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  • TTCバイオカフェ「紙の顕微鏡」

    2018年12月7日 TTCバイオカフェを開きました。お話はFold scope instrument Inc. リモートチームリーダー 井嶋穂実さんによる「紙の顕微鏡」でした。はじめに野崎喜歩さんによるハープの演奏がありました。会場はTTCの学生によるクリスマスの飾り付けが施され、アラジンの調べが流れて、わくわくした雰囲気となりました。

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    井嶋穂実さん
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    野崎喜歩さん

    お話の主な内容

    紙の顕微鏡との出会い

    神奈川県生まれ。カリフォルニア州オークランド市ミルズ大学で環境について勉強したあと、ペラレルタコミュイティカレッジで顕微鏡学(メリット大学のマイクロスコピープログラム)を学んだ。オークランドの湾岸地域にはバイオテクノロジー関連の企業が多くあり、顕微鏡を使いこなせる求人がある。マイクロスコピープログラムにはこれらのバイオ企業や顕微鏡の会社に就職したい人、趣味で顕微鏡を楽しみたい人、私のように顕微鏡を活かした活動(サイエンスコミュニケーションなど)をしたい人など、様々な人が20人くらい集まり、2年間、一緒に勉強した。
    顕微鏡学という学科は日本ではなじみがないと思うが、これはアメリカでも珍しい講座。顕微鏡の原理、構造を学び、いろいろな種類の顕微鏡を正確に使えるような訓練を受ける。そこではオリンパス、ニコン、カールツヴァイスなどのあらゆる顕微鏡があり、光がどのように通って行くかを理解し、よりより画像が撮れるように技を磨いていく。同時に免疫組織化学も勉強し、生体組織の染色方法も身に着ける。この他に分子生物学や顕微鏡標本の作り方を学ぶコースもある。このプログラムの目的は顕微鏡標本をつくることができ、顕微鏡を使いこなせるようになること。
    私は大学で環境を勉強したので、環境の課題に顕微鏡を利用したいと思ってコミュニティカレッジに入学したが、在学中に紙の顕微鏡に出逢い、紙の顕微鏡を環境保全に活用することを目標にこのチームに加わり、今に至る。

    紙の顕微鏡の誕生の背景

    プラカッシュ教授はスタンフォード大学で「安価で作れる研究機材を開発することを目的とした研究室“プラカッシュラボ”を持っている。紙の顕微鏡やブンブンごまの原理を利用した遠心分離機などを開発してきた。そして、発展途上国も含めて、多くの科学機器を必要としている人の手元に開発した研究機器を届けたいと考えている。
    「紙の顕微鏡」とはプラカッシュ教授が、発展途上国のマラリア撲滅を目指して開発したもので、140倍率(大きくする)で観ることができ、解像度(見分けられる)は2ミクロン。
    19世紀 レーウエンフック(1632-1723 オランダ)が顕微鏡をいくつも自作して、微生物が存在することを発見した。このときはレンズがひとつ(単式)であったが、後に二つのレンズ(接眼レンズと対物レンズ)を組み合わせて使う複式顕微鏡ができた。その後、複式顕微鏡は研究室内で使うように開発され、発達していった。だから、機器は大きく、高価で、メンテナンスが難しく、研究者以外には敷居の高い機器となっている。
    例えば、マラリアの診断では患者さんの血液を顕微鏡で見る必要がある。蚊によって媒介される感染症で、治療が遅れると死に至り、年間に2億人以上が罹り、200万人が死亡している。死亡の多くはアフリカサハラ以南の5歳未満の小児であり、免疫力の弱い者が犠牲になっている。マラリアには主に4種類あるが、共通しているのは発熱が断続的に起こることで、適切な治療の開始が遅れると重症化する。マラリアの治療を早く始めることが重要。
    マラリアが疑われる患者さんの血液塗沫標本(1滴の血液をスライドガラスに均等に塗りつける)をつくり、ギムザ染色すると、血球に寄生するマラリア原虫の有無を確認することができ、それで診断を行う。従来の顕微鏡は大きく高価でメンテナンスが大変で、現場に持って行って使うことが難しいが、紙の顕微鏡なら、軽くて運びやすく、扱いも簡単で患者さんのいる場所での診断に威力を発揮できる。

