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  • 第26回コンシューマーズカフェ「ゲノム編集農林水産物をめぐる国内での規制について」

    2018年11月26日、筑波大学 生命環境系 大澤良先生をお招きして第26回コンシューマーズカフェを開きました。お話は、「ゲノム編集 農林水産物をめぐる国内での規制について」でした。ゲノム編集を含む「育種」全般に関するわかりやすいお話の後、生協、企業、教師、サイエンスコミュニケーターなど、ゲノム編集に関する予備知識のある人とない人が共に話し合う機会を持つことができました。

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    大澤良先生
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    会場風景

    主な内容

    1.食料供給における厳しい課題

    • 世界人口の増加( 2050年には98億人)に伴う食料供給量の確保
    • 気候変動による栽培環境の悪化
    • 農業就業者数、農地面積、農業用水の減少

    2.品種改良の歴史

    1万2千年前農耕を開始して以来、野生種から栽培しやすく、美味しく、安全な作物に品種改良してきた。長い間、品種改良は偶然生まれた優れた形質をもつ個体群を選び、その中で交配を繰り返す方法を用いてきた。

    例)
    形態的にはケールのような原種から、キャベツやブロッコリーなどの多様な作物が作られた。
    トウモロコシ(祖先種 テオシント)、ダイズ(祖先種 ツルマメ)、アワ(祖先種 エノコログサ)など、どれも、祖先種の子実を巨大化して、食用に適した作物に改良した。
    • 1900年:メンデルの法則の再発見から、交配によってできる子孫の形質の予測ができるようになった。
    • 1910年代:F1雑種育種の始まり。異なる系統間の雑種(F1)が親の形質を超える優れた子になることを利用して、計画的な改良が始まる。
    • 1920年代:突然変異を人為的に作る(放射線、化学物質)ことによって、さらに遺伝的な多様性を生み出す。
    • 1950年代:DNAの構造が解明されて、遺伝情報の利用が始まる。
    • 1960年代:緑の革命(コムギやイネの収量向上)のきっかけは草丈が低く、収量の多いコムギの新品種の発見、その交雑育種によるものだった。
    • 1996年:遺伝子組換え作物が流通を始める。
    • 近年:遺伝子組換えに加えて、ゲノム編集育種へと進展する。

    3.育種とは

    はじめに

    生物を遺伝的に改良して、新しい品種を作ることで、その目的は、生産量の向上と生産性の向上(単位面積あたりの収量)と生育を阻害する害虫、病気、雑草、つまり作物にとってのストレスを減らすことなどによって、さらに収量を増やすことを目指している。

    育種方法の種類

    1. 交雑育種(従来からの方法であり、欲しい形質を持つ個体同士を交配し、それの子孫から望ましい形質の個体を選び出す。長い時間と手間がかかる。)
    2. 突然変異育種(放射線や化学物質を生物にあてて、突然変異を人為的に作り、欲しい形質の個体を選抜する。自然に生じる突然変異に比べて、高い確率で望ましい形質が現れる可能性がある。)
    3. 遺伝子組換え(その生物のゲノムにはない有用な遺伝子を外から組み込むことで、これまでの育種方法では作り出せない形質を生み出す。生育ストレスを軽減することで収量の増加が図れる。例えば、除草剤耐性、耐虫性など)
    4. ゲノム編集(その生物のゲノムの一部をピンポイントで改変して、欲しい形質の個体を高精度で作り出す。やっていることは従来の育種と同じだが、短期間かつ省力で実現できる。その形質を生む遺伝情報がよく分かっていないと使えない。)

    品種改良の3原則

    1. 有用な変異を創出して、多様性を作ること(品種改良の素)
    2. 欲しいものを効率よく選別できること
    3. 品種を維持して、増やして、そのタネを行き渡らせること

    品種改良の例

    日本では食料生産に直結する育種は理解されにくく、機能性改変が歓迎される。
    耐病性や耐虫性などの生産者メリットは、消費者に見えない改良。

    1. 消費者のため~今まで以上においしい、身体にいい。今までにない機能
      例)
      甘いトマトや機能性の高い野菜など
      ゴールデンライス(ビタミンA欠乏を防ぐために、βカロテンを産生させている)
      スギ花粉米(スギ花粉の成分を含んだ米、花粉症の免疫療法の一種)
    2. 生産者のため~病害虫に強い(除草剤耐性、害虫抵抗性)など。

