くらしとバイオプラザ21ロゴ
  • くらしとバイオニュース
  • 第13回「私たちのDNA」開かれる

    2018年9月22日、東京テクニカルカレッジで第13回「私たちのDNA」を開きました。
    教員、学生、福祉関係、生命倫理を学ぶ市民グループからの参加があり、今年は女性が多い講座になりました。
    初めに実験概要ならびに自分の個人遺伝情報を使うことに対する生命倫理面での配慮について説明を行った後、参加者は実験で自分の遺伝情報を扱うことへの同意書に署名を行いました。実験では、マイクロピペットの練習に始まり、生理食塩水のうがいによって参加者の口腔粘膜細胞を集めました。そこから少量のゲノムDNAをとり出し、Alu配列の有無を電気泳動で調べ、さらにDNAを目視で観察しました。午後には以下のような、ふたつの講義も行われました。

    写真
    大藤道衛先生
    写真
    安井 寛先生

    講義1「がんゲノム医療について」

    東京大学医科学研究所 附属病院血液腫瘍内科 先端ゲノム医療の基盤研究寄付研究部門
    特任准教授 医学博士 安井寛さん

    はじめに

    「がんゲノム医療」とは 腫瘍細胞の遺伝子情報に基づくがんの診断と治療選択のこと。医科学研究所では、3年前からIBMワトソンを導入してがんゲノム医療をスムーズに進め、深めていく研究が行われています。今日は事例を紹介しながら、がんゲノム医療についてご理解いただきたいと思います。 日本では、がん患者は増えており、毎年、100万人ががんにり患している。がんに特徴的な分子を標的とする分子標的薬の研究開発が進んでおり、2016年2月の段階で分子標的は33個見つかり、海外の承認薬は70種類、日本の承認薬は45種類あります。

    白血病

    ことに血液がん(造血器腫瘍)における医学の進歩は大きい。血液がんには白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などがある。急性骨髄性白血病患者の3-4割が長期生存可能になっている。
    骨髄には造血幹細胞があり、赤血球、血小板、白血球、リンパ球がつくられる。赤血球の大きさは8μm。多項目自動血球分析器で、分類や数を調べられる。骨髄液を採取すると、造血幹細胞から白血球・赤血球・血小板への各種分化段階や、リンパ球や好中球、核がとれて赤血球になる前の赤芽球などが顕微鏡で観察される。急性骨髄性白血病になると骨髄液の中は白血病細胞でいっぱいになる。M2,M3など急性骨髄性白血病には種類があり、白血病の種類によって骨髄の様子も違う。以前は、M0からM7までみな殺細胞性の抗がん剤を使っていた。これらには粘膜障害、脱毛、骨髄抑制(貧血、出血しやすいなど)などの副作用がある。現在、M3以外は従来の抗がん剤を使うが、M3は従来の抗がん剤に加えてビタミンA誘導体(ATRA)または亜ヒ酸を合わせて処方することでより治療成績が良くなった。慢性骨髄性白血病(9番染色体の断片ABLと22番染色体の断片BCRがくっつく)ではABLとBCRがくっついた異常蛋白の活性化を阻害する分子標的薬グリベックが2001年に使えるようになった。現在、慢性骨髄性白血病には、グリベック、タシグナ、スプリセル、ポシュリフ、アイクルシグと5種類の分子標的薬があり、以前のように骨髄移植をしなくても、慢性骨髄性白血病のほとんどはコントロールできるようになりました。

    事例紹介

    事例1) 70代女性(慢性骨髄性白血病)
    治療薬により副作用がでたことから、薬剤部と協力して薬の血中濃度を調べて薬の用量を調整した。BCRとABLがどの位くっついているかを調べ(効果判定)、がん細胞を0.1%以下までおさえることができた。ここまで抑えつづけると、がん細胞は急性転化しなくなる。この患者さんは寛解に至り、現在も副作用なく寛解を維持しています。
    事例2) 60代女性(がんゲノム医療)
    2002年ひとりのゲノムを調べるのに100億円かかったが、今は10万円。医科研では早くから次世代シークエンサーを導入し2015年からは人工知能「ワトソン」も利用している。
    2016年 ワトソンが患者さんの病気を突き止め患者の命を救う、というニュースがNHKで報道された。初診時の検体から遺伝子のたくさんの傷を調べる。遺伝子の傷から有害でないものを除外し、急性骨髄性白血病に関係がある遺伝子を見つけ、治療薬を提案する工程は専門家でも数週間かかるが、人工知能は10分で行えた。提案された治療薬が奏効し、白血病をコントロールできました。実際には、人工知能は開発途上であることから、専門家らと人工知能の結果を合わせて判断しています。

