バイオカフェ「ゲノム編集で新しいタイ・フグを作る」
2019年3月17日、東京都立新宿高等学校でバイオカフェが開かれました(協力 くらしとバイオプラザ21)。お話は、京都大学 農学研究科 助教 木下政人(きのした まさと)さんによる、「ゲノム編集で新しいタイ・フグを作る」でした。高校生がたくさん参加して、若々しいバイオカフェでした。同校では高校1年では生物基礎の授業がないため、参加される1年生は、コーディネーターの佐藤由紀夫先生から、ゲノム編集の事前特別講義を受けて参加しました。
お話の主な内容
1. 生きものとは何か
ヒト・タイ・大腸菌は、いきもの(生物)には、増殖する・動く(動物)などの特徴がある。その起源は30億年前に誕生した単細胞生物。時間の経過に伴い、多くの生物が進化してきた。
2-1. 遺伝子とゲノム
生物が生きていくための設計図は、DNAという物質でできている。A・T・G・Cの4種類の塩基からなる。音符により音楽が記載されるように、塩基のつながり方が生きていくうえで必要なタンパク質の作り方をコードする遺伝子。生物が持つ遺伝子一式をゲノムという。現在、約175万種の生物が存在する。生物進化の原動力が突然変異と自然選択である。
2-2. 育種とは
トウモロコシの原種とされるテオシントは、粒数が少なく見た目も違う。これが2000~4000年かけて人為的に改良された。キャベツの仲間は芽キャベツ・カリフラワー・ブロッコリーなど多様な品種があるが、もとはひとつの原種から派生したもの。私たちがスーパーマーケットで見る作物のほとんどは外国起源。日本原産の野菜はミツバくらいではないか。
犬も同様で、サイズや外観・性格など多様である。いろいろな犬の種類は、自然突然変異と人為選択により作られた。これを育種という。
2-3. ゲノムはいつ変わる
放射線・紫外線・一部の化学物質などにより、ゲノムDNAに傷がつくことがある。多くは修復されて元通りになるが、まれにミスが生じる。これが自然突然変異である。自然突然変異を育種に活用する場合、前述のトウモロコシのように長い時間を要する。突然変異は放射線などを活用して、人為的に起こすことができる。ただし、変異の方向は定まっていない。時間がかかること、望ましい設計が困難ということは大きな欠点である。
2-4. 品種を作る新しい技術
新しい品種作成の新技術のひとつが「ゲノム編集」である。狙った遺伝子をピンポイントで破壊(ノックアウト)できる。いくつかのツールがあるが、よく使われるのが「CRISPR/Cas9」である。細菌類に備わる免疫システムに由来する。Cas9はDNAを切断するハサミであり、18個のDNAが付属する。付属DNAは目的遺伝子のDNAと相補結合する塩基配列になっている。これを細胞内に入れると、目的遺伝子と結合し、Cas9が結合部DNAを切断する。切断されたDNAは修復されるが、一部でミスが発生し、複数の塩基が脱落することもある。するとフレームシフト変異(3つずつ塩基を読んでいく読み枠がずれる)が起こり、遺伝子は働かなくなる、つまり壊される。なお、ゲノム編集で遺伝子を導入することもできるが、私の研究では外来遺伝子を挿入しない。
本技術を使った、マダイのミオスタチン遺伝子を働かなくした研究の紹介をする。ベルギアン・ブルーなどの肉用牛は、筋肉モリモリのマッチョな牛で、ミオスタチン遺伝子が機能しない、自然突然変異でできた品種だ。ミオスタチンは筋肉細胞の増殖を制御する遺伝子である。
この知見を基にして、マダイのミオスタチン遺伝子のノックアウトを試みた。受精卵を一列に並べ、ガラスの針でCRISPR/Cas9を注射する。10%程度の確率で魚肉量が増えたマダイができた。これらを従来のマダイと比較した。RNA発現(トランスクリプトーム)で違いがあった。これは想定内で、タンパク質発現(メタボノーム)では区別がつかなかった。
3. 遺伝子組換えとゲノム編集
遺伝子組換え作物について、改めて確認しよう。現在、ダイズなどで遺伝子組換え作物が海外の広範囲で栽培されている。除草剤は植物のある酵素を阻害して枯死させる。耐性ダイズは細菌由来の同等な働きをする酵素をつくる遺伝子が導入してあるので、除草剤によって枯れない。従って、雑草だけが排除される。遺伝子組換えは新規機能(遺伝子)が導入されており、ゲノム内の位置も不明なことが多い。そのせいもあるかもしれないが、社会的受容に難儀している。
これを参考にして、ゲノム編集の受容に努力したい。ゲノム編集は目的遺伝子が明確である。比較すべきは従来の突然変異と人為選抜による育種である。通常、30年程度必要である。ゲノム編集ははるかに短時間でできる。魚肉増のマダイは4年で生まれた。育種した生物だけを観ると、両者は区別できない。
育種したマダイの養殖管理では、自然界に影響のないような配慮も十分にしている。トラフグも同様の手法で、魚体の大型化に成功した。今後、陸上の隔離条件により、これらの養殖を推進したい。加工までを行う6次産業化により、地域創生や雇用確保につなげられる。安全性確認は個々の条件による。
ゲノム編集の情報伝達の方法で、いろいろな工夫をしてきた。情報を的確に伝達することで社会の許容比率が高まることがわかった。こういう情報提供と意見区間を今後も続けていきたい。
(本記事は2018年10月21日、愛知県図書館で行ったバイオカフェのレポートをもとに作成しました)
質疑応答
- Q.
- ゲノム編集によるフグ開発の目的は?
- A.
- 肉(可食部)の多いフグ、成長の早いフグをつくる。
1/4のコストでつくることは可能だが、既存業者との調整が必要。
遺伝子組換えでイノシン酸の多い美味しいタイをつくることは可能。
そのほか、EPAを自己生産できるタイを開発出来たら画期的。 - Q.
- 食品表示で大豆「遺伝子組換えでない」表示の基準は?
- A.
- 組換え大豆の含有率5%以下の場合、表示可能。
- Q.
- 「安全性」の確認方法は?
- A.
- 例えば、生殖機能のない魚をつくる。
また、組換え大豆が世に出てから20年経過するが、健康被害は1件もない。
情報提供をしっかり行って、消費者がしっかり選択できるようにすることが大切。 - Q.
- ゲノム編集は自然界でも起きているのか?
- A.
- 自然界でも遺伝子の欠損、破壊は起きており、科学的には、ゲノム編集と突然変異は同じ仕組み。
- Q.
- タイやフグ以外に開発したい魚は?
- A.
- 成長の早いクエ、マハタ等。