    たとえば、米についてみると、すでにいろいろな改良方法が取られている。

    • 交雑育種を使って、コシヒカリ、ササニシキなど、多くの品種が開発された。
    • 突然変異育種を使って、ミルキークイーンやLGCソフトが開発された。
    • 遺伝子組換えを使って、スギ花粉米、ゴールデンライスが開発されている。
    • ゲノム編集を使って、多収イネを開発中。

    4.ゲノム編集技術

    多くの変異は、野生種から好ましくない特性を失活させることで作り出している。
    突然変異でできた作物では、インディカ米のDNAの1塩基が変わって、ジャポニカ米ができた(脱粒性がなくなる)や受粉しなくても実がなるナス(遺伝子が働かなくなっていた)がある。
    ゲノム編集では、高い精度で、効率的に変異を起こすことができる。この技術によって、DNAの狙った箇所だけを切る。その多くは、元通りに修復されるが、たまに修復ミスが起こり、それによって突然変異が起こる。

    5.ゲノム編集技術に対する考え方

    配列特異的DNA切断酵素(Site-Directed-Nuclease)の頭文字をとってSDNという。SDN-1,2,3の3種類の技術について、それらの産物が遺伝子組換え生物であるかどうかを検討した。
    SDN-1では、標的塩基配列を切断した後、数塩基が欠失し遺伝子の機能が失われる。挿入したはさみの酵素の遺伝子は交配で除く。これは、科学的には従来育種と同等とみなし、その産物は遺伝子組換え生物としては扱わない。外来遺伝子がないという確認方法には、次世代シークエンス利用やサザンブロット解析法などがあり、今後、その方法の標準化が必要。
    SDN-2は最終的に、標的塩基配列に用意した鋳型DNA断片(1~数塩基)が挿入されるケース。
    SDN-3は標的塩基配列にDNA断片(外来遺伝子)を予め、人工的に用意して、鋳型として組み込み、切断したところにはめ込む方法。
    SDN-2,3は「遺伝子組換え体」とする。ゲノム編集技術を用いた作物のうち、遺伝子組換え体とするものについては「カルタヘナ法」に従って扱い、非組み換え体とするものはカルタヘナ法の対象外とするが、それについても、当面の間は、知見の蓄積と状況把握のために情報提供を求める。
    ルールの試案として、「その品種が従来の育種方法で生産されたものと区別できないのであれば、特殊な規制はすべきではないのではないか。外来遺伝子の残存リスクが極めて低いことを確認したうえで、これに影響を受ける野性生物が存在するならば、遺伝子組換え体に準じた評価を実施すべき」という考え方で検討を進めている。 社会受容を促進すること(生産者ではなく、消費者に対するベネフィットの認知)や、欲しい人が欲しいものを買うという方法に関する検討も重要。ネット通販などの手段から小規模な利用から始めてもいいのではないか。

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    ダイズ(中央)とその鞘、ツルマメとその鞘(左と右)

