大人のバイオカフェ 「世界でひとつだけの花」
2018年6月24日、多摩六都科学館で、バイオカフェ「世界でひとつだけの花―先端技術で創り出されるステキな新品種」を開きました。スピーカーは農研機構 野菜花き研究部門 佐々木克友さんで、最新の動画や青いキクの樹脂標本も見せていただき、抽選を勝ち抜いた中学生からシニアまでの23名にとっては大満足の90分でした。
佐々木克友さん
青いキクと遺伝子を組換える前の
ピンクのキクの樹脂標本
佐々木さんのお話の主な内容
- は参加者の質問、 →はスピーカーの応答
はじめに
農研機構にある私たちの研究所では、次のような三つの役割をもって研究しています。
(1)新しい花の創生
(2)栽培・開花技術
例えば母の日にカーネーション咲かせるなど開花コントロールも重要な技術。
(3)品質保持技術
日持ちする切り花技術の開発など
育種
トマトの野生種は小さくて、おいしくなく、トマチンという毒があった。これを現在のような大きくて、おいしくて、毒の少ないものにしてきた。これは自然現象として遺伝子が書き換えられたものを選んできたから。これを「育種」という。例えば、イネはDNAの塩基1文字の違いで脱粒性の有無につながることが知られている。
交配
たくさんの花が写っているスライドをみなさんに見てもらい、この中にいくつバラがあるのか手を挙げて選んでもらった。花弁がたくさんあってバラのように見える花があったが、実はバラは1つだけ。バラによく似たトルコギキョウの写真が3つ含まれていた。トルコギキョウはもとは一重だったが、突然変異したものを交配して育種し、種類を増やした。
良い品種を作るには優れた性質を持つ2系統の親となる植物が必要。そのためにジーンバンクが保存されている。
- ジーンバンクとは何ですか
→ ジーンは遺伝子。遺伝資源をしまっておく銀行の役割を果たす施設。低温で種子を保存しておく。 - 種子はどのくらいの期間、保存できますか
→種子によって違うが、定期的に更新(種子をまいて新しい種子をとる。発芽するか確認するなどの手間のかかる作業)をしている。キクは種子で保存できないので農研機構ではキクを約800品種ほど維持して、毎年、すこしずつ挿し木をして維持している。
農研機構ではエチレン(老化ホルモン)をほとんど出さず、長持ちするカーネーションを作った。また、そのカーネーションに病気にかかり難い性質を導入して新たに「花恋ルージュ」という品種も作った。花恋(かれん)という名前は「可憐」と「枯れん(枯れない)」にかけている。また、長持ちするカーネーション品種を育種の親株にして、さらに愛媛県と農研機構が共同育種してドリーミーブロッサムというピンクのカーネーションも作った。
突然変異育種
突然変異育種の中でも重イオンビームを使って、DNAを傷つけ、突然変異を起こす手法を中心に説明した。X線の場合は粒子サイズが小さくてDNAに当たり難いが、重イオンビームは大きいのでDNAに当たりやすいと考えられている。
- 1つの細胞のDNAが書き換わっても、植物体全体のDNAを書き換えられるのか?