    質疑応答

    • は参加者、 → は講師の発言
    • 血液のがんの初期症状の特徴は
      →赤血球がつくれない。鉄がたりているのに、貧血になる。脳貧血とは違う。血小板がつくれなくなると、止血しづらくなり、鼻血、内出血などの出血傾向があらわれる。
    • 白血病の前の状態をスパコンで予知ができるか。小児の異常な細胞を早く見つけられないか
      →これができたらこれはゴールだと思う。白血病がもつ遺伝子の傷の観察とがんの関係を示す記録がたまると、役立つかもしれない。

    講義2 「Alu配列と人類の進化、ゲノムリテラシー教育」

    東京テクニカルカレッジ 医学博士 大藤道衛さん

    ゲノム、DNA、遺伝子、そしてAlu配列とは何か

    「ゲノム」とは生物の持つ遺伝子1セットのことで、物質としては「デオキシリボ核酸(DNA)」である。DNAはアデニンA、グアニンG、シトシンC、チミンTという4種類の物質のビーズが並んだ鎖状構造をしている。私たちはこの幅2nmのDNAを父親と母親から各々約1mずつをもらっている。4種類の物質の並び方(DNA配列)はアミノ酸の並び方(タンパク質の設計図)の情報である。ゲノム上にある遺伝子は免疫細胞などを除き、どの細胞でも同じで、人の一生につくられる10万種以上のタンパク質は、約23,000種の遺伝子から巧みに用いて合成されている。今日、調べるAlu配列は、16番染色体のPV92番地にある約300塩基のDNA配列である。これは、カドヘリンという細胞をくっつけるタンパク質の作り方をコードしている遺伝子のイントロンという部分にある配列ですが、Alu配列があってもなくてもカドヘリンタンパク質の構造に影響はありません。 AluとはAGCTという塩基配列をもつDNAを切る酵素の名前です。Aluで切れる配列を持っているためAlu配列と言います。個人個人のAlu配列の違い(多型)には、Alu配列を両親からもらった「ホモ」型、片親からもらった「ヘテロ」型、Alu配列を持たない人もいる。
    進化とはDNA配列が変化することで、環境に適応できたDNA配列が残る。霊長類の祖先が登場したのは約5,500万年前、その後、様々なDNA配列の変化を経て、私たちホモサピエンスは20万年前、エチオピアの南あたりで生まれた。その後、人類の大移動が起こる。10万年前ごろにアフリカを北上した5000人位が、長い時間をかけて欧州、中東、アジアと南北米に移っていった。ここ10年ほどの研究では、アフリカにいる人以外の現代人のDNAには、ネアンデルタール人のDNA配列がわずかに含まれていることがわかってきた。約3万年位前まで現在のヨーロッパから中東に住んでいたネアンデルタール人のDNAを持っていたので、ある時期、両者は友好的な関係があったと推測される。

    Alu配列とは

    Alu配列とは、霊長類特有の約300のDNA配列である。この実験で調べるPV92番地にAlu配列は、生殖細胞を通して安定に子孫に伝えられている。つまりAlu配列の有無は人それぞれのDNA配列の違い(多型)である。
    誰がそのDNA配列をもっているかではなく、集団にどんなDNA配列があるかをみるとき、「DNAのプール」という。東南アジアのプールでは、Alu配列を持っている人が多い。このようにDNAは両親からもらうので、「私のDNA」は、両親やご先祖からの遺伝情報を受け継いでいるため「私たちのDNA」である。それで本講座も「私たちのDNA」と名付けた。

    生まれと育ち

    病気には単一遺伝子による病気から、複数の遺伝子が関係する病気、更に生活する中での環境要因が関係するものもある。生まれもったDNA配列は変化しないが、育ち中での環境要因によりDNAにのっている遺伝子のプロモーターにメチル基が付く(メチル化)と、遺伝子からタンパク質が出来なくなり、形質も変化する。これはDNA配列に関係しないので「エピジェネティクス」といって、ゲノムDNA配列が同じ一卵性双生児の協力で研究が進んできた。年齢と共にメチル化パターンが変わり、ふたりの形質は変化していくことが報告されている。双子の人でも年齢と共にかかりやすい病気や体質が変化することに関係している。

    ゲノムと疾患

    スティーブジョブスは、亡くなる前に自分のすい臓がんのDNAと末梢血のDNAの配列を調べて、その差異から変異のある遺伝子を見つけようとした。今はどんな遺伝子の変化がどんながんにつながるかの研究が進んでいる。2015年、オバマ大統領は、個別化医療確立のために100万人以上のボランティアの協力による全米コホートに研究を目指したプレシジョンメディシン・イニシアティブを提唱した。そして初年度だけでも2.15億ドルを投入した。このような研究には、高速でDNA配列を解析できる次世代シーケンサー技術の劇的進歩が貢献している。

