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  • 定例総会記念講演会「バイオ業界の現状と課題~バイオ産業の振興に向けて」

    2019年5月16日、くらしとバイオプラザ21定例総会記念講演会を開きました。日経ビジネス編集委員・日経バイオテク編集委員 橋本宗明さんをお招きし、「バイオ業界の現状と課題~バイオ産業の振興に向けて」というお話をいただきました。

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    橋本宗明さん

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    会場風景

    お話の主な内容

    はじめに

    バイオ関連の取材を始めたのは2001年でヒトゲノム解読が間もなく完了と話題になっていた頃。日経バイオビジネスという雑誌と日経バイオテクというニューズレターの編集を通じて、バイオ分野に長くかかわってきた。今夏、バイオ戦略が出るそうだが、戦略策定作業は昨年から続いていて多角的に広がりすぎてしまいやすく、苦労しているようだ。実際には日本企業のバイオ産業への参入はなかなか成功せず、撤退しているところも多い。しかし、環境問題などの解決に向け、バイオへの期待は高まっている。日本はバイオ産業振興ではあまり成功していないが、製薬産業はバイオ産業化に成功しており、その現状とこれからについてお話する。

    1. これまでの20年、製薬市場で起きたこと
      (1)世界の医療用医薬品市場
      医療用医薬品企業の世界ランキング20位までを2000年と2016年で比較すると、なくなった会社もあり、規模が大きくなった会社もある。例えばロシュは順位を上げ、アムジェンは2000年にはまだランキングに出てこなかった。この間に医療用医薬品の世界市場は2000年の3600億ドルから、今は1兆ドル程度に拡大した。市場が拡大した理由として、新興国の発展、新薬がどんどん出たこと、高価なバイオ医薬品が登場したことがあげられる。
      バイオ医薬品は遺伝子組換え微生物によってつくられる。インスリンは組換え技術を使えるようになって利用が拡大した。1998年ジェネンテックが抗体医薬のハーセプチンを発売した辺りから、バイオ医薬の市場が急拡大していった。
      2016年の世界の医薬品の上位20品目のうち9品目が抗体医薬品やタンパク質。売上高10億ドル以上のブロックバスターだけを見ても品目数では3分の1が生物製剤で、売り上げでは45%を生物学的製剤が占しめる。新薬を開発していくタイプの製薬企業にとって、バイオ医薬品はさけられない。
      (2)抗体医薬はなぜ台頭したか
      薬価が高いこと、後発品がなく、バイオシミラーが出てきても先発医薬品の売り上げの下落はゆるやかであること、開発期間が比較的に短いこと、予想外の副作用はでにくいことが製薬企業には魅力的。
      抗体医薬は特許があったり、製造設備への初期投資が必要で低分子化学医薬品の会社は参入しにくかったりして新しい企業の参入が難しかったが、受託製造の普及もあり、低分子医薬品の会社も抗体医薬を始めた。
      ロンザ(スイス)、ベーリンガー・インゲリハイム(独)などによる抗体医薬の受託製造ビジネスが勃興。ここにサムソンバイオロジック社(韓国)が投資するなど、製薬企業以外も受託製造業に入ってきた。日本では、富士フイルム、三菱ガス化学、味の素、旭硝子、東洋紡など大手が参入。今後、年に8%位伸びていくといわれている。
      かつては医薬品の大半は低分子だったが、抗体医薬(高分子)が登場し、さらに新しいモダリティとして、ペプチド、核酸などが続々と登場している。
      私たち日経BPでは、「創薬パイプライン分析」を行った。臨床開発段階にある4000以上のプロジェクトで何がつくられているかを調べたところ、2017年と2018年の比較だけでも、低分子、抗体、タンパク質が減って、ワクチン、抗体薬物結合体などが増えていた。そのほかにホルモン、ウイルス製剤など多岐にわたるモダリティが登場している。研究開発プロジェクトでは低分子が6割だが、海外では低分子は半分で、低分子以外、より多様なモダリティが手掛けられている。日本製薬企業はモダリティの多様性の動きでは遅れていることになる。
