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  • 「リスクの考え方と新型コロナウイルス」

    2020年5月10日に、リスクの専門家で結成したリスク教育研究会のメンバーにより、Webセミナー「リスクの考え方と新型コロナウイルス」が開かれました。異なる立場からリスクの研究をされている4名の講師が、微生物としてのコロナウイルス、リスクの考え方、コロナウイルスをめぐる情報から起こるパニック、流言、投資詐欺など、具体的な事例をあげながら、お話しくださいました。

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    Webセミナーのチラシ

    「ウイルスとはー感染症の原因と対策」

    静岡県立農林環境専門職大学 准教授 内藤博敬氏

    コロナウイルスは細菌よりさらに小さく0.3μm以下の大きさで、遺伝子RNAをタンパク質の粒が保護し、エンベロープという膜タンパクに包まれているだけで、生物の最小単位である細胞構造を持たない。コロナウイルスは生きている細胞に自分のRNAを送り込み、細胞内で相補DNAをつくる。相手の細胞の仕組みを使ってコロナウイルスの部品を産生し、ウイルス粒子を大量に放出させて最終的に細胞を壊すことで、我々を苦しめる。コロナウイルスそのものは一人で増殖できず、気道、呼吸器の細胞を標的とする。自己増殖できる細菌、真菌などの単細胞生物とは、性質が異なることから、治療や予防策も異なる。
    こうした病原微生物が体内に入り感染しようとする時、ヒトはそれを防ぐ生体防御システムを持っており、これを免疫と呼ぶ。免疫の主役は白血球で、相手を選ばずに貪食する自然免疫と、相手に合わせた兵隊(抗体)を作る獲得免疫とがある。白血球の主な活動場所はリンパ管であり、リンパ管は血管と違って心臓のようなポンプが無いため、適度な運動によってリンパ管を刺激する必要がある。免疫はシステムであり、一朝一夕には強化できない。日頃から食事、睡眠、適度な運動によって維持することが大切。
    コロナウイルスだけでなく、感染症予防の基本に「手洗い」「うがい」「マスク」がある。今年のコロナウイルス以外の感染症流行状況をみると、インフルエンザやノロウイルス(感染性胃腸炎)など、年頭から流行が抑えられている疾患が多く、予防啓発の効果が顕著に現れている。免疫だけでなく、感染症予防もコロナに限らず普段から心掛けることが大切。

    「リスクの考え方と新型コロナウイルス」 

    秋田県立大学 システム科学技術学部 准教授 金澤伸浩氏

    リスクの考え方

    「リスク」の定義は辞書によると、危険、損害、損害の恐れ。しかしリスクは確率であり連続的なものであること、「ある・ない」ではなく、「大きい・小さい」で表すものであると認識していただきたい。
    ISO/IECガイド、JIS Z8051では、「安全」とは受けいれられないリスクがないこと(1999年)としている。安全とは小さなリスクを受け入れていることである。
    一般的に「リスク」とは「危害発生の確からしさと危害の厳しさの組み合わせ」としていることが多いが、小さいリスクが何度も起こるケース、めったにないが大きなリスクはどう考えるのかという問題もある。
    私のリスクの定義は「起きて欲しくないことが起こる確率」で、起きて欲しくないことをエンドポイント、エンドポイントが起きる原因をハザードとしている。エンドポイントを考えてからリスクを評価するのが大事。例えば。エンドポイントを「死亡」のように一つに決めれば様々なハザードのリスクが比較できる。

    新型コロナウイルス

    コロナウイルスの各国の死亡者数を人口でわってリスクを計算すると、現在の日本の状況は水難事故と台風のリスクの間にある。イギリスの状況は、肺炎のリスクくらいになっている。クラスター対策班の「対策ゼロなら最大で42万人が死亡する」という試算のとおりになると、日本のがんで亡くなるリスクと同じ程度になる。
    コロナウイルスの議論の混乱は、立場によってエンドポイントの認識が違うことから来ているのではないか。

    • 国にとってのエンドポイント:死亡者が多い、医療が崩壊する
    • 個人にとってのエンドポイント1:自分が死んだり、他の人に感染させたりする
    • 個人にとってエンドポイント2:外出自粛をしてないなどと非難される
    • 個人にとってのエンドポイント3:失業、売り上げ減少などの経済的な困窮

    さらに視野の外にあるリスクがあるかもしれないし、トレードオフの検討も必要ではないか。病気だけでなく、失業や経済的困難、既往症が悪化するケース、人権侵害(DV、いじめ、虐待)など、新型コロナウイルスを抑えると同時に、これらの被害が大きくならないようにしなくてはならない。

