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  • オンラインバイオカフェ「いろいろ創れる?アサガオのゲノム編集」

    2020年9月29日、オンラインバイオカフェ「いろいろ創れる?アサガオのゲノム編集」を開きました(日本バイオ技術教育学会 協賛)。スピーカーは筑波大学生命環境系T-PIRC遺伝子実験センター 准教授小野道之さんでした。急なお願いでしたが、「庭でアサガオが咲いている間に間に合わせましょう」と、スピーカーを引き受けてくださいました。

    写真

    配信画面

    主な内容

    はじめに

    筑波大学遺伝子実験センターには15の特定網室、3隔離圃場がある。学内、国内、国際の共同研究の拠点となっている。
    私の研究は主に次の4つ。

    • 絶対短日植物「アサガオ」花成誘導機構の研究
      動けない植物が生き抜く戦略として「花をつけるタイミング」は重要。アサガオは気温が15度以上で、寒くなる前に種子を作らなくてはならない。どの遺伝子の働きで、秋になる(夜の長さが長くなる)と花をつけるのか、どのようにして朝に開花するのか、わからないことはまだ多い。
    • 花形・花色などの改変
      花のモデル植物として、多くの研究者との共同研究で、多様な品種をつくる研究を進めている。
    • 植物を用いた食べるワクチン
      30年くらい前からコンセプトはあるが、成功例がない。トマトやニンジンを対象として、医学の研究者と一緒に進めている。
    • 遺伝子組換え、ゲノム編集作物の国民的な理解に向けた試み
      新しい技術が多くの人に理解されることは不可欠であり、そのための活動を、私はとても重要だと考えている。教員研修会開催も継続している。

    アサガオの生物時計

    アサガオは開花する時刻をどのように決めているのか。室温24度の部屋で、暗い時間(夜)の長さとタイミングを変えて、開花時刻を比較したところ、暗くなってから10時間後にアサガオは開花するという報告がある。朝の光を感知して開花しているわけではなかった。次の日に咲くアサガオのつぼみ(花柄を残さないように水切りをする)を用いて実験できる。
    花弁が、生物時計を用いて時間を測っていることなどが、1980年代にはわかった。「アサガオのすいみん時間」(著 貝原純子)などの名著がある。アサガオにも光受容体や生物時計などの遺伝子はあるが、どれが働いているかわからない。開花の機械的な仕組みもまだ十分にはわからない。朝、咲く理由として、アサガオは基本的に虫媒花であるため、「アサガオ好きな虫の活動が活発なのは朝だから」と考えられるが、実は、日本のアサガオは自殖率が高く、虫媒は重要ではないらしい。自殖は、開花の直前に、おしべが伸びあがり、葯が開いて花粉がめしべに受粉して行われ、その後、開花する。

    温故知新 江戸時代のアサガオ

    アサガオはヒルガオ科の1年生の草本。形や色の突然変異体(変化アサガオとよばれる)が江戸時代には数多く栽培されていたことが、文献や浮世絵などからもわかる。
    2004年には、アサガオはナショナルバイオリソース(研究に用いられる生物資源を収集、管理、提供する国家プロジェクト)に選定された。
    日本にアサガオが渡来したのは、約1400年前に中国からとされる。奈良時代に遣唐使が牽牛(けんご)という生薬(下剤)として持ち帰ったらしい。世界では、アサガオは亜熱帯、温帯に拡がって一部野生化しているが、観賞用の園芸植物として育てたのは日本だけであったらしい。
    国宝の平家納経分別功徳品(1164年)の表紙にアサガオが描かれている。時代の最高の権力者の納経にアサガオが描かれていることから、アサガオが大切に扱われていたことがうかがえる。
    日本に渡来した花色は野生型の青色だったが、絵画(襖絵)に1664年にアサガオの白花が出現した。絵をみていくと、1758年に絞り咲きが出現していることがわかる。絞り咲きはトランスポゾンという動き回る遺伝子によって起きることが多い。トランスポゾンを発見した、マクリントック博士はノーベル賞を受賞しており、トランスポゾンは進化の原動力となった遺伝子とされる。江戸時代には花だけでなく葉の形も多様で、トランスポゾンの動きが活発な時期だったようだ。1818年の押し花が残っており、変化アサガオの絵は想像で描かれたのではない。残念なことに非常に変わった形態のアサガオでは、種がとれないものもあった。変化アサガオは潜性遺伝子の多重変異体であることから出現確率が低いため、捨てられたたくさんのアサガオ苗のための供養塔もある。
    1934年、日照時間の長短がアサガオの生育開花に影響することが報告された。花成誘導実験で、約10時間以上の夜(連続した暗い時間)があると、開花の遺伝子が動く。
    2000年、私達がアサガオで遺伝子組換え技術を開発した。九州大学の仁田坂先生は浮世絵に描かれている変化アサガオの系統保存と研究をされていて、2003年には八重咲き(牡丹)の原因遺伝子を単離した。2016年にはアサガオの全ゲノム解析が基礎生物学研究所の星野先生らによって行われ、2017年には私達がアサガオでゲノム編集を成功させた。
    多様なアサガオには、葉が変化したものもあるし、花色も多様。そこにトランスポゾンが動いて絞り咲きが出てくる。花の柄も多様、花の形もいろいろ。関係する遺伝子の解明も進んでいるが、品種が現存せずに研究できないものもある。
    例えば、花びらが巻いているアサガオの絵(巻絹)があり、実存したのだろうかと思ってしまうが、これにも押し花が残っている。

