「倫理審査委員会の『一般の立場』委員のための研修会」開かれる
2019年9月13日、「一般の立場」委員のための勉強会が、医科学研究所近代医科学記念館で開かれました。全国の病院や研究所で臨床研究が行われるとき、医療の関係者、法学や倫理の専門家、「一般の立場」の委員から成る、倫理審査委員会が開かれます。今回は「一般の立場」の委員が全国から集まり、倫理審査委員会の成り立ち、一般の立場の委員の役割について学びましたが、参加希望者が多くて開催回数を2回に増やすほどでした。また参加者の多くは、所属する委員会から助成を受けており、全国の倫理審査委員会において委員の研修への関心が高いこともわかりました。この研修会を行った日本医療研究機構AMEDは、教材REC Educationも開発・公開しており、すでに12のコンテンツができており、誰でもアクセスできます。第1部では、東京大学医科学研究所 生命倫理研究分野 准教授 神里彩子さんから開催に至った経緯や一般の立場の委員の役割について、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」を拠り所にしながら説明がありました。
参考サイト REC Education
第1部 座学
本研修会の開催にあたり
「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」第10条2(4)に倫理審査委員設置者は委員に研修の機会を与えることと書かれ、第11の1(6)には、委員は教育・研修を受けなければならないとなっている。
このように指針には述べられているが、委員がどの程度の研修の機会を得ているのかと考え、1408委員会に調査した。538名から回答があったが、事前に教育を受けた人は4割弱であった。その中で一般の立場の役割を学んだ人は3割弱で、委員会でどのように発言していいかわからないという声が多かった。侵襲、介入など専門用語がわかりにくいという意見も多かった。これが本研修会の企画のきっかけ。
「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」
指針は161ページもあり、覚えるのは大変。調べたいときに、あたりをつけて指針を開き、確認する習慣をつけること!今日は指針そのものでなく、指針の内容も含んでいるガイダンスの方を教材とする。
医学研究には健康の保持増進、患者の回復、生活の質の向上のために行うものがある。人を対象とする研究では人、ご遺体、人の組織、アンケートなど人に関するものが対象になる。介入を行う研究を臨床試験といい、薬や医療機器製造のために厚生労働大臣の承認を得るために行う臨床試験を治験という。
臨床試験には、臨床試験は臨床研究法、再生医療などの安全性の確保に関する法律、遺伝子治療などの臨床研究に関する指針、ヒトを対象とする医学系研究に関する倫理指針の一部など、多くの法律や指針が関係している。
どの指針にも共通していることは、倫理審査委員会で事前に審査を受けることと、その中に一般の立場の委員がいなければならないこと。これは国が一般の委員に期待していることの現れだとも考えられると思う。
医療と臨床研究の大きな違い
医療は医師と患者の間で、患者だけのために行われるが、臨床研究では医者は患者の治療をしながら、その向こうにいる多くの患者に利する医学的知識の増大を目指している。たとえばプラセボ(偽薬)割り付けにおいては、治験薬の対象にならない患者さんもでてくる。健常人ボランティアにとって、その研究がその人に役に立たない可能性もある。だからこそ、倫理審査委員会は被験者保護の配慮をしなくてはならない。
何を審査するのか
アメリカ国立衛生研究所(NIH)のエマニュエルらは研究倫理7要件を次のように定めている。
- 社会的・科学的価値がある研究か
- 科学的妥当性はあるか
- 公平で適正な被験者の選び方をしているか
- リスクの最小化、適切なベネフィットの配分がなされているか
- インフォームドコンセントはとれているか
- 被験者の尊厳は守られているか
- 独立した審査ができる状態になっているか
例えば科学的な必要性を超えて特定の人から高頻度で採血していたり、同意を取っていなかったり、審査委員会の審査を受けていなかったりしたら、上記の7要件から外れていることがわかる。
一般の立場委員の必要性
委員会の成立要件は指針第11 2(1)の倫理審査委員会の役割・責務などに書かれている。
みんなで審査することが大事という考え方から構成要件が決められており、これは世界共通。なぜならば、被験者は通常、一般市民だから、一般市民の感覚、理解度、気持ちで、一般の立場の委員は研究計画をみて、被験者になったつもりで意見を言ってほしい。
一般の立場だからできること
患者寄りの立場で意見を出していくことが一般の立場の委員の役割。
一般市民1,002名に、医学用語の認知度と理解度のインターネット調査を実施(2018年12月)。「臨床研究」を理解していると回答した人の中で正解した人は4分の1だった。
疫学研究、介入研究を理解していると回答した人が1割で、正解した人はその半分弱。前向き臨床研究、後ろ向き臨床研究、二重盲検、ランダム割り付けを正確に言える人は本当に少ない。説明文書のわからないことを伝えるのも一般の立場の大事な役目。
一般の立場の委員には、説明文書には十分な情報がわかりやすく書かれているか、誰がいつ説明するのか、研究への参加を断りやすい環境が整っているか、被検者に考える時間は与えられているか、小児・高齢者への配慮はできているか、参加中に体調が悪くなった人に対応する準備はできているか、などを被検者の気持ちになって考えてほしい。そして、良い研究をしてもらうために、どのように意見をいったら、医師や研究者に伝わるかも考えて積極的に意見を言っていただきたい。
第2部 質疑応答・話し合い
第2部では参加者からの質問に講師が答えたり、参加者が自分のケースを説明したりして、活発な話し合いになりました。
- は参加者の質問、 → はスピーカーの発言
- 有害事象と因果関係がないというのに基準はあるのか
→合併症 併用薬 原疾患 転倒など有害事象が当該研究に起因するものでないと判断できるときは因果関係なしとされる。 - 多施設共同臨床研究で、主たる施設の倫理審査委員会で承認されていると、分担研究施設の委員会では「大丈夫だろう」という意識が働いてしまう気がする。
→主たる施設で承認された書類でも適切でないと思われることがある。その場合、他の施設に意見を申し入れることを議事録に残し、申し入れることを承認の条件にすることもある。 - 一般の委員が発言しやすい工夫をされていると思うか
→専門知識がないと専門家の委員が説明してくれる。委員長が一般の立場の委員の意見を尊重しているかどうかが、委員会の方向性になるように思う。委員長が一般の立場、人文科学系有識者に発言を促すようにすると、幅広い議論ができると思う。 - 新しい医療技術の進化について自分のブラッシュアップとして実際にやっていることはあるか。
→インターネットで調べる。関連記事を読む。専門用語の1行説明テキストやハンドブックがほしいと思う。 - 自分自身の倫理観をフラットに保つために必要なことは何だと思うか。
→倫理観の基本は私見だと思う。倫理観はそれぞれ異なり、その人の中でも変化する。そういうときに倫理指針を共通のよりどころにするのがいいのではないか。 - 患者さんの生活ぶり、研究の現場を知ることができたら審査に役立つのではないか。
→事務局もそういう機会をつくれたらといいと思っていた。 - 統計解析についてはわからないことが多い。
→統計に関連する用語が説明同意文書に書かれている場合、患者さんは理解できているのだろうかと思うことが確かにある。一般の立場の委員には、患者さんや家族にとって統計はハードルがいかに高いかを、委員会のメンバーに伝える役割もあると思う。
近代医科学記念館では、伝染病研究所(伝研)として1892年に誕生してからの(明治25年)歴史資料をみることができます。