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  • バイオカフェ in 弘前「これまでに無かった新しい品種改良法のおはなし~‘弘前発’接ぎ木で品種を改良する方法~」

    2018年10月20日(土)秋晴れの弘前の地でバイオカフェを開催しました。
    会場は、弘前大学からほど近くにあるカフェ「集会所indriya」。この店では、青森県産の野菜を使った料理をメインに提供するとともに、ヨガや津軽こぎん刺しのワークショップなどの教室やイベントを開催しています。
    今回のスピーカーは、弘前大学農学生命科学部研究員の葛西厚史さん。葛西さんは、青森県平川市の出身で、実家は米やりんごを栽培している農家です。小さいときから、田植え、稲刈り、脱穀、リンゴ収穫といった農作業の手伝いを行っていたとのことです。大変な作業をしている中で、「つがるおとめ」がメジャーな品種でないことに疑問を持つとともに、「すげー品種」をつくって農家が儲かるようにしたいとの夢を持ったそうです。研究進路の岐路を迎えたときに、遺伝子組換え技術を利用した「青いバラ計画」が進展していて、将来この計画に携わりたいという希望を抱く中、弘前大学農学生命科学部植物育種学研究室に配属され、現在に至っています。
    今回葛西さんには、エピゲノム編集技術を利用した「接ぎ木で品種を改良する方法」についての話をしていただきました。

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    お話をしている葛西厚史先生
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    バイオカフェ全体の様子

    主なお話の内容

    まず、「DNA」「ゲノム」「遺伝子」の基本知識について説明していただき、続いて、「育種・品種改良」と「新しい品種改良法」について説明していただきました。

    1.育種・品種改良とは

    まず、品種の定義について。青森のブランド米である「青天の霹靂」などニュースで耳にしているかと思いますが、とあるホームページによると、品種とは、少なくとも一つきらりと光る特性をもち、その特性により他と区別可能で、繁殖してその特性が安定して現れる種苗のこと。りんごの「つがる」と「ふじ」は別の品種で、「サンふじ」は「ふじ」と同じ品種で、商標登録されて販売されている。
    作物は長い栽培過程を経て、遺伝的に改良されてきた。まず、自生している植物の中で、食味のよくて、毒性がなく、入手しやすいものが選ばれた。約1万年前から、栽培した際に効率よく必要な農作物が得られるように農耕が始まり、栽培環境や条件に適応性のあり、多収性のあるものが無意識のうちに選抜された。塩基配列の置換や挿入・欠失により生まれた変異遺伝子の集積により、非脱粒性、大粒化、種子非休眠性、自殖性等の形質を有する作物が生まれて来た。
    また、倍数化によるゲノムの再構成も行われている。4倍体のマカロニコムギと2倍体の野生種タルホコムギの掛け合わせにより6倍体のパンコムギが生まれた。

    交配による育種
    自己の花粉で受粉・受精可能な自殖性植物であるイネにおいて仮に育種目標を寒さや病気に強く、多収で良食味であることにすると、病気に強い遺伝子を持つイネと寒さに強く多収で良食味だが病気に弱いイネを交配させて育種するが、病気に強い遺伝子は3万2千あるイネの遺伝子の中の一つ。
    交配によって子の世代ではゲノムが混ざるので、耐病性遺伝子をもつ個体を選んでいく必要がある。
    原因遺伝子が判明している場合には分子マーカーを利用して、実際に病原を感染して耐性をもつか確認する必要があるが、感染できる大きさまで育てる必要性があり、スペースや管理する手間の面で多大なる労力がかかる。
    異なる個体の花の間で受精が生じる他殖性植物は育種や栽培により均一で安定したものをつくる。雌雄異株(アスパラガス、ホウレンソウ等)や自家不和合性(ダイコン等のアブラナ科野菜、リンゴ、ナシ等)の性質を有しており、リンゴでは受粉樹、人工授粉を利用して実施する。なお、リンゴの場合は、果皮色、斑点落葉病抵抗性等原因遺伝子の分子マーカーを利用する。

