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  • 生協総研 公開研究会「ゲノム編集技術の食品への応用―消費者目線での考察」

    2019年7月30日 日本生協総合研究所主催の勉強会がひらかれました。ゲノム編集に関する情報提供の後、ディスカッションが行われました。冒頭、同研究所 小熊竹彦事務局長より消費者の8つの権利、消費者基本法のお話がありました。この開会のことばのお陰で、参加者全員、基本に立ち返って学びの機会を共有することができました。

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    小熊武彦事務局長

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    大島正弘氏

    情報提供1 「ゲノム編集技術の食品への応用に関する基礎知識」

    農研機構 生物機能利用研究部門 大島正弘氏

    はじめに

    次の二つの諺は遺伝と品種改良(育種)の本質をとらえていると思う。ひとつは「カエルの子はカエル(両親から生命の設計図をもらう)」、もうひとつは「トンビがタカを生む(遺伝子が混ざってよい所が合わさったり、設計図自体が変わったりしてよい変化が起きる)」。
    品種改良の過程で、植物の脱粒性が失われたことは、植物にとってはタネを広い範囲に散布することにより子孫を残す戦略が無効になる不都合な変化だったが、生産者には利益をもたらす変化だった。この様なヒトにとって好都合な変異を重ねていくことで現在の作物ができている。更に品種改良の過程でも、様々な変異が導入されている。例えば、コシヒカリに薬剤処理をして起こった2か所の変異によりミルキークイーンができた。ミルキークイーンはこの変異の結果、もちもちして冷めてもおいしい、という特性を獲得している。
    しかし、品種改良には時間がかかる。リンゴなどの果樹では、交配で新品種を作ろうと、50年を費やした事例もある。DNAが切れて修復ミスが起きることによる突然変異は自然界でも起こっており、その結果性質が変化したものが生じているが、どこに起きるかは予測できない。放射線や化学物資で変異を起こす場合も同じである。

    ゲノム編集

    ゲノム編集を一言で言うと、切りたい場所を切れる技術。DNAの4種類の塩基でできた20文字程度の長さのガイドRNA(荷札)が切断を起こす酵素タンパク質(ハサミ)を切りたい場所へ導く。20文字の塩基の並びが現れる確率は、塩基が4種類なので、4分の1の20乗で約1兆分の1となるはず。これまでの突然変異を利用してきた品種改良ではどこに変異が入るか予測できなかったが、ゲノム編集は狙ったところを切ることができる。自然界に起こる突然変異をなぞっている技術でありながら、より正確になっている。
    また、ゲノム編集はコムギのような同じ遺伝子が多数ある(高倍数性の)作物では特に威力を発揮する。コムギは6倍体なので、ほぼ同じ遺伝子が6個あり、変異を起こすときは6個すべてに変異を起こさなければならず、交配による品種改良で実行することはとても難しいが、ゲノム編集では6個の同じ遺伝子に変異を入れることができた。
    ゲノム編集技術を利用して、現在、日本では高GABAトマト、養殖しやすいマグロなどを開発中。

    課題

    オフターゲット(目的以外の配列を切ること)は医療では重大な問題だが、植物では想定外の変異が起こったとしても、その後交配を重ねて選抜していく過程で、そうした目的外の望ましくない変異が無いものを選抜することができる。オフターゲットを減らす研究も進んでいる。動物での実験では荷札となるガイドRNAやハサミのタンパク質を直接導入することができるが(組換えでない)、植物では初めに遺伝子組換えでハサミの遺伝子を導入する場合が多い。こうした場合は、作出時点では遺伝子組換え植物となるが、交配によってハサミの遺伝子が残っていないものを選抜することができる。とはいえ、植物にも直接、ハサミのタンパク質を入れられるような技術の研究が進んでいる。

