サイエンストーク「新しいカンキツを目指して~品種改良の最新技術」
2018年10月4日、あいちサイエンスフェスティバルで今年、第1回目のサイエンストークとしてバイオカフェを開きました(於 SMBCパーク栄 愛知県)。お話は農研機構果樹茶業研究部門 後藤新悟さんによる「新しいカンキツを目指して~品種改良の最新技術」でした。
後藤新悟さん
戸次真一郎さん(名古屋大学)から、あいち
サイエンスフェスティバルのご案内がありました。
コーディネーターは日江井香弥子さん
主なお話の内容
はじめに
農研機構は全国の研究所を持ち、様々な果樹の品種改良をしたり、稲の品種をつくったり、農業における温暖化対策の取り組みをしたり、幅広い日本の農業と食のための研究をしている。私の属する果樹茶業研究部門も全国に数箇所あり、皮がむきやすい栗「ぽろたん、ぽろすけ」、赤い梅、梨、桃、りんご、ブドウなどの新品種を開発している。最近、評判のよいシャインマスカットは広島のブドウ・カキ研究領域で育成された。
カンキツとは
皆さんがよく知っている、温州ミカン、ポンカン、イヨカン、ハッサク、文旦などは、在来品種(偶発実生(みしょう) 偶然できた品種を人が見つけた)といわれる分類。清見、不知火、せとか、あすみ、はるみなどは育成品種(掛け合わせてはよいものを選び、を繰り返して、品種改良したもの)。さらに、温州ミカン以外の在来品種と育成品種を中晩柑という。中晩柑と温州ミカンをまとめて「カンキツ」という。温州ミカンが一番身近だと思うが、青島ミカンなど、温州ミカンの中にもいろいろな品種がある。
1.従来の品種改良温州ミカンは甘く、おいしく、皮がむきやすく、種がなくて、食べやすい。生産者にとっては、日本の気候で栽培しやすい。いいことづくめだが、品種改良しようとすると、問題がある。
母方のめしべに父方の花粉をつけて種をとるのが「掛け合わせ」。掛け合わせると、様々な性質のこどもの種ができる。ところが、温州ミカンの花粉を使おうとすると、雄性不稔といって、花粉が少なく、よって種ができにくい。母親として使おうとすると、温州ミカンの種からは母と遺伝子がまったく同じの遺伝子が同じ「クローン」がでてきてしまう。出てくる芽は珠心胚実生という。掛け合わせが起こった芽はほとんど出てこない。この性質を多胚性という。
温州ミカンの種をほぐすとばらばらになり、ほとんどが珠心胚で母と同じだが、掛け合わせが起こった「雑種胚」もできる。しかし、その雑種胚はとても発芽しにくい。したがって、オレンジ、ぽんかん、グレープフルーツ、レモンは多胚性で掛け合わせによる品種改良が難しい。稀に突然変異によって珠心胚から母と少し違う性質を持つ個体が出現することがあり、これを品種改良に利用する。
もうひとつの品種改良の方法に枝変わりがある。枝変わりとはまれに一枝だけ早く色づいたりする突然変異が起こっていることをいう。枝変わりを利用して収穫期の早い品種ができている。これは早生として、多品種より先に市場に出せるので商品価値がある。
枝変わりでは、色づきが早くて目に見える性質は見つけやすいが、味がいい、病気に強いなどの性質は見つけにくいという欠点がある。
1949年、温州ミカンのめしべにスイートオレンジの花粉をかけたところ、千数百個の種から3つだけ掛け合わせが起こった。そのときのひとつが、1979年、清見として品種登録された。清見の花に花粉をつけると必ず雑種胚ができる(単胚性)。清見はカンキツの品種改良のブレークスルーになった!この後、清見に様々な品種をかけて、多様な育成品種ができた。不知火は、清見にポンカンをかけてできた。
品種登録までのみちのり
いろいろな品種を組み合わせて、約20組で掛け合わせをおこない、それぞれの組み合わせでは約50の子(系統という)をつくる。そうすると毎年約1,000系統ずつ、新しく作っていることになる。