→ 葉の断片(5㎜くらい)に重イオンビームを当てて1つだけの細胞が書き換わったとすると、その1つの細胞から育てて植物にすると、全体の遺伝子が同様に変わった植物が作られる。
花だけでなく重イオンビームをあてて作った酵母もあり、それを使ってお酒がつくられている。
多摩六都科学館担当者が今日のための
お取り寄せ「バラのサブレ」
会場風景
遺伝子組換え技術
新しい品種を作るだけでなく、遺伝子の働きを調べるためにも必要な方法。
世界の多くの国で遺伝子組換えの作物が作られている。
日本が作ったのはムーンダストという青いカーネーションのシリーズで、このシリーズだけで、いろいろな色合いのものが販売されている。遺伝子組換えで作った作物は厳密に環境に影響がないかを調べてから作られている。この制度により多くの検査をすることになっていて、大臣が承認しないと栽培できないようになっている。
遺伝子組換え技術で青いキクを作った。これはピンク系のキクに2つの植物由来の遺伝子が導入されている。本当はもっと多くの遺伝子を導入して青くなると考えられていたが、2種類入れたところで青くなって、研究者もびっくりした。今は2種類の遺伝子導入で青くなった理由も解明されている。1つの遺伝子はカンパニュラの遺伝子で、この段階でかなり青くなり、さらにチョウマメの遺伝子をいれてもっと青くした。
- なぜチョウマメの遺伝子を選んだのか
→化学構造からどれがよいか予想するのだが、実際にはチョウマメだけでなく、いろいろな植物の遺伝子を入れて試した結果、青くなる導入遺伝子を見つけ出した。
この遺伝子組換えによるキクはまだ承認前なので、樹脂標本を今日は持ってきた。
私はトレニアで組換えをおこなっているが、トレニアは遺伝子を組換えてから5ヶ月程度で結果が出る(花が咲く)。キクは1年、ユリは3年程度かかるので、トレニアは花の組換え研究に適している。
私達のチームが開発したのが光るトレニア。光るミジンコに似た海洋プランクトンの遺伝子を入れた。科学博物館のヒカリ展(特別展)で展示し18万人に見てもらった。生きている植物を展示したので、開催期間中、十数回、光るトレニアを運んだ。ドライフラワーにしても光る。
他の研究としては、トレニアに1つの遺伝子を入れ、花ができるいろいろな生育段階で遺伝子の機能を止めると様々な色や模様の花をつくることができた。このことから、導入した1つの遺伝子がいろいろな働き方をしていることがわかった。この成果について書いた論文は高く評価された。
ゲノム編集
ゲノム編集は、DNAを切り、そこを修復しようとする過程で、元通りにDNAがつながらないミスを利用している。これまで働いていた遺伝子が働かなくなったりする。この技術をつかって、GABAをたくさん作るトマトが筑波大学でつくられている。ゲノム編集は突然変異と違って遺伝子をねらって変異させるので速く変異体をつくることができる。
育種で解決すべき問題
今後、温暖化でリンゴが今の栽培適地で栽培できなくなることが予想されている。海外の病害虫の問題もある。これらの農業上の問題への迅速な対応が必要とされており、交配育種だけでは困難な問題に対してゲノム編集技術が期待されている。また、人口受粉不要のトマトが筑波大で作られているが、これは受粉のための昆虫がいなくても実り、受粉の手間が省ける。また、現在進められているゲノム編集の研究例として、ジャガイモの毒のソラニンの遺伝子に変異を入れて毒が無いジャガイモをつくる研究のことを話そうとプレゼンの準備していたら、6月20日に大阪大学が、このジャガイモができたことを発表した。
コメアレルギーの原因のグルテンを減らしたコメとか、敏感でちょっとした刺激で暴れて網や魚同士の衝突で死んでしまうこともあって養殖が難しいマグロをゲノム編集でおとなしくさせて養殖しやすくする研究も進められている。
キクは基本的に同じ品種で交配しても種が取れないので、同じ品種の花を増す場合は挿し芽で増やす。また、6倍体なので2倍体のイネやトマトと比較してゲノム編集が難しい。一方で、農研機構ではキクでゲノム編集が可能であることを報告した。筑波大ではゲノム編集で紫のアサガオから白いアサガオを1年で作った。紫のアサガオが日本に伝来してから、白いアサガオが従来の方法でできた経緯を考えると、驚くほど短い期間で実現したことがわかる。
- せっかく育種しても種をまいたら先祖返りのようなことは起きないのか
→先祖返りというか、花は、もともと多くの場合、交配すると優れた性質がそれぞれの種子にばらけてもとの花と違う形質になってしまうので、挿し木で増やすのが原則。トマトなどは種子でも遺伝子が揃っているので大丈夫。ものによって(植物の種類によって)違う。 - 4つの育種方法(交配、突然変異、遺伝子組換え、ゲノム編集)はどのように使い分けるのか
→ 其々の利点を活かすのが良い。また、組み合わせて使うこともある。最も大きい違いは、遺伝子がわかっていてねらって変異を起こしたいときはゲノム編集が利用できて、もともと持っていない性質を与えるのなら遺伝子組換え。