    規制

    ゲノム編集で生じた変異の幅は自然界で起こる変異の幅と同じであり、特段両者を分ける理由がないが、ゲノム編集のために導入した外来遺伝子が残っていれば組換え体となるため、外来遺伝子の存在の有無で規制の対象かどうかを判断する。ゲノム編集の中でも、外来遺伝子の導入を目的とするSDN-3は明らかに遺伝子組換えとなるが、外来遺伝子が含まれないSDN-1は遺伝子組換えではなく、遺伝子組換え生物としての規制を受けることはない。SDN-2は鋳型配列が同種の生物に由来する場合には組換えではないとの判断も成り立つ。
    今回、ゲノム編集を応用した食品・作物についてSDN-1であっても届出を要することになったのは情報蓄積のため。

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    くらしとバイオプラザ21 佐々義子

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    森田満樹氏

    情報提供2「ゲノム編集技術をめぐるリスクコミュニケーション」

    くらしとバイオプラザ21 佐々義子

    啓発資料の作成

    くらしとバイオプラザ21では、戦略的イノベーションプログラム(SIP1 2013-2018)「新しい育種の社会実装」コンソーシアムの中で、ゲノム編集に関する啓発資料作成を担当した。そこで多様な関係者の意見を基に、ゲノム編集技術の育種技術における位置づけ、技術の必要性と展望、遺伝子組換え技術との違いを説明する方向で資料を作成した。

    ステークホルダー会議

    多様なステークホルダーを巻き込んだ早期からのコミュニケーション(Upstream Public Engagement)を目指したが、実物がないと消極的な方向に議論が向ってしまうことが多い。生産者、事業者、消費者などのロールプレイを取り入れたワークショップを考案して幅広い意見だしを試みた。ソラニンができないジャガイモの場合、数個なら芽をとればいいが、事業者が大量に扱うことを想像すると、多様な意見がでてくることがわかった。

    食品の表示

    外来遺伝子が残っていない農林水産物に対して、遺伝子組換え作物・食品と同等の安全性審査は求められないことになった。開発者には届け出が強く求められるが、日本で生まれたゲノム編集農林水産物が上市される見通しもでてきた。遺伝子組換え、食品添加物などの経験を踏まえ、「〇〇でない」という表示は〇〇が悪いものだと連想させる恐れがあり、「〇〇ない」表示のルールは慎重に考えたほうがいいと思っている。

    情報提供3「日本国内のゲノム編集技術をめぐる規制について」

    一般社団法人 Food Communication Compass 森田満樹氏

    ディスカッションの前に、環境と食品の観点から現状の進捗状況をおさらいしたい。
    2018年6月、統合イノベーション戦略の閣議決定においてゲノム編集の利用により得られた生物のカルタヘナ法上の取り扱い、食品衛生法上の取り扱いついて2018年度中を目途に明確化することが求められ、昨秋より環境省(カルタヘナ法)、厚生労働省(食品衛生法)で検討され報告書がまとめられ、パブリックコメントが求められた。
    厚労省のヒアリングでは、一部の消費者団体は組換え同様の安全性審査を求めたが、私は外来遺伝子が導入されていない場合は安全性審査までは必要ないが、届出は必要とする意見を述べた。今後は手続きの透明性と届出制度の実効性が問われるだろう。リスクコミュニケーションが必要なのは言うまでもなく、実際に届出が行われ、商品が流通するようになって具体性がでてくるのではないか。

