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  • 「海洋・雪氷圏特別報告書について」開かれる

    2020年3月19日、日本科学技術ジャーナリスト会議 定例会「海洋・雪氷圏特別報告書について」が開かれました(於 プレスセンター特別会議室)。講師の石井雅男さん(気象庁気象研究所 気候・環境研究部 部長)は、海洋の物質循環の観測・研究に長く従事されてきました。今は、2021年4月に公表予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第一作業部会第6次評価報告書の執筆も行っています。
    新型コロナウイルス感染症が心配な時期だったので、参加者はアルコール消毒をしたり、マスクをして間隔をあけて座ったりして、お話を聴きました。海洋といってもいろいろな分野の研究があり、「メールで質問を下されば、それぞれの専門家につないで後から回答しますよ」と、ひとつひとつの質問に丁寧に回答して下さり、直接にお話しをうかがえてよかったと思いました。

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    石井雅男さん

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    海洋・雪氷圏特別報告書の表紙

    主なお話の内容

    はじめに

    日本は海に囲まれていて、海からとても多くの恩恵を受けています。しかし、多くの日本人にとっては、それを感じる機会が少ないためか、海への関心は残念ながら高いとは言えないようです。地球温暖化問題においても、海で起きている変化はとても重要で、しかも逆戻りさせることは不可能なほど難しく、今後、社会への影響がより大きくなってゆくでしょう。しかし、海で起きている変化で、今、私たちの目に見えるものや感じられることには、(報道の画像や映像で見る)異常気象ほどの衝撃はなく、その影響もまだ見えにくいためか、海の変化はあまり話題になりません。海は広くて深くて中が見えないために観測が難しく、私たちが知らないことはまだ沢山ありますが、今日は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が昨年9月に公表した「海洋・雪氷圏特別報告書」や気象庁の「海洋の健康診断表」から、科学の目で見た海の温暖化、海面水位上昇、海洋酸性化についてお話しします。

    海の温暖化

    日本列島を取り囲む海域では、過去100年ほど海水温の観測が行われてきました。そのデータによると、太平洋側でも、日本海でも、東シナ海でも、海面付近の水温は上がる傾向にあって、平均するとその上がり方は、100年間でおよそ1.1℃にもなります。
    海水温の上昇は、今、世界の多くの海域でも調べられています。特に最近は、アルゴフロートという自動観測器で活発に測られています。アルゴフロートは、10日に一回ほど、海の中で浮かんだり沈んだりを繰り返しながら、表面近くから水深2000m付近までの温度や塩分などの分布を測定することができます。今、世界の海では、26か国の調査機関が展開した約3,900台のアルゴフロートが稼働しています(日本でも海洋研究開発機構と気象庁などが、協力してアルゴフロートを展開し、データを収集しています)。
    また観測船による国際的な海洋観測プロジェクトのGO-SHIPでは、海面付近から海底付近まで、水温や塩分の変化のほか、さまざまな変化を世界の海で精密に調べています(日本では気象庁と海洋研究開発機構が参加し、それぞれ凌風丸と「みらい」で観測を行っています)。それらの観測データによると、海水温の上がり方が顕著な海域と、そうでない海域はありますが、一般的には、水温が比較的高い海の上層ではその上がり方も大きいことが分かってきました。熱が大気から海に伝わっていると考えれば、これは当然のことと言えるでしょう。このような海の温暖化によって海に貯えられた熱は、大気の温暖化によって大気に貯えられた熱よりもはるかに大きく、温暖化によって地球上に貯えられた熱量の90%以上に達すると評価されています。
    海水温が上がると、海から大気に出て行く水蒸気も増えるので、日本のようにもともと湿潤な地域では大気中の水蒸気量が増えて、大雨を降らせやすい状況になってゆきます。実際、統計によれば、短時間の大雨は降える傾向にあります。しかし、台風や、集中豪雨をもたらす前線の発生・発達については、海水温のほかにもさまざまな気象現象が関係しているので、温暖化が日本を襲う台風や大雨に及ぼす影響は、まだ十分に予測できていません。
    海水温が上がると海の生態系や漁業にも、さまざまな影響が出ます。海水温の上昇は、すでに沖縄はじめ世界各地でサンゴ礁の白化を引き起こしています。もともと海水温が高い海の上層の方が、海水温の上がり方が大きいので、海の上層と下層の海水の密度差が大きくなって、上層と下層が混ざりにくくなる「成層化」も進んでいます。成層化は、太陽光の届く海の表層で増殖する植物プランクトンの成長に欠かすことができない硝酸塩やリン酸塩などの「栄養塩類」の海洋下層から上層への供給にも影響します。そのため、特に亜熱帯域では、今後、植物プランクトンが減り、食物網を通じて、その影響が海の生態系に広く伝わっていくと予想されています。一方、成層化によって、大気から溶け込んで海の上層から下層に運ばれる酸素が減るために、海の下層では、海水中の酸素濃度が減る「貧酸素化」が進行しています。
    二酸化炭素の排出を劇的に減らして、地球温暖化の進行を抑えることは、異常気象の発生を減らすだけでなく、海の生態系の変化を防ぎ、その社会への影響を抑えることにも繋がるのです。

    参考サイト

    世界で稼働中のアルゴフロート

    凌風丸1902航海

    海面水位の上昇

    海面水位の観測にも、沿岸の潮位観測としておよそ100年に及ぶ長い歴史があります。最近は、人工衛星によって、外洋でも水位の変化が観測できるようになりました。その結果、1902年から2015年の間に、世界の平均海面水位は、12cmから21cmの範囲で上昇したと評価されています。また、今世紀に入ってからは、2006年~2015年の世界の海面水位の平均上昇率(1年あたり3.1mm~4.1mm)が、1901~1990年の平均上昇率(1年あたり0.8~2.0mm)の約2.5倍であった可能性が非常に高いと推定されています。海面水位の上昇の主な原因は、前に述べた海水温上昇による海水の膨張です。しかし、最近は、グリーンランドや南極の氷床や氷河が温暖化によって溶けたことで、海に流入した水が増えた影響も大きくなっていると考えられています。今後、二酸化炭素の排出を大幅に削減して気温上昇を産業革命前に比べて2℃以下に抑えても、今世紀末までに、海面水位は2000年に比べて29㎝から59cm、二酸化炭素の排出を減らさなければ61cmから110cmも上がってしまうと予想されています。干潟は減り、海岸の浸食も進むでしょう。
    日本の沿岸の平均海面水位は、1950年代に一時7cmほど下がりました。しかし、1980年代以後、2018年までにおよそ9cm上がり、現在は、記録がある中で、最も高い水位となっています。海面水位は、地殻変動や海流の変化にも強く影響を受けるので、地震が多く、また黒潮などの海流が周囲を流れる日本では、その原因の評価や、将来予測を正確に行うことは容易ではありません。しかし、現在、観測を続けるとともに、スーパーコンピューターを使った海の循環の数値モデルによる研究も鋭意進められています。
    海面水位の上昇は、台風による高潮や高波による被害を大きくします。世界の多くの国々では、これまで100年に1回しか起きなかったような高潮の被害が、何も対策をしなければ、今世紀末には年1回程度の頻度で起きてしまうと予測されています。2018年9月に近畿地方などを襲った台風21号が、関西空港などに大きな高潮・高波の災害をもたらしたことは、皆さんの記憶に新しいことと思います。特に、南側に開けた湾があって低地にある大都市では、今後、海面水位の上昇によって高潮被害の危険性がますます大きくなると考えられます。

    海の酸性化

    人間が石油・石炭などの化石燃料を燃やしたり、森林を破壊したりして大気中に放出した二酸化炭素は、すべてが大気中に残って地球を温暖化させているわけではありません。二酸化炭素排出量の統計値や大気中の二酸化炭素濃度の観測値から計算すると、大気に残っているのは排出した二酸化炭素のおよそ半分で、残りの半分は陸の森林や海に吸収されています。海は温暖化によって増えた熱を吸収するとともに、大気から二酸化炭素を吸収することで、地球温暖化の進行を和らげているのです。
    しかし、このような海の役わりを喜んでばかりはいられません。言うまでもなく、海水には、たくさんの塩が溶けています(海水1kgにおよそ35g)。そのほとんどは塩化ナトリウムですが、炭酸水素ナトリウム(いわゆる重曹)や炭酸ナトリウムも、海水1kgに合わせて0.2gほど溶けています。そのため、海水は弱アルカリ性で、pHはおよそ8になっています。ところが、海水に溶け込んだ二酸化炭素は炭酸になるために、海水を少しずつ中和し、弱アルカリ性の海水を中性方向へと「酸性化」させているのです。海の酸性化の速さは海域によって少し異なることが、最近の研究で分かってきました。気象庁の観測によれば、本州の南の北太平洋亜熱帯海域にてpHが下がる速さは、10年間でおよそ0.018です。0.018という数字はとても小さく感じられることでしょう。しかし、これはpHが対数で示されることによって生じるトリックです。pHの低下を、水素イオン濃度の増加速度に換算すると、その増加率は、大気中の二酸化炭素濃度の増加率とほぼ等しくなります。産業革命前の海と比べると、海面付近の海のpHはおよそ0.1下がったと考えられます。これは、水素イオン濃度がおよそ25%増えたことを意味します。
    海水の酸性化も海の生物や生態系に広く悪影響を与えます。海の生物の生育実験によれば、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物は特に影響を受けそうです。多様な生物を育み、生物多様性の宝庫と呼ばれるサンゴ礁への影響は特に大きく、二酸化炭素排出量を大きく削減して地球温暖化を1.5℃に抑えることに成功しても、サンゴ礁が高いリスクに晒されることは避けられそうにありません。実際に、火山活動の関連で海底から二酸化炭素の泡が噴出している場所(たとえば伊豆諸島式根島の御釜湾)では、サンゴやフジツボ、貝など炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物が減って、代わりに植物プランクトンなどの小型藻類が増えていることが、筑波大学の調査で分かりました。海洋酸性化は、海の生態系に大きな影響を及ぼし、それら資源に依って暮らす世界の多くの人々の生活を脅かすのです。国連の「持続可能な開発目標」(いわゆるSDGs)でも、目標14に「海の豊かさを守ろう」を掲げており、その中で海洋酸性化の抑止は重要な目標の一つになっています。

    まとめ

    IPCCの「海洋・雪氷圏特別報告書」には、次のようなことも書かれています。

    • 海洋や雪氷圏における気候の変化は、局所的な規模から世界的な規模で広く起きている。対応が遅れるほど、それらへの対処は難しくなり、場合によってはその限界に追い込まれる。
    • 海洋と雪氷圏の変化の影響を受けやすい人たちは、それらへの対応力の低い人たちでもあることが多い。

    世界中の人々が、二酸化炭素の排出削減と温暖化への適応に一日も早く取り組む必要に迫られていることは、海で起きているこれらの変化を見ても明らかと言えるでしょう。

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