    「うわさとパニックの心理学―新型コロナウイルスに関するうわさとパニック」

    大阪学院大学 情報学部 教授 田中豊氏

    私の専門は社会心理学であり、研究上の専門領域はリスク認知である。リスクの科学的・客観的な評価と、人がそのリスクを直感的・主観的に判断するリスク認知とには乖離がある場合が多い。
    新型コロナウイルス感染症をめぐるパニック的買占め、マスク不足は、オイルショックのときのトイレットペーパー買占めに似ている(1970年代)。「パニック」とは恐怖や不安の事態に対して群衆が起こす非理性的な行動で、情報的混乱を伴う。パニックの原因には、「恐怖と不安による判断力と思考力の低下」「見通しがわからず、正確で的確な情報の不足」「商品がなくなりつつある認知(なくなってしまうと諦めてパニックにならない)」「利己的動機(自分さえ良ければよい)」などがある。
    今回SNS上では、「漂白剤を飲むと予防できる(米国)」「中国でつくられたスマホから感染する」など、少し考えれば合理的でないとわかるような偽情報が、いくつも短時間で世界中に拡散された。
    日本にはうわさ(流言)で起こった出来事で、その原因がつきとめられた珍しい事例がある。それは豊川信用金庫取り付け騒ぎ(1973年)。豊川信用金庫に就職が決まった女子高生に友人が「信用金庫なんて危ないわよ」とからかった会話から、「豊川信用金庫が倒産する」という流言が広がり、取り付け騒ぎが起こった。
    今回のトイレットペーパーの買占めは、トイレットペーパーは中国産だから品薄になるという流言が出て、本当に品不足になった。関連団体や流通が否定したが、効果はなかった。
    「流言」になりやすい情報には特徴があり、「もっともらしく信用できそうな内容」「不安や恐怖を伴う」「面白いかどうか」などが挙げられる。
    そして、流言は伝わりながら、簡略化、単純化、強調化、同化(伝達者が自分の関心、偏見によって内容をゆがめていく)が起こって変容し、元の情報とは大幅に異なった内容となることがあるため、注意が必要である。
    では、流言の発生の根底にあるものはなにか。

    • 恐怖や不安、不満や願望にとらわれている状況だとそれらの感情を緩和し、正当化
    • 情報不足の状況、あいまいな状況に耐えられず、何か意味付けし理解したい欲求
    • 情報を教えることで優越感を得る
    • メディアリテラシー不足

    これらの条件があると流言はひろがりやすくなる。
    パニック行動の対策として、以下のことがあげられる。

    • 不安や恐怖をやわらげ、願望を満たす取り組みや情報発信(例えばマスクの代替品を配布)
    • メディアリテラシーを高める(社会的混乱を起こした場合は責任を問われることもある)
    • マスメディアの協力。袋叩きにあっている人や会社などを助けられる場合がある。
    • ファクトチェック
    • 協力行動をとることが、自分の助かる確率をあげることにつながることを理解しておく。

    「新型コロナウイルスの経済とリスクー新型コロナウイルスに絡む生活の中の追加リスク」

    (株)プロティアンアセットラボ 代表取締役 小山浩一氏

    マスクの需要と供給

    新型コロナウイルス問題前、2018年度マスク生産量は55億3800万枚(うち輸入44億2700万)、このうち家庭向は42億8400万枚であった(数値は日本衛生材料工業連合会HP)。最近では本年5月に8億枚超の生産と報道がある。年間では96億枚を超える。18年度55億枚に比し生産量は増えている。需要はどうか。今みんながマスクを欲している。仮に人口約1億2000万人の60%が一日1枚購入すると年間で259億2000万枚である。
    全体が不足しているが、買い物は自由にできる。多く買えた人と買えなかった人がいる。この問題解決例として台湾がある。台湾では全民健康保険証カード(全国民のもつICカード)に様々な情報を登録し、マスク購入の履歴を管理制限した(2月中旬海外渡航歴も登録)。2月6日からのマスク購入制限で一人1回2枚まで購入でき、その後7日間購入できない(現在、数値は変更されている)。不足状態をみんなで公平に負担する仕組みといえる。
    日本で個々人の情報を登録し、それを国が管理する仕組みを強制すれば、大変な問題になるだろう。同様の方法が可能なものにマイナンバーカードがある。しかしマイナンバーカードを持つかどうかは我々の自由である(普及率14-15%)。このような制度的状況には背景となる考え方がある。国民の行動等プライバシーに関わる情報を国が管理することにはリスクがあるという考え方である。コロナ問題が起きる前までマイナンバーカードの普及促進策に批判的報道は多く、実際作る我々国民は少数だった。今、台湾を礼賛しても始まらない。短期的には創意工夫で乗り越えるしかない。価格(一つ目と2つ目で相違)、繰り返し使えるマスク、買い物抑制等である。長期的にはマイナンバーカードをキーに平常時と緊急事態下のリスク管理のバランスを検討する必要がある。

    被害者リスク

    マヌカハニー、タンポポ茶、ハーブ等以前から売られていたものが、最近「新型コロナから身を守る」効能を表示して販売された。これらは消費者庁から適正表示の改善要請が出され、改善されている。人は特定の不安材料を認知すると不安が実現すると思いやすく、高価なものでも買ってしまう。そのため先の表示例から投資詐欺まで生じている。冷静な消費行動が求められる。投資詐欺では、持っている金融資産すべてを投資し、詐取された例が後を絶たない。普段から「卵はひとつのかごに盛るな(危険分散)」との考え方を身に着けてほしいと思う。

    加害者リスク

    マスク不足でいらつき、店員につめよる。新型コロナ問題によって、カスタマーハラスメントに無関係と思われた消費者まで加害者となるリスクが増大している。これまでカスタマーハラスメントは主に被害者の代表である労働組合や業界団体などが対応に取り組んできた。しかし加害者リスクをもっているのは消費者である。消費者団体も消費者のあり方(「お客様は神様ではない」)を考え、労働組合や業界団体等と連携しこの問題に取り組むべきではないか。カスタマーハラスメントをなくしていこうという社会的総意が必要と思える。

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