    ゲノムリテラシー

    米国では1980年代初頭より遺伝子やゲノム理解に向けたリテラシー教育が始まり、学校教育と実社会の乖離を埋めようとした。すでに1980年代からスタンフォード大学には、生命科学の教員向けトレーニングがあった。
    1993年、クリントン大統領は 「21世紀はITとBTの時代だ!」として先端研究ばかりでなく科学リテラシー教育にも力を入れた。2015年には、オバマ大統領が個別化医療の推進に力を入れる中で、ゲノムリテラシー教育の重要性が増してきた。
    この講座に協賛しているバイオ・ラッド ラボラトリーズ社は、「科学を支援し人類に貢献する!」をモットーとし、ゲノムリテラシー教育教材の開発と普及に力を入れている。
    米国では企業/大学/高校の研究者や教員が協力してゲノムリテラシー醸成を進めている。NSTA(National Science Teachers Association 教員の学会)には、バイオ・ラッドで教材開発に尽力した、ロン・マディジャン氏の名前を付けた賞もある。
    最近ではSTEM(Science Technology Engineering Mathematics)教育と言って、科学/技術/工学/数学の視点から「定量的にものをみる」考え方を進めようとしている。
    この講座でも、科学的疑問に対して、仮説をたて、実験し、結果を共有してゲノムについて考えていきたい。

    写真
    タコ糸をDNAに見立てて説明
    写真
    立田TAの丁寧な指導
    写真
    須田TAの丁寧な指導
    写真
    最新の注意を払って、微量の試料を扱う

    実験の主な内容

    参加者自身が、自分のうがい液から口腔粘膜細胞を集めて、DNAを抽出。PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を使って、PV92 番地付近のDNA配列を増幅し、電気泳動でAlu配列の有無を調べた。
    参加者の口腔粘膜から綿棒で細胞を集め、試薬を使って細胞を溶かしてからDNAを取り出した。エタノールを加えることで、アルコールに溶けにくいDNAは「もやもやした糸状の物質」となるので、目視観察を行った。

    写真
    熱処理の様子をカメラに収める
    写真
    DNA断片がうまく増幅しますように。
    写真
    皆、成功したので、「はい、gene!」で記念撮影
    写真
    受付

    参加者の感想

    • 高校の生物の先生のことがフラッシュバックした。DNAを見られてよかった。
    • 大藤先生の情熱、安井先生の熱意に感動。実験が楽しかった。
    • DNA、遺伝子のことばが明確になった。ロン・マディジェンの業績の大きさを感じた。
    • 高校生にPCRを使わせたくて参加した、来週、生徒たちと頑張ります。
    • 知らない分野だったが、学生時代を思い出した。
    • 実体験がよかった。完成度の高いプログラムで、命を見つめ直す機会になった。
    • 遺伝子検査の仕事をしていたので、今日はなつかしいメンバーに会えて、安井先生の分子標的薬や人工知能の話に驚いた。
    • 実験は貴重な体験だった。講義はわかりやすく、白血病がよくなることに驚いた。
    • 本講座ではプライバシー保護が丁寧だと思った。今日をきっかけに勉強していきたい。小説を書いているので、今日の経験を核兵器を使って人類はどうなるのかを考える時のよりどころにしたい。
    • 資料がわかりやすく、実験も楽しかった。 
    • 研究者は気難しいと思っていたがそうではなかった。資料もお話もわかりやすかった。 人類はひとつのDNAか始まっているのだから、戦争しちゃだめ。
    • 生きること、細胞、遺伝子、環境にずっと興味があったので、今日は貴重な経験でした。
    • 文系で製薬企業にいるので、会社にある器械を使ってみたかった。映画の話題などがあって親しみやすかった。
    • 実験が好き。DNAを使うこと、同意書署名に大事な意味があるのだと思った。これからもDNAについて勉強してきたい。
    • 様々なバックグランドの人がいるワークショップのファシリテーションに関心があった。みんな気持ちよく参加できた 科学ワークショップの仕事に今日の経験を活かしたい。
      高校と大学教育はカリフォルニアで受けた。バイオが盛んだったので、高校で勉強したことを日本語で学んでみたかった。
    • 50年前、薬剤師だった。半世紀後の科学はとても新鮮だった。
     

    「私たちのDNA」は以下の皆様のお力添えによって行われました。

    共催:
    専門学校東京テクニカルカレッジ バイオテクノロジー科
    協賛:
    特定非営利活動法人個人遺伝情報取扱協議会、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社、特定非営利活動法人 日本バイオ技術教育学会
    © 2002 Life & Bio plaza 21