    紙の顕微鏡の誕生

    プラカッシュ教授が紙の顕微鏡の性能に関する論文を発表したところ、スタンフォード大学の学術プロジェクトの予算が与えられた。この顕微鏡の構造は、単式顕微鏡でレンズがひとつ。このレンズを安価で大量生産できたところが「鍵」。構造は初めと同じでレンズはひとつ。
    このパイロットプログラムで、5万台の紙の顕微鏡が作られ、35か国に配布された。このときの倍率は140倍、1450倍、2180倍だった。キットの代金も送料も無料で、利用目的を添えて名乗り出た人はみんな入手することができた。小学生、教員、農家、教授あらゆる人たちが名乗り出た。例えば、農家の人は紙の顕微鏡を使って害虫を調べた。
    その後、プラカッシュ教授に共感したジム・シブルスキーさんが社長となって会社を立ち上げた。ジムさんは2015年9月に博士号学位審査を合格し、その年の年末にFoldscope Instruments, Inc.という名前の会社を設立した。立ち上げ資金「キックスターター」の39万3358ドルはクラウドファンディングで集められた。8,450名が協力し、目標額を超える資金が集まった。そこで、学術プロジェクトで紙の顕微鏡を手にした人たちの声をもとに、低コストで量産できるのに向いていた140倍率の顕微鏡を製品化することになった。私は、この時期に入社し、デザイン検討などにも参画した。

    紙の顕微鏡の普及

    紙の顕微鏡を製造・販売するだけでなく「マイクロコスモス」という、紙の顕微鏡を使う人たちのコミュニティを作っている。そのサイトには、ユーザーの声が届き、情報がシェアされる。現在は、これらのフィードバックが紙の顕微鏡の改良・商品化に生かされている。私はマイクロコスモスの主担当をしており、環境分野で応用したり、いろいろな人とのコミュニケーションを広げ、マイクロコスモスのサイトで、世界中の人とつながっていきたいと思う。

    https://microcosmos.foldscope.com/

    体験タイム

    参加者たちは、組み立てられた紙の顕微鏡を手に取って、いろいろな標本を観察しました。レンズには磁石がついているので、これを利用し、参加者のスマホのレンズにとりつけた磁石で紙の顕微鏡とスマホをくっつけて、画像をスマホカメラに収めた参加者もおりました。

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    「皆さん、手にとってみてください」
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    目に当てて観察しました

    話し合い

    • は参加者の質問、 → はスピーカーの応答
    • なぜ140倍なのか
      →2000倍率まで可能だが、商品化するとき、コストも考えて140倍を製品化することになった。医療チームのために将来に向けて2000倍率を開発中。
    • 実際にマラリア撲滅に使われているのか
      →スタンフォード大学のチームが現場で試行実験をしているところ。
    • バクテリアを見られるそうだが、インドで使われているのか
      →紙の顕微鏡を介して発展途上国とのコネクションをつくっているので、現場での本格的な利用の準備をしているところ。
    • 価格は
      →本体は約500円以下。現地購入だと送料分が少し安くなる。
    • 小学校で使っている事例はあるのか
      →アメリカやインドなどは教員が購入して授業で使っている。
    • インドの普及の状況は
      →インド政府のバイオテクノロジー基金がインドの学校に普及すための事業を行っている。
    • 目に着けて見る顕微鏡は初めてだった
      →目に着けて見るのは、レンズがひとつの単式で、フィールドで使いやすい形。紙にプラスチックが練りこまれているので耐水性が高い。
    • 顕微鏡標本はどうやってつくるのか
      →スライドガラスも紙のプレートも使える。四角い穴があいている紙とセロテープが入っている。紙プレートの標本をつくるときは、自分の指紋をつけないように注意して、サンプル(例えば毛髪)をのせてもう一枚のセロテープではさむように張り付ける。紙のプレートは、特に子ども用は、フィールドで子どもがガラスを使わないようにするために考案された。
    • 組み立ては難しくないのか。時間は
      →動画をみたりしながら、40-50分あればできると思う。スカイプで組み立ての指導を行うこともよくある。以下のサイトで組みたてる動画(14分)を公開しています。近く、日本語版もつくる予定です。

      https://microcosmos.foldscope.com/?page_id=243

    • 光学顕微鏡でピントがあう!ということを体験してからでないと、紙の顕微鏡でのピント合わせが難しいかもしれないのではないか。
    • どの国の子どもたちが多く利用しているのか
      →アメリカ、インド、そしてブラジル。
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    会場風景
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    冒頭、東京テクニカルカレッジ
    大藤道衛先生より歓迎のことば
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    学生の手によるクリスマスの飾りつけ
    © 2002 Life & Bio plaza 21