      なかでもファイザーは多様なモダリティに取り組んでいる。ノバルティスもいろいろ扱っている。ロッシュ、バイオジェンは抗体が多い。多様なモダリティを手掛ければいいというわけではなく、低分子を得意としながら急成長しているギリアドのような会社もある。日本の製薬企業をみると、モダリティは多様ではないが、武田、アステラス、第一三共は幅広くやっている。大塚は低分子の割合が多い。
      過去20年に起こったことのまとめ
      化学合成品で占められていた製薬産業に1980年代後半に遺伝子組換え製剤、1990年代後半に抗体医薬が登場した。アムジェン、ロッシュが伸びた。化学合成だけの企業は衰退したが、受託製造ビジネスが起こり、製薬企業以外(日立製作所、三菱化学など)の企業も参入してきた。
    2. なぜ 製薬産業はバイオ化したのか
      2003年ヒトゲノムの解読が完了し、病気に関連する遺伝子とタンパク質の関係が解明されてきた。タンパク質より遺伝子の方が扱いやすいこと、解析技術が進歩し原因遺伝子をみつけやすくなったことなどが理由として挙げられる。
      原因遺伝子が見つかれば、標的タンパク質が手に入り、それを動物の体内に入れると抗原抗体反応により抗体ができ、それを基に標的タンパク質に対する抗体医薬が作れる。低分子化合物だと、標的タンパク質を決めた後、化合物を見つけだし、最適化していくプロセスに時間がかかるが、抗体医薬は生物が持つ抗原抗体反応という仕組みをを利用して短期間で医薬品を開発できる。
      技術が標準化されたので、受託サービス企業のエコシステムが構築され、だれもができるようになった。また、バイオ医薬品は高価で、かつ命に関わるものだから市民に受容されやすい。その上、遺伝子組換え技術を使った方が、動物から有用物質を取り出すよりウイルス感染のリスクが少ない。
      このような利点がある中で、レギュレトリーサイエンスができ、医薬品における遺伝子組換え技術は受容された。治療法のない疾患に治療法を与えられるという期待が大きく、バイオ医薬品という新市場が開拓されてきた。
      しかし、製薬産業以外の分野では課題も多い。一般論としてバイオマスとバイオ技術を産業利用するときには次のような課題がある。
      • バイオプラなどのバイオ製品は既存品にコストで負け、市場が広がらない。
      • 農業・食品産業分野では遺伝子組換え技術への消費者アレルギーがある。
      • 生物由来合成物は混合物であり、精製が難しい
      • 製品化まで時間がかかり、その間にサイエンスが進化し技術が陳腐化しやすい
      それでも今、バイオ産業振興が推進される理由は以下のようなものだ。
      • 温室ガスなどの取り組むべき環境問題がある。
      • バイオプロセスは酵素反応など用い、省エネルギー。
      • ゲノム解析コストが安価になっている。
      • ゲノム編集、ゲノム解読、ゲノム合成技術の革新で、利用が限定されている遺伝資源を自由に使えるようになる。
      • 生物を工学的に利用する可能性が拡大している。
      たとえば、半導体が低コストして普及したように、ゲノム解析コストはどんどん低減化し、同時にゲノムデータの集積は進んでいるので、期待できる。
    3. ゲノム編集技術の産業へのインパクト
      クリスパーキャス9の改良型がどんどん出てきており、複数個所の書き換えもできる。日本でも医療や農水畜産分野で規制の議論は進んでいる。外来遺伝子が残っていなければ、遺伝子組換え農作物・食品に課せられていた審査を受けないですむ。アメリカでは高オレイン酸ダイズが流通している。
      「合成生物学」がアメリカと中国で普及している。DNA合成コスト低下で、いろいろな生物でタンパク質を発現させられる可能性がある。有用物質の生産も進むかもしれない(スマートセルインダストリー)。2016年、クレイグ・ベンターが最小限のゲノムを持つ人工生命体、ミニマルセルの作製を発表。2025年を目標にヒトゲノムを合成する国際プロジェクト「ヒトゲノム合成計画」もスタートした。アメリカではDNA合成を行う合成生物学の研究者がいて、ベンチャーも誕生し、DIY(Do it yourself。手作り感覚で個人でも実施可能)のコミュニティもできている。