    質疑応答

    • は参加者、 → は講師
    • ゲノム編集で作った作物が野生化する懸念はあるのか?
      →一般的作物ではあり得ない。野生種は最も適応能力が高い(脱粒しやすい、休眠して冬を越せるなど)。改良した品種は適応度が低いので、それが自然環境で生育するのは難しい。現時点の作物でも雑草化している一部の牧草は別である。
    • プロダクトをみてSDN-1とSDN-2のどちらで作ったか分かるか?
      →分からない。SDN-1でただ切断されても数塩基の挿入は起こることがあり、それはSDN-2でも同じ。あくまでも外から人工的に用意した鋳型を入れたかどうかで判断するわけで、出来上がったプロダクトでは区別できない。現在、研究されているゲノム編集は殆どがSDN-1である。
    • ゲノム編集によって予期しないものができることはないか?
      →どのような方法でも、予測できないところに変異が起こるのは普通によくあること。ただ、意図しない変異が起きた個体は選抜で排除されるので残らない。ゲノム編集で起きる変異は精度が高いので想定できる。厳密には、多少の変異はあっても、最終プロダクトに環境影響がないのなら、ファミリアリティとして認められた範囲で同等とみなしていいと思っている。
    • オフターゲットはゲノム編集の失敗なのか?
      →狙った変異以外をオフターゲットと言うが、様々な意味で用いられている。動物細胞でオフターゲットが起これば、死に至るような致命的な欠陥に繋がりかねないが、植物では違う。植物では逆に予期しない形質が歓迎される場合もある。
      オフターゲットを解消するためには、戻し交配育種を行う。狙った変異だけを残して他は元に戻すことができる。
    • 当代だけでなく、次世代まで残る編集はどう考えているか?
      →ヒトの受精卵に対するゲノム編集は、当代だけでなく、子や孫の世代にも繋がる。優生学的な目的での使用は許されないが、遺伝病治療の場合は使う意味があると感じる。
    • 作物でゲノムを編集することに拒否反応があるのでは?
      →ゲノムは切断しても、その殆どは元通りに修復される。その中で時々生じる修復ミスを利用するのが今使おうとしているゲノム編集技術である。一番大切なのは狙ったところを確実に切断できること。同じ品種であっても、個体によってゲノムにはある程度の変異がある。変異を作ることは、決して特別な新しい技術ではない。
      新しい技術について懸念や恐れを感じて、それを拒否するかどうか、そのきっかけや理由がどこにあるのかを探っている。例えば、iPS細胞技術は遺伝子組換え技術そのものだが、拒否されるどころか賞賛される。それとの違いは何か?
    • ゲノム編集された作物が店頭に並ぶとき、その情報は提示されるか?
      →新しい品種を登録する際には、それがどういう手段で作られたかを示す義務がある。店頭表示については、従来の品種改良と変わらないのであれば、今までもラベルに示していないのだから、同様にゲノム編集も扱っていいのではと思っている。気にする人の割合が少ないなら、むしろ使ってないという情報を示す方法もある。
    • ゲノム編集作物の輸出は考えられるか?
      →国でゲノム編集作物を扱う際のルールが違う。例えばEUでは遺伝子組換えと見なされ、遺伝子組換え作物の扱いも日本とは違う。
      日本の農業の再興の鍵は自給率の向上と海外への輸出だと考えている。ただ、国内で余ったから海外に出すというのは意味がない。日本の優れた作物を出すという意味で推進したい。なお、種子を輸出するのは、権利保護の意味で難しい。
    • ゲノム編集作物を生産する農家のメリットは?
      →最近、小麦の全ゲノム情報がようやく解明された。すでに小麦の耐病性品種が研究されているし、これからもっと研究が加速するだろう。イネも多収、病虫害耐性品種の研究が進んでいる。主要穀物はスケールメリットが出せるので、ゲノム編集育種の対象になる。美味しいと病虫害耐性を同時に改良するのはなかなか難しかったが、ゲノム編集技術では可能になる可能性が出てきた。
    • 規制にどのくらいの時間をかけるか?
      →環境省の進め方について拙速だと言われているが、実際には3年以上も研究会を重ねている。どのくらい時間を掛ければいいのか、私たちも分からない。ただ、法律はあくまでも文章で、その具体性が重要。具体的な手続きの文言を整えるのに時間がかかる。
    • 国民の理解をどのように進めるのか?
      →NHKやBSの情報番組でゲノム編集の特集が出始めている。サイエンスカフェもやっているが、対象は少人数だし、出席者は科学に対して理解の高い方が多くて、一般市民とは言い難い。専門誌にも記事が載るが、その読者は少なく、一般市民とは言い難い。例えば生協の情報誌などで特集して頂けると嬉しい。
    • 教育現場で取り上げてもらえばどうだろうか?
      →教育現場で取り上げてくれると、これからを担う世代への理解が進む。高校では遺伝子組換えを教えているが、ゲノム編集はまだ。そもそも教える教員の理解が進んでいない。また教育現場に時間的な余裕がないことも、難しい原因である。
    • 若い世代へのアプローチが有効ではないか。
      →ゲノム編集という名称からして分かりにくく、拒否される。語り手も専門家はとっつきにくく、馴染めない。‘スーパー育種’なんて名称にしたらどうか。今の子どもたちは、農業や作物についての理解が乏しい。食べ物が身近にふんだんにある世代だから、作物がいつ、どうやって作られているかには関心がない。
    • 食糧危機への理解が足りないのではないか。
      →このままだと作物が取れない時が来るかも、という危機感がない。現に九州では暑さのために、従来品種のお米が取れなくなってきている。すでに、何年も前から、耐暑性の品種の開発を進めている。このような供給量の維持も、食糧安全政策の一つである。このアプローチこそが重要だと思う。
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