    遺伝子組換えとゲノム編集

    江戸時代の変化アサガオをよみがえらせようと、多くの研究者と協力して進めている。トランスポゾンを動かす、放射線を当てるなども試みたが、今日は遺伝子組換え技術で挑戦したことをお話する。今は、さらに、ゲノム編集技術も利用している。

    • 自然突然変異の事例:江戸時代の変化アサガオは自然突然変異で生まれた。例えば、ブドウでは、世界の全ての白ブドウと赤ブドウはそれぞれ1回の突然変異で生まれた。
    • 人為突然変異:放射線照射でできた色変わりキク
    • ゲノム編集:狙った遺伝子を切る技術。アサガオでは、白花や、開花時間の延長ができた。
    • 異なる生物から遺伝子をもらった事例:
      自然交雑 小麦は3種の雑草の交雑で誕生した。
      水平伝搬 サツマイモには土壌細菌の遺伝子が入っていた。
      交雑育種 黄色のバラは近縁種から交雑により導入された。
      遺伝子組換え 青いカーネーション、青いバラ、青いコチョウラン、青いキク

    ゲノム編集技術では、長い間、自然突然変異や放射線で希望の変異が起こるのを待たなくてよくなる。さらに、別種の植物でよかった変異と同じものを、目的の植物でねらって編集できる。ゲノム編集で外来遺伝子を導入する技術もあり、これはより精確な遺伝子組換えとなる。
    アサガオではまず、土岐先生・遠藤先生(農研機構)との共同研究として、アントシアニン合成経路の中のDFRをゲノム編集して、白花をつくった。赤花のアサガオは茎も赤いので、開花を待たずに白花になるかどうかがわかると予想した。世界で初めてアサガオのゲノム編集を実現した例になったし、花の色をCRISPR/Cas9によるゲノム編集で変えた最初の論文になったらしい。自然突然変異としては、1631年に京都狩野派の絵(天球院の襖絵)に初めて白いアサガオが描かれたが、日本に781年の遣唐使がもってきたアサガオ(青花)の子孫から850年かかって白花が出現したことになる。生物学的には同じ(と思われる)白花の突然変異が、ゲノム編集では1年で咲いた。
    現在、枝垂れ二日咲き、超小型アサガオ(矮性の二重変異体)などを著名な品種でつくっている。これらをみなさんの身近で育てていただいて、楽しんでいただくと同時に、アサガオを通じて、新しい技術についても感じたり、考えたりしてもらいたい。

    黄花作出の試み

    江戸時代には黄花のアサガオがあったらしく、多くの絵があり、押し花も残っている。近現代の記録としては、1896年に夏目漱石に黄花のアサガオの句があるのが最後。
    花の黄色の天然色素には、フラボノイド系、カロテノイド系、ベタレイン系、クロロフィル系がある。フラボノイド系色素の合成酵素遺伝子を用いて基礎生物学研究所が黄花を作出した。アサガオの花弁には本来含まれない、カロテノイド系とベタレイン系の色素では私達が、黄花を目指している。
    カロテノイド系の合成酵素などの遺伝子導入した。ゲノム編集技術でカロテノイドの分解を抑え、カロテノイドの安定化を図った。カロテノイドを蓄積する有色体の分化因子の候補などを合わせて導入することで、淡い黄花のアサガオが開花するに至った。一方、ベタレイン系のベタキサンチンは黄花のオシロイバナなどに含まれるが、アサガオも黄花になった。ベタキサンチンの前駆体には細胞毒性があるらしく、黄色が濃いと元気が無くなる。現在、その解消を目指している。
    夏はアサガオ、冬はシクラメンの鉢花を対象に、遺伝子組換えやゲノム編集を用いて誰も見たことの無いバイテク鉢花を作出したい。これらの新しい花を育てることで、多くの人に植物の不思議や遺伝子の不思議に興味を持っていただいて、それらが新しい科学技術の理解に繋がっていくことを期待したい。

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