    遺伝子組換え技術による育種
    交配ではなくて、細菌を利用して耐病性遺伝子を導入するのが遺伝子組換え技術である。
    アグロバクテリウムは、根頭がんしゅ病の原因となる土壌細菌であり、接触した植物の細胞に自分の遺伝子の一部を送り込み、その遺伝子により生存に必要な栄養素を植物に作らせる。この性質を利用した技術である。
    遺伝子組換え技術により、目的の遺伝子(例えば耐病性遺伝子)をもった植物を早く作り出すことできる。ただし、遺伝子が挿入される位置と数はランダムであり、よい系統を選抜する必要がある。
    さらに、従来の交配による品種改良では、交配が可能な相手からのみ実現可能であったが、遺伝子組換えでは異種の生物の遺伝子も利用可能であり、例えばオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の遺伝子を植物に組み込むことができた。
    遺伝子組換え(GM)作物の実例としては、除草剤耐性作物、害虫耐性作物、ウイルス耐性作物(パパイヤ)がある。90年代初頭パパイヤは輪紋ウイルスにより壊滅の危機に瀕したが、1997年ウイルス耐性パパイヤの開発に成功し、翌年認可され、2002年には以前の水準にまで回復して、2011年日本でも安全性確認後輸入されている。
    現在、貧困地域のビタミンA欠乏対策のため、βカロチンを含むコメであるゴールデンライス等を開発中である。
    なお、現在認可されている作物は、GM作物と従来作物を比較して実質的同等性があると評価され、その安全性が認められている。

    2.新しい品種改良法について

    遺伝子組換え技術ではない新たな植物育種技術(new plant breeding techniques:NBT)が開発されている。即ち、開発の過程で遺伝子組換え技術を使用することがあっても、最終産物の段階では外来遺伝子が残らないような技術のことである。

    ゲノム編集技術
    狙った場所でDNAを切断できる酵素を活用し、遺伝子情報の編集を可能する技術をゲノム編集という。外部から別の遺伝子を導入するのではなく、一部の塩基を別の塩基に置き換える改変や切れ目を入れ機能させなくする破壊といった遺伝子情報の編集を行うことも可能である。 

    変異原を用いた育種
    DNAの複製・損傷修復過程での誤りや染色体の構造変化を人工的な方法で誘発して、品種を育成する。粒子線・電磁波といった放射線やエチルメタンスルホン酸等の化学薬品を利用して、イネ、コムギ、ナシ、リンゴ、バラ、キク等61作物において180以上の品種が作出、実用化されている。
    「コシヒカリ」のもつ遺伝子を薬品処理の一種であるMNU処理によってモチ性遺伝子に変異させた結果、アミロース含量が低下し、熱糊化性がアップし食味は向上した「ミルキークイーン」が生まれた。
    「二十世紀」ナシにガンマ線を緩照射することで黒斑病抵抗性が得られ、30年かけて「ゴールド二十世紀」を生み出した。

     変異誘導による変異原育種では、ターゲット遺伝子を狙い撃ちすることはできないが、ゲノム編集ではターゲット遺伝子を改変することができる。

    ‘弘前発’接ぎ木で品種を改良する方法
    弘前大学では、新たな品種改良法として、DNA塩基配列を変化させずに標的遺伝子だけの機能を停止または弱化させて(エピゲノム編集を行って)品種改良する方法を開発している。具体的には、台木(下部)と穂木(上部)の接ぎ木を介して植物の形質転換を行う方法である。
    なお、接ぎ木栽培は、耐寒性、耐乾性、病害虫回避、土壌病害回避等のため、多くの果樹や蔬菜で行われている。
    穂木を標的遺伝子のプロモーター配列のsiRNAを産生する個体とする。接ぎ木を通じて、siRNAの篩管輸送がなされ、輸送先の台木(栽培品種)細胞においてRdDM(RNA依存性DNAメチル化)植物固有の遺伝子発現制御システムが働き、台木(栽培品種)のエピゲノム編集を行う。そのエピゲノム編集された組織(細胞)から再分化体を得ることで、特定遺伝子のみが抑制されたエピゲノム編集体を獲得できる。その際、側根を使用する。なぜなら、側根は篩管細胞に隣接する内鞘細胞1・2細胞に起源しており、輸送されたsiRNAにより内鞘細胞がエピゲノム編集されると、側根として表面に露出するとともに全ての細胞がエピゲノム編集されているためである。
    エピゲノム編集体には、外来遺伝子は存在しておらず、輸送されたsiRNAも残存しないことを確認している。
    このため、接ぎ木を利用したエピゲノム編集による品種改良は、人工的に狙って作ることのできる「枝変わり」であるとも言える。

