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  • コンシューマーズカフェ「リスク、うわさ、パニックの心理学」

    2020年6月23日、くらしとバイオプラザ21では、初めてオンラインでコンシューマーズカフェを開き、遺伝子組換え食品やゲノム編集食品のリスクコミュニケーションでご指導いただいてきた、大阪学院大学 田中豊教授をお招きし、「リスク、うわさ、パニックとの心理学」をお話しいただきました。初めての試みでしたが、田中先生がスライドを示しながらわかりやすく、ゆっくりと話してくださったので、「先生の表情も見えて、大きな会場の講演よりもよかった」など、好評でした。

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    開始前の打合せ

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    たくさんの方にご参加いただきました (1)

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    たくさんの方にご参加いただきました (2)

    主な内容

    1. リスクとリスク認知

    リスクとは
    リスクは損失の程度と確率の積だが、損失の程度の決め方でリスクの大きさも変化する。損失の程度はエンドポイント(起きてほしくないこと)が死亡なのか、重症なのか、どの程度に考えるかで異なる。

    リスク認知とは
    リスク認知は「人が主観的直観的にどのくらいの大きさでとらえるか」ということ。リスク認知は科学的客観的な危険性とは一致しない。市民の判断の特徴がリスクの認知のバイアス。

    リスク認知バイアスが大きくなりやすい2つの理由

    • リスクリテラシーの不足:これは人間らしさでもあるが、合理的判断に問題が生じることがある。それはリスクリテラシーで補いたい。一方、専門家でも、リスクの判断にバイアスが掛かるときもある。
    • 人のリスク認知の特性:バイアスがかかりやすい。これはしょうがない

    専門家は一般人より妥当な判断をするが、専門家と市民が自分が正しいと主張し続ける間は両者の間に建設的な議論や信頼は生まれない。スロヴィックは「両者は互いに理解しようとすること、その姿勢が必要で信頼感がうまれる」と言っている。
    私は、これまで社会調査や心理学実験を行ってそのデータを解析し、心理モデルの妥当性を検証してきた。遺伝子組換え食品や食品添加物では以下のようなリスク認知が大きくなる条件がそろっていることがわかった。

    • 遺伝子組換えや食品添加物で健康被害がでるのではないか
    • 消費者はその原因をコントロールできない
    • 食品のように多くの人が食べる物は大きな被害を生むのではないか
    • 遺伝子や食品添加物は目に見えず、五感で知覚できない

    GMや食添に否定的な態度をとっている人が少なくない。だからといって、常に非常に気を付けてるわけではない。市民は知らずに微量に食品に含まれているのを食べていることも多いのではないか。これでは真の受容とはいえない。だから、近所の遺伝子組換え栽培ほ場が設置されそうになると、反対する住民がいる。NIBY(not in my backyard)の心理. 同じ価格なら非組換えを選ぶし、事故が起こると一気に否定的な態度が顕在化する。国民的理解に基づく真の受容を目指すべき。

    例)
    福島第一原発事故による風評被害で、五山の送り火で、東北の薪は使わない、東北からの輸送を嫌う。

    新型コロナウイルス
    日本の死亡者数を他の死因による死亡者数と比較すると、コロナウイルス感染症での死亡の確率は火事の死亡と同じ位。こういう数字をみて、コロナウイルスの少し不安が和らぐ人もいるかもしれない。一方、コロナウイルスでは高齢者など個人属性には注意しなければならない。
    2020年、コロナ対策のマスク、手洗い励行でインフル死亡者数は確かに減った。コロナのリスク認知を難しくしている要因には次のことが考えられる。

    • 医療の問題(ワクチンがない、医療崩壊の危機感、コロナ以外の病気の治療ができなくなる)
    • 個人属性(重症化の可能性には個人差がある。個人個人への考慮が必要)
    • 第2波、第3波の予測が難しい。抑え込んだ中国でもまた起こっている。
    • 経済不況によるリスク(失業者、自殺者(経済と連動することがわかっている)の増加など)

    2.リスクリテラシー

    リスクリテラシーとは、科学技術のリスクベネフィットを合理的に判断できること。

    リスクとベネフィットのトレードオフ
    原子力、自動車をみてもベネフィットだけの技術はない。ベネフィットとリスクを一緒に検討しなくてはならない。また、リスクがあるから全部やめるわけにはいかない。

    リスクとリスクのトレードオフ
    リスクのあるものを排除すると、排除したための新しいリスクが出てくる。

    例)
    原発をやめると、電力不足や二酸化炭素増加が起こる。
    水道水の塩素消毒をやめると、感染症が増える。
    農薬を使わないと、寄生虫や害虫の被害が増え、農業不振になったり食糧不足になったりする。

    ゼロリスク
    絶対安全はないのだから、専門家ならリスクゼロとはいえない。実際には組織の隠ぺい体質があったりして、リスクを下げるのは難しい。また、十分にリスクが低減された後のリスク削減に大きなコストがかかる。

    リスク認知パラドックス
    大きいリスクがなくなると、次のリスクを大きく見る。戦争、飢餓が解決されると、食品添加物やBSEを過敏になるなど。リスク認知のパラドックスは先進国程、大きくなる。