      一般論として、バイオマスとバイオ技術の産業利用にむけた課題は克服出来るのか
      • コスト:化学プロセスは生物プロセスより安い。環境問題はバイオプロセスのほうが適しているはず。
      • 市場:小さい。用途を広げながらコストを下げていく。製造受託ビジネスでコストが下がり、需要が増え、市場が広がる。
      • 時間:技術開発に時間がかかるが開発の進行速度が上がることが期待される。
      • 規格化:ユーザーを巻き込んで、難しい標準化を促進していく。
      • 消費者:組換え技術へのアレルギーが心配だが、食料不足対策として理解されるかもしれない。レギュレトリーサイエンスを農林水産分野で確立する必要がある。みんなで利用するための規制という前向きな議論が出てくるといい。
      そもそも生物ゆえの根本課題、すなわち、生物は未だになぞだらけで活用できるのだろうか。生物は混合物で、均一性が求められる工業原料となりえるのか。生物は環境影響を受けやすく、制御するには膨大な情報を取得し、解析する必要がある。また、生命現象はきわめて複雑で全体像を理解するにはまだ長い時間がかかる。こうした課題をどう考えていけばよいか。
      上記の課題に関しては以下のように考える。全体像を理解するのは困難でも、複雑な生物の全体像をすべて理解できなくても部分的に利用すればいいのではないか。不均一な混合物のである点は、抽出精製技術の開発で克服できる。生物由来の膨大なデータをAIでビッグデータとして活用したりして課題を克服していけないか。
      バイオ産業振興に何が足りないこと。それは、①人材・設備への投資の不足、②レギュレトリーサイエンスの整備や規制サイドからの支援(振興のための前向きな進め方)、③周辺産業を含めたエコシステムの整備、④優先投資先を決める意思決定ができていない、⑤既存産業の覚悟(プラスチックと共存する生プラは無理なのでは)
      そこで、バイオ戦略有識者会議に期待している。網羅的、総花的でなく、日本の強みで勝てるバイオ産業分野への集中的な支援が必要。
    4. 将来展望
      (1) 医薬品 
      がん、中枢神経、免疫システムなどの創薬が伸びてきている。ポスト抗体医薬、細胞内分子を標的とする中分子創薬も成長中。
      ペプチド、核酸の受託ビジネスのエコシステムの整備が求められている。
      新たなエコシステムがいらない低分子回帰の傾向もでてきている。
      ビッグデータを活用した研究開発の効率化も重要。
      (2) 再生医療
      再生医療等製品について、日本は条件付き期限付き早期承認制度を購入しており、世界をリードしている。受託製造ビジネスの遅れは、自動化・機械化などの技術革新で巻き返せないか。
      遺伝子治療では日本は遅れているが、希少疾患の遺伝子治療の基礎研究は遅れていないので、そこを伸ばしていきたい。
      再生医療はコストがかかるので、適している対象疾患を選んだり、社会的に議論したりすることが必要。
      (3)食品農業分野
      ゲノム編集を用いた、日本発のトマト、マダイのレギュレトリーサイエンスの確立、専門家による信頼される方向付けの決定が急がれる。
      農業でのマイクロバイオーム解析やビッグデータを活用したり、ドローンなどを利用したスマート農業推進による農業生産の効率化をめざす。
      細胞培養技術の改善による培養肉製造、藻類の活用を進める。
      (4)環境、化成品、その他
      バイオマス利用で日本は出遅れているが、日本はセルロースナノファイバーではリードしている。海洋プラスチック問題では生分解性プラスチックの国際規格でリーダーシップをとれるといい。
      発酵産業分野では、職人芸から脱皮しIOT化を進める。
      合成生物学分野には未知の可能性があり、早期のベンチャー投資も有効かもしれない。
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