出来た苗はカラタチに接ぎ木する。接ぎ木して2-3年で花が咲き実がつく。桃栗3年柿8年より早い。できた果実を取ってきて、重さ、種の有無、糖度、酸度、むきやすさ等を評価する。評価を4-5年繰り返して新品種の候補を決める。次に全国の各産地でも接木して栽培試験をしてもらい、高い評価を得られた候補を品種登録する。品種登録に適うものは、2000系統から1本くらい生まれ、そこまでに約20年かかる。
育種の期間短縮
次のような課題に応えるためにも、新品種を作るための期間を短くしたい。
- カンキツかいよう病といって傷から入る病気があり、温暖化で台風が来る回数が増え、葉と枝が傷つき、かいよう病が広がる可能性がある。
- 温州ミカンは暑いと浮き皮が発生して、傷みやすくなる。
- 海外カンキツとの競合が激化
- 農家の高齢化。温州みかんは年末に作業が集中するので、高齢農家では作業時期を分散したい。
育種の効率化を図るために効率よく選抜し、ピンポイントで改良することが重要。
2.DNA情報を使って効率よく選ぶ「DNAマーカー選抜」では、苗のDNAを解析すると目的にあっているかどうかがわかるので、よい苗を選んで接木するので、接ぎ木の栽培面積を節約できる。
カンキツのDNAは葉の細胞の核に、折りたたまれて染色体として収納されている。DNAは4種の塩基がつなげた長い鎖構造で、その一部が遺伝子として機能する。DNA全体をゲノムDNAと呼ぶ。
DNAマーカーは個体のDNA上の違いを示す目印。カンキツは2倍体でカンキツXとカンキツYのこどもZは、XとYがそれぞれもつ2本の染色体のうちのどちらか1本ずつもらって生まれる。そこで、DNAマーカーでゲノムDNAを調べると、どの染色体が親から子へ受け継がれたかどうかを検定できる。これを応用すると今ある品種の親を探せる。例えば、温州ミカンのゲノムDNAを調べて、親は紀州ミカンとクネンボだったとわかった。
「DNAマーカー選抜」の実例としては、種あり種なしのDNAマーカーを使ってゲノムDNAを調べると、接ぎ木して実がつく前に種の有無がわかる。
珠心胚や枝変わりを利用した品種改良は突然変異を利用している。生物は切れたDNAを修復する性質があるが、たまに欠失、挿入、置換が起こる。これらの突然変異が起こる確率は10-100万分の1。
例えば、稲の脱粒性は1塩基の変異で起きたことがわかっている(インディカ米とジャポニカ米)。受粉しないでも大きくなるナス(植物ホルモンの遺伝子に変異が入っていたことがわかった)
ゲノム編集はピンポイントで変異を起こすことができる。DNAを切断するはさみの酵素(クリスパーキャス)で狙った場所を切ることができ、何度も何度も切り続けると修復ミスが起こりやすくなる。ここで起こる修復ミスは自然界でおこる突然変異と同じ。
突然変異は、変異がランダムに複数入るので多様な変異体が得られるが、ゲノム編集はひとつだけ狙った場所に変異を入れられる。ただし、どの遺伝子のどこに変異を入れるかの基礎研究ができていない作物では、この技術は使えない。
ゲノム編集では、はさみの遺伝子を入れ、遺伝子組換え体を経て、ハサミの酵素が働く。今は直接、はさみのたんぱく質を入れる、組換え体を経ない方法も研究中。
受粉しなくていいトマト、アレルギーを誘発しにくい卵、おとなしいまぐろ、超多収イネ、切っても涙のでない玉ねぎ、毒のできないジャガイモが研究中。実用化はまだ先。私のいる果樹茶業研究部門では、世界初のリンゴのゲノム編集に成功した。PDS遺伝子(葉緑素を作る遺伝子)に変異を導入して葉や茎で葉緑素がなく、白くなるリンゴをつくった。これはゲノム編集の技術を確立するための研究。海外ではカンキツかいよう病に強いスイートオレンジができつつある。