    メディアリテラシー
    妥当な情報を取得できる力 

    3.うわさとパニックの心理学

    買い占め行動
    マスクや消毒液が売り切れたのは必要になって多くが購入されたから。これに対し、トイレットペーパーは噂で買い占めが起こり、品不足の悪循環になった。
    パニックとは恐怖や不安で群衆が起こす非理性的な行動で、差し迫った恐怖や不安があると判断力が低下しやすくなったり、正確で適確な情報が不足している状況になったり、品薄になりつつあるときに自分だけは助かりたい(なくなれば諦める)と思うところから起こる。パニックの実験として、ミンツのボトルネックの実験を紹介する。
    「ミンツの実験」
    瓶の中の糸がついた円錐体がいくつも入っている瓶がある。被験者は、底面から入ってくる水に濡れないうちに、早く紐を瓶から引き抜くことを求められる。しかし、構造上、1度に1人しか、瓶から引き出すことはできない。冷静に皆で話し合い、順番に一人ずつ引き上げればいいのに、みんなが一斉に引き上げ、瓶の口が詰まってみんな濡れてしまう。

    うわさ、流言(りゅうげん)
    「うわさ、流言」とは情報の真偽が曖昧なまま伝えられていく過程。
    「デマ」は、人をおとしいれるための間違った情報。
    コロナでは明らかな誤情報が世界でも発生し、そのために健康被害にあったり、死亡した人もいる。
    「うわさの始まりがわかった珍しい事例―豊川信用金庫の取り付け騒ぎ(1973年)」
    高校生のおしゃべりから取り付け騒ぎに発展したプロセスが解明できた、世界でも珍しい。

    事例)
    「佐賀銀行取り付け騒ぎ(2003年)」
    携帯メールで流言が流れたが、スメディアによる正確な情報提供により、なんとか抑えられた。
    事例)
    「コロナでのトイレットペーパー買い占め(2020年)」
    トイレットペーパーは中国で作られているため、コロナで日本に輸入されなくなるという事実に反するうわさ。 店員がコロナにかかったといううわさで倒産。
    緊急告知を出したが、いやがらせメールな書き込みが始まるとビジネスの影響、名誉棄損、恐怖を感じる

    流言になりやすい情報の特徴

    • もっともらしく信用しやすい
    • 不安や恐怖を感じさせる
    • 共感でき、面白く、刺激的な内容

    うわさには変容する性質がある

    • もとの情報から変容する
    • 短く単純な内容
    • 一部が強調、誇張される
    • 伝達者のステレオタイプや偏見で内容がゆがめられる

    →情報を受けとる人は発信源を確認することが大事。

    噂の発生する土壌

    • 人は不安や恐怖を緩和したり正当化したりしたいもの
    • あいまいな状態にいるのに耐えられない
    • 持っている情報を教えることの優越感
    • リテラシー不足

    メディアの及ぼす社会的影響
    メディアからの情報は客観的に中立なわけではないが、世論に影響を与える。
    嘘ニュースが、自分にとって都合がいいと「真実」になってしまう。
    ディープフェイクやITを駆使したもの見破るのが難しくなる。

    パニック買い占めの対応

    • 不安をやわらげ願望を満たす取り組みの紹介を報道
    • メディアリテラシーを高める
    • 情報発信者にも責任を問う
    • マスメディアの協力を得る
    • 袋叩きにあっている人を助ける情報を出す
    • SNSをチェックするしくみの整備 例)ファクトチェック
    • 協力行動が結果的に自分を助ける

    4.まとめ

    リスクリテラシーを持つことで、不安を感じても立ち止まって冷静に考えられ、利己的な行動を慎み、良識ある市民として社会混乱抑制に寄与する。

    質疑応答(◦は参加者、→はスピーカーの発言)

    • ファクトチェックについて
      →おかしい情報を正し、正確な情報を団体や個人が教える。訂正するいい方は、上から目線になったり、けんか腰にならないようにすること。事実を淡々と伝えるのが大事ではないか。業界で対応するという方法もある。組織で監視しているところもある。それで拡散の速度を抑制したりできる。
    • SNSが使われるようになる前後の大きな違い、注意すべきことは何か。
      →噂の変容などはSNSの利用の前後でも変わらないだろう。SNSや人から情報をとる人が増えてきた。SNSの情報は拡散速度が速い。メディアリテラシーの高くない人がよかれと思って拡散してしまったり、個人情報をあばいたりすることもある。情報発信者はSNSの仕組みと特徴をよく考えるべき。
    • スライドの中で「リスク削減のための費用―効果関数」が示されていたが、このような関数を計算するツールを知っているか
      →「ゼロリスク評価の心理学」(中谷内一也著, 2004)から引用したものであり、分からない。
      放射線防護については松原1989;廃棄物処理の問題は田中(勝)1993;大気中の二酸化硫黄の削減を扱った松野・植田1995などを参照して作成されたようだ。
    • リスクリテラシー教育を行うときに注意すべきことはなにか。
      →リスクリテラシー教育(学校、社会人、家庭)は多様な次元をすすめる必要がある。アクティビティ集を作成したので、今後紹介していきたい。学校教育のどこかにリスクリテラシー教育を入れる必要を感じている。学校で習った子どもから親に伝えられる期待がある。
    • 客観データがないときはどのように推定するのか。
      →大地震は長い目でみると確率が低くても、自分にとっての地震のリスクの大きさの推定は難しい。あなたのリスク認知は客観的リスクとずれていると指摘するのは難しい。大地震、原発の事故の確率は低くても、高く見積もられやすい。絶対に起きては困るから、確率が低くても、想定外とせずに対策を考えなくてはならない。ベースがないのでリスク認知をどうするかというと、専門家の話も大事だが、想定外の要素が多いと専門家でも及ばないことがある。素人の判断に取り入れるべきものがある。スロヴィック的な考え方ですね。
    • 買い占めの中には買い置きもあるのではないか
      →買い置き(自分や家族のために買う)はよいが、必要以上を買っておこうと行動すると買い占めを加速していく可能性がある。切羽詰まった状況では、人は買い置きを超えて買い占めに走る傾向が見られるので、そのことを個人や店側は改めて考えて行動したり販売したりする必要がある。
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