように栽培すれば、求める収量が(目標値)が得られるか。収量以外の数値も目標値に近づいているかを日々チェック)」、「ダッシュボードの活用(生産者の栽培環境のデータをデルフィーのコンピューターのダッシュボードに取り込んで、シミュレーションに沿っているか度々チェック)」を活用し、AI栽培が実現できる。シミュレーションにあっているかチェックしながら進めるので、自律型(AI)栽培と呼んでいる。
    オランダのワーゲンニング大学で、AI栽培のコンテストがあった。デルフィチームも参加。AI栽培を行った5チームが、生産者に勝ってしまった。やがて、生産者とコンサルがしていた仕事はAIに任せられるだろう。生産者とコンサルは次のことが考えられる。
    まとめ:農業には様々な栽培方法がある。大事なことは、植物の知識を増やし、我々がAIに使われないようにすること。栃木県のトマトパークを見学に来てください。

    「トマト摂取の科学的エビデンスと機能性表示食品 ~朝トマトは健康への道しるべ」

    吉田 和敬 氏(カゴメ(株)イノベーション本部自然健康研究部機能性表示グループ 主任)

    カゴメ(株)は、トマト中心のビジネスと研究から、野菜に対象を広げ「ニッポンの野菜不足をゼロにする」を目指している。

    1.トマトについて

    2008年から2018年、トマトは世界の野菜生産量で1位となっている。トマトが多く食べられるのは、サラダ、炒め料理、煮込み、スープ、ジュースなどの多様な料理法があるからだろう。
    トマトの価値は、「おいしく、たのしく、ヘルシー」であること。
    おいしい:野菜飲料としても調味料として使える。甘味、酸味、うま味のバランスがいい。
    楽しい:彩の赤が食欲をそそり、暖かいイメージ。
    ヘルシー:リコピン、GABAが含まれる。
    素材と調和:素材の臭みを消し、油のしつこさも消す。
    加工し保存しやすい:液体、固形、粉末にできる。
    しかし、日本のトマト摂取量は1人1年あたり7kg(世界平均は21kg)と世界では少ない。

    2.トマトの機能性表示食品開発

    カロテノイド(リコピン)、アミノ酸(GABA)、ビタミン、糖など様々な栄養成分がある。
    (1)リコピン
    悪玉コレステロールLDLは全身の血管に運ばれて蓄積する。善玉コレステロールHDLは余分なコレステロールを回収する。血中HDL濃度が低いほど心血管疾患のリスクが増える。リコピンはHDLに良い影響を与えるというヒト試験結果もある。
    機能性表示食品の科学的根拠はSR(systematic review既存情報から関連文献を集めて評価する)での評価、または特定保健用食品と同様に最終製品で臨床研究を行って評価する。 リコピンとHDLとの関係についてSRを行った。SRを行うときはPICOという文献検索の基準を決めてから行う。PICOは、P(Participant:対象 疾病にり患していない人)、I(Intervention:介入 リコピンを含む食品を摂取)、C(Comparison:対照 リコピンを含まないまたはリコピンが少ない食品を摂取)、O(Outcome measurement:評価項目 血中のHDLや他の脂質関連項目)とした。
    19のデータベースの1319の文献から、スクリーニングを行い、3文献を選びメタ解析を実施。リコピンを毎日15㎎以上、8週間摂取すると、血中のHDLが増加することが分かった。その作用機序としては、リコピンがHDLをつくる酵素を活性化することなどが考えられているようだ。
    (2)GABA
    GABAは野菜の中ではトマト、ジャガイモ、ナスなどなどに多く含まれ、特にトマトに多い。グルタミン酸が多い野菜はGABAも多い。GABAは血圧を低下させることが分かっているので、GABAと血圧との関連についてもSRを行った。
    PICOは、P:疾病に罹患していない人(正常血圧者、正常高値血圧者、Ⅰ度高血圧者を含む)、I:GABAを含む食品の経口摂取、C:GABAを含まない食品を摂取または何も介入しない場合、O:収縮期血圧と拡張期血圧、とした。19データベースの1672文献をスクリーニングして6文献に絞り、統計的メタ解析を行った。その結果、GABAを毎日12.3㎎以上12週間摂取すると血圧が高めの方の血圧を下げると考えられた。GABAは、ストレス、興奮に関連するノルアドレナリンの放出を抑えることにより血圧降下作用を発揮すると考えられる。
    トマトジュースにGABAによる血圧低下とリコピンによる血中HDL増加のダブルの機能性を表示した。生鮮トマトも機能性表示食品として売り出した。初年度、機能性表示食品のトマトジュースは出荷前年比173%の伸びを達成。トマトには健康イメージがあった人がいたが、それを裏付けたのでよかったのではないか。継続摂取の意味も理解され、新規ユーザーも増えた。

    3.トマトの上手なとり方

    リコピンはもともと体内吸収が悪い。加工品を活用したり油と一緒に摂取するのが良い。加工品は、加熱、破砕されて細胞壁が壊れてリコピンが細胞の外に出てきて、吸収されやすくなる。生トマトを摂取した時と比べて、トマトペーストを摂取した際のリコピン吸収率は約3.8倍になった。吸収率も加味し、血中HDL増加のためには生鮮トマトなら22.5㎎のリコピンが必要としている。
    リコピンは油に溶けやすく、油と一緒に摂ると吸収されやすい。トマトジュースだけでなく、牛乳も摂ると3倍吸収されやすいことがわかっている。
    リコピンの有効な摂りかたとして「朝トマト」がある。食べることで、遺伝子の発現のリズムが作られる。マウスが餌を食べる直前に遺伝子が発現し、脂質やリコピンの吸収に関与する遺伝子が増えるので、朝にトマトを摂るとリコピンの吸収率が上がると考えた。そこで、ヒトを対象とした研究を行ったところ、朝にトマトを摂取することで、昼、夜の摂取に比べてよく吸収されることが分かった。朝トマトによるリコピン吸収率の増加には絶食時間の長さが影響しているのではないかと考えられるが、絶食時間の長さが何に影響をしているかは、まだわかっていない。

    まとめ

    日本の野菜摂取量は288gで、350gに届いていない。野菜をたくさん食べてください。

    講演後、コーディネーター 佐々義子(くらしとバイオプラザ21)が司会を務め、質疑応答を行いました。

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