ゲノム編集作物の環境影響へのリスク、食のリスクは従来育種とほぼ同等と考えているが、会場の方はどうですか。少し気になる方は、17名中4名。
会場風景
あいちサイエンスフェスティバルのご案内。
今日は栄サイエンストークの初日。
話し合い
- は参加者、 → はスピーカーの発言
- マーカーと植物体の性質の相関はどこまでわかっているのか
→例えば、カンキツにおいて種なし性は雄性不稔、単為結果、雌性不稔性の3つによって決まるが、雄性不稔、雌性不稔性のマーカーは見つかっている。糖度、酸度と人の味の感じ方は異なるので、糖度など味に関連するマーカーを決めるのは難しい。マーカーは統計的手法で決める。病気に強いと種なしは普遍的に求められる性質でこれはマーカーで選ぶことができるが、食味は現場で選ぶ戦略が有効だと考えている。カンキツトリステザウイルス(CTV)に強いかどうかもマーカーが見つかっていて選抜できる。 - なぜカラタチを台木にするのか
→カラタチはCTVというウイルス病に強く、接ぎ木されたカンキツも病気に強くなる。理由はわからないが花が早くつく。経験的にカラタチが選ばれた。ラフレモンも接ぎ木すると生育が早いが、生育がよすぎて農家では枝の管理が大変になり、カラタチの方が利用されている。 - ビームを当てて花の品種改良をしていたが、カンキツで放射線を使うのか
→カンキツでも一部やっている。なしのゴールド二十世紀は放射線で耐病性ができて実用化した。 - ミカン好きにとっては多様なカンキツがあるのは嬉しい。改良しすぎて弱くなったりしないのか
→近いもの同士をかけると弱くなる。野生種を入れたりしていろいろな遺伝資源をとりいれる。梨は改良していい品種がでにくくなったので、野生種をいれたりしている - はさみの酵素はどこにいれるのか
→ハサミの酵素の遺伝子を組換え技術で染色体に入れる。入れる場所は決められない。 - はさみはねらった所以外は切れるのか
→似た配列を切ることはないとはいえない。オフターゲットといわれる現象。はさみの酵素の作る際のデザインによって回避できる。また、オフターゲットを抑える研究も進んでいる。 - ゲノム編集でできたものは少し気になるが、食べ物は品種改良のため突然変異を起こさせたり、突然変異が起こったものを食べていることが今日、わかった。それで、気にするのはナンセンスだと思った
→人それぞれだから。嫌なものは嫌だと思う。我々は説明し、データを公開し、判断してもらいたいと思っている。 - 海外のカンキツの研究は
→DNAマーカーによる品種改良、ゲノム編集が進んでいる。アメリカではスイートオレンジは大きい産業、スペイン、イタリアなどカンキツの栽培がさかん。これらの地域でカンキツの研究は進んでいる。 - ゲノム編集カンキツの味は食べて調べているのか
→まだ安全性審査について決まっていないので、食べられないが糖度は装置で調べることができる。 - 品種改良の目標に対する達成度はどのくらいか。異常気象、グローバル化、農家のニーズに応えるなどがあると思う
→個々の課題に対応できる品種はあるが、すべてを解決するエリートはない。エリートの手前の品種をゲノム編集でエリートに近づけられると思う。
温州ミカンは日本の気候によく合っているが、甘くておいしいことを主な指標として選抜していくと病気に弱くなる傾向がある。甘くておいしいまま耐病性を持たせるのはひとつの目標。
あすみは甘くておいしいがかいよう病に弱いので施設栽培で風にあてないという解決策もある。あすみと同じ掛け合わせの組み合わせ(カンキツ興津46号とはるみ)の子供の中から、甘くて病気に強い性質を持つあすきを選抜した。甘くて病気に強い品種を選抜できた事例。