    ゲノム編集は、狙った遺伝子を改変するのに対して、エピゲノム編集は、遺伝子情報の転写制御によりその働きを抑制するので、狙った遺伝子の配列は変わらない。

    本育種技術によるジャガイモの品種改良
    この新たな育種技術をジャガイモに利用し、様々な品種改良の研究を行っている。

    (1)アクリルアミド前駆体低濃度加工用ジャガイモの開発
    ジャガイモは加熱すると、メイラード反応により還元糖(ブドウ糖・果糖)とアミノ酸、ペプチド、タンパク質が褐色物質に変化する。さらに、還元糖とアスパラギン(アミノ酸の一種)は、120℃以上の加熱により、ヒトに対する発がん性の疑いがある物質といわれるアクリルアミドに変化する。この変化は、揚げる、焼く、炒めるといった家庭内の調理でも生成されるが、煮る、蒸す、ゆでるといった水を利用する調理ではほとんど生成されない。
    一方、ジャガイモには、周年安定供給の面から低温貯蔵は必要な管理方法だが、低温糖化現象により、還元糖が増加しやすくなる。
    本技術によってインベルターゼ遺伝子を抑制することにより、アクリルアミド前駆体の低濃度化を実現する。これにより、低温糖化を抑制して褐変問題を解消するとともにアクリルアミドの生成を抑制し、より安全な食品の提供を目指していく。

    (2)用途拡大でん粉原料用ジャガイモの開発
    ヨーロッパでは煮崩れしにくいワキシーポテトの人気が高く、加工用でん粉としても多くの用途に使用されている。一方、我が国には、モチ性遺伝子に改良して、低アミロース含量で食味が向上したイネ「ミルキークィーン」はあるが、ワキシーポテトの遺伝資源は存在しない。
    本技術によってGBSS1遺伝子を抑制することにより、アミロースの合成を抑制し、低アミロースでん粉を生成するジャガイモに改良して用途拡大につなげる。

    以上の技術で開発された改良ジャガイモは、平成29年4月より野外栽培試験を開始した。この技術は遺伝子組換え体には相当しないが、世界初の試みであることを踏まえ、遺伝子組換え体の栽培試験に準じて、生物多様性影響評価を行った上で栽培する計画となっている。

    本育種技術によるリンゴへの応用?
    栄養繁殖性植物であるリンゴは、挿し木等により増殖しており、「ひろさきふじ」など枝変わり品種を販売している。リンゴ培養体間で接ぎ木を行い、リンゴ培養体の側根から再分化体を獲得できるので、新品種の開発は可能。
    現在は、後熟進行抑制によりボケない果実(「王林」「デリシャス」)、エチレン合成抑制により収穫前に落果しない果実(「つがる」)を作出しようと試みている。 

    まとめ

    • 植物を長い歴史をかけて品種改良を行い、作物としてきた。それはゲノム改変の歴史でもある。
    • 様々な品種改良方法を駆使し高品質で多種多様な作物を作出してきた。
    • 遺伝子組換え技術でしか作れない作物もある。
    • 新しい育種技術が生み出され、狙った遺伝子を短期間で改変できる。

    長い育種期間がかかる栄養繁殖性作物に対しても、我々の技術により短期間での改良が可能になる。
    なお、新しい育種技術により作出された個体は変異体と同等に扱われるかについては、現在環境省中央環境審議会自然環境部会にて、「外部から遺伝子が組み込まれない場合は規制の対象外」との方針が決定し、今後正式な運用方針とすべく検討中である。

    話し合い

    • は参加者、 → はスピーカーの発言
    • 商品に「遺伝子組換えではない」と記載されていると、遺伝子組換え品は危ないような気がする
      →遺伝子組換え作物はサイエンス的には問題ない。遺伝子組換えであることをしっかり表示することで漠然とした不安感を払しょくする意味合いもある。
    • しっかり正しい情報を記載することは、消費者に選択肢を提供し、「安全」であることを理解してもらうためには必要。ただ、それにより消費者が「安心」するかは別の問題。
    • 人工授粉の要らないリンゴの開発は可能か?
      →受粉しなくても実がなるメカニズムが解明されれば可能。
    • リンゴの色づきをよくするために行う葉取り作業を不要にするために、収穫前に自然に葉が落下するような品種の開発は可能か?
      →そのような品種ができればよいと思うが、技術的には極めて困難。
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