    パネルディスカッション

    パネリスト 大島正弘氏、佐々義子
    ファシリテーター 森田満樹 氏

    会場から多くの質問が出て、ファシリテーターが内容を整理し、専門家が答える形で進んだ。

    技術に関すること

    • DNAとゲノムの言葉が整理されない
      →ゲノムということば広まってきたのは、関連する技術の発展によると思う。DNAはデオキシリボ核酸という化学物質の名前でそこに情報がのって「生命の設計図」が遺伝子。生命の設計図の集合体がゲノム。
    • ゲノム編集の施設はどんなところか。簡単に個人でもできると聞いたが
      →DIYで勝手に実験するのはだめで、ルールに従って行わなくてならない。また、操作が簡単だといっても、無菌で培養しなければならないので、注意が必要。ゲノム編集は期待されている技術だからいろいろな施設で利用されていけばいいと思う。
    • ゲノム編集のハサミはどうなるのか。タンパク質を導入したときはどうするのか
      →ハサミの遺伝子は交配で除去する。タンパク質で導入した場合も、働いた後は除去し、最終製品には残らない
    • 上市が近い作物はSDN1か
      →はいそうです。
    • SDN2は開発されているのか
      →SDN2はケースバイケースでみていくと思うので、遺伝子組換えとの境界は一概にはいえない。例えば、コシヒカリとミルキークイーンの違いは2か所の変異。ミルキークイーンをSDN2として扱ったとしても、組換えに該当しないのではないかと想像する。組換えかどうかの判断のめやすのひとつは外来遺伝子があるかどうかにある。
    • SDN1、SDN3と遺伝子組換えの違い
      →SDN1は狙った場所を切って変異を起こす。SDN3は狙った場所を切って外来遺伝子を入れる。遺伝子組換えは何らかの方法で外来遺伝子を入れる。我々も経験するところだが、遺伝子組換えの場合は入った場所によって発現量(外来遺伝子の働き方)が違ってくる。

    規制・特許

    • EUの状況はどうか
      →EUはプロセスで判断する(プロセスベース)ので、ゲノム編集も新規という扱いになる。SDN1は自然突然変異と区別ができないので、プロダクトベースでは新規として審査されない。だからこそ、コンサルテーションや届出制度の実効性が問われる。実効性が担保されてデータが蓄積されていけば、懸念も払しょくされるのではないか。

    消費者の懸念

    • 遺伝子をゲノム編集で切った後に起こることは未知ではないか
      →読み枠のずれまで徹底して調べているので、まったくわからない「未知」とは違う。
    • 届出制度になったのは栄養成分の変化やアレルゲン発生の不安があるためではないのか
      →遺伝子組換えの時からアレルゲンはデータベース、分子構造をもとに議論されてきた。ゲノム編集は狙った場所に変異を起こすので、これまでの育種に比べて何が起こるかわからな度合いはずっと小さい。研究の途中での検証も可能。
    • 遺伝子レベルで検証できないのがゲノム編集と聞いているが、研究途中での検証可能とは矛盾するのではないか
      →開発者なら自分が編集を加えたプロセスを追跡できるが、最終製品でみせられたら、それが自然突然変異で起こったか、人が起こしたかはわからない。生物にはSNP(一塩基多型)という一塩基の変化があり、これなどをひとつひとつみても、人工で起きたかどうかはわからない。
    • ゲノム編集は食べて安全か
      →食品衛生法の中で判断されているものは安全だから、食べる
    • できればゲノム編集食品を避けたいという要望に応えたり、逆にブランド化したりするときのために標識はつけられないか
      →例えば、数塩基抜け落ちた場合は、抜けた配列を公開すればそれをみてゲノム編集していないことはわかるだろう。
    • 痕跡がないので、ゲノム編集かどうか判断できないというなら、編集するときに目印を残すことはできるか
      →開発者が識別できるような標識を意図的に入れることはできる。見分けるために色を変えるとなると、遺伝子組換えで色の遺伝子入れることになり、遺伝子組換え作物となるので安全性審査が必要になる。ゲノム編集は自然突然変異と区別できない(より自然に近い)ものに、あえてDNAのマークを入れる意味はなにか

    啓発活動

    • 生協でパンフをつくるなどの啓発活動が行われているが、まだ、遺伝子を知らない人もいると思う。学校教育も含めて対象にあわせたリスコミが大事だと思う。
    • ステークホルダー会議は組合員に情報発信をするときにやってみたいと思う。

    特許

    • 特許はどうなっているのか
      →よい品種ができれば品種登録によって品種の権利は守られる。特許を使用したら、使用料を支払うことになる。
    • アメリカの特許は
      →クリスパーはふたつのグループが競争している。シャルパンティエ・ダウドナのチームはガイドRNAの特許、MITと中国のチームは真核生物に利用するクリスパーキャス9について主張している。タレンは企業が特許をもっていて基本特許に対して使用料を払って利用する。実際には、互いが持っている技術の利用について交渉し、使用料として支払わないこともある。
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