第14回 ヒトゲノムを用いる実験教室「私たちのDNA」開かれる
2019年10月19日、東京テクニカルカレッジで第14回「私たちのDNA」を開きました。定員16名に対し、高校生3名(注)を含む17名が参加しました(共催 専門学校 東京テクニカルカレッジ・バイオ科、協賛 一般社団法人 遺伝情報取扱協会、特定非営利活動法人 日本バイオ技術教育学会、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)。
初めに実験概要と自分のゲノムDNAを使うにあたっての説明同意について説明を行い、参加者は各自、実験同意書に署名したうえで実験を始めました。
注:未成年者(高校生)は、自分のDNAは用いず、匿名化されたDNAを混合し全ゲノム増幅法という方法で調製した模擬検体を使って実験を行いました。
実験はうがい液から得られた口腔粘膜細胞から抽出したゲノムDNAを使ったAluと呼ばれるDNA配列が有るかどうかの分析と、口腔粘膜細胞のDNAの目視観察のふたつです。今回分析したAlu配列は16番染色体のPV92と呼ばれる位置にあり、Hカドヘリンという細胞をくっつけるタンパク質をコードするDNA配列の中にありますが、この配列の有無は健康には影響がないことが分かっています。
Alu配列を電気泳動で検出するために、目的とするDNA配列を機器を用いて増やす間、次のふたつの講義を聴きました。
講義1 DTCの現状
遺伝情報取扱協会 事務局長 ヤフー(株)グッドコンディション推進室長 市川久浩氏
YG健康保険組合常務理事 ワーク&ウエルネス(株)代表取締役
はじめに
ヤフーの社員食堂では食習慣向上のため、魚料理を150円安く、揚げ物を100円高くしたら注目され、メディアにも注目された。最近では、厚労省主催の睡眠啓発イベントでの登壇があった。身体活動、睡眠、食生活改善につながる施策推進していきたいと思っている。
DTCの歴史と可能性
「DNAの旅」という旅行会社の動画が今、注目されている。愛国心をもった人たちがそれぞれのDNAを調べたら、多様な民族のDNAが混ざっていたことがわかり、検査の参加者は国境でいがみ合うことの無意味さ、互いに広く結びついていることに気づくというお話が紹介されている。
ヒトゲノム解析コストは、2001年の100億ドルから10万円になった。商業データを利用した大規模な調査が始まり、多くの論文が出ている。ゲノムデータの利活用の時代になった。
DTC遺伝子検査サービスは医師を介さず(非医療)、消費者自らが検体採取し、疾患リスクや体質などの結果が個人に返送される。解析結果は、生涯不変な情報である。論文が更新されると追加検査をすることなしに関連情報が更新される。
被験者からは検体、アンケート、同意書をいただく。
結果では、健康の傾向を知らせ、食生活改善助言、データ解釈の根拠のデータ提供を行う。
30-70万の遺伝子を解析するが、消費者には500遺伝子の解析結果を返す。500以外の遺伝子は今後の研究対象としている。
こういう検査を続けることでデータが蓄積し、ゲノム情報と病気の関係などに関する論文も出ている。DTC遺伝子検査サービスの健全な発展は国策の中にも書かれている。
DTCに関する生活者の関心事
2017年1074人にアンケート調査を実施。遺伝子検査でイメージするものは親子鑑定・兄弟鑑定の検査が最も多く、ついで犯罪捜査での検査や、疾患リスク・体質がわかる検査の順だった。やってみたいという回答が最も多かったのは30代女性。治療法の有無にかかわらず病気のリスクについて知りたい人が多かった。次に、体重管理、アレルギー、肌(女性のみ)への関心が高かった。
不安なことは、結果を受け止められるか、知りたいくない情報はどうしたらいいのかなど。また、検査の信頼度が大事だから、実施会社の知名度や資格など、わかりやすい信頼感があるといいという意見だった。
事業者調査からみえた課題
65社の調査結果から、業務の内容が多様であることがわかった。解析から検査サービスまで通しでする、取次のみ、代理店もある。
二次サービス(食生活指導、関連商品提供)を提供する代理店の中には、分析結果と関連商品の関連性を示す情報などの公開が不十分であることもわかった。生活者が商品、サービス選択にあたり情報を十分に提供するサービス提供体制の充実が求められている。
遺伝情報取扱協会(AGI)の活動について
業界団体として、2006年、個人情報取扱協議会(CPIGI 特定非営利活動法人)が活動を開始。2019年に一般社団法人AGIとなった。CPIGIでは業界ガイドラインをつくり2015年からCPIGI認定を開始した。2019年度からは遺伝情報適正取扱認定制度として、マスターとスタンダードを設けた。適切にサービスを提供している会員、認定事業者を増やしたい。業界ガイドラインに関わる活動は、令和元年度健康寿命延伸産業創出事業(ヘルスケアサービス品質評価構築支援事業)として採択されている。
テイクホームメッセージ
今日は次の三つのメッセージをお持ち帰りいただけると嬉しいです。
- 遺伝子検査の技術や情報はアップデートされていく
- DTC遺伝子検査サービスは非医療分野
- 正しくサービスを提供している企業が増え、消費者が選択できるようになることが重要
実験風景
講義2 「私たちのDNA」開催にあたって
東京テクニカルカレッジ 医学博士 大藤道衛 さん
Alu配列と人類の進化
Aluとは「AGCT」という配列を目印にしてDNAを切る制限酵素の名前。ヒトゲノム上にあるAluで切れる約300塩基のDNA配列をAlu配列という。このAlu配列を両親からもらっている人、どちらかの親からもらった人と、いずれからももらっていない人がいる。今日はDNAの大きさを分析できる電気泳動によりAlu配列が有るかどうかを調べる。
ヒトの受精卵には卵細胞のゲノム1つと精子のゲノム1つが1対になって入っている。Alu配列はこの両親からもらうゲノムに乗っている。なお細胞内には、他にミトコンドリアには母から子に伝わるDNAが、また性別を決めるY染色体には父から子へ伝わるDNAが存在する。
38億年前に生命が誕生してからの進化はDNA配列の変化と表裏一体。20万年前、私たちホモサピエンスサピエンスが生まれ、10万年くらい前から人類の大移動があった。化石と現代人のDNA解析から人類の歴史をたどることができる。
通常、DNAが切れても(変異が起こっても)、細胞が持っているDNA修復機能により99%以上が修復される。しかし、生殖細胞のDNAで起こった変異が残ってしまうと、その変異は子孫に伝わる。16番染色体PV92にAlu配列をもつ人はインド、アジアに多く、日本人でAlu配列を持っている人は半分以上である。
今日は私のゲノムDNAを調べているが、「私のDNA」は親兄弟さらには私の先祖や子孫とも共有しているので「私たちのDNA」を調べるということになる。
生まれと育ちとゲノム
健康や病気には遺伝的要因と環境要因が複雑に関係しあっている。ゲノムDNA配列は一生不変だがメチル化されることで遺伝子が働かなくなり、体質や外見に影響がでてくる。
このため、年をとるとDNAのメチル化によって遺伝子の働きに変化がでてくる(エピジェネティクス)ので、ゲノムが同じ一卵性双生児でも成長すると外見や体質に違いがでてくる。このようにゲノムでヒトの体質や病気の全てが決まるわけではない。
そこで、遺伝子検査を受けることで自分の遺伝的要因を知り、食生活など生活環境(環境要因)に注意することでアルツハイマー、一般のがんなどの発症リスクを軽減化できるかもしれない。
ゲノムDNA解読技術の進歩
1995年ころから、いろいろな生物のゲノムが解読されてきた。1998年ころの解読装置(シーケンサー)1台でヒトゲノムを解読したら、8年の歳月と3億ドルものランニングコストがかかる。今は次世代シーケンサー(NGS)のお蔭で、わずか数日で10万円以下の経費にてヒトのゲノムが解読できるようになった。
スティーブジョブスは、2011年すい臓がんで亡くなったが、亡くなる前に研究者に依頼して自分の正常細胞とがん細胞ゲノムのNGSによる比較研究を行い、どのような仕組みでがんになったかを調べた。研究成果は彼の治療には至らなかったが、ゲノム上の遺伝子変異を丹念に見ていくことは、健康、病気を見つめていくプレシジョンメディシン研究の考え方につながっていく。
ゲノムリテラシー教育
1970年代から、アメリカではバイオサイエンスが発展し、1995年の全米科学教育基準(NSES)にはDNAサイエンスが加えられた。それを受けて、1997年、米国バイオ・ラッド社は研究現場と同じ試薬を使った遺伝子・ゲノム教育教材を開発し販売した。この開発の中で、高校教師から大学院に進み教材研究を行ったロン・マディジャン氏(2007年死去)の功績は大きく、全米科学教育協会(NSTA)には優れた教員に対するロン・マディジャン・アワードが設けられている。アメリカでは国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)が中心となり、1953年にワトソン、クリックがらせん構造を論文発表し、2003年にはヒトゲノムプロジェクトが終了した日として4月25日を「ナショナルDNAの日」として、ゲノム・遺伝子・DNAの理解を広めようとしている。ゲノムと健康や病気の関係がわかってきた現在、誰もがゲノムリテラシーを育むことが大切である。
質疑応答
- 教科書にのっていない、生活、健康、家族のことを学べた。教員として、地に足のついた勉強が大事だと思った。
- 本格的機器を使えたことに感動した。DNAを身近に感じた(高校生)。
- 植物のDNAを使ったことがあるが、ヒトは初めて。ゲノムが全てでないことがわかった。将来は遺伝子の分野へ進学したい(高校生)。
- 授業できいていたが、身近でなかった。実験をすることで理解が深まった気がする。DNAに関わっていきたいので、頑張って勉強する(高校生)。
- 2回目の参加だが感動。ミトコンドリアDNAも調べてみたいと思う。
- やりたかった実験が初めてできて感動。
- 自分のルーツを探したいと思った。
- いろいろな科学技術の中で個人におりてくる技術に関心があった。電子的な技術やIOTが生物分野におりてきている期待感がある。プログラミング教育が学習指導要領に加わったようにゲノム教育も一般市民のもとにおりてくるのか楽しみ。今日の講義はアートのようだったと思う。
- 白衣を着たことも、実験をしたことも全て初めて。DNAの目視観察に感動した。講義も理解出来た気がして、楽しかった。
- 9年前の改訂で生物教科書は大きく変わった、日本の生物にはhuman biologyが少ないと思う。
- ペットビジネスでのDNA検査に関わっているが、体験してみて研究現場の苦労を知った気がする。
- 話が分かりやすかった。日本でゲノムを利用してどんなビジネスができるかを考えてきたが、世界の関心から見直すべきと思った。
- 多様な意見を聞けた。こういう企画に感謝。
- 生徒に関心をもってもらう努力をしている。教育現場で今日の経験を活かしたい。
- 企業のがん検診で、腫瘍マーカーがB判定だが、生活は何も変わらない。ゲノム情報が加わるとより正確な予測ができるかなあと思った。ゲノム情報と食生活の関係で不安がある。フェイクミートなども勉強しなければと思う。
- 日本文学部卒。仕事で社員の健康管理、ヘルスリテラシー、ゲノムリテラシーに関わるようになり、自分のことを知る大人が少ないと感じている。より楽しい健康な暮らしのために、ゲノムも健康